中部編7-1
魔術学院敷地内.噴水から途切れずまるで水が固形物になったかのように佇んでいる.その向こう側の風景を歪めている.噴水広場の前でレオン達が立って話している.
「ミセオドアのあの装置が私たちをここへ行くように言ったのはこういうことだったのね.もう用は無いし,他に指令も受けてない」
「これからどうする?本部へ行くのか?」
「こっちには支部があるからそこへ行く.それで次を決める」
「言われるがままのタダ働きは御免だぞ」
3人は円盤車に乗って学院を後にした.
古い建物の並ぶ場所へ着いた.所々で改修されて新しい壁が覗いている.
「ここは合同庁舎群.この国の省庁はみんなまとめてこの辺りにあるんだ.それぞれの業務で知りたいことがあって行き来する時に近くにあると便利だろう?」
「(…攻撃されたら壊滅じゃん)」
「(防御を分散しなくて済むから…)」
「とにかく行ってくる」
「ん?」
「?…!ああ,あなたたちは入れないから外で待っていて」
「また理由もわからずに連れまわされるのは御免だ,と言っておいてくれ」
「言ってはみるけど…」
「…….直接話したいとも言っておいてくれ」
「分かった.それじゃあ行ってくる」
ジェーンが建物に入っていったあと,レオンは周囲を見渡す.レールの上に円盤の車が並び,その先の敷地の外周には葉の厚い常緑樹が隙間なく生垣を作って,白い実をつけている.いくつかは熟して黒くなっている.鳥がやってきて,枝に止まり,ゆらゆら揺れながら周りをチラチラ見つつ実をつつく.上手く取れずに取ろうとするたびに周囲を素早く見渡して,嘴で実をもぎ取る.成功すると急いで近くの棘のある木の枝と枝の隙間に入り,両足で実を抑えて啄みだした.また,別の鳥は葉に着いた虫をつまんで引っぺがし,壁に叩きつけて弱らせた後に咥えて民家の近くの巣に運んで行った.レオンは円盤にもたれかかってその様子を眺めていた.
「あっ帰ってきた」
ナレルの声に反応してレオンは振り向く.ジェーンは申し訳なさそうな顔で近づいて来る.
「…次に向かう場所はニークラシュ議員,メジェド議員の事務所」
「なぜ?」
「いずれ危険に巻き込まれるから」
「根拠は?」
「教えてくれなかった」
「…….じゃあ護衛に行くか」
「待って.予測ではまだだめ.…その前に,私の弟の家へ行く.この町で働いている」
「危機が迫っているというのか.どうせ理由は分からないだろうけどね.どうするレオン?」
「どうするも助けられるのなら助けたい.しかし説明なしでは繋がりが見えない,追うことができない」
「この2件の後に本部へ行く.そうしたら直接話ができるから…」
「本当ならぜひそうして欲しい」
「そうか…頑張ったな」
ジェーンは後ろを向いて左右の手を握り拳にしてぐっと力を入れる.
「さ,それじゃあ行きましょう.車に乗って」
駐車場へ車を止め,3人は集合住宅へと歩いた.5階建ての建物に窓が等間隔についている.建物の中に入り,廊下を歩き,ある部屋の前で止まる.ジェーンは鍵を出して鍵穴に刺す.
「えっ,勝手に入っていいのか?」
「いいでしょ?弟の部屋なのよ,何で入るのに許可がいるの?」
「1人暮らしの部屋は自分だけの城.他人に見られたくないものがあるじゃないか」
「あのコ友達連れこむことあるから大丈夫でしょう.ましてや親族に見られるくらい」
「親族なら余計に…」
ナレルとジェーンが話している中,レオンは周囲を見渡す.
「何してるんだよ姉ちゃん」
ジェーンの後ろで廊下を歩く人が立ち止まり,話かける.
「あらケレン,今日はもう帰ったの?」
ジェーンは振り返って弟を見る.
「今日は休みだよ.久しぶりの休日.そちらは?」
「仕事の仲間.用あってケレンの部屋に入るね」
ケレンはナレルとレオンを見る.
「もう寝ようと思ったけど,喋らないと正気を失いそうだし…いいよ,入って」
3人はケレンの部屋へ入った.部屋の中には物がほとんどなく,色も無頓着に不揃いで食べるか寝るか以外することが無いといった様子だった.靴を脱いで,フローリングに腰を下ろす.
「で,何しに来たのさ」
「あんたがちゃんと生きているか確認,みたいな?」
「ちゃんと生きているか…ちゃんとって何だろう.まあいいや,とにかく生きているよ」
「ふーん」
「あの…その人たちは何?」
「ああ,この人はレオンで,この人はナレル.レオンは一目見ただけで相手の健康が分かるよ.ナレルは全国を旅したことがあって,ほらあんた旅楽しそうって言ってたじゃない.お話を聞くといいと思って」
「ごめん姉ちゃん.もう旅には出たくない,というか外に出るのも疲れるから嫌なんだ.休みは疲れて寝てる」
「折角連れて来たのに」
「まあまあ,回復すれば外に出たくなるさ」
「レオン,悪いところないか診てくれない」
「(え?できるの?できそうだけども)」
「人の病気はそんなに詳しくないからあんまり期待しないでくれ」
レオンは瞳孔を動かしながらケレンを見る.
「内臓に腫瘍などはないが機能が低下している.血の巡りが悪いのと電気信号が少ない」
「え…?そんなの見えるんですか?」
「ああ!彼ね,顔や首を見れば分かるの.ほら,病人で顔に出るじゃない?それがさらに細かく見えて,そこからどういう症状か判断しているって感じ」
「なるほど…」
「弱っているから十分な栄養が取れず,満足に回復できない」
「ああ,食欲無いんですよ.それでも食べなきゃ死んでしまうと思って」
「負担が小さいものを食べているか?胃腸が弱っている時に無理に食べるのは良くない」
「考えてなかった.出されたものはとりあえず食べないとと思えるからそれで…」
「じゃあ内臓に効くというツボを押してあげる.ほら足を出して」
「いいよ別に」
「私は健康庁に務めているのよ」
「(いや情報庁だろう)」
「いいって.自分だと怖いから俺で試したいだけだろ」
「いいからお姉ちゃんに任せない」
ジェーンはケレンの足を引っ張る.ケレンは足を畳んでジェーンの頭を手で押さえ,手を伸ばした時に腕を掴む.
「もう,離してよ」
「……」
「ケレン?ねえ,聞いてる?」
レオンとナレルは手を地面について起き上がれるように構える.
「えっ…ちょ…ちょっと…や,やめてよ.お姉ちゃんが悪かったから,ね?…ねぇ?」
「……」
ジェーンはケレンの腕を振り払おうと引くが逆に胴の重心が引っ張られていく.細腕の女はその腕力に恐れを感じ始める.
「ケレン…」
目が潤み,弱々しい声で相手の名を呼ぶ.その声色で名を呼ぶ行為は拘束か懇願か.
「…ハッ!」
ケレンは手を離す.
「……」
「ごめん,疲れのせいか体が鈍くなって」
ジェーンはへなへなと座り込む.レオンは肩に手を置いて,ケレンの方へ行く.ナレルはジェーンとケレンの間に立つ.
「邪魔して悪かったな.寝た方がいい」
「そうさせてもらう.お休み」
ケレンは横になって眠りについた.
ジェーンはケレンの手を掴んでじっと見る.
「…若者を殺す,あるいは疲れ果てさせるような組織は国賊と言っていい.次の代を残すという役目を果たす余裕を失わせるのは国にとっての損失.生物というのは多めに生まれてくるものだから全員に機会を与えるわけじゃないけど….そんな組織を作り出してしまわないように法律も機関もあるのに…どういうこと?」
「形だけなんじゃないか?」
「そんなことない.いや,少なくとも今まではそんなことなかった」
「何者かが邪魔をしているのかもしれない」
「…許せない.はっきりとは言えないけど,弟はこうじゃなかった.うざいともうっとうしいとも思ったことは多々あるけど,こうなるとどうして…」
「……」
「……」
「弟をこんな弱い姿にしてしまった奴らを許さない.潰しに行く」
「待て」
「?」
「僕たちもついて行くよ.彼を救い出そう」




