東部編9-2
魔王軍東部部隊拠点.火山岩に覆われた大地の上,外からは岩山にしか見えない拠点がある.地下道を通じて出入りされている.
中心は吹き抜けとなっており,天窓から光が差し込み,地下から天窓へ向かって上昇気流が発生している.
最上階の一室,高級家具を取り揃えたきらびやかな部屋の中,華やかな服を着た女がいた.女は椅子に腰かけ,両手を重ねて膝の上に置き,小さい窓から外を眺めていた.特に何かを見つめているわけではなく,ただ揺れるもの流れるものといった動くものを認識していた.
扉をノックして男が部屋に入って来る.
「ジンジャ,居心地はどうだ?」
「アイロコ,貴様…」
女は男の方を向いて睨みつける.
「居心地はどうかと訊いている」
「最悪.私を村に返して」
「もう村なんて無いじゃないか?それにこんな贅沢,ただの村娘のお前には本来できなかったことだぜ」
「あんたが滅ぼした癖に…ッ.あの炎の中で笑うあんたの横顔はよく覚えてる」
「で?」
「おじいちゃんもおばあちゃんも,お父さんもお母さんも…」
「それでどうした?」
ジンジャは立ち上がって地面をダン!と踏む.
「私はあなたが憎い!四六時中あんたへの復讐を考えて休む暇もないわ!」
「フフ…」
アイロコはジンジャの恐怖と憎悪に満ちた目を見てから周囲を見渡す.
「こんないい暮らしをさせているというのに損な奴だ.他の連中はもっと質素な暮らしだぞ?お前の弟たちなんて,なぜお前の姉貴だけ特別なんだと憎まれボコられているというのに.お前の愛を受けた弟たちはお前を他人だと割り切れないようだ.ま,割り切ったところで奴らがそれを認めるかは別だがな」
「やめさせてよ!」
「知らんな.作業に大きな影響はないんだ.止める理由は無い.止めたきゃ自分でやればいいじゃないか…やれるものならな」
「ええい!」
ジンジャは右手を振ってアイロコにビンタをする.アイロコは意に介さず,ジンジャの右腕を掴む.
「ククク…きれいな手だな.作業場の奴らとは大違いだ.もうすっかりお前は奴らとは別の存在だなあお姫様」
ジンジャは捕まれた手を引き離そうと腰や肘を振って引っ張る.しかし手が離れない.人の力では引き離すことは不可能.
その手が離れる時はすぐに来る.ドアの外から魔族が呼び出しをかける.
「アイロコ様.ダウン一族の者を捕まえました.一度牢屋の方へお越しいただけませんか?」
「ふむ,分かった」
アイロコは手を離しマントを肩にかけなおして後ろのドアの方へ向いた.笑みが消えてつまらなさそうな顔をしている.
「どうやらお遊びをしている時間はないようだ.失礼する.そうそう,これは新しい櫛だ.こいつをやる,大切に使え」
アイロコは横を向きながら櫛を取り出してジンジャに押し付け,足早に部屋を出ていった.ジンジャは胸のヒラヒラの上に乗った櫛を取り出し,眺めた後で震えながら机に叩きつけ,また外を眺め始めた.肩の張りが徐々に引いていった.
ナレルは武器を没収されて牢屋に入れられていた.真っ白な部屋で壁には防音加工がされている.何者かが扉を開く.
「ダウン一族の者か.先日は失礼した.二度とないようにする」
「誰だお前は?」
「口を慎め!」
「いや,いい.部下の非礼を許してくれ.私は魔王軍東部指令アイロコ.君の敵になる気はない」
「どういう意味だ?」
「その前に,君たちの味方面をしているあの狩人と名乗る男,君は素性を知っているのか?」
「それが何だと言う…」
「彼は人間ではない.知っているか?」
「知っているさ.だから何だ?」
「彼の種族は私たちの世界では神人と呼ばれている.じゃあ,私たちと君たち,そしてあの男が似た姿をしており,同じ有機生命体で,近しい寿命を持つのはなぜか知っているか?」
「……(寿命は初耳だ)」
「それは共通の先祖を持つから.元は同じだったが違いがあるのは住む世界が違うことによる適応の結果だ」
「僕たちの先祖は楽園から堕ちた者たちだ」
「そうだろう.君らは先住民が滅んだ後に来た来訪者.ところで,あの男の住む世界を神々の園と私たちは呼称している.その神々の園から魔界へ堕ちた者たちが私たち魔族.そして朧界,つまりこの世界へ堕ちた者が君たち人間.そう言われている.姿が似ているのは似せて作った創造物だから…」
「強引に神話に繋げたな」
「しかし,私たち魔王軍はそうは思っていない.君たちも私たちも敗北者の子孫なのだ.勢力争いに負けて別の世界へ逃げ込んだ敗北者,その子孫.だから姿が似ている」
アイロコはナレルに近づく.ナレルは相手を見上げる,
「であれば,我々は団結してあの古き神々を倒し,故郷へ戻るのが道理じゃないか?」
「仮に本当だとしても,そんな昔のこと…」
「それだけじゃない.力の無い者が支配者であれば,下々には不幸が降り注ぐ.奴らが我々の影の支配者として君臨する限り,涙を流さなければならない者が出る.私たちと君たちが手を組めば勝てる.それを恐れて彼らは2つの世界を分断している」
「何を馬鹿なことを….あなたは影の支配者とやらが実在するか不明なことをいいことに出鱈目を言っているだけだ.大体,お前は手を組めばといいながら人さらいをしているじゃないか!」
「君たちはあまりに効率が悪いことをしている.優しく諭すんじゃ遅すぎるんだよ.私たちが教化,文明化するのだ.分かってくれないか?」
「分からないね」
「大雨の日に川に入ったら流されて死んだ人がいるとしよう.どう思う?」
「馬鹿だなと.危険だと分かってるじゃないか」
「そうか,魔族はこう考える.残念だった.大雨の日に川に入れるような技術を開発しよう.そうすればもっと働ける,と」
「マジか…」
「文明化すれば,生活可能な時間も空間も広がるのだ!あの神々に対抗するために力を付けてもらいたいというのもあるが,君たちにとっても悪くない話,そうは思わないか!?」
「そんなワーカーホリックになりたくない.これは僕だけじゃない」
「…….だから君たちは負けるのだ.君らが魔族に勝てるところはあるのか?結局はあの神人に助けてもらうだけの非力な存在じゃないか」
「弱くなんかない.お前たちが偶々戦いに向かない相手と接してきただけ」
「もういい…分かった.君たちを文明化してみせる.まずは若者から.守るべき地位を持たない若者から順に変えてやる.その力が私たちにはある!君に考える時間を与えよう.考えが変わったら声をかけてくれ.君は大切なお客様なのだから.ああ,部屋が開いてないんだすまない.せめてものとしてクッションを後で届けよう」
アイロコは話を終えて出ていった.再び扉に鍵がかかる.
「アイロコ様,狩人レオンは55号からこちらへ向かっております.現在同通路上で迎撃しておりますが,万が一突破された場合に備えるべきです」
55号は地下道の名前で,通路の総数が分からないように大きめの数字をつけている.
「扉を閉めてもけ破ってやってくるだろう.この基地を奴の墓場にしてやる.全軍に通達,これより地下道から侵入者を想定した警戒態勢に入る.交戦中の者は要塞に引き上げろ.この基地で迎え撃つ!」
「了解」
「いざとなれば私も戦う.魔王様から幹部にのみ与えられた特殊な力,今こそ使う時!」
地下道.レオンは敵を倒しながら前進していた.
「止まれ!」
「ん?」
「動くなよ,こいつの命が惜しければな」
「助けてー」
大男2人に大女が地面に押さえつけられていた.
「魔族は全員魔界へ帰るべきなのだ」
レオンは光線を3発放って3人とも消滅させた.
「人間の波長とは違う.見れば分かる」
レオンは奥へと走っていった.奥から魔族が飛び掛かって来る.
「おい,撤退命令が…」
「知るか!俺の獲物だ!」
レオンは横に跳ねてかわし,光る剣で照明を破壊して刀身を消す.レオンの手元で4回発光してその場の4人を消滅させた.
「この階段の上だ.間違いない…」
レオンは最後の階段を上っていった.




