退院
…………ねぇねぇ蒼空くん!一緒に遊ぼ?
うん、いいよ。
…………ねぇねぇ蒼空くん!一緒に帰ろ?
うん、いいよ。
…………ねぇねぇ蒼空くん!私達ずっと一緒だよね?
………………………………。
岡部舞桜と会ってから数日後、僕は退院となった。
産まれてからずっと病室しか見られなかったから楽しみにしていた
父と母が荷造りを終えて受け付けに手続きをしに行っているため今はベッドに僕1人だ。
コンコン。ノックと一緒に人が入ってきた
「野上さん失礼しますー退院すると聞いたので挨拶をと………あら、蒼空くん1人?」
岡部さん……岡部正美さんが舞桜ちゃんを連れて入ってきた。
正直あの一件以来僕はこの子への苦手意識が取り切れていない。
赤ちゃんなのにあの力と視線はもはや僕にとって二回目の人生初トラウマとなったのだろう。
「んー受け付けに行っちゃったのかな?蒼空くん。お母さん達が帰ってくるまで一緒に待っててもいいかな?」
正美さんは僕に話しかける。僕はというと未だに喋ることはできないので精一杯笑って答える。
「あらあら、蒼空くんは言葉がわかってるのかしらねぇー?お利口さんだしほんと可愛い男の子なのね〜!」
僕としてはそこまで意識したつもりはなかったのだが正美さんにとっては好印象だったらしい。
赤ちゃんの仕草に慣れてきたのかな僕。………あんまり嬉しくはないな
「でも良かったわ挨拶間に合って。うちの子あれ以来ずっと蒼空くんの病室の方ばかり向いて……抱っこして病院内回ってても蒼空くんの病室の前で腕を上げて止めろってするのよ?」
それを聞いて僕は赤ちゃんの身ながら身震いした。
え、ほんとに僕なにかしちゃった?赤ちゃんの法律違反で監視されてるとか?
そんな事を考えていると正美さんに抱かれている舞桜ちゃんと目が合う。
あぁ、これこの目だ。
ホントに怖い。ジーーーーっと僕のことを見て離さない
かと思えばニヤッとしてくる。
父達早く帰ってこないかなぁ……あと数分後には僕泣き出しちゃうぞきっと。
「中々野上さん帰ってこないわねぇ。あ、そうだ。ねぇ蒼空くん?うちの舞桜とちょっとの間待っててもらっていいかな?おばさん、受け付けに行ってくるから。」
え、いや、待ってくれ。無理だよそんなの
ただでさえ泣きそうになってるのに舞桜ちゃんと二人きり?
赤ちゃん同士だぞ?何かあったらどうするんだ…何かなくても僕のトラウマが
「それじゃあ舞桜?蒼空くんとおとなしく待っててねー?」
そう言うと僕の泣きそうになっている顔に気づいていない正美さんは僕の隣に舞桜ちゃんを寝かして部屋から出て行ってしまう。
あぁ……ほんとに2人になっちゃった……。いや、冷静になれ。
あくまで相手は赤ちゃんだ。こっちも赤ちゃんだけど人生二回目で中身は10代後半だ!
…………やっぱり怖い。
だって寝かせられてるのにこの子まだこっち見てるもん…しかもさっきまでより笑顔だし。
ギュっ
恐怖に思考を巡らせていると不意に僕の手が握られた。舞桜ちゃんだ
この子僕と産まれてから大差ないのにもうこんなことできるんだなと思わず関心してしまった。
また痛みがくる!っと身構えていたが来ない。
今度はほんとに赤ちゃんのような力で握られていた。
優しく、優しく、蝶々を捕まえるような優しさで僕の手は握られている。
ほっ……どうやらこの前のが異常だっただけだな。安心した
僕は早くもトラウマを克服できそうな気がしていた。
そうだよだって赤ちゃんだぞ?あんな力あるわけ……
チュパッチュパッ……
トラウマ克服ならず
さっきまで優しく握られていた手はいつの間にか舞桜ちゃんの口に運ばれていてあろう事かおしゃぶりされていた
え、なんだこれ!舐められてる?!いつのまに?!
ど、ど、どうしよう…やめさせた方がいいよな……
そう考え手を引き戻そうとするがビクともしない
まただ…またあの信じられない力で押え付けられている。
僕が必死に手を引き戻そうとしている中舞桜ちゃんは僕の指を舐め続けている。
その表情は赤ちゃんの表情であるのにどこか恍惚としていた。
優しく、味わうように、確かめるように……
僕はまたもや恐怖している
こんな行動ありえるのだろうか?赤ちゃん特有のことなのか?それともこの世界では当たり前なのか?いや、やっぱりこの子が特別なんじゃ……
泣きそうになりながら考えているとドアの開く音。
父と母、正美さんが戻ってきた
「わざわざ挨拶すいませんでした岡部さん。妻共々御礼申し上げます」
「いいんですよ野上さんの旦那さん。うちの舞桜も蒼空くんのこと気に入ったみたいですし。ほら、2人仲良くお留守番して………え?」
「あら?舞桜ちゃん蒼空のお手手舐めてるの?えっと……美味しい…のかな?」
母が言葉に詰まったのかそんなことを言っている
「こら、舞桜!蒼空くんのお手手舐めちゃだめでしょう?ほら離して、蒼空くんが可哀想よ?」
そう言いながら正美さんが舞桜ちゃんを引き離す
「ごめんなさい野上さん……うちの舞桜が蒼空くんに失礼なことを…」
「いえいえお構いなく。赤ちゃん同士のことですし……それに蒼空も泣いていたわけじゃないですから」と、僕に父が話しかける
必死に我慢した僕を褒めて欲しい
人生で一番頑張ったよさっき!……まだ一週間ちょっとの人生だけど
一方引き離された舞桜ちゃんは泣き出してしまった。
「あらあらごめんなさい。うちの子ミルクの時間かもしれません。」
「あ、いえいえ。こちらこそ忙しいなかご挨拶ありがとうございました。」
「ありがとうございます。それじゃあまた後日に…今後とも宜しくお願いしますね。では」
「はい。今後とも宜しくお願いします。」
そう言って岡部さんたちは病室から出ていった。
安心している僕に母が話しかけてくる
「蒼空ちゃんは舞桜ちゃんに気に入られちゃったのかなー?もう、まだ0歳なのに罪な男なのね蒼空ちゃん!」
「なんてったって蒼空ちゃんは俺と渚の子供だからね!将来は美人さんになるぞー!」
「でも赤ちゃんにして女の子を虜にしちゃうなんて、ママ心配よ?世の女共に毒されないか…」
「そうならない様に渚、しっかりママやってね?威厳持たなきゃだからな?」
「おう!任せなさい!一家の大黒柱として私が蒼空ちゃんを守るんだから!………で、その報酬として今日一緒におふ…」
「おい世の女共代表。昨日説明したよな?蒼空ちゃんが幼稚園入るまでエロ禁止だって。」
「わ、わかってるわよ…その為に昨日沢山してもらったのは忘れませんよーっと」
「はぁ…またそういう事蒼空ちゃんの前で言う……こりゃ教育が必要だな渚さんよ…」
「げ……あ!ほら時間!早く帰って蒼空ちゃんにもミルクあげなきゃ!」
「話しそらして……まぁしょうがないか。よし、蒼空ちゃん!おうち帰ってパパのミルク飲みましょうねー?」
こうして夫婦漫才を聞きながら僕は第二の我が家に帰っていったのだ。
(えへへ。美味しかったな蒼空くんの指……大きくなったらもっとできるかな?早く大きくなりたいなー)
パパのミルクで違う物想像してしまう僕は邪念に満ちている