愛情と責任
僕はすぐに手当をするために処置室に運ばれた。
幸いにも傷は浅く出血に対してそれほど深くはなかった。
が、処置自体はとても痛かった。大きいホッチキスのようなものでバチンっと傷口をくっつける。僕は思わず涙を浮かべた。
溢れることはなかったが目尻には涙が溜まっていたと思う。
処置してくれた先生には念のためにと包帯を巻かれた。
処置が終わり処置室から車椅子に乗って看護師さんと出てくると父さんだけではなく母さんもいた。
おそらく父さんが連絡したんだろう。
僕が出てきたのを見ると父さん達は駆け寄ってくる。
「蒼空くんっ!大丈夫か?!傷は痛くない?!」
「蒼空くん包帯まで巻いてっ!そんなに酷い怪我だったの?!」
父さん達は地震でも起きたかのような慌てっぷりで僕の傷を確認する。
看護師さんが少し引き気味に説明する。
「え、えっと…傷はそれほど深くなく浅く済んでますので大事に至る事はなかったです…ふた針程縫いましたが一週間もすれば抜針できますので。包帯はお子さんの年齢を考えまして念のためにと…」
その説明を聞いて父さん達はホッとした表情を浮かばせる。
「よかった……本当に…」
「本当に大丈夫なのね?!…ママ蒼空くん何かあったら…」
二人は各々声を漏らしていた。
僕は二人の後ろに立っていたトレーナーさんに気がつく。
泣いた跡だろうか?目の周りは赤くなっていた。
「野上さん……本当に、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
トレーナーさんはそう言うと深々と頭を下げて父さん達に謝っていた。
「トレーナーさん…そんなに謝らないでください。先ほどまで十分謝っていただきましたから大丈夫ですよ。…それに、トレーナーさんだけの責任じゃありません。俺もそばにいたのに防げなかったんですから、俺にも責任があります。ですから、頭をあげてください。」
そう言って父さんはトレーナーさんに頭を下げる。
「いえ…本当にすいませんでした。」
トレーナーさんは頭をあげてからも謝っていた。
「ね、ねぇ?話は後にしてまずは蒼空くんをベッドで寝かせてあげましょうよ。リハビリで疲れてたのに怪我までしたんだから。ね?」
そう言うと母さんは二人の話を中断させて僕の車椅子を手に取る。
「あ、あぁそうだね。…それじゃあトレーナーさん。また後日よろしくお願いします。」
「はい。本当に申し訳ありませんでした。」
そう言葉を交わし父さんと母さんは僕の車椅子を押して病室へ向かう。最後の最後までトレーナーさんは謝罪のことばを繰り返していた。
病室へつくと僕はすぐにベッドへ寝かされた。
「蒼空くん。今日はお疲れ様。リハビリよく頑張ったね?疲れただろうしねんねしようね?」
そう話しかけながら母さんは僕に布団をかけて胸の辺りを優しく叩く。
僕は言われたとおり目をつぶり眠ろうとする。しかし、怪我をしたせいかいつものように直ぐには眠れなかった。
僕が目をつぶりながら寝ようとしていると母さんは手を僕の頭に持ってきて包帯の上を優しくなぞる。
「蒼空くん……こんな怪我までして…。ねぇ?響?蒼空くんは怪我したとき泣いたり叫んだりしたの?」
母さんは僕が眠ったと思ったのだろう。僕に話しかける口調とは違う声で父さんと話始めた。
「…いや、全く。涙は浮かべていたけど泣きはしなかった。……泣き声もあげずに痛みに耐えているようだった…」
「………そう。……ねぇ?やっぱり蒼空くんは……」
「わかってる。……わかってるよ渚。口にしなくていいよ。…もう、間違いないと思う。」
父さんと母さんは僕の話をしてるようだったが確信に触れようとはしていなかった。
僕はそのまま話に耳を傾ける。
「そんな…せっかく、せっかく目が覚めたのにこんなのって……っ」
母さんの包帯をなぞる手が少し震えていた。声にも震えを感じた。
「いや、むしろこれだけで済んでよかったんだよ…もしあのまま一生目が覚めなかったらと思うと耐えられない。それに比べれば…」
父さんは苦しそうな声で母さんを慰めようとしていた。
「……ええ、そうね。目覚めてくれただけでも奇跡だったんだもの。落ち込むなんてだめよね。」
「そうだよ。だから俺達だけは元気でいよう。そして蒼空くんを支えていくんだ。」
父さん達の声はいつもの声に戻っていた。
「……渚、話がある。」
「どうしたの?響」
「………蒼空くんのリハビリをやめさせようと思うんだ。」
父さんは決心したように母さんに告げた。僕は目を開けそうになるのを堪える。
「っ………ええ、そのほうが、良いかもしれないわね…。」
母さんも覚悟していたような素振りでそれに答える。
「もう、蒼空くんが無理をして怪我をするなんて駄目だ。毎日毎日必死な顔をしてリハビリなんてする必要はもうないんだ。蒼空くんは、もう十分頑張った。……目覚めてくれただけで一生分頑張ってくれたんだよ。……例え足が動かなくたって俺や渚が支え続けていく。たとえ渚が嫌になっても俺一人でやってみせる。」
「そうね…。私ももう蒼空くんの苦しそうな顔をさせたくない。させちゃいけないと思う。それにね響。私は嫌になったりなんか絶対にない。……蒼空くんは私達の息子なのよ。二人で、支え続けていきましょう。」
母さんも父さんの考えに賛同した様子だった。
僕はそんな二人の愛情と責任が入り交じった言葉を聞きながら眠りについていく。
心の底に重い重圧を抱きながら。
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