焦り
食事を取り始めて数週間がたった。
まだ普通の食事は取れないがお粥や入麺などは食べられる様になってきた。
食事を取り始めてから身体つきが少しづつ変わり始めてきた。
ガリガリだった腕や足には少しだが肉がつき血色もいい。毎日母さん達がクリームを塗りながらマッサージをしてくれてるから肌もハリがいい。
この数週間で僕は腕をしっかり動かせる様になっていた。まだ握力自体はほとんどないが普通に腕を回したり曲げたりできるまで回復していた。
腕を動かせるようになってからはしっかりとしたリハビリが始まっていた。
はじめに握力を付けるリハビリだ。柔らかく小さいビーズの入った野球ボールぐらいな大きさのクッションを握っては離し、握っては離しを繰り返す。
ほとんど握力のなかった僕にはこれでも中々大変だ。何セットかやったあと指は震えてしまって握れなくなる。
次に腕の筋力を付けるリハビリ。これはゴムでできた輪っか状のひらべったい紐をつかって、腕で広げたり閉じたりする。
輪ゴムを大きくしたような感じだ。その間に腕を入れて広げたりする。
リハビリの行為自体は大変だが困るということはなかった。問題は、リハビリのトレーナー。
女性の人なんだが、教え方が赤ちゃんにお遊戯をさせるように教えてくる。
「はーい、じゃあこのボールをお姉ちゃんとニギニギしようねー?」
「それじゃ次はこの輪っかさんを広げられるかなぁ?」
といった感じ。
覚悟はしていたが中々つらい。
トレーナーさんの中では僕は見た目こそ小学生だが中身は赤ちゃんだと思っている。もちろんトレーナーさんだけではなくほかの先生や母さん達も。
リハビリ以外でも食事の時や採血などの検査の時も赤ちゃんのように扱われる。それに対して僕は何もできない。
何かすればボロが出てしまいそうだった。赤ちゃんがどんな反応するかなんて子育てをしたことがない僕にはさっぱりだ。
変なことをして怪しまれたり、それによって母さん達を余計に不安にさせるわけにはいかない。
僕はただ無表情で言われたことをやっていく。多少は赤ちゃんとしておかしいと思われるだろうけど変に行動するよりかはいいはず。
しかし1つだけ僕は腕が動かせる様になって行動することがあった。それはトイレだ。
まだ筋力がない為我慢は出来ないけど排泄感は事前に感じることができる。
僕は排泄感を感じたら腕でお腹を抑える様な仕草をする。
はじめは母さん達にものすごく心配された。
「お腹が痛いのっ?!蒼空くん?!」
「す、すぐに先生呼んでくるっ!」
「お兄ちゃんっ!がんばって!」
といった感じだった。しかし何度も続けていくうちにそれが痛みを伝えているのではなく排泄感を伝えているのだと徐々にわかってもらえた。
今ではお腹を抑えると
「はーいトイレね。ちょっと待ってね今用意してあげるから。」
という様に対応してもらえる。
未だに一人でトイレも満足にできないのは恥ずかしいが、漏らすのはもう嫌だった。
こうして事前に伝えられるようになってからはオムツではなく病室においてある簡易式のトイレで出来るようになった。
催すのを腕で伝えると母さん達は僕を抱き抱えてトイレへ座らせてくれる。そして出したのを確認したら綺麗にしてまたベッドへ戻す。
恥ずかしい事には変わりないがオムツよりはマシだ。それに、母さん達の手間も少なくなる。
リハビリが始まって1ヶ月がたった。握力はモノを掴んだり引っ張ったりできるようにまで付いてきた。腕にもある程度力を入れられる。
筋力がついてきたことで僕は一人で起き上がることが出来るようになっていた。起き上がるといってもベッドの上で上半身だけ起こすまでだがそれでも嬉しかった。
母さん達も喜んでいた。休日に母さん達3人ともがお見舞いに来てくれている時に初めて自分ひとりで起き上がってみせた時には目を潤ませながら喜ばれた。
母さんはリハビリ中も「頑張れ!蒼空くん!」と元気づけてくれていた。そんな母さんに喜んでもらえたのが僕は余計に嬉しかった。
そういえば父さんはリハビリ中時々辛そうな顔をする。
リハビリ中僕が汗をかいたりすると父さんはこまめに拭いてくれるのだがその表情には曇りがある。
介護が嫌になってしまったのか…とも思ったがトイレやマッサージなどは笑顔でやってくれる。僕は父さんの表情に疑問を持ちつつもリハビリに専念していた。
起き上がれるようになってからは下半身のリハビリが始まった。
腕のリハビリにも使ったゴムの輪っかをつま先に引っ掛けて腕で引っ張る。しばらく引っ張って止めたら違う足を同じように。片脚ずつを数セットやっていた。
ストレッチの意味合いと、脚に負荷をかけることによってより早く感覚が戻るようにするためのリハビリだ。
2ヶ月程そのリハビリを繰り返していた。次第に足に感覚がもどってくるのを僕は感じていた。関節もぎこちないが曲げられるようになった。
膝を曲げられるようになったのをトレーナーさんが確認すると次のリハビリへと移る。立ち上がって歩くリハビリだ。
これは前世で何度か見たことのあるリハビリだった。2本の手すりの間を立って歩くというもの。よくテレビでなんかやってたなと思う。
前世で見た経験だとかなり大変そうだったら。実際にやってみると想像よりかなり大変だった。
まず立ち上がることができない。腕の力だけで体重を支えようにも腕にはそれほど筋力がまだ戻っていない。当然トレーナーさんや母さん達に両腕を支えられながらなんとか立ち上がっていられる状態だった。
一人で立ち上がって居られる状態になるまでそこから1ヶ月かかった。立ち上がるだけでそれほどかかっていたのだ。
車椅子から手すりに手をかけて立ち上がる。しかしまだそこから1歩も歩いてはいなかった。
体重を支えるので精一杯。一歩踏み出そうとするとよろけてしまう。
汗だくになりながら僕はリハビリに専念していた。後少しで歩けるようになる。そんな気持ちが僕を焦らせていた。
父さんとトレーナーさんと僕の三人でリハビリをしている中事故が起こる。
何度も立ち上がっていた僕は腕の力が残っていないのにも気付かず立ち上がろうとした。
フッ!と力を入れて立ち上がろうとした時、リハビリで汗をかいていた僕は滑ってバランスを崩す。
腕でバランスを取ろうとしたが力が入らずそのまま倒れていく。
運悪く倒れていったのは後ろの方向。僕の後ろには車椅子。父さんもトレーナーさんも慌てて支えようとするが手すりの間に立ち車椅子の前にいた僕をとっさに支えることが出来なかった。
ガシャンッと大きな音がする。
真後ろに倒れた僕は車椅子の足を乗せる部分に頭をぶつける。これもまた運が悪く金具が出ている所だった。
痛みでうずくまる僕に駆け寄る父さん。
僕を抱き抱えて大丈夫かと声をかける。
「っ!蒼空!蒼空っ!!」
僕の頭を触った父さんの手には赤い血がべっとりとついていた。
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