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おはよう


岡部舞桜と野上蒼海が出会ってから数ヶ月。

桜の花が咲き誇る中、野上蒼海の小学校入学式が行われていた。


しっかりとした正装に見を包み、新しい環境への期待と緊張で胸を踊らせている新入生達。

我が子の晴れ舞台だからと気合の入っている保護者達。

そんな中に野上家族はいた。


野上渚はカメラを構えながら我が子の勇姿を収めようと意気込んでいる。そんな妻を横目に野上響は落ち着いた表情で娘を見ていた。


「もう小学生か……あっという間だったな。」

そう、感傷に浸っている。

娘が生まれてからはあっという間だった。元気に育っていく姿は時間を忘れさせるほど充実していたと、野上響は思う。

その一方で、もう一人の家族。野上蒼空が同じように元気な姿をしてくれていればとも考える。

だがもうそれで落ち込むような心境ではなくなっていた。野上蒼空は眠ったままだが成長してくれているのだ。

野上響にとってそれは娘の元気な成長と変わらない。いや、それ以上に喜ばしいことだった。野上響もまた、親として成長してきたのだろう。


「新入生代表、野上蒼海」


「はいっ!」


野上蒼海の名前が呼ばれると、その本人は力いっぱいの返事をして立ち上がり壇上へ登っていく。

幼稚園でも活発で明るく、その歳としては大人びていた野上蒼海は代表としてスピーチをすることになっていた。

スピーチと言っても所詮は小学生。仰々しいスピーチではなく、元気に頑張りますといった程度のスピーチではあったがそれでも野上蒼海は胸を張って役割を果たしていた。


そんな娘を見て野上渚は涙を浮かばせる。カメラのレンズ越しに見る娘はとても勇ましくかっこよかった。

あんなに小さかった娘が壇上にあがりその勇姿を見せつけている。それが彼女にとってとても感動的であり、嬉しかったのだ。

子育てという面において女性はあまり干渉できないのが実態だ。乳幼児の頃から父親の乳を飲んで成長していく子供に母親ができることは限られてしまう。当然仕事もある以上娘と接触する機会すら父親と比べればかなりの差が開く。

父親ならば娘の成長を細かく把握しながら行くことができるが、母親は違う。いつの間にか成長していたと思うことが何度も出てきてしまう。それ故に、こういった式典では子供の成長を父親以上に感じてしまい、涙を浮かべてしまう。

野上渚が例外なのではなく、母親全体がそうなのだ。よく見ると、周りの母親達も涙を浮かべている者や、涙を流し鼻をすすりながら我が子達の晴れ舞台を見守っている者もいる。



夢を見ている。

はっきりとこれが夢だとわかる。

手を伸ばしてもうまく掴めない。

歩こうにも足に力が入らない。

目を開けようにもまぶたが重くて開けられない。

そして思う。あぁ、夢を見ているんだな、と。


夢の中では音だけが聞こえてきていた。

聞き覚えのある声だ。泣いている。自分の名前を呼びながら。

なんで泣いているのんだろうか…僕はここにいるのに。

そう言いたかったが口がうまく動いてくれない。夢なのだから融通を聞かせてくれと思う。


しばらくすると今度はさっきと違って泣いていない、落ち着いた声が聞こえてきた。

毎日僕に会いに来るからと言っている。

ごめんなさい。せっかく言ってくれているが僕は目も開けられず話すことさえできないと。

その声のあと何回もおはよう。と声をかけられた。

その声は優しく感じたが、同時に寂しそうな感じもした。


しかし、突然その声は途切れる。次に聞こえてきたのは女の人の声。

彼の大事な子だからと、自分に向けられている言葉なのにどこか不思議な感じがした。


そして、次に感じたのは触感だった。手を握られている。優しく暖かい感触。

僕はこの感触を知っている。生まれてから……いや、生まれる前から知っていたはずだ……



次第に体の感覚が戻っていくのを感じる。まだ目は開けられないけど、手は動かせるかもしれない。

握り返さなきゃ。あの、暖かい手を……


男女の声が聞こえてきた。女の人の声ははじめは怒鳴っていたが次第に怯えた声に変わっていく。

男の人の声はそれを慰めるような、包み込むような声だ。


ごめんなさい、僕が起きる事ができれば止められたかもしれないのに。



今度は小さな女の子の声がした。とても怯えている。

そして手が握られる感触。その手からも怯えを感じられる。

怯えないで。そう思いながら僕はその手を精一杯握り返そうとした。



声がする。

僕の名前を呼ぶ声がする。

あれ、なんて名前だっけ…

僕はその声に耳を傾ける。


その声は僕を導くように呼んでいる。


僕はその声を追いかけるように、夢の中で追いかける。

うまく動かなかった足も動く。手も動かせる。


声の方へ向かっていくと強い光に包まれる。

僕は目を閉じている筈なのに眩しくて、目を強く閉じる。


光は収まっていき、代わりに花の香りがしてきた。

なんの花だろう。

嗅いだことのある香り。

僕がとても好きだった香り。

そうだ……これは…


「桜だ。」

そう、口にしたと同時に僕は夢から覚める。

見覚えのある天井。

見覚えのない身体。

そして、その手を握っている少女。


僕は、その子の名前を知っている。

その舞う桜の様に綺麗な少女を知っている。


「おはよう、舞桜ちゃん」


「おはよう、蒼空くん」



僕は、そうして目を覚ました。


主人公目覚める。

お待たせ致しました。

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