兆し
どうして。
そう渚に言われた。
病室の扉が開き、入って来たのは渚だった。
扉の前に立っている渚の目には怒りが感じられた。
病室の中へと入ってくる渚。そして俺に向かって言ってきたのだ。どうしてと。
「どうして…どうしてどうして!なんで今まで黙ってたの?!」
「っ!」
そうか。渚が今どうして怒っているのか。それを俺は今の一言で理解し納得してしまった。
何故記憶のことを自分に話さなかったのかと。愛する息子のことを隠し、嘘をついてまで生活してきたのかと。渚はそう言って訴えているのだとわかった。
渚が怒るのも無理はない…だってこれは俺のエゴ…自己満足に過ぎなかったから。
記憶がなくなったとわかった時にちゃんと息子のことを伝えていればよかったのかもしれない。渚が危ないなんてのは所詮俺の考えでしかない。
勝手に俺の考えを何も知らない渚に押し付けたに過ぎなくて、結局全て決めたのは俺自身だった。
「…ごめん」
謝ることしかできない。ごめん渚。渚を信じてあげていればこんなことには…
「ごめんじゃないわよ!なんでっ!私、蒼空ちゃんのこと忘れて!あんなこと!………あんなこと……」
渚のトーンが落ち着いていく。どうしたんだ。………まさかまた記憶が?!
「な、渚っ!どうした?!大丈夫か?!」
声をかける。しかし渚は頭を抱えて座り込んでしまった。
「渚っ!」
「あんなこと……蒼空ちゃんがいたってことは…………姉さんは………病院だって……」
渚は座り込んだままブツブツと何かを言っている。
「な、渚?…おわっ!」
突然渚が俺に抱きついてくる。
「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい響。ごめんなさい…」
抱きついてきたと思ったら今度はすがるように謝ってきた。 俺は訳を聞く
「な、渚?どうしたんだよ?」
「ごめんなさい…私、どんどん思い出してきて…ごめんなさい、ごめんなさい響、蒼空ちゃん……」
駄目だ。渚は震えながら抱きついてひたすら謝ってくるだけだった。
落ち着かせないと…
「渚?いったん落ち着いて話そう?なっ?」
そう言って渚を引き離そうとするもそれを振り解かれる。
「っ!嫌っ!やだ!離さないで!居なくならないで!」
渚はそういうとさらに力を入れて俺に抱きついてくる。
女の力で抱きつかれては俺には何もできない。
どうしたものか。そう思ったとき病室のドアがまた開いた。
「野上さん!息子さんがどうしました?!」
今度こそ先生だった。慌てていたのか息が荒い。
「野上さんっ……の、奥さんも…」
先生は渚に抱きつかれている俺を見てどう言っていいのやら困っていた。
しかし俺はそんなこと気にしている場合ではない。渚のこともだが、蒼空くんが動いたのだ。それを伝えなければ。
「先生っ!蒼空くんが動いたんです!さっき指が!」
「っ!?そんなバカなっ?!」
先生は信じられないと言った表情だった。
「す、すぐに検査します!……すいません、野上さん。検査が終わるまでは…」
「あ、はいっ。すぐに。……息子のことよろしくお願いします」
そう言って俺は渚を抱き抱えながら病室を出た。
妻の記憶が戻り、起きないと思われていた息子が動いた。慣れてきた日常が確実に変わり始めていた。
医療関係の知識が欲しい。




