命名
蒼空ちゃんを光さんに任せてから1ヶ月が経った。
俺は外に出ることができないので家で家事をしながら時間を過ごす。
「蒼空ちゃんはどれくらい大きくなったかな…髪はもう生え揃ったのかな?」
そんな事を口にしながら家事を勧めていく。
1ヶ月程度ではそこまで成長しないとわかっているのだが、今まで毎日見てきた分気になってしょうがなかった。
お昼になり自分の昼食を作っていると玄関の開く音がした。渚が帰ってきたのだ。
「ひ、響!遂にやったわ私!」
「どうしたの渚?えっと、仕事は?あとなにがやったの?」
渚は興奮しているのか声が大きい。
いったい何をやったというのか。
「私ね!遂に妊娠したの!子供ができたのよ!私と響の!」
ガシャン。と皿の割れる音。
俺は渚の言葉を聞いて持っていたお皿を落としてしまった。
……子供ができた?そんな…蒼空ちゃんの時は全然できなかったのに何故…
「驚くのも無理ないわよね…でも本当なの!お腹の中にはもう子供がいるのよ!ほらっ!」
そういうと渚は診断書を見せてきた。そこには妊娠5週目と書かれている。
5週目…そうか。あの日か。
俺は渚に襲われた日を思い出す。蒼空ちゃんが脳死判定された日。そんな日に新たな命を授かっていたとは皮肉なものだ。
「お、おめでとう渚……よく、頑張ったね。」
震えを抑えながら言葉に出す。
蒼空ちゃんがまだ目を覚ましていないのに新しい子供ができてしまった…俺はその事実が嫌だった。
蒼空ちゃんの変わりとして作ったようで…一人目がだめだったから二人目にしたんじゃないかと。
そんなこと思ってない筈なのに頭の片隅ではその言葉が浮かんでいるのだ。
「ありがとう響!今日はお祝いよ!」
渚は嬉しそうだ。
それもそうだろう。今の渚にとっては初めての子供なのだから。渚の頭の中には蒼空ちゃんは存在しないのだから。
「ごめん渚、驚き過ぎてお腹痛くなったからちょっとトイレに行ってくるよ。」
そう言ってトイレにいく。
お腹が痛いなんてのは嘘だ。今にも戻してしまいそうだったからだ。
トイレに入ると俺は我慢できず戻してしまった。
子供ができてしまった…あんな愛情のない行為で。その行為を嫌でも思い出してしまう。気持ちが悪い…胃の中のものが全部出てきてしまう。
俺はお腹の中の子供を愛せるのだろうか…。俺自身の望んでいなかった子を。ただ欲望のままに作られた子供を。
ダメだ。耐えなければ。
俺が今こうしているのも渚にとっては不満だろう。
渚からすれば一緒に喜び合いたいはず。実際蒼空ちゃんの時は一晩中お互いが泣きながら喜び合っていたのだから。
渚のところに戻らないと。
俺の感情なんて気にしている場合ではない。重要なのは渚の幸せなのだ。
今渚にとっての幸せは俺と妊娠したことを喜び合うこと。そのために俺は感情を押さえつける。
全ては愛する妻のためにと。愛せないなんて言わせない。愛さなくちゃいけないと。
それから半年、お腹の子はすくすくと成長していた。
子供ができた事で渚の束縛は多少和らいでいた。恐らく子供という揺るがないものを自らの身に感じているからだろう。
今日は病院で検査の日。
お腹の中の子の性別を判断するのだ。
検査が終わりロビーで渚と結果を待っていると名前が呼ばれた。
俺達は2人で診察室に入る。
「先生?私の子供はどうでした?」
渚が早く教えてくれという表情で先生に聞く
「ええ、とても元気に育っていますよ。…性別なんですが、おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
女の子。一回目の妊娠とは違う結果になった。
「響!女の子だって!…えへへ。女の子かぁ…帰ったら早速名前考えなきゃね!」
「う、うん。そうだな…」
蒼空ちゃんに妹ができた。もし蒼空ちゃんが寝たきりになっていなくて、元気に育っていたらどんな顔したかな。
きっと顔くしゃくしゃにしながら笑ってくれたんだろう。
そんな、ありえなかった可能性を思いながら家に帰る。
家に帰ると早速渚と名前を考え始めた。
「ねぇ、響は何か考えてた名前はある?」
渚が聞いてくる。
「いや、俺は何も。渚は?何か考えてたの?」
「私はねー実はかなり前から考えてたんだ。いや、考えてたってよりは頭の中にはあったというか…」
「ん?それってどういうこと?」
「いやーなんかね?赤ちゃんが出来たって知った時からぱっと頭の中に浮かんでたの。"次にできた子供の名前はこれにする"って感じで…」
ドキッとした。今、渚は次にできたと言った。蒼空ちゃんのことを忘れているはずの渚が。初めての妊娠だと思っている筈なのに…
「おかしな話よね。今回が初めてなのになんで次になんて思ってたのか自分でもわからないのよ。」
そう渚は言ってくる
無意識に覚えているのだろうか。蒼空ちゃんのことを…
「そ、それで?その名前はなんていうの?」
「あ、気になる?えっとね、その名前は――――――」
その名前を聞いたとき俺は涙が止まらなくなっていた。
「ちょっ!え?!どうしたのよ響!どうかしたの?!」
「ううん…なんでもないよ…ただっ…綺麗な名前だなって…っ!」
「も、もぅー大袈裟なんだから響はー!」
そんな渚を俺は抱きしめる。
「…ちょっ…ほんとにどうしたの?響?」
抱きついてきた俺を心配したのか、渚は優しい声で聞いてくる。
「ううん。本当に、素敵な名前だなって。…赤ちゃんの名前、絶対これにしような…っ。」
「そんなに気に入ってくれたのね。私も嬉しい。きっとお腹の中のこの子もよろこんでるわ」
そうして俺達はしばらく抱き合っていた。
子供の名前は蒼海。
蒼い海とかいて蒼海
空のように蒼く、すべてを包み込んでくれる海のような子に育って欲しいと。




