電話
パパ目線に戻ります!
あの日以降俺は光さんに会うことが許されなくなった。
渚は光さんにも憎悪していたのだ。
俺が先生と会うのに協力していたと。俺と渚の中を壊そうとしたに違いないと。
次の日に渚は光さんの家に行った。俺を連れて。
光さんの家のチャイムを鳴らす。
「はーい、今あけま…渚…。」
「姉さん。私がここに来た理由はわかるかしら?…わかるわよね?妄想の得意な姉さんだもの。」
「渚?どうしたのいきなり。な、何を言っているのよ…」
光さんが訳がわからないと困惑している。
しかし渚は気にせず続ける
「いい?私と響の関係は誰にも壊すことはできないの。絶対に壊れないんだから。そう、例え姉さんでもね。その証拠に―――」
そういうと後ろにいた俺にキスをしてくる。
あぁ、これで何度目だろうか。愛情を確かめ合う為じゃなく、ただ己の物だと見せつける為だけの口付けは。
「―――っぷはっ。…ねぇ?この通り。響は私のなの。私とずっと一緒なの。…わかったら2度と響に近づかないで。」
「…………渚…………。」
光さんは複雑そうな表情をしている。
そんな光さんに俺はすいませんでしたとしか言うことができなかった。…いや、ゆるされなかったんだ。
病院へは行く事さえしなかった。
光さんのように直接先生に会いに行くつもりなのだと思っていたが違った。
「あの女にはもう一回でも響と会わせてなんてあげない。」
とのことだった。
しかしいくら会わせないと言っても平日には渚は仕事で家にいることはない。仕事に行ったあとなんとか二人に謝りにいかないとと考えていたのだが―――
「いい?響。私が仕事に行っている間に二人に会いに行こうなんて考えないでね?…響の携帯からGPSの信号が私の携帯に送られてくるようにするからこっそりなんて行けないわよ。いい?仕事の合間に私が連絡したら必ず出ること。もし出なかったり、GPSの反応が外に出てたりなんかしたら―――私、何をしちゃうかわからないからね。」
完全に釘を刺された。これでは家から出ることが出来ない。蒼空ちゃんに会いにいくことはおろか、謝りにすら行くことができない…
「わかったかしら?……それじゃあ響、ベッドに行きましょうか。…姉さんの家に行ってから私、我慢できないの。ほら、早く、ね?」
そう言って俺の腕を掴み寝室へ連れて行く。
そう、あの日から俺は毎日渚と夜を共にしている。
愛情を深め合う行為ではない。ただ獣が餌を貪るように。自らの欲求を満たすためだけの行為。拒否権なんて許されない。圧倒的な女の力で押さえつけられ、蹂躙される。
俺はそんな行為をただぼーっと天井を見ながら終わるのを待つ。ただ考えることは一つだけ。
俺は、どこで間違ってしまったんだろう…。
翌日、渚が仕事に行ったあと家の電話から光さんのところへ電話をかける。
「はいもしもし、谷村です。」
谷村光。それが光さんの本名だ。そして、谷村というのが渚の旧姓。
「光さん。俺です、響です。」
「っ!響くん?!大丈夫なの?!」
「はい、俺はなんとか。…光さん、本当にすいませんでした。謝っても許してもらえないと思いますが俺にはこれしかできません。本当に、申し訳ございませんでした。」
俺は電話の向こう側の光に謝る。申し訳ないと。
「そ、そんなに謝らないでっ!私は大丈夫だから。…それより響くんはホントに大丈夫なの?渚、随分と暴走してたみたいだけど」
「ありがとうございます…。渚は…どうやら俺と先生が浮気をしていたと思っているみたいです。それが原因であんな行動に。光さんのところへ行ったのも、俺と先生のことに協力したんだって言って…」
「そう…だったのね。響くん、家の外には出られるの?」
「いえ、渚に監視されています。…この電話もなんとかかけられているって感じで」
置かれている状況を光さんに説明していく。
「…そうなのね。ねぇ?響くん。こうなってしまったら、警察に行ってもいいのよ?……いくら響くんの妻だとしてもこれは行き過ぎよ。警察にいって、しかるべき対応を―――」
「だ、ダメですそれは!」
光さんの言葉を遮るように俺は言う。
「それだけは…ダメです。元はといえば俺が渚にうそをつきはじめたのが原因なんです…。渚は悪くない。」
「っ!でも!その嘘は渚のために!」
「それでもっ!…嘘をつくと決めたのは俺なんです。…あの時、渚を信じて記憶を伝える事だってできた。それをしなかったのは俺なんです。だから、渚は悪くない。」
「!それでも!!」
「それにっ!……それにですね光さん。俺はまだ渚のことが好きなんです。俺の愛する妻なんですよ渚は。今はちょっと暴走してるだけなんです…だから、警察になんて行けません。」
「…響くん…」
そう、俺はまだ渚が好きだ。さっき言ったことも全て本心。
全ての元凶は、あの時判断した俺なんだから。
「…わかったわ響くん…でも、私にも協力はさせてもらうわよ。」
光さんが口を開く。
「蒼空ちゃんの入院費、今まで通り私が出すわ。」
「そんなっ!それはダメです!」
俺は焦る。これ以上光さんに負担はかけられない。
「じゃあ蒼空ちゃんのことはどうするのかしら?響くん、家から出られないんでしょ?お金はどうやって稼ぐの?それに、お見舞いだっていけないんでしょ?」
その通りだ。今一番の問題は俺ではなく蒼空ちゃんなのだ。
入院費が稼げないのであれば蒼空ちゃんは……
「そ、それは…」
「安心して。私だけじゃなく、母さんも協力するわ」
お義母さんまで…
「私と母さんで蒼空ちゃんの面倒は見る。入院費も、お見舞いにも私たちが何とかする。…だから響くんは今、自分のことを考えなさい。」
「………そんな……それじゃあ……」
だめだ。そんな事させられない。させられないが、解決策を俺は持っていない…
「それにね、響くん。蒼空ちゃんは私と母さんにとっては甥と孫なのよ。大切な家族なの。家族を守るのは当然でしょ?」
「…っ…光さん…っ!」
涙が出ていた。何もできない自分の情けなさに。光さんの優しい言葉に。
「だからわたし達に任せない。いいわね?響くん。」
「…っはい。どうか、息子をよろしくおねがいじまずっ!」
俺は泣いて嗚咽しながらお願いをした。もう、そうすることしかできなかったから。
「うん。よろしい……あとね響くん。響くんだって、私たちの家族なんだからね?……耐えられなくなったら逃げ込んで来なさい!お姉さんがなんとかしてあげるから♪」
敵わないなこの人には。心の底からそう思った。
「それじゃあね響くん。」
そういって電話を切る。
電話が切れたあと、俺は振り絞るようにありがとうございますと呟いた。
(使えない妹だったけど、たまには役に立つのね。……ダメ元だったけど、これならチャンスあるかな。)
この世界にはまだ黒い靄が存在している事に気づかないまま――――――
お姉さんいい人!
いい人!
……ほんとにいい人?




