治療
こっから先は結構パパ目線となる予定です
蒼空ちゃんの処置が終わるまで俺は治療室の前でただ座って待つ事しか出来なかった。
泣くこともできない。おかしいくらい悲しい筈なのに涙が出てこなかった。
俺はぼーっと蒼空ちゃんが生まれるまでのことを思い出していた。
俺と渚は住んでいた家が近かったせいか幼稚園に入る前から遊んでいた幼馴染みだった。
よくお母さんには「女の子と遊ぶ時には気をつけなさい?あなたは男の子なんだからね?嫌な事されたらすぐに言うんだよ?」と言われていて女の子に対する苦手意識はあったのだけれど渚に対しては自然と苦手意識はなかった。
渚と初めて会った時、渚は他の女の子達とは違ってオドオドしていて。そう、まるで男の子みたいだったんだ。
それまで同年代の男の子の遊んだことのなかった俺は自然と渚と遊ぶようになって……。
遊んでいくうちに俺に打ち解けてきたのか、渚も他の女の子と一緒でガサツな所も出てきたけど渚以上に俺が渚に打ち解けていたせいか気にならなかった。
今思うとこの時既に俺は渚のことが好きだったんだと思う。
それから先は幼稚園に小学校、中高も一緒だった。大学は別だったけど、それでも渚との関係は変わらなくて。
卒業と同時に俺は渚にプロポーズされた。
プロポーズの言葉はとてもかっこいいものとは言えないし、物凄く強引なセリフだったけど俺は泣きながらよろしくおねがいしますと返事をした。
結婚して同棲を始めた俺達は次に子供を授かろうとした。二人とも子供が好きだったし、なにより渚からのアピールが凄かったんだ。
仕事から帰ってきて疲れてる筈なのに渚はとても求めてきた。俺も、体力的にはきつかったけど喜んで受け入れていた。
だけど一向に子供は出来なかったんだ。
原因は渚の不妊症。精子の数が極端に少なく、例え卵子が来てもそれに到達できる精子が限られていたのだ。
病院から帰ってきたあと俺は渚に土下座された
ごめんなさい。ダメな体で。ごめんなさい。私のせいで。
一緒になる資格が私にはなかった。私と別れてくださ―――
俺はその時はじめて渚に手を出してしまった。男の非力な力だったけど、我慢できなかった。
「俺達は幸せになれるんだろ?!そんな理由で別れてたまるかよ!出来にくいってだけで子供が産めないわけじゃないだろ!!できるまで付き合えよ!勝手に終わらせるなよ!!」
そんな事を言った気がする。あの時は頭に血が上っていて、正直何を言っていたのかあまり覚えてい無い。
ただ覚えてるのは、俺がひとしきり叫んだ後に渚が泣きながらありがとうと抱きしめて来たこと。
その1年後に俺達は蒼空ちゃんを授かった。
俺も渚も病院で恥ずかしげもなく泣きながら喜んだ。
大切に育てようねと。俺達の宝物にしようねと。
性別が判明した時は言葉を失っていた。男の子だと病院の先生に聞かされ、驚愕していた。
保健の授業で「妊娠しても現代ではほとんど女の子しか生まれません。男の子は相当の運がないと出来ないでしょう。今こうして私の話を聞いている貴方達は幸運の証なのですから胸を張りなさい」と言い聞かせられる程のこと。
出来ないと思っていた子供ができて。しかもそれが男の子で。
俺は渚と幸せを感じていた。
世界が輝いて見えるとはこのことなんだなと実感していた。
そんな事を思い出していると看護師さんに蒼空ちゃんが別の治療室に運ばれたからついて来てくれと言われた。
看護師さんのあとをついていくとひとつの治療室に案内された。
NICU…新生児特別集中治療室だ。
バイオクリーンルームとなっているその部屋はガラス張りになっており廊下から中の様子が伺える。
「あちらの奥で治療を受けているのが野上さんのお子さんです」
そう言われて確認する。
視界に捉えた時、出なくなっていたはずの涙がまた溢れ出してきた。
吐きそうになり口を押さえる。
……ひどい……こんなの、あんまりだ。
数時間前まで元気だった蒼空ちゃんの喉には人工呼吸器であろう太いチューブが挿さっていた。
腕には点滴が挿さっており何種類もの液体がぶら下がっている。
痙攣を抑えるためか手足は治療台につながれており表情には生気など感じられない。
そう、自らの意思で生きているのではなく、医療によって生かされている。
死ぬのを許さずただ生かされている。まさにそれだった。
俺は自分の判断を後悔した。
愛する息子があんな姿にさせられたのは自分のせいだと責め立てた。
綺麗な姿のまま、安らかに眠らせてあげた方がよかったのではないかと。
それほどまでにガラスの向こう側にいる蒼空ちゃんの姿は酷かった。
NICUの前で項垂れていると先生がやってきた。
「治療自体は終了しました。幸いな事に呼吸器系の障害のみで循環器系は正常に働いていますので、早ければ3ヶ月ほどでNICUから出ることが出来るとは思います。」
「……」
「しかし意識が戻るまでは人工呼吸器は絶対に取り外せません。排出や食事といったことも出来ませんので病院での介護が必要となります」
「はい。……あの、先生。蒼空ちゃんの意識が戻る確率はどれくらいなのでしょうか?」
「……これはあくまで平均値なのですが、新生児を含めた子供が脳に障害をおおった場合意識回復した事案は全体の8%です」
「8%……約1割、ということでしょうか?」
「多少誤差はありますが、平均ではそうなっています。」
「わかりました。ありがとうございます。」
1割。それが今の俺が縋れる唯一の希望。
「…旦那さん、後ひとつお伝えしておかなければならないことがあります。」
「………。はい、なんでしょうか?」
「意識不明から回復の兆しがないと判断された場合、その患者さんには脳死という判断がされます。」
脳死…胸に突き刺さる。やめてくれ。希望を消すようなこと言わないでくれ……
「脳死と判断された場合、その、伝えにくい事ではあるのですが、ドナー登録を確認しないといけなくなります」
「………は?」
「新生児での脳死の場合、本人の意思でドナー登録を事前に済ませておくということができません。ですから脳死と判断された場合は専門機関のものがその両親にドナー登録の要請を―――」
「ふざけるな!!脳死?!まだわからないだろ!蒼空ちゃんはまだ生きてるんだぞ!ドナー登録?!認めるかそんなもの!!」
我慢できなかった。これ以上蒼空ちゃんを汚すな。穢すな。
頼むよ神様。蒼空ちゃんを、息子を助けてください…
「………失言でした。申し訳ありません。ですが、心構えはしておいてください。では私はこれから息子さんの治療について計画してきますのでこれで。」
そういうと先生は戻っていった。
あぁ、幸せな世界なんて夢だったかのようで…
俺はその場で耐えるしかなかった。
1割というかすかな希望にすがって。
「先生……よかったんですか?本当の事言わなくて……」
看護師が医師に問いかける。
「いいも悪いもあれは本当の事だよ。」
「でも、新生児のみの確率は3%以下で―――」
「今は、希望を持てる事実さえ伝えて上げるべきだよ。そうじゃないと、子供だけじゃなく親まで壊れてしまうから…」
「…はい。わかりました先生。ではほかの先生方に連絡をいれます。」
「ええ、よろしく。」
野上響の知らないところで世界はその輝きを鈍らせていた。
医療とか詳しくないのでこの数値ありえないとかツッコミやめたげてね(´・ω・`)
そしてブクマ25件突発ありがとうございます(*´ω`*)




