決断
俺は渚のところへ向かった。
看護師さんに聞いたところによると落ち着きは取り戻したが何かあるといけないのでこの前まで入っていた産婦人科の個室で休んでいるとのこと。
渚と話したい。
あの後渚はホントに大丈夫だったのか?
渚は耐えきれたのだろうか…。
蒼空ちゃんができたと知ったとき俺以上に喜び、泣いていた渚。
治療室の前で取り乱していた渚。あんな渚を見たのは初めてだった。
喧嘩した時だってあんなに感情に任せて叫んだりしてなかったのに。
気がつくと俺は走っていた。早く渚に会わないと……一緒にいてあげないと。
個室の前まで来るとさっきとは別の先生が待っていた。
「病院内では走らないでください…貴方が野上渚さんの旦那様でいらっしゃいますか?」
「ハァ…ハァ…す、すいません。はい。俺が旦那の野上響です。」
「奥様のことで話があるのですが―――」
俺は最後まで聞かずに中へ入っていった。
俺も限界だった。とにかく渚の顔が見たい。
「な、なぎ――」
「あら?響じゃない?どうしたのそんな必死そうな顔して。……ははーん?さては一人で寂しかったんでしょ?もぅ響は私がいないとダメダメなんだからー」
「な、渚?大丈夫なのか?」
「はぁ?どうしたのほんとに。大丈夫もなにもただの検査じゃない。まぁ残念ながら妊娠してなかったみたいで大丈夫ではないんだけど…帰ったら響が慰めてくれるらしいし結果的には大丈夫よ?」
「や、やめてくれよ渚。な、何言ってるんだ?検査ってなんだよ。お前そらち――」
「すいません奥さん、旦那さんにちょっと違う結果が知らされてたみたいでして…その説明がありますので少し旦那さん借りていきますね?すぐ戻りますのでゆっくりお待ちください」
「ちょっ!先生?!響ー?!」
渚の静止を振り切って先生が俺を病室から連れ出した。
「………旦那さん。さっきのことでお話がありますので、私の医務室まで来ていただけますか?」
「はい。」
俺はただ着いていくしかなかった。
「野上渚さんは一時的な記憶障害になっています」
医務室に入るなりそう言われた。
「安定剤を投与したあと、疲れたのか奥さんは少し横になってたんです。息子さんがNICUに運ばれると聞いて起こしたのですが、その時にはもうさっきの状態でした」
「…あの、渚は…妻はどれほど記憶を?」
「さっきの話しぶりからすると妊娠以前まで遡っていると思います。それ以外にも忘れていたり、逆に覚えている事はあるかもしれませんがはっきりとは……」
「原因は息子のことでしょうか?」
「はい、恐らくは。精神が耐えられなかったんでしょう。脳が身体を守るために一時的に記憶を閉じている状態だと思います。」
そう聞いて、俺は妙に納得してしまった。
あんなに喜んで、泣いて、痛みに耐えながら産んで。
そんな我が子の意識が戻らないと言われたんだ…俺が今こうして話を聞いていられるのも奇跡に近いのだ。
「…………妻の記憶は戻るのでしょうか?」
「いつ戻るかはわかりませんが、戻る事は戻ります。脳はまだ未知数な部分が多く私達にもわからない事は多いのですが、前例ではみな記憶を取り戻しています。」
「前例?」
「はい。こうした精神的ショックからの記憶障害は数多く事例があがっています。しかしそのどれもが時間差はあるにしろ元の記憶を取り戻しているんです。」
必ず取り戻している。そう聞いて俺は安心した。
「記憶が戻る方法といえば、様々な方法がありますが忘れている記憶を話して聞かせるというのがあります。忘れている記憶に強く結びついている人が話すことによってその可能性はぐんとあがります」
そう聞いて俺は考える。渚の記憶を戻して大丈夫なのかと。
渚は俺より蒼空ちゃんのことに耐性がなかった。記憶を自ら消してしまうほどに。
そんな渚に今の状況が耐えられるか?……絶対に無理だ。
少なくとも今の蒼空ちゃんに会わせることなんて出来ない。それこそ記憶だけでは済まなくなってしまうだろう。
俺が黙っていれば……俺が渚の分まで蒼空ちゃんを抱えてやれば……
「先生?お願いしたい事が―――」
4月23日
蒼空ちゃんが運ばれた翌日。俺は愛する妻を守るため、全てを背負って生きて行くと決断した。
主人公不在で話進んでいきます。
もう響さん主人公でいいんじゃないかな…




