2年間
蒼海ちゃんが目覚めた。
そう父さんからの連絡で病院に来た僕を迎えたのは抱き着いてきた蒼海ちゃんだった。
「蒼空先輩っ!」
「ちょっ!蒼海ちゃんっ?!」
抱き着いてきた拍子に点滴や心電図などが外れてしまい警告音が鳴り始める。
そんな音など気にする様子もなく蒼海ちゃんは僕のことを先輩と呼びながら頭をうずめ続けている。
「う、蒼海ちゃんっ!一旦離れよ?ね?」
「先輩っ!蒼空先輩っ!良かった……また会えたっ!!」
「せ、先輩?僕は先輩じゃなくお兄ちゃんだってばっ……」
「先輩……先輩っ!」
僕の声も耳に入っていない様子だった。
シャツは次第に湿っていき、蒼海ちゃんが涙を流しているとわかる。
「と、とにかく先生呼んでくるなっ!」
父さんは病室をでて先生を呼びに。
母さんはというと、蒼海ちゃんを落ち着かせようとしているのだが当の蒼海ちゃんの力が強く引き離せない。
丸2年眠っていたとは思えない力で僕をしっかりとホールドしている蒼海ちゃん。
「蒼海ちゃんってば!離れないと危ないよっ!」
「いや!もう先輩を離したりなんてしない!絶対に離さないんだから!」
「だから僕はお兄ちゃんだって!」
先生と父さんが病室に戻ってきても蒼海ちゃんは離れようとせず力いっぱい抱きついていた。
先生と父さん、母さんに僕の力でようやく蒼海ちゃんの手を離すことができた。
「いやあぁあぁぁっ!!!なんで!先輩と離れたくないっ!!」
「落ち着くんだ蒼海ちゃんっ!安静にしなさい!!」
「いや!先輩!助けて先輩っ!いかないで!!離れないでっ!!!」
騒ぎを聞きつけ看護師さんたちも病室へとやってきた。
大人数人がかりで蒼海ちゃんをベッドに押さえつける。
「っ!鎮静剤を!」
嫌だ、離してと叫び暴れる蒼海ちゃんを押さえつけ鎮静剤を投与する。
次第に落ち着いていたのか暴れる力が抜けていく。
「いやぁ……先輩……そらせんぱ……い……」
薬が完全に効いたのか、蒼海ちゃんは最後まで蒼空先輩といいながら眠りについた。
「あの、先生……今のは?」
「……おそらく記憶の混濁とそれに伴う拒否反応かと。」
散らかってしまった病室を片付けたあと、ようやく落ち着いて平沢先生と話始められた。
「2年間眠り続けたんです。眠る前との身体の変化や環境、眠る直前との記憶の違いからああなってしまったんでしょう。……本来は蒼空くんの時も先程のようなことが起こっているはずだったんです。これは、蒼海ちゃんが特別おかしいというわけではありませんのでそこはご安心を。」
平沢先生にそう説明され納得しかけるが腑に落ちないことがあった。
蒼海ちゃんは僕を蒼空先輩としきりに呼んでいた。お兄ちゃんではなく、蒼空先輩。
蒼海ちゃんには今までそう呼ばれたことなんてなかったし、呼びたいとも言っていなかった。
記憶の混濁というのならなぜそんな呼び方をしたのだろう?
記憶がぐちゃぐちゃになっていたとしても、そんな経験したことのない呼び方するのだろうか?
僕が一人で考え込んでも答えはでなかった。
結局は蒼海ちゃんがまた起きて話してくれるまでは解決することはなかった。
「荷物、持とうか?」
「……ありがとうございます」
「いえいえ、これでも僕先輩だからさ!」
「……」
「……そうだ、山崎さんって部活やってたりするの?」
「……」
「あっごめんねいきなりこんなこと話して……迷惑だったね、ごめん。」
「……部活は、やってない……です」
「っ!そうなんだ!えっと、塾とか習い事とかあるの?」
「……家の」
「うん?」
「……家のこと、やらないといけないので。」
「えっと、家事ってこと?……えらいね山崎さん!家の手伝いしっかりやってるだ!」
「……」
「あっ、着いちゃったね。まってね、今倉庫の鍵開けちゃうから……」
「……っ!」
「ん?っ!だ、大丈夫山崎さん?手首痛めたの?」
「なん……でもないですから、大丈夫です」
「いや、でも持つの辛そうに……ちょっと腕見せてみ……えっ」
「っ!!な、なんでもないですから!これは、転んだだけです!……私、家の手伝いあるんで帰りますっ!」
「あ!ちょっ山崎さん?!待っ――――」
ここ2年間、似たような夢ばかり見ている。
これは、前世での僕と後輩のことだ。
中学生の頃の、昔の記憶。そういえば、僕は山崎さんからも蒼空先輩って呼ばれていたっけ。
なんで、今まで忘れてたんだろう。夢を見るようになって、徐々に記憶が戻ったような気がしていた。
「おはよう、父さん。」
「あぁ蒼空。おはよう」
中学生になった僕は君付けをやめてもらい、蒼空とだけ呼ばれるようになっていた。
父さん達にやめてとお願いした時は「蒼空くんがグレちゃった!?」「父さん達のこと嫌いになったのか?!」と数日に渡って問いただされた。
顔を洗い食卓に着く。
「母さんは今日朝から病院に行くの?」
「うん、蒼海ちゃんがいつ目を覚ましてもいいように2人でついてようと思って。蒼空はしっかりと学校行ってきていいからね?母さん達に蒼海ちゃんのことはまかせなさいっ!」
「うんうん、父さん達に任せておけば大丈夫だから!しっかりと勉強してきな。」
「うーん……うん、わかった。でも授業終わったらすぐ行くからね?部活は休ませてもらうよ」
「ええ、わかったわ。3人で待ってるわね。」
「うん、わかった。」
僕は朝食を食べ終え部屋に戻る。
まだ真新しい夏の制服に袖を通し、着替え玄関を出る。
「行ってきます。」
外は相変わらず暑かった。毎年冷夏になるかもなんてニュースでやってるけど、今年もどうせ猛暑なんだろうと思う。
「あっ、おまたせ。待った?」
「ううん。私も今来たところ。それじゃ行こっか?」
「うん。あ、忘れてた。おはよう、舞桜ちゃん」
「おはよう、蒼空くん」
長かった髪を短く切り、涼しげなセーラー服に身を包んだ舞桜ちゃんがいつものように待っていた。
蒼海ちゃんが眠ってから、丸2年が経っていた。




