公開練習試合二年次 後編
タイトルを訂正しました。
魔法学校の剣代表の相手に、第一師団の小隊長が立つというのは異例のことだった。それが腕利きの剣士の一人であるというのも。
「まあ、可愛い剣士」
思わずフランシア王女が目を瞠る程、魔法学校代表の剣士は綺麗な少女だった。柔らかな金髪を編み込んで纏め、大きな翠の瞳をした凜々しいと言うより可愛らしさが勝った美しい少女は、レイピアの模擬剣を手に闘技場に現れた。
王国軍の剣士もまた、レイピア使いであり、長身の青年である。
双方とも、右利きで左手には楯代わりに短剣を持つ。
「さあ、お嬢さん。デューレイアが気に入っているというのだから、期待させてもらうよ」
「はい。お願いします」
気負いなく構えを取るフローネの姿に、青年剣士ジュリアードは真剣な目の中に、笑みを浮かべた。
「フローネ、頑張って」
審判席で、ルディは身を乗り出す。
「落ち着きなさい」
横でデューレイアがルディの肩に手を置く。
ルディにとって特別な存在である幼馴染みの少女の試合となれば、やはり見ている自分も緊張するものだ。
デューレイアに諭され、ルディは深呼吸をして気を落ち着かせる。
「レイピア使いを引っ張り出したか」
「ええ、わたしが知る限り、若手では一番ね」
素行の問題はさておき、彼はフローネにぶつけるには、うってつけの相手だった。
レイピア使いは鋭い剣を使い、相手の剣筋を読むことに優れているが、特にジュリアードは速さにおいて追随を許さない連続した突きを放つ。
「‥‥くうっ‥」
鋭い剣先をかろうじて避けられるのは、フローネの目と勘の良さだ。
だが、人に対する実戦を重ねてきたであろう剣は、確実にフローネを追い詰め、反撃の隙を見せなかった。
「良く避けるな」
「ああ、大したもんだ」
審判席の騎士達も、間断ない攻撃を躱す、あるいは受け流すフローネに感嘆の声を上げている。
しかし、彼等の目から見ても、フローネが防戦一方であることは明らかだった。実力ある剣士が、なかなか本気に近い、えげつない攻め方をしているからだ。だからこそ、彼等はよく耐えているフローネに感心してみせるのだった。
これが実戦経験の差であると、デューレイア達の訓練を受けているフローネは、改めて自身の未熟さに奥歯を噛みしめた。
デューレイア達は強い。けれど、上を見ればいくらでも強い人はいるのだと思い知るばかりだ。
フローネ自身も、身の軽さが彼女を救っていることは自覚している。
このままでは体力を削られる一方で、先がないことも。
勝ち目がないことはわかっている。けれど、手も足も出ないまま終わることは、フローネの意地が許さない。
突破口がないなら、こじ開けるしかない。たとえ、身を削ってでも。
上がる息のなか、フローネは必死にそのタイミングを計る。
これは試合で、殺し合いじゃない。
だから、そこに付け込む。そのくらいのハンデは、使わせて貰う。
ギリギリの手加減ができる力量差があるからこそ、できる一手だ。
右、左、左、右‥‥‥そして、フローネは飛び込んだ。
今っ!
無謀な踏み込み。けれど、殺し合いなら致命傷をもたらせる突きは、そうならないように威力を減じられずらされている。
それでも傷は負うだろうが、そのくらい覚悟しなければ、今の自分にはたった一つの反撃もできないのだ。
「フロー‥‥」
パンっと、手の甲でルディの頬を軽く張り、ブランが介入する。
無茶な踏み込みに、レイピアの突きがフローネの剣を飛ばす。構わず低い体勢から、突き上げた左手の短剣を上から押さえ込まれ、フローネは脚を払われた。
そこで、審判が終了を告げ、ジュリアードは突きつけていたレイピアを優雅な仕草で引く。
「大したお嬢さんだ」
ジュリアードが剣を審判役の騎士に渡し、柔らかく微笑み、倒れたフローネに手を差し伸べる。
魔法学校の二年次で、これ程使える生徒がいるとは思ってもいなかった。
目の良さも、反応も一級品だ。いってはなんだが、並の剣士では手に負えないと、デューレイアが忠告してきたのも納得だ。
この先、実戦経験を積めばどこまで伸びるか、末恐ろしい逸材であるとも思う。
可愛い外見を裏切る強さと、思い切りの良い大胆な攻撃は、感嘆の一言である。
「美しいお嬢さん、よく健闘したね。大丈夫かい?」
フローネに手を貸して、丁重に助け起こし、ジュリアードは労るように声をかけた。
「はい。ありがとうございました」
完敗だと、フローネは悔しいが素直に認めた。
手数の多さと剣の先を読み、速攻で攻めるスタイルのフローネであるが、手も足も出ずに、終始攻められ続けた。
捨て身の一手も、見事に対処されてしまった。
「それにしても思い切った手できたね。少しばかり、ひやりとした」
フローネの手を引き、審判の天幕にしつらえられた救護の場所へ連れて行きながら、青年は優しく微笑みかける。
「でも、通じませんでした」
「俺が相手だったからね。それも承知で仕掛けてきたんだろう。綺麗でしかも頭も良い。先が楽しみだ。さあ、傷が残らないようにきちんと手当てしてもらうんだよ」
相手の力量もちゃんと読めたのだから、上出来だと、ジュリアードはべた褒めする。
その一方で、ルディがブランに叱られていた。
「オレが止めた理由がわかるな?」
あのとき、フローネへの攻撃を風楯で止めようとして、ブランに無効化されたのだ。
「う‥それは‥‥」
致命傷となる確率を彼女自身でギリギリまで排除したうえで、傷を負う可能性を承知で、フローネは飛び込んだ。
ならば、負傷することになっても、止めてはいけなかった。
ルディの未熟さであり、幼馴染みの少女を過剰に庇うという悪手である。余計な世話どころか、邪魔になったと言われ、ルディは項垂れた
「済みませんでした」
「うーん、正直アレはねぇ、この子が手を出すのも無理ないわよ」
思い切ったことやるわねと、デューレイアは呆れながらもフローネを賞賛した。
「けど、良い経験になったでしょう」
フローネにも、ルディにもだ。
救護担当のヴィンヌに念入りに治療を受けているフローネを見て、ルディはほっとしつつも、きゅっと唇を噛みしめた。
何をやっているのかと、オリディアナは観客席で自嘲した。
気にしまいと思う気持ちと裏腹に、気がつけば視線は審判席にいる黒髪の男に向けられている。そして、当然のように、彼の隣にいる銀髪の少年が視界に入るのだ。
真剣に試合に見入る、立ち合い時の安全面を請け負っているのだという少年を指導しているブランの目がこちらに向けられることはない。
だが、自分の存在は認識しているだろう。それは彼の役目上ゆえだ。
こんなに自分勝手な感情を持て余し、情け無い未練に振り回されて、彼の姿を追ってしまう己れとは違う。
断ち切るべき想い、否、断ち切ったはずだったのだ。
恋情と、それに応えて貰いたいとの期待はない。さすがにオリディアナにも、自覚はある。恋に盲目になった乙女では、彼女はもはやない。
ならばと、無意識に求めながら直視しきれない視線の先を、オリディアナは避けるように、自国の王子と王女へと移した。
今回オリディアナは王子達の護衛としてここに来たわけではなかった。
彼女は後宮警護の騎士であり、外出時の王族の護衛は専任の近衛騎士の役目である。
もちろん、万一の時には近衛騎士の一員として、彼等の楯となるのは言うまでもない。
王国軍の各師団、とりわけ王都に拠点のある第一、第二、第三師団は、毎年の公開練習試合にいろいろな形で関わっている。
また、生徒達の腕を見ることも、仕事のうちだ。
特に見込みのある生徒を、将来の部下として抱えたいとの目的から、隊長クラスの騎士が見学に来ることは珍しくもない。
オリディアナも後宮騎士団の副長としての立場で、いままでも公開練習試合を参観に来ていた。
たまたま昨年は仕事があり魔法学校へは行っていない。ただ、それまではブランが公開練習試合はもちろん、会場に出ない裏方以外で学校行事に関わることはなかったから、オリディアナもある意味安心していたのだ。
それが、去年は審判席に黒の魔術師殿がいたと同僚から聞き及び、更に教え子を持ったと知り、動揺を隠せなかった。
銀の雛。
黒の魔法殺しの異名を持つ男が、唯一傍らに立つことを許したという少年。琥珀の影絵使いと戦い、その身を取り戻し、軍に復帰することを選んでまで、全身全霊で護り、導く者。
オリディアナは知らず、厳しい目を銀髪の少年へと向けていた。
空魔法を使い、いずれ魔力が人の境界を超えると言われている子供。
生まれ持った力だけで、あの男の傍らにいることを許されたのだというなら、認められないとオリディアナは思う。
だから、彼女は王女の望みを耳にした時、またとない機会が転がり込んできたと考えた。
「お兄様、わたくし空魔法が見たいですわ」
恒例の竜嵐四種の披露が無事終わったところで、フランシア王女が兄王子に願う。
二つ年下の、柔らかく緩やかに巻いた父王譲りのアッシュブロンドを大人っぽく結い上げたフランシアがジルレールの青紫の瞳を見詰める。
彼女の瞳は母方の祖母と同じ鮮やかな緑だ。
炎竜嵐を始めとした上級魔法はさすがの迫力で、フランシアも胸を高鳴らせた。しかし、空魔法はまた話が別である。
父王はルディシアールの作った魔石で転移魔法を使った。魔導士長も転移を見た。
自分も見たい。
「ふむ。銀の雛か」
ジルレールは真正面にある審判席の天幕に目を向けた。
そこに空魔法の使い手である少年がいる。その師である黒の魔法殺しとともに。
妹姫にねだられただけではない。彼自身も空魔法に対する興味が隠せなかったのだ。
「殿下、彼の雛の力を見たいとお望みとあれば、わたくしが舞台に引き出しましょう」
オリディアナが、王子達の望みに進み出る。
「オリディアナか。‥‥‥校長方、どうであろう。ルディシアール・クリシスを特別に出場させることはできないだろうか?」
騎士養成学校と魔法学校の校長二人は顔を見合わせた。
いわば王族の我が儘だ。命令ではないし、必ずしも従う必要はないが、一蹴できるものでもなかった。
第一、空魔法が見たいというのは、観客の大多数の望みでもあるのだろうから。
「後は二種目を残すところ。競技の終了後にというのであれば、時間を取れるものと。しかし」
騎士学校の校長が、魔法学校校長に問題を投げた。
「ううむ‥‥‥くれぐれも無理強いはせぬように頼みますぞ」
オリディアナとルディの師である黒の魔術師の関係を知っている校長達であった。ならば、それを理由に止めるべきだったのかもしれない。
しかし、このような場で、あえてそれを口に出すことは憚られた。そのため、オリディアナの申し出を拒む理由を彼等が見いだす前に、彼女は素早く行動に移った。
オリディアナの要請の矢面に立って、真っ先に難色を示したのは、デューレイアであった。
「それはルディシアールの利にはならないのではありませんか?百歩譲って、空魔法の披露という形で、殿下方と観客の期待に応えるとしても、貴女相手に模擬戦をする必要があるとは思えません」
模擬戦を申し込んできたオリディアナに、デューレイアは受ける意味がないと突っぱねた。
「これは己れの実力を示す場ではないか」
「ルディシアールは他の生徒とは立場が違います。何度も刺客に襲われているわ。その彼が、こんな場で己が手の内を晒すことに意味があると思っての要請でしょうか」
デューレイアの言うことは至極もっともであり、さすがにオリディアナもとっさに反論できない。
デューレイアの言うことが正論なら、オリディアナの要請は、空魔法が見たいという本来の希望に、私情を紛れ込ませたものであるのだから。
だが、オリディアナもそう簡単に引き下がる気はなかった。
「黒の魔法殺しの弟子が、模擬戦の一つもできぬというのであれば、やむを得まい。殿下方には、そのように申し上げよう」
オリディアナの挑発に、デューレイアはあからさまな皮肉で応える。
「公開練習試合の模擬戦は、ルディシアールでなくとも、前もって相手を選定していることはご存知のはず」
そんな挑発は、せめて生徒の実力に合わせた相手、つまり挑戦者である生徒を圧倒できる力量を持つ者という前提で話をしろと、デューレイアは言っているのだ。
オリディアナが目上の立場であるから、デューレイアもこの程度の言い方をしているものの、これが公の場でなければ、もっと直接的な皮肉が飛ぶことだろう。
彼らの後ろで、リステイアなどはあからさまに関わりたくないと、一歩どころか三歩は引いている。
「まさか、黒の魔法殺しの教え子に、魔法抜きの立ち合いをさせようというわけではないのでしょう?」
「わたくしが相手では不足であると言うのか」
オリディアナは腰に佩く魔剣を示す。
「見ての通りこれは魔剣だ。魔剣だけでなく、わたくしも魔法を使える。そうでなくば、このようなことは言わぬ」
オリディアナは魔法学校出身ではないものの、初級魔法をいくつか習得しているという。
実は騎士養成学校でも、魔力の高い者に対しての魔法訓練が行われる。それは魔力制御のためだが、ごく少数ではあるが、魔法を習得する騎士学校の生徒もいるのだ。
オリディアナも在学中に、初級魔法を使えるようになった一人である。
ただ、実戦で使うには魔剣があってのものだ。
「ルディシアールはわたしを含め、複数の魔導騎士相手に、訓練をしていると申し上げておきましょう」
口にこそ出さなかったが、魔導騎士でもない貴女では問題外であると、デューレイアは言っているも同然だ。
うわ、言っちゃったよと、リステイアは更に一歩下がった。
だが、デューレイアにしてみれば当然の言い分である。
駐屯地で訓練の相手をした第一師団の騎士達はもちろん、デューレイア自身も、竜騎士たるカウルスも、第一線級の魔導騎士だ。その魔導騎士を複数相手にした訓練を、普段からルディは行っているのである。
デューレイアにも魔導騎士たる矜持があるし、ルディは彼女にとっても可愛い教え子なのだ。馬鹿にするなと言ってやりたい。
「そこまで言われて、わたくしも引き下がれぬ。まずは、わたくしでは不服だという貴女の腕を見せてもらおう」
売り言葉に買い言葉、もとよりブランを挟んで互いに気にくわない者同士だ。
「望むところだわ」
「ま‥待って、姉さん」
「アンタは引っ込んでなさい」
女の意地に発展した会話は、互いに剣に手をかけ、闘技場の中央に向けて歩き出すことにつながった。
「デューア姉さん!」
いいわけあるかと、ルディは慌ててデューレイアを引き止めようと後を追う。
「万一、わたしが負けたら、貴方が仇を取ってね」
負ける気が、これっぽっちもないデューレイアの笑みに、ルディは唸る。ダメだ、これは。
まともな手段では止められないと思ったルディは、デューレイアの腕を掴んで上を見た。
上空を飛ぶ飛竜を、その視線に捉える。
「姉さん、飛翔使えたよね?」
「ええ」
何だと思いつつ、反射的に返事をした。
火魔法が得意ではあるが、実はデューレイアは風魔法も使える。飛翔は空中に浮く程度ならできると、ルディは知っていた。
あえて確認したのは、デューレイアに飛翔魔法を意識させるためだ。
つまり。
「デューア姉さんをお願いします」
次の瞬間、デューレイアは空にいた。
「ひっ飛翔‥‥カ‥カウルス!」
「うわっ」
突然ルディの声が聞こえたと思ったら、目の前、前方上空に現れたデューレイアを拾う形で、カウルスは飛竜を操った。
無事デューレイアの身を確保したカウルスは、胸を撫で下ろす。
「ルディ!アンタ何するのよっ」
デューレイアの怒声は届かないが、怒っているのは疑う余地もない。あとが怖いと思いつつ、ルディはデューレイアがカウルスの飛竜に拾われたのにホッとする。
「転移魔法だな」
「はい。これで空魔法をご覧になりたいとのお望みは果たしました」
もうこれで良いだろうというルディシアールに、オリディアナは不敵な笑みを浮かべた。
「いきなりであったからな。見逃した者もいよう。少なくとも、わたくしは不服だ。そなたの実力、わたくしに示してみよ」
数歩、闘技場の中心へと歩を進め、オリディアナは腰の魔剣を抜く。
「ゆくぞ。剣を抜け」
もはや問答無用でオリディアナは、ルディへと斬りかかる。
二人の間を一気に詰めてきたオリディアナに、ルディは困った表情を浮かべるものの、ブランやデューレイアに鍛えられた身体は、迷うことなく反応した。
自らに向かって振るわれた剣から身を引いて、ルディは風楯で剣ごとオリディアナを弾きとばす。
オリディアは転倒こそしなかったが、体勢を崩し蹈鞴を踏んで二、三歩後ろへと下がる。
その隙に、ルディは転移で彼女の間合いから大きく距離を取った。
わざわざ転移を使ったのは、一応観客の要望に応えたためである。
「このくらいで引いて‥‥‥くれないよね」
オリディアナが体勢を整え、再度剣を構え、魔力を集中しはじめたのに、ルディは目を眇めた。
彼女が自分の都合と感情を押しつけてくるからといって、受け入れられるものではない。
大人しいとか、良い子ちゃんという評価のあるルディだが、十四歳の少年でもある。そうそう我慢もしていられないし、腹も立つ。
オリディアナがブランに対する想いから突っかかってくるのも、ルディにとっては不当な八つ当たりだ。
それも、元々はブランへの一方的な恋情からである。
この女性は師にとって、不利益をもたらせるものでしかないと、ルディには思えてならない。
しかも、向こうからふっかけてきた喧嘩でもある。
だったら、派手に返り討ちにしたって構わないと、ルディはちょっとだけキレた思考でオリディアナを睨み付けた。
「〈水刃〉」
魔力を込めた魔剣を振り抜く度に、水刃がルディに向かって放たれる。
だが、そんなものはルディの風楯によって散らされ消えていく。
「それだけ、ですか」
侮ったわけではないが、あえて挑発してみせる。
「くっ‥‥‥水竜剣よ。我が魔力を食み汝の真の姿を現せ〈水竜牙〉」
公爵家の直系であるオリディアナの魔力は、魔導士に匹敵する程には大きい。その魔力の大半を費やして発動する魔剣・水竜牙の大技を、オリディアナは躊躇うことなく発動させる。
詠唱し、魔力を込めるのを、ルディは黙って待っていた。
オリディアナの掲げた魔剣が水の魔力を纏い、水流が渦を巻いて踊る。
一つ、二つ、三つと、ゆらりと水の竜が牙をむき鎌首をあげた。
オリディアナの箍も、ここにきて見事に外れている。
彼女はむしろ望んでいた。貴方の弟子が危険だと思うなら、止めれば良いと。
自分が愛弟子を殺すつもりで仕掛けたなら、彼はどんな顔をするだろうか。
彼女は本当の意味でルディを見ていなかった。認めようとしていなかったのだ。
襲いかかる三頭の水の竜を、ルディは無言で迎え撃つ。
振り下ろされた風の刃、気負うこともなく放たれたルディの風刃は、いとも容易く三頭の水竜を屠ってのけた。
更に、姿を失い、飛び散った水竜の魔力を飲み込み、強大な魔力を帯びた氷の礫が、オリディアナの周囲を取り巻いて立ち上がった。
本来なら殲滅魔法である氷礫乱舞だ。それが壁、否、檻となってオリディアナを取り巻いていた。
宙に跳ばされたデューレイアは、カウルスの前に乗せられ、地上のルディを睨み付けていた。
「もう、もしカウルスがつかまえ損ねたらどうするのよ」
「いや、俺がお前さんを落とすわけないだろう」
「そんなの、当たり前よ」
理由があって、オリディアナの相手をしたものの、まあ、わたしもついムキになってしまったと、デューレイアは独りごちた。
ただ、それはそれ、である。
「‥‥‥にしても、ブランに相手にされてないからって、ルディに八つ当たりなんて、みっともないにも程があるわ」
そのとおりだが、デューレイアも容赦がない。
「騎士姫のことか」
「他にいないでしょ」
王族の意向を背負ったオリディアナとやり合ってはまずいだろうと、ルディがデューレイアを退場させたのはわかる。
状況をカウルスに説明しながら、冷静さを取り戻したデューレイアも一応、ルディの行為に理解を示した。
もちろん、後で文句は言うが。
だが、闘技場の成り行きを見ていたデューレイアは思わず身を乗り出した。
「ちょっと、あの女」
ルディに剣を向けるオリディアナに、デューレイアは目をつり上げる。
更にその後のルディの魔法に、カウルスも顔を引きつらせた。
「いや、あれはキレているな」
「キレているわね」
考えてみればそれもありだ。なにせ、理由が理由である。
ブランが関わっているとあっては、ルディも引かないだろう。
「もう、仕方ないわね。カウルス、降下して」
「ちょっと待て。俺を巻き込むな」
「うるさい、今更でしょ。降りるの、フォローしてちょうだい」
言うなり、彼女はすでに剣を抜き、詠唱にかかっている。
「ったく」
聞く耳持たないデューレイアに、ため息一つでカウルスは諦めた。
自身を取り巻く氷礫乱舞の檻に、オリディアナは手も足も出なかった。
氷礫の檻は、そのままの位置から動かず、しかし、魔剣で撃ち込んでも、彼女の魔法ではびくともしない。
殲滅魔法である氷礫乱舞のこのような使い方など、通常はあり得ない。しかも、どのくらいの時間、あの少年がこれを維持できるのか想像もできなかった。
これが銀の雛と呼ばれるルディシアールの実力であるのかと、オリディアナは歯を食いしばる。
勝てないのはわかった。
けれど、負けを認めることもできない。
ならば、この身で突っ込んで玉砕してみせようかと、自虐的な考えまで浮かんだ。
だが、空から降ってきた炎の刃が、檻を打ち砕いて降り立った。
紅の炎槍を振るう、朱金の女騎士。
彼女の炎が、氷礫の檻を突き崩したのだ。
「ルディ!」
「姉さん‥‥‥手加減してよ」
「アンタ相手にできるわけないでしょ」
絶妙な位置取りをした飛竜から、カウルスの風魔法の補助を受け、飛び降りたデューレイアが、不敵に笑う。
彼女が全力で振り抜いた炎槍の威力を受け止めたルディは、すでに逃げ腰であった。
オリディアナはポカンと、己が隣に立つデューレイアを見詰める。
何故彼女がと、とっさに頭が働かなかった。
「あーもうっ」
一方、再登場したデューレイアに睨まれ、たちまちのうちに戦意を喪失したルディは、素直に逃げることにする。
転移で審判席に逃げ込み、ついでに天幕に触れて、転送魔法を使う。
ばさりと、頭の上に現れた天幕に包み込まれ、デューレイアは手に持ったロングソードを頭上に振るった。もちろん炎は抜きだ。
天幕を切り、裂け目から身体を出したデューレイアとオリディアナ。
ブランは天幕の消えた審判席で苦笑を浮かべていた。
「デューア、ここまでにしておけ。オリディアナ殿も」
ここが落としどころだ。
もともと、どちらが勝つわけにもいかなかった模擬戦だ。
ルディはブランの教え子にして銀の雛という立場から、負けるわけにはいかなかった。
また、公開練習試合であっても、勝ちを譲るといった形でもなければ、現役の王国騎士が生徒に敗れることも問題となる。
だからこそ、当初デューレイアはこの模擬戦をさせないように間に入ったのだ。そして、オリディアナを助ける形で介入した。
ブランの取りなしに、デューレイアは剣を収めた。
「いいわ。このくらいで勘弁してあげる」
デューレイアの言葉に、ルディはほっと肩を下ろした。




