アリアスの姫
一区切りついたところで、ブランは隣室のエイリックのもとへ書類の束を持って訪れた。
こちらも執務中であったエイリックは、書類を受け取った秘書官を一瞥して手を止める。
「閣下に一つ報告をいたします。先日、アルドグレイグの末裔に接触しました」
ご存知でしょうがとは、ブランはあえて口にしない。
「そのようだな」
上司であるエイリックが、ブランの行動を把握している、はっきりいえば監視に近いことをしているのは、端から承知している。エイリックもまた、悪びれるふうでもなく、それを肯定する返事を返す。
別に後ろ暗いことをしているつもりもないから、勝手にしろと放置していたのはブランの方だ。面倒だというのが、大半の理由である。
「其方と彼の家系とは過去に縁がある。何を考えてのことか、きかせてもらおうか」
こちらから切り出すのを待っていたのだろう、ブランの過去もあわせ、エイリックは為政者の一人としての目を向けた。
言外に、好ましくないと言っているのだろうなと、ブランは解釈する。
国政から離れ、引きこもっていた頃ならともかく、軍務に復帰した直後である。きな臭いと思われても仕方ないと、ブラン自身理解していた。
それに、旧アルドグレイグ領たる彼の地は、色々とややこしい地域でもある。
「わたしが下手に介入すれば、我が国に不利に働きかねない。閣下のご懸念はわかっているつもりです」
「ふむ。承知しているなら結構だ。なにしろ、うるさい輩もいるからな」
エイリックもブランも、鼻で笑い飛ばしたいところであるが、王宮の内外において派閥もあれば、他国出身であるブランを未だに快く思わない者もそれなりにいるのだ。
もっとも今の情勢で表立ってブランを陥れようなどと思うような輩は、さすがにいない。
王が自らの剣であると公言した存在の利用価値がわからぬ馬鹿が、そんなことをしようものなら、即行エール=シオンの王宮から排除されるだろう。
そのような馬鹿はわたしが有効利用しましょうと言ってのける恐い権力者は、何もエイリック一人ではないのだ。
「アルダシール准将軍、確認しておくが、アルドグレイグの末裔と言ったが、かの者は其方の子ではないのだな?」
エイリックも本気で言っているわけではないのだろう。表情こそ動かさないが、目の奥に何処か面白がっている光が踊っている。
「ヴェル・グラーノ、本名をヴェラール・アリアスというそうですが、レニエ・アリアスとヴェルド・グラーノの息子で間違いありません」
ここでエイリックを愉しませることもないと、ブランは無表情をもって事実だけを告げる。
証拠となる品をヴェルは所持していた。レニエは臍帯をもって魔法で作られる生母の証しに己が名を刻み、証書と共に我が子に与えていたのだ。
「普通であれば、美姫との浮名の真偽を疑いたいところだが、其方ではな‥‥‥冗談だ」
真顔で面白くもない冗談を言われても気分が悪いだけだ。
エイリックは秘書官に目を向け、とある書類を読み上げさせる。
「ヴェルド・グラーノ、セデスアルノのカルタール騎士爵の庶子で、黒曜の魔槍師、あるいは双黒槍の雷光と呼ばれた傭兵。アリアス伯爵家に勧誘され、騎士として仕官する。アリアス家としては、相方の双黒槍の疾風も共に召し抱えたかったようですが、こちらは断られています」
ちなみにカルタール騎士爵家は、過去にアルドグレイグの男爵家とも婚姻関係を結んでおり、アルドグレイグ滅亡後の調停に下っ端ながら関わった。それにより領地配分の端に引っかかり、現在のアリアス領に隣り合う小さな地領を得た家である。
「双黒槍は、当時セデスアルノでは有名であったようだな。その疾風、貴重な治癒士であり、二つ名を持つほどの腕の立つ傭兵であれば、喉から手が出るほど欲しかったであろうな」
無論、エイリックの発言は「双黒槍の疾風」がブランであることを承知のうえだ。特にブランが二つ名で呼ばれることを好んでいないことも知っていて、わざわざ口にしたのだ。
相変わらず愉しそうな目をしているエイリックに、ブランはしみじみと彼の性格の悪さを実感していた。
「まあ、ヴェラール・アリアスが其方の子だとは、わたしも最初から思っておらん。なにしろ、異名持ちの実子など、聞いたことがない故にな」
エイリックの言うように、異名持ちの実子は過去に記録がない。少なくとも、王国の知るところでは。
その理由として、魔力が人の境界を超え、身体が変化することで、彼等には子孫を残す能力が欠落するのだという者もいる。
それが事実であるかはともかく、実際に彼らには、強大な魔力の代償であるかのように、感情のあり方が常人と違うところがあるとエイリックは知っていた。
魔法がすべてに優先される。それこそが、異名持ちの持って生まれた特性だ。
それは銀の雛、ルディシアールも同じであると、息子のローレイから報告を受けている。
おそらく、魔力の暴走を招く危険性を避けるために、魔法が彼等の第一の本能として位置付けられているのだという説を、エイリックも正しいものと受け止めていた。
あるいは魔力の制御を崩さない枷かもしれない。激情を抱こうとも、魔法の手綱を誤らない一線が、彼らにはあるのだ。
その影響が表にあらわれた一つが、恋愛感情の薄さではないかと思う。
別に、彼らに異性への性欲がないわけではない。
ただ、少なくとも、異性に対する興味は、同じ異名持ちに対する執着に及ばないと、リュレやブランを見ていると納得できるのだ。
ゆえに、当時、親友であった男の恋人と関係を持つなどという厄介なまねを、ブランの為人からすればするはずもないと、リュレの証言と合わせて確信できた。
つきつめるところ、エイリックは女性から逃げるために引きこもりにまでなった男の甲斐性?など、元からないものと認識していたのだった。
「それに、リュレ殿にも聞いておる。アリアスの美姫は其方の好みではなかったとな」
当時を実際に知るリュレの証言であれば、至極納得出来るものだとエイリックが言えば、ブランは露骨に舌打ちしたくなった。
もし今のブランの内心を言葉にすれば、「あのババア、何を言いやがった」といったところだろう。
エイリックがヴェル・グラーノに関する調査をするうえで、当時の生き証人であるリュレに事情を聞くことは、ある意味当然でもある。あるが、リュレのことだ。面白がっていろいろ余計なことも口にしていそうだ。主に、女性関係についてのへタレ具合などについて。
「それで、近年ではレニエ姫の体調もかんばしくないと聞いているが、彼の者の望みは聞いているのであろう?」
セデスアルノ公国は南東はエール=シオンと隣り合い、西の国境はマルドナーク皇国と接しているという、大国に挟まれた国である。
独立国であるが、特にアルドグレイグ併合後はマルドナーク皇国側からは属国のように扱われていた。
北方には峻険な山脈が存在し、北東を接するユルグラード王国との間は、大きな渓谷を挟んだ険しい山岳地帯であるため、行き来が困難であり、事実上国交はない。
ただし南に存在するウェスカ王国が、古くからのエール=シオンの友好国であるため、エール=シオンとも敵対しない関係を保たねばならない、難しい外交を強いられている。
そのため、アルドグレイグ王国の滅亡時には、やむを得ずマルドナーク皇国に与したものの、終戦後はエール=シオンとの早期の国交回復に努めた。
セデスアルノ公国が旧アルドグレイグ国民を弾圧することなく、取り込むことを方針とし、難民対策のためにも、エール=シオンとの交易を早急に回復させる政策を取ったため、早くからマルドナーク皇国とエール=シオン王国双方の交易の窓口としての役割を獲得することになった。
「まずお断りしておきたいのですが、彼自身は、アルドグレイグの復興はもとより、血統による栄達を望んでいたとは思えません」
「平民との隠し子とはいえ、レニエ・アリアスの唯一の血を継ぐ者としての野心はないというわけか」
「その気であれば、とうの昔に名乗り出ているでしょう。わたしという伝手を使うつもりであれば尚更、今になってということはありますまい」
別に先代軍務卿のもとで軍務についていたときでも、魔法学校に引きこもっていたときでも、ブランを通してエール=シオンの王宮と接触することはできたはずだった。
なにしろ、レニエ・アリアスが夫である現アリアス伯爵の子を流産して、子を産めなくなったことから、彼女の血を引く者はヴェル一人である。
それは旧アルドグレイグ王家の直系最後の一人ということだ。
空魔法の宮廷魔術師が出た三百年前、アルドグレイグ王国は魔法大国と呼ばれた強国であった。
それが大戦で国力が衰え、領土も王都とその周囲を残すばかりとなり、かろうじて王国の命脈を繋いでいるという状況となる。
そして、アルドグレイグ王国が滅んだのは、今から六十七年前のことだ。
セデスアルノ公国の北方の人が踏みいることが困難な険しい山脈に端を発し、わずかに残されたアルドグレイグ領の西からいくつかの国を通り、ヴェルヌス湖に注ぐミラール川。
冬季は領土のほとんどを雪と氷に閉ざされる皇国は、南東の端とはいえ南へと下る川は欲っしてやまないものだ。
なにより、昔日の力を失ったとはいえアルドグレイグ王家の血統は、ウェスカを始めとする周辺諸国をまとめ上げる名目となる存在だった。
大戦後の周辺諸国に対する地盤固めに目処がついたところで、セデスアルノ公国を取り込み、皇国は弱った古の王国に手を伸ばした。
そして、セデスアルノ公国の離反により、瞬く間にアルドグレイグ王国は滅んだ。
だが、共に滅ぶ道を選べなかったセデスアルノ公国を責めるのも酷な話である。
戦勝国たるマルドナーク皇国はミラール川までを自国の領土に組み込み、アルドグレイグ王都を含む東部をセデスアルノ公国領とした。
アルドグレイグ全土を皇国領としなかったのは、一つにはセデスアルノへの報酬という意味がある。
そして最も大きな理由は、マルドナーク皇国がエール=シオン王国と国境を共有することを望まなかったからだ。
また、併合することによる旧アルドグレイグ王国民の反発を、マルドナーク一国に向けられるのを避けるためでもあった。
北方の強国の一つではあったが、突出した大国でなかったマルドナークは、大戦で領土を増やし、三大国の一角になったが、戦争による侵略の結果吸収した南から東部国境地方の治安は、決して安定したものとは言えなかったのだ。
反乱が繰り返し勃発していた南東方面を押さえつけ、セデスアルノを引き込むまで、アルドグレイグに手を出せなかったことからも、東部の平定は皇国にとっても大変なことであった。
この先、エール=シオンの隣国となる事で、皇国南東部の国境地方がエール=シオンを引き込んだり、その威を借りて反乱するなどの可能性は、極力排除したかった。
そのため、セデスアルノ公国は緩衝として、両国の間においておきたかったのだ。
ブランの言に、エイリックは頷いた。
「いかにも。アルドグレイグが滅んでから六十七年だ。今となっては彼の国を再興するのは不可能であろう。ただし、彼の血統は別の利用方法もあり得る」
近親婚を繰り返してきたアルドグレイグ王家は、王朝末期において王族と認められる者は数えるほどとなっていた。そして、王国が滅んだとき、生き残ったのは幼い王女一人きりである。
その王女と当時のセデスアルノ公国第二公子の間に産まれた唯一の子が、レニエ・アリアスであった。
そして、レニエの夫、つまり旧アルドグレイグ王都・アリアス伯爵領の領主としてあてがわれたのが、当時のマルドナーク皇王の庶子である。
その夫とレニエとの間に子は生まれず、次代は養子が継ぐことになっていた。
「次代のアリアス伯爵はマルドナーク皇家の遠戚から迎えた養子だ。そこに旧アルドグレイグ王家とセデスアルノ公家の血を引くレニエ姫の息子が現れれば、揉めることになるだろうな」
あくまで他国のこととして、突き放した言い方をするエイリックに、ブランも自らの見解を述べる。
「セデスアルノの国力では、マルドナーク皇国の圧力によって、皇国から押しつけられた養子が継ぐことに反対はできないでしょう。確か、公家に年頃の公女がいなかったため、遠戚の伯爵令嬢をアリアス家に嫁がせたということですが、このままレニエ・アリアスが亡くなれば、旧アルドグレイグ領はマルドナーク皇国の領地も同然。しかし、いかにセデスアルノがマルドナークの属国と噂されていようと、直ぐ隣が実質上のマルドナークの領地となることは、ウェスカが看過できぬでしょう」
実のところ、ウェスカ王国とセデスアルノ公国の関係は、昔からよろしくない。
どちらももとはアルドグレイグ王国から独立した国で、セデスアルノ公国は北に領土を伸ばし、ウェスカ王国は南西の小国と合併して現在の国を形作った。
ウェスカもセデスアルノも、マルドナーク皇国とエール=シオン王国の手前、かろうじて敵対することを回避しているようなものだ。
今のところはエール=シオンとの関係上、セデスアルノ公国もウェスカとマルドナークの間にあって、アリアス領を始めとする旧アルドグレイグ地方をもって一応の防波堤とすることで均衡を保っている。しかし、レニエという公家に直接結びつく存在が亡くなれば、セデスアルノ南部における力のバランスはより皇国側に傾くだろう。
セデスアルノ公家の血を引くレニエが亡くなれば、アリアス伯爵はマルドナーク皇国の後ろ盾を頼るだろうし、セデスアルノ公家の干渉力も更に弱くなることは目に見えているからだ。
「そのとおりだ。今でさえウェスカは危機感を募らせている。レニエ姫の息子は、非常に使える存在であると捉えるだろうな」
レニエでは、女性の家督相続は認められていないセデスアルノ公国の爵位を継ぐことはできなかったが、彼女の子は男である。まして、セデスアルノ公家の血も引いているのだ。公国の領地を継ぐという名目も立つ。
たとえ名のみの血統であろうと、大義名分があるとないのとではまるで違う。ウェスカとしては、旧アルドグレイグ王家の血統であり、実父がマルドナーク皇国の異名持ちによって命を落としたというヴェルは、アリアスの領主としては今より余程望ましい。
「それを承知で、彼はわたしに自らの生まれを明かしました」
「自身の栄達は望んでいないのではなかったのか?」
「おそらく、目的、いえ、願うことが違うと思われます」
白兎亭の一室での、ヴェルとの会話をブランは思い起こした。
自嘲を隠さず、ヴェルは正直に告白する。
「馬鹿なことであるとわかってはいるのです。ですが、わたしは母上の想いを叶えて差し上げたい」
だからこその今なのだ。
余命幾ばくもないレニエの本当の望み。
初めて彼女にであったときの、儚げに微笑むレニエの顔が、ヴェルの脳裏に浮かぶ。
赤子であった自分を手放した女だ。理由があったとしても、感情的にそう簡単に受け入れられるものではなかった。
世間の目を欺くための偽りの母親として、祖母に身請けされた元娼婦の女性が、親身になって育ててくれたから、尚更だ。
それなのに、差し伸べられたレニエの手を拒めなかったのは、榛色をした縋るまなざしに応えてしまったのは、父から受け継いだ血のせいかもしれない。
父である男を愛していたから、自分を産んだと言ったレニエの言葉は嘘ではないだろう。
けれど、ヴェルはレニエが自分に求めているものに気づいている。
我が身を愛し、護ってくれる存在。彼女はかつての父のような庇護者たることを、息子に望んだ。
「貴方はわたくしを護ってくださるわよね。貴方のお父様のように」
誰かに縋り、護られなくては生きて来れなかった深窓の姫たる彼女である。
レニエは、なんの疑いもなくヴェルが父に代わる救いの手となることを信じていた。
かつて、ヴェルドがすべてを捨てて、レニエを護ったように。
「ヴェルドはわたくしのために、白の幻妖精を殺してくれると約束したわ」
彼の父を語るレニエに、ヴェルは何度この言葉を飲み込んだことか。
「母上、その男はもういない」
約束は果たされたが、ヴェルドは帰らぬ人となった。
レニエを護ると誓った父の代わりである息子は、母の語る男のように戦えぬ自分を知っていた。
魔槍は失われ、共にあったもう一本の槍、白の幻妖精を斃した男も去って久しい。
だから、自らの存在を隠し、長じては吟遊詩人として故郷を離れて旅をした。せめて自らの存在が、母の災いとならないように。
いや、自分は逃げたのだと、ヴェルはずっと思っていた。
彼女の期待に応えられない自分が、彼女を失望させることが恐かったのだ。
だが、結果的にそれがヴェルの命を護ることにもなった。ヴェルドの忘れ形見と言えど、戦う力を持たぬ吟遊詩人だ。故に見逃された。
しかし、もし彼の母がレニエであることをマルドナークが知れば、生かしてはおかなかっただろう。
そして、政略によって夫となったマルドナーク皇王の庶子との子を、レニエが流産したことで、彼女は子をなす能力を失った。けれど、それはレニエが望んだことだ。
旧アルドグレイグ王家の血を引く、マルドナーク皇家につながる子供。アリアス領を継がせる傀儡として、レニエ以上に使いやすい駒。それを産むために、レニエは自分が生かされているのだと思っていた。
跡継ぎを産めば殺される。アルドグレイグ最後の王女であった母のように。
事実がどうであったかはともかく、レニエの母はレニエがまだ幼いときに病死している。
その恐怖が、彼女を捕らえて離さなかった。
だからといって、自ら腹に宿った子を流す手段などとれるはずもなく、けれど、彼女の願い通りに子供は産まれず、この先も望めぬものとなった。
それがレニエを長らえさせることにつながったのは、否定できない事実であるとヴェルは語った。
「母上は弱い。だから、生きていくためにも本当の望みに目を瞑り、ずっと考えないようにしてきた。でも、もうそれも終わりです」
二年前、ヴェルがアリアス領に帰ったとき、レニエは身体を壊し、別邸で療養生活を送っていた。
そのとき、気晴らしにと、数組の芸人が別邸に呼ばれ、ヴェルもそれに混じってレニエに面会する機会を得た。
「もともと母上は病弱なひとでした。そのときには、もう自らの先行きがそれほど長くないと感じ取っていたのでしょう。だから、本当の望みを口にしたのだと、わたしにはわかりました」
ヴェルの歌に感動したからと、側に招き、褒める言葉を紡いだ最後に、彼にだけ聞こえる声でそっと告げた。
既に六十を数えるというのに、乙女のような美しさを失わない顔で、柔らかく歌うような声で。
「とても良いお声ね。ふふ‥‥‥懐かしい歌。わたくしも昔、良くくちずさんでいたものよ。このように歌は人の口に残るもの。でも、わたくしは何も残さない。わたくしと一緒に失われる‥‥‥そうなれば良いわね」
たとえ聞こえた者がいても、子を残さず、失われるのはアルドグレイグの血統であると、そう考えただろう。
だが、ヴェルはそうは受け取らなかった。
「母上は憎んでいました。彼女の母、わたしの父、母上を愛する人を奪ったマルドナークと、それに従ったセデスアルノも。おそらくは、自らのアリアスの血も」
「成る程、レニエ姫の望みは復讐か」
すなわち、それがヴェルの望みでもあると、エイリックもまた理解した。
「閣下はわたしが彼に肩入れするとお考えですか?」
どうせ聞かれることなのだからと、ブランは先回りする。ブランとヴェルの父親との関係を思えば、当然の疑問だ。
「するだけの理由はある。と言いたいところだが、天秤にかける片方がいないのでは、話にもなるまい」
「否定はしません」
ヴェルドは過去である。
もし、ルディシアールと出会う前のブランであれば、過去に引きずられたかもしれない。
しかし、それはもはや仮定にしかならないものだ。現実であり、未来につながるものを、ブランは得た。
ヴェルの力になることはやぶさかではないだろう。けれど、それだけだ。ブランは既に選んでしまった。天秤は片方に傾き、この先決して動くことはない。
だからエイリックも、問題なく使える駒として扱う。
「ふ‥‥では、拾っておくべきだな。ウェスカの憂慮も気に掛かっていたところだ」
何より、ヴェルは潰れようと切り捨てようとエール=シオンには痛手とはならない駒だ。
ヴェルもその覚悟があってブランに接触してきたのだろうが、彼の望むところはエール=シオンとしても、マルドナーク皇国に対する報復を兼ねる牽制として、悪くない要件だった。
やり過ぎれば大火になるが、そこは落としどころを誤らなければ問題なしと、軍務卿、そして外務卿も判断するだろう。
ブランも止めるつもりならば、自分のところでヴェルの申し出を切ったはずだ。つまるところ、エイリックに話した時点でこうなることは読んでいたということになる。
「丁度よく、良き駒が飛び込んできたものよ。そうは思わぬか?」
しかし、彼を利用することは躊躇わなかったのではないかと、同意を求められてブランは少々憮然とする顔をした。
「心外ですね。わたしはそこまで人でなしであると、閣下に思われているとは」
この男にそこまで思われるのは、さすがに気分が悪い。自分と同列に置くなと、主張したいが、唯一点においては事実であるため、反論はやぶ蛇になると、ブランはそれ以上の反論は諦めた。
マルドナークは、エール=シオンが守護するルディシアールに手を出したのだ。物証こそなかったが、確信に至るだけのつながりはつかんでいた。
それは、エール=シオンの国としての矜持に傷をつけられたということでもある。さすがに、これを見過ごしては、国として侮られる。
故に、結果としての報復を目的の一つに置くエイリックの方針と、ルディシアールを護るというブランの望みは一致するのだ。
必要なら、かつて友と呼んだ男の忘れ形見であっても、エイリックが言った通り、ブランは利用し、切り捨てることを躊躇しないだろう。
それらをエイリックに見透かされているのは、今更だ。
「さて、この件については外務卿に話を通すべきであろうな。ランドルド殿ならば上手く使うだろう」
外務卿ウルスレイル侯爵の名を出し、エイリックは主導権を引き渡すつもりであることを告げる。
「言うまでもないが、其方の名を表に出すことはできん」
「心得ているつもりです」
さすがにマルドナーク皇国を刺激しすぎることになるため、表立って直接関わるなと釘を刺されたのだが、ブランにも異論はない。
「ならば良い。まあ、最悪でもセデスアルノは潰さずに済ませたいところだな。皇国と隣り合わせは面倒だ」
このあたりが、マルドナークとの手打ちとなる境界であろうと、エイリックは見当をつけていた。
大国同士の思惑に乱されるセデスアルノ公国に対する同情など、エイリックにはなかった。
かつてマルドナークに与し、火種を抱え込んだ、否、抱え込まされたのは、公国自身の責である。
アルドグレイグ最後の姫の報復を受け止める覚悟はあってしかるべきだろう。
そのくらいはセデスアルノ公国に期待しているエイリックであった。
説明といった話になってしまいました。




