騎士姫
実は今日、継嗣の謁見をするのはルディ達だけではなかった。
朝議が終わった後の、諸外国の使者との会見や、自国の貴族や官吏の謁見の後に、三件の継嗣のお目見えが予定されていた。
他の二件も伯爵家で、クリシス伯爵家、ルディシアールは一番最後だ。
「先程の元気はどうしたのだ?」
案内された控え室で、また萎縮してしまったルディに、リュレもブランも苦笑していた。
扉がみえる位置に立ったままのブランは、うろうろと歩き回っては立ち止まる落ち着きのない教え子に柔らかな視線を向けている。
「うう‥‥‥だって、王様だけじゃなくて、人がいっぱいいますよね」
加えて王宮の空気は、最初に来た時からルディにはあわずに、すっかりその時のことを思い出してしまったようだ。
王宮の視線は、学校で注目を浴びるのとはまた別のものだ。
魔法学校では良くも悪くも年齢特有の感情は、強く赤裸々ではあるが純粋なものがほとんどである。
自身に向けられる悪意も、仕方がないものとして流してしまえるものだ。そういう意味では、ルディは慣れている。
しかし王宮に集う者達が背負っているものは、生徒とは比べものにならない。
経験や責任の重さは、一筋縄でいかない屈折した歪みを生み出しもする。そして、代々積み重ねられてきた歴史が、王宮にはある。その相乗効果が目に見えるかの如きドロリとした重さとなって、ルディには感じられるのだ。
また、それはそのまま、ルディを縛る現実の鎖や傷つける刃になり得る力を持っている。彼等には権力を始めとした力があるのだから。それがわかるから、怖いし息苦しくもあるのだ。
「気にするなとはいわぬが、多くは無視しても構わぬ。お前を傷つけられる者など、そうはおらぬからな」
リュレが椅子に座ったまま、形の良い指でテーブルをトンと突く。
王宮の女官はルディが余計に緊張するだろうと、リュレが命じて下がってもらい、部屋にいるのは、扉の横で控えているアルセアドを含め身内の四人だけだ。
「王宮はお前を縛る鎖だが、護る楯でもある。それがわからぬ者など排除されるし、わかる者は手を出さぬ」
「ただ大きな力には反動がある。今はそれを忘れずにいればいい」
リュレもブランも、過保護といわれようとルディに負わせすぎる気はない。必死に抗い、前に進もうとしている子供だ。手助けを惜しむものではなかった。
扉の向こう側で、人の気配がする。
ノックの音に応対に出たアルセアドだったが、彼を押しのけるように、開かれた扉から一人の女騎士が入ってきた。
音もなくブランがその女騎士の前に移動し、リュレとルディを背に置く。
「ブラン・アルダシール殿」
長身の女騎士は近衛騎士の制服を纏い、後ろに亜麻色の髪の女騎士を従えていた。
灰金の長い髪を編み込んで結い上げた女騎士は、燃えるような強い青緑の瞳を、真っ直ぐにブランに向け、その名を呼ぶ。
「挨拶もなしか?オリディアナ殿」
伯爵家に与えられた控え室を訪ねてきたにしては無礼がすぎるだろうと、ブランは無表情のまま苦言を口にした。元公爵家令嬢とはいえ、オリディアナ自身は騎士だ。
感情のない声で正論を言われ、オリディアナは一瞬顔を顰めたが、ブランは構わず一歩横にずれ、場を空ける。
「金の魔術師様にはご機嫌麗しく。ご挨拶が遅れ申し訳ありません」
この場で最も高位なのはリュレである。右手を胸に当て、型どおりの礼を取ったオリディアナに、リュレは腰掛けたまま礼を受けた。
「オリディアナ殿にもご健勝の様子でなによりだ。しかし、わたしたちは陛下への謁見を控えておる。ご存知であろう」
遠回しに退室を望むリュレだったが、オリディアナはそれを拒む。
「存じております。が、ブラン殿に一つだけお答えいただきたいことがございます」
何かと、問われる前に、オリディアナはブランに向かいそれを口にしていた。
「再三、復帰を請われていたにもかかわらず、貴方はその気がないと断り続けていた。それを覆したのは、彼のためか?」
自分に向けられた敵意の籠もったオリディアナの視線に、ルディは身体を固くする。何故、そのような目を向けられるのか、ルディにはわからなかったからだ。
「それがどうかしたか」
にべもないブランの返答に、オリディアナは眦をつり上げた。
「かつてわたくしのために王宮を辞した貴方です。疎まれても甘受いたしましょう。ですが、銀の雛のために戻るということが、如何なる意味を持つか、わからぬ貴方ではありますまい」
「それは貴女には関わりないことだ、オリディアナ殿」
すっぱりと、一言で断ち切ったブランに、オリディアナはカッと頭に血が上ったのがわかった。
「関係ないはずがあるまい。貴方はその雛を選んだというのか」
わかっていた。
十数年前、ブランが王宮を出たのは、別に自分のためではなかったのだと。
それでも、ブランが職を辞したことで、王は表立って姪であるオリディアナの責任を問わずに済んだ。ブランが一人で責任を取り、身を引いた形になったからである。
振り向いてもらえなかった男だが、自分のためにと思うことで、オリディアナの矜持は保たれた。
しかし、ルディの存在はそれを打ち砕くものだ。
「コイツは貴女とは違う」
そんなことはわかっていると、オリディアナは口を突いて出そうになる叫びを押しとどめる。
王宮でもブランが過去に女性関係については、ことのほか淡泊であったことは知られていた。それが、この少年に対してはかつてないほどに想い入れるために、性的な嗜好について、あらぬ噂を立てている者達もいるが、所詮やっかみを含んだ根も葉もないものであると、オリディアナは理解している。
ブランがルディに向ける想いは、自分が彼に望んだものとは違う。だが、それは今の彼女の気を鎮めるものにはならなかった。
王宮が、ルディシアールが黒の魔法殺しの枷になると判断する程だ。この男にとって、かけがえのない存在であるということである。
女としての想いをブランに抱いた自分が、踏み込めない、触れてはならない領域だとわかっている。それでも、ブランが選んだというその一点において、オリディアナはルディシアールに憎しみに近い感情を抱いた。
自身で認めたくはないそれは、嫉妬だ。
「それを‥‥‥貴方が言うのか!」
十七年だと、オリディアナは思った。己が裡でくすぶり続けていた恋心は、それだけの年月を経ても未だに消えてはいなかったと、この男の顔をみればわかってしまった。
かつてと少しも変わらない青年の姿をして、自分の前に立つ男に、オリディアナは胸の痛みを怒りとしてぶつける。
どう言おうと、ルディシアールを肯定することは、自分を切り捨てることだとしかオリディアナには受け取れなかった。
一方で苦い気分をかろうじて表に出すことなく、傍観者となっていたリュレは、つくづく不器用な男だと心の中で罵った。
事実だが、恋愛感情を燻らせてきた女に正論が通じるとでも思っていたのかと言いたい。感情に正論をぶつけても、撥ねのけられるだけだ。
この朴念仁に、女心を理解しろというのが無理なのだろうが、理性と感情というどこまでも平行線な二つである。話したところで、穏やかにおさまるものではないのもわかってはいた。
だが仲介には入らねばなるまいと、リュレが口を挟みかけたところで、意外な人物の来訪を感知し、アルセアドを身振りで呼び寄せた。
リュレに囁かれたアルセアドは、直ぐに扉に向かい、訪ねてきていた人物を迎え入れるために、躊躇うことなく大きく開く。
「ご機嫌よう、金の魔術師様。前触れもなくごめんなさいね」
側仕えの侍女とともに、近衛騎士に護られた女性が微笑みながら、リュレに気さくに声をかける。
それに、リュレも立ち上がり礼を取る。
「王太子妃殿下」
王太子妃と聞いて、ルディも慌てて周囲に倣い頭を下げた。
「お取り込み中だったのかしら。リュレ様、お邪魔してもよろしくて?」
「もちろんだ、殿下」
リュレは国王の教育係を務めたこともあり、相談役でもある。また王太子の教育係の一人でもあったし、王太子妃とも親交があり、王家の信頼は厚い。
普段は王太子妃のこともエディアリーヌ様と、名で呼ぶほどだ。
「ところで、オリディアナ。貴女どうしてここにいるのかしら?」
「‥‥‥それは」
疑問形ではあったが、後宮を護る騎士であるオリディアナが職場ではないこの部屋にいることを咎めている内容だった。
無論王太子妃もオリディアナと黒の魔術師の過去は知っている。十年以上経っても、否が応でも耳に入るくらいには、有名な噂だったからだ。
落ち着いた茶色の髪を上品にまとめ、灰緑の瞳をした王太子妃は、着ているドレスも質は良いが派手ではない清楚な感じで、下手をすると地味に見えそうなくらいである。しかし、慎ましやかでありながら、理知的な雰囲気は王太子妃としての威厳となっていた。
オリディアナは王宮の近衛隊でも後宮を警護する騎士団、通称後宮騎士団の副長である。
王妃と王太子はもちろん、王太子妃と未婚の第二王女も今日の謁見の場に出ることになっているため、王宮の騎士とともに後宮の騎士もその護衛についている。
しかし、オリディアナは後宮詰めとなっているはずだった。特に王妃が配慮して、差配されたのだ。
「ご自分のお立場をお忘れになったわけではないでしょう」
言外に戻れと命じられ、オリディアナは口惜しそうではあったが、それに従う。
元公爵令嬢であり、王の姪とはいえ、今は近衛騎士である。王妃に次ぐ女性である王太子妃に言われてはどうしようもなかった。
「お手を煩わせてしまいましたな」
激昂しかけたオリディアナを宥めるには、ひとかたならぬ苦労と時間が必要だっただろう。なにしろ、今となっては問題はオリディアナの感情、それだけだといって良い。
「どうぞお気になさらず。彼女をこちらに来させてしまったのは、わたくしどもの不手際ですもの」
それから王太子妃は改めて黒の魔術師に視線を移した。
「初めまして、黒の魔術師様。王太子妃エディアリーヌ・ルキス・シオンです」
「お初にお目見えします、妃殿下。ブラン・アルダシールと申します」
隙のない身のこなしで、ブランは貴婦人に対する礼を取る。このあたり、王宮に出入りするのに必要だったため、過去にブランはリュレに礼儀を厳しく仕込まれていた。
王太子妃は初めて会った黒髪の魔術師を、見定めるように静かに見詰める。立場上、各国の王族、高位貴族の他にも、様々な力ある者たちに対面する機会のある彼女でも、異名持ちともなればやはり相応に緊張はするものだ。
それでなくとも、ブランの見た目は稀に見る美青年である。リュレもだが、異名持ちの美貌は一種飛び抜けていると、一国の王太子妃をして感嘆せざるを得なかった。
「申し訳ないエディアリーヌ様。これがもう少し女心というものを理解していれば、事をこじらせるものではなかったのだがな」
リュレの厳しい指摘に、ブランはぐうの音も出ない。
「女心とは殿方には理解しがたいものと、敬遠されているのでしょう」
女性による忌憚ない評価はともかく、ブランにしても、王太子妃の気さくでありながら、聡明さをうかがわせる毅然とした対応などには、好意的な印象を抱いていた。
そのため、先程とは打って変わった穏やかな空気が部屋を満たす。
「リュレ様。ご自慢のご子息を紹介していただきたいわ」
国王と共に公務の場に居る王太子に先んじて、銀の雛の顔を見にきたのだと、王太子妃は茶目っ気たっぷりな表情をしていた。
リュレに言われて、王太子妃の前に立ったルディは、ガチガチに緊張しつつ、差し出された手を取って、片膝を付き、礼を取る。
「初めてお目見えいたします、王太子妃殿下。ルディシアール・クリシス・ヴェーアと申します」
「初めまして、エディアリーヌよ。銀の雛と呼ばれているそうですね」
緊張で固くなっていたが、ルディの礼は十分に及第点を与えられるものだった。不慣れな様も、王太子妃の目から見れば、初々しく微笑ましい。
表情を綻ばせるエディアリーヌに、リュレやブランも、ほっとした暖かな目をしていた。
ルディの顔を見に来たのだと言った王太子妃は、その言葉通り程なく退室する。
気さくに接してもらっても、やはり王太子妃という身分にある人とあって、同じ部屋にいるだけで気を張っていたルディが、ほっと息を吐いたのも無理はなかった。
おかげでこれからもっと身分の高い、この国の頂点にある存在と対面することも、一瞬だけ頭から抜ける。
「オリディアナ殿のことは初耳か?」
敬愛する師に関わることとあって、気に掛かっていたのだろう、口にして良いものか悩んでいる様子のルディに、リュレの方から切り出した。
「あまり聞こえの良いことでもないからな」
あえて話したことはなかったというブランに、リュレはそんなところだと思う。隠すほどではないが、進んで耳に入れたいと思うことでもないと、この男は考えていたのだろう。
「オリディアナ殿の母君は、国王陛下の腹違いの姉君だ。先王陛下の第一王女であった方だな。今の国王陛下の母君は、最初のお妃を亡くされた先王陛下が、その後に正妃に迎えられた方だ」
エール=シオンは基本一夫一婦制である。ただ、跡取りができない貴族などには、妻公認の妾を持つ者もいた。
しかし大戦前は、エール=シオンでも一夫多妻が珍しくは無かったのだ。
さらに大戦時は力のある貴族は、戦で前線に出て、戦死者を出していた。
当時も今も、力ある貴族ほど国を護る責を負わねばならないという不文律が、エール=シオンにはあるためだ。当主や跡取りを失う家も少なくはなかったのである。そのため、家を護るために多くの妻を持つのもやむなしという風潮があったのだ。
それが大戦が終結し、三大国として一応の平穏を保っている今は、戦死者も比較にならないほど少ない。さらに嫡出子と庶子の跡継ぎ問題を嫌う傾向があり、一夫一婦が普通となっていた。
現王家においても、国王ユーヴィル・アスト・シオンの妃は、隣国ウルスリーゼ王国より迎えた正妃一人である。幸い、王子二人、王女二人という子宝に恵まれ、国王夫妻の仲も睦まじい。
だが、現王ユーヴィル自身は、先王の二人目の正妃との間にできた唯一の男子であった。
エール=シオンでは王家も貴族家も女子の相続が許されているが、やはり通常は男子が継嗣として優先される。
「先王陛下の第一王女殿下と、弟君であられる陛下とは十も歳が離れておいでであったからな。第一王女殿下はご自身のお望みもあって、成人なされると同時に、スティーユ公爵殿に降嫁された。オリディアナ殿は第一王女殿下の長女だ」
リュレがオリディアナの出自を説明すると、ブランがその後を継ぐ。
「オリディアナ殿は、お前が見たとおりの女だな。男勝りで、騎士学校を出て近衛騎士に就任した。まあ、それもこの国じゃ珍しくもない」
実際、高位貴族の子女であっても、魔法学校、騎士学校に学び、魔導士、騎士となることが珍しくないエール=シオンであったから、ブランの言うとおり、それ自体は問題ではない。
「ただ、なんというか男嫌いで、あの容姿のせいか、女にも人気があってな。近衛に配備され、騎士に叙勲された二十歳の頃には、女の取り巻きを引き連れていた。‥‥‥俺も、近衛は管轄でなかったから、気にしちゃいなかったんだが、どういうわけか興味を持たれたらしくやたら絡まれてな‥‥‥」
軍務卿の参謀であったから、地位としては准将軍格であったが、表には滅多に出ず、王国の護り刀として、裏で動くことの多かったブランと、近衛のオリディアナは軍務では接点がほとんどなかった。
ただ、城に上がることもあったから、たまたま何かの拍子で、ブランを見知ったオリディアナの方から、接触してきたのだという。
王の姪である女騎士など、ブランとしては関わり合いたくなかったというのが、今も昔も変わらない本音だった。
それこそオリディアナからあからさまな好意を寄せられるようになって、対処に困ったものだ。
「オリディアナ殿は目立つ方だったからな、これに入れ込んでいると、あっという間に噂になったものだ」
王宮での恋愛沙汰は絶えないし、とにかくこういった噂は人の口に上るのも早い。リュレが言うように、あっという間に噂は広まったという。
「それで、その‥‥‥先生は‥‥‥?」
オリディアナと付き合ったりしなかったのかといった感じで聞いたルディに、それはないとブランは即座に否定する。
「お前、その頃俺が幾つだったと思ってんだ。倍以上も歳が違ったんだぞ」
「そんなことは問題ではあるまい。単にあれがお前の好みではなかっただけだろう」
それについては、リュレが笑いながら混ぜっ返した。
「とにかく、それでオリディアナ殿がやらかしてくれてな」
「かなり話が進んでいた縁談を、これの名を出し、公の場で蹴り飛ばしたわけだ」
「それって、すごくまずいですよね」
ルディでもわかる。
王の姪で、公爵令嬢でもあるオリディアナの縁談相手が、そんじょそこらの貴族であるわけがない。リュレは具体的な名を出さなかったが、そのくらいはルディにも想像が付く。
要は、そんな相手を公の場で振ったというのだ。
「俺がただの子爵だったら、現実に首が飛びかねん話だ」
下手をすれば、とばっちりで命がなくなるようなことだと聞いて、ルディはゾッと顔を引きつらせた。
「なんだって、そんなこと」
過去の話とはいえ、敬愛する師の命をなくしかねなかった真似をした女性に、ルディは怒りすら覚える。
「まさか異名持ちの首を飛ばすわけにもいくまい」
さすがにこのようなことで、王国の戦力の切り札である黒の魔法殺しを失うわけにはいかない。だからこそ、オリディアナはそんな暴挙に出たわけだが。
オリディアナとしては、意に添わぬ縁談を潰したうえで、あわよくばブランと結婚せざるを得ぬように仕向けたかったのだろうと、リュレは推測していた。
オリディアナの決まりかけていた縁談さえなければ、黒の魔法殺しを王国に繋ぐ有効な手段として、彼女との婚姻はあり得ない話ではなかったからだ。
「相愛であったならともかく、ブランにその気がないのは、明らかだったからな」
靡かぬ男を手に入れるためなら、自身も公爵家から放逐される覚悟がオリディアナにはあったにせよ、彼女への恋愛感情が皆無であったブランにしてみれば、迷惑以外の何ものでもない。
「手っ取り早く事を収めるには、俺が王宮からいなくなればいい。だからそうしただけだ」
妙な噂は飛び交うし、下手をすればありもしない責任を取らされ、オリディアナとの婚姻を強制されかねない恐れもあって、まったくやっていられるかといった状態だったのだ。
王宮から辞することで、内外にオリディアナとの婚姻の意思がないことを示し、同時に引責の形を取ることで事態の収拾を図った。
「ふん。面倒を嫌っただけであろうが、横着者め」
ブランの本音は、リュレや、ブランの直接の上司であった当時の軍務卿にも明白であった。
「そう言いますがね。師匠だって止めなかったでしょうが」
「まさかお前がこれ幸いと、二十年近くも引きこもるとは、思っていなかったからな」
ブランの思惑はともかく、それで事を収めるべく、王に進言したリュレや、軍務卿を始めとした首脳陣がうまく動いたおかげで、事が比較的穏便に収まったのは確かだった。
「なにしろ魔窟は居心地が良くてですね‥‥‥いい加減、オリディアナ殿の頭も冷えていると思ったんだがな」
「冷えてはおったのだろうよ。問題はオリディアナ殿の女としての矜持だ。お前がルディを選んだことで、負けた気になったのだろう」
まさに、的確にリュレはオリディアナの気持ちを見抜いていた。嫉妬が、鎮火したはずの恋心を屈折した形で呼び戻してしまったのだと。
「こいつは、彼女とは全然違うんですがね」
どこまで理解できているのか、ルディはどこか納得出来ない彩を表情に乗せていた。
ルディを選んだことは肯定するしかないが、そもそもの立ち位置がオリディアナとはまるで違う。それは彼女にも言ったはずだ。
「そんなことはオリディアナ殿とて承知だ」
「それでも、ですか」
「そうだ。感情はままならぬものだと、お前とてわかるであろう」
誰でもない、それこそオリディアナ自身が最も良くわかっていることだ。




