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魔導具職人

 当然のように、夕食を食べていくかと誘ったルディに、エルもフローネも二つ返事で答えた。

 二人が騎士達に追加の稽古を付けて貰っている間に、ルディは夕食の準備を進める。

 水魔法で材料を洗い、手早く皮をむき、風魔法で切り刻む。焼いたり煮たりするのは火魔法である。足りない食器や臨時の調理台などは、土魔法で作成するといったように、魔法を駆使して、九人分の料理を作る。一食分はお隣への差し入れであった。材料を取り出すのと、配膳は空魔法だ。出来上がった料理は、食べ始めるまで凍結魔法がかけられている。

 最初の頃はデューレイアがその様に頭を抱えていたが、さすがにもう慣れた。

 普通に手作業で料理をすることもないわけではないが、人数が多いのと、調理時間を考えれば、ルディの場合こうなってしまうのだ。

 本来カウルスとネリーネは今日は非番であった。彼等にリステイルを加えた三人が持ち回りで、大体魔窟での警護を担当している。魔窟と黒の魔術師、デューレイアという凶悪な取り合わせに平気な、ある意味慣れた三人に、いつの間にか周囲が押しつけたようなものだ。

 補助として数人の兵士も研究室の周囲にはいるが、食事を一緒にするのは、固辞していた。どんなに美味しい食事でも、面子が怖すぎる。とても喉を通らないだろうからだ。

 近頃では非番でも、特に予定がなければこの時間に、大抵同じ面子が顔を揃えている。目的がルディの作る料理でも、第一級の戦士である彼等が、こうやって訓練に付き合ってくれるのだから、そのくらい安いものだ。

 「美味しいっ幸せ」

 「お前、すげえ腕あげたな」

 念願のルディの料理が食べられたフローネは、満面の笑顔である。エルもまた相好を崩していた。

 今日の夕食は冬野菜と鶏肉のポトフと、ベーコンに南瓜や馬鈴薯、玉葱のはいったキッシュだ。

 「ねぇルディ、唐揚げかフライ、あったら出して」

 パンを食べながらデューレイアがリクエストする。

 「太るぞ」

 「何か言った?カウルス」

 「邪魔くさい胸みたいに、腹まで出てきたりして」

 余計なことを言ったカウルスは睨みつけ、ネリーネには売り言葉に買い言葉で、ちゃんと逆襲する。

 「アンタはやめとけば。お腹が胸より大きくなったら困るものね」

 「後で裏ね」

 剣呑な目つきで物騒な誘いをかけつつ、ネリーネも食べないとは言わない。

 怖い女の争いに口を挟まず、ルディは黙って収納空間から唐揚げを出し、皿に盛って机上に置いた。リュレの館で、ケイレイと山ほど揚げたものの一部である。

 「うめぇ!ルディ、これなんだ?」

 揚げて直ぐに収納空間に入れたから、揚げたて熱々のままだ。

 「こっちが蛸、それは大海蛇(シーサーペント)

 口に入れたのがシーサーペントの唐揚げだと聞き、エルは目を白黒させた。

 「んな大物、何処で手に入れたんだよ」

 「聞かない方が良いと思うぞ、精神上」

 自分が聞きたくないと思ったカウルスの忠告に、エルは素直に従った。なんとなくそうした方が良いと、直感したのだ。


 夕食を堪能し、食後のお茶をいただいているところで、フローネが真剣なまなざしでルディを見据えた。

 だが、意を決したようにデューレイアに目を向ける。

 「お話ししたいことがあります。お時間、いただけますか?」

 「いいわよ。女同士の話ね」

 二人きりで話したいから男共は来るなと言外に言い置いて、デューレイアは席を立った。フローネを伴い裏へ行く二人に、心配そうな視線を送っているルディに、カウルスは首を振った。

 「女の話と言ってただろ。男が首を突っ込むもんじゃない」

 ブランは黙ってお茶を飲んでいる。それは無関心ではなく、カウルスの言うように干渉しないという意思表示だ。


 寒風が吹き話をするには不向きであるものの、あえて研究室の結界の外に出る。

 「さて、大体見当はつくけどね。一応聞くわ」

 「ありがとうございます。では率直に聞かせて貰います。貴女はルディに女性としての感情を持っているのですか?」

 「あー、いきなりきたわね。じゃわたしも正直に言うわ。その通りよ」

 まどろっこしいやり取り抜きでの問答は、デューレイアも嫌いではなかった。まして、この少女はまっすぐで頭が良い。

 「わたしは面食いなの。それに、自分より弱い男は好みじゃないわ。ルディは将来イイオトコに育つ。放っておく気はないわね」

 「わたし、ルディが好きです」

 フローネの宣言に、デューレイアは頷いた。

 「知っているわ。恋愛に口出しするのは本来、わたしも趣味じゃないんだけど、あの子は大事な弟分だし、貴女も真剣なのはわかっている。だから言わせて貰うわ。貴女はどこまで覚悟ができているの?」

 「わたしは」

 「ルディシアールは異名持ちになる。それ程先のことじゃないわ。言ったわよね、ブランはあの姿でもうすぐ六十五歳になる。ルディは、おそらく彼よりも若い姿で時を止めるわ。貴女が歳を取り、老いた時も、彼は若いまま。女である貴女は耐えられるかしら」

 まだ子供といって良いフローネには、実感がなかったことだろう。突きつけられた事実に、フローネは息を飲んだ。

 共にあろうとすれば、いずれ直面することになる。

 フローネが真剣に自問している姿に、デューレイアは満足する。上っ面な決意など聞く価値がないからだ。答えられなくて当然だと思っていた。

 「今すぐ答えろとは言わない。ただ忘れないで。わたしたちは皆ルディを置いていくことになる」

 それはどうしようもない事実だ。魔力が強ければ寿命も長いとされる。フローネもデューレイアも、普通よりは若い姿で長く生きられるだろう。それでも、人としての境界を超える魔力の持ち主とは、生きる時間に隔絶した差があるのだ。

 「‥‥‥でも、それは今じゃない」

 「それがわかっていれば良いわ。先のコトなんて、本当のところわからないしね」

 なるようにしかならないと、デューレイア個人としては開き直っている。刹那的と揶揄する者もいるが、根が前向きな性格をしているのだ。

 「ただ、彼等の方の問題はそれだけでもないのよね。特に、ブランが良く言うの。異名持ちは人として壊れているって。魔法以外の全部を切り捨てられるから」

 それは彼等の自衛だとデューレイアは思う。そうしなければ生きていけない程の力を持たされた者の本能だ。

 「でも、わたし達がそれに付き合う必要はないと思わない?」

 挑発するように綺麗に微笑む女騎士に、腹立たしいほど強い女をみて、フローネは腹の底に力を入れた。

 「わたし達がルディの側にいられるのは、足手まといにならないって決めたから。わたしがルディを好きな気持ちが変わらないってわかったから」

 自分達を切り捨てて、ルディが苦しまなかったはずがない。自分達と積み重ねてきた年月は、簡単に捨てられるほど軽いものではないはずだ。だからこそ、フローネは自分の想いを譲らないことで、ルディの決めたことを覆した。

 「そうね。言うまでもなかったか」

 負けないと、この女性に負けたくないと、心底からフローネは思う。

 「だからって、わたしが大人しくルディから手を引く、なんて思わないことね」

 話を戻して、デューレイアはきっぱりと宣言する。

 「正直に獲らないでって頼んでみたら?」

 聞いてなんかやらないけどと、デューレイアは自身の優位を主張するように、ことさら高慢に言った。

 「渡しません。頼む必要なんかないもの」

 それを真正面から迎え撃ち、フローネは目を反らさない。度胸の良さはもとより一級品だ。




 「おい、ルディ」

 コソリと、エルはルディの側によって脇腹をこづいた。

 「なに?」

 「お前さ、デューレイアさんとどこまでやった?」

 男同士の話だと、エルは興味津々な顔をして聞く。

 「な‥何言ってんだよ‥」

 「だから、あの胸、触ったりさせてもらったとか。フローネには内緒にしとくから、大人しく吐いちまえよ」

 内緒話だと、声を潜めたエルの露骨な問いかけに、ルディは思わず周囲を見回した。

 知らんぷりどころか、カウルスもリステイルも興味を隠そうともせずに、視線をこちらに向けている。

 「それ聞きたい。あの色気過剰女、ホントにアンタに手を出してないの?」

 それどころか、ネリーネまで目を爛々とさせて聞いてきた。

 真っ赤になって俯いてしまったルディを、エルは容赦なく問い詰める。

 「その顔!マジかよ」

 「‥‥‥触ったっていうか、触らされた‥‥‥護身術の指導だって、無理矢理手を引っ張られて‥‥‥その‥‥‥胸に持っていかれて、骨折られた」

 「はあ?」

 ルディの告白に、エルが呆けた顔をする。

 「あの?」

 視線でカウルスは、真偽をルディの師に問いかけた。

 「事実だ」

 「‥‥‥そりゃあ災難だったよな」

 思いっきり同情したのは、デューレイアに腹を殴られた経験のあるリステイルだ。エルも、胸に触れて良かったなと、さすがに言う気になれない。

 「なにやってんだ」

 いかにもデューレイアらしいと、カウルスが天井を仰ぐ。

 「骨か。治してもらうにしても、うーん」

 服の上からの一触りには、さすがに高い代償だと、エルは真面目に考え込んだ。

 「それだけ?」

 もっと何かないのかと聞いてくるネリーネに、ルディは言葉に詰まる。

 「この前、抱き込まれていたな」

 ルディの代わりに、胸に頭を抱き込まれていたと、ブランがあっさりと暴露した。

 「先生っ」

 「お前が黙っていても、デューアのことだ、嬉々として言うぞ」

 「う‥‥‥それは」

 ブランの見解は正しい。それこそ下手に隠した方が、後々ろくなコトにならないだろう。

 「抱き込まれたって、おい」

 「か‥からかわれただけ‥‥ホントにそれ以上ないから」

 目の色を変えたエルとは逆に、意外そうな顔をしたのは無論ネリーネだった。

 「なんだ、そこまでか」

 「あれでも、子供に手を出すほど節操無しじゃない」

 一応フォローのつもりでブランが言った。フォローの対象は、実のところデューレイアではなくルディである。二人を知っている者なら、誰でも、玩んだのがデューレイアで、ルディの方が被害者と思うだろう。

 「まあね。成人するまで手を出さないとは言っていたけどさ」

 「え?ええっ?」

 それ、どういう意味だとルディは問いたいが、言葉が出なかった。もちろん、ネリーネは察して懇切丁寧に教えてやる。

 「あの色惚け騎士がアンタの童貞狙っていることなんか、皆知ってるよ。あれ?まさか本気で知らなかったとか」

 ルディの反応に、皆がその師を一斉に見やれば、ブランは額に手を当てて、俯いていた。

 「‥‥‥あはは、言ってなかったんだ」

 気まずい空気に、ネリーネが笑って誤魔化そうとする。ただし、悪いとは欠片も思っていない。

 「マ‥‥マジかよ‥」

 フローネが怖いと、ルディを羨むより何より、幼馴染みの反応にエルは心底怯えた。同時に、どう見てもデューレイアを敵視していたフローネを思い出し、女の勘は侮れないとも思う。

 「アンタもさ、顔はそこそこ良いし、将来有望だってんで、食指は動いてるんじゃないかな。あれ、面食いで強い男が好きなんだよね」

 戸惑いつつも悪い気はしないといった顔をしたエルに、まったく男って奴はどいつもこいつもと、ネリーネは自分で振っておきながら若干機嫌を斜めにする。

 リステイルが片手を上げて申告した。

 「デューレイアさんは有名ですから。筋肉もりもり男は好みじゃないって聞いたことあります。なので、目がねにかなった人って、かなり少ないみたいです」

 ちなみに自分は彼女には敵わないので、該当外だと言っておく。

 みかけと言動がアレだから誤解されやすいが、デューレイアは遊び回っているわけではないのだ。逆に落とすのは難しい相手としても有名である。

 そして、彼女の好みでいけば、ここに一人ドンピシャなのがいると、誰もが気づきつつ口にしなかった。

 その王国の最高戦力にして、顔の良さも天下一品という男は、我関せずを決め込んでいる。気難しいわけでもなく、話してみればわりと気さくなところもあるが、気後れするのは如何ともしがたい。黒の魔法殺しの名は、王国騎士達をして畏怖の対象であるのだ。

 「今のところ、姉貴が可愛い弟を弄って遊んでいるようなものですよね。先輩」

 何故かリステイルがカウルスに振った。なんとなく、憮然としているような気配を、後輩が読んだからだ。

 「やられる方は災難だな」

 カウルスの言に、皆わりと本気でルディに同情しているのか、面白がっているのか、何とも生温い空気が漂っていた。






 魔導具店の店主、レウォル・オーラッドが店の職人を一人連れ、注文の品を届けに来た。

 ミスリルで作られた細工に、二つの魔石がはめ込まれている魔導具だ。一見したところ護符にも見える。大きさは大人の手に収まるくらいで、ペンダントトップあるいはブローチにするか、ベルトに付けて邪魔にならない程度だ。

 「魔石は内側に付けてありますし、枠の強度を高く作りましたから、滅多なことでは壊れないと思います」

 この魔導具を手がけた職人だ。短く刈った灰茶の髪に、分厚い眼鏡の奥で細い目をさらにしかめるようにした少し神経質そうな顔をしているが、説明する口調からは自信が感じられる。良い仕事をしたと自負できる出来だと言ってみせた。

 「どうしても、坊主が魔法を込めるのを見たいというのでな、連れてきたんじゃ」

 場所が魔窟だ。一応忠告はしたのだが、魔法学校の出身者ではない彼は、今ひとつ魔窟というものの認識ができなかったようである。

 「お気持ちはわかります。僕にも初めての魔導具なので、うまくいくといいのですが」

 慎重なことを言っているが、ルディには自信があった。そもそもできると思わなければ、作ろうとは思わなかっただろう。

 「綺麗ね。これなら装飾品でも通りそうだわ」

 さすが一流の魔導具職人が手がけた物である。造り自体もだが、細部まできっちりと処理された魔導具は、一級の芸術品のような美しさがあった。

 目を輝かせるデューレイアは、やはり女性なので、装飾品には余り興味がないと言いつつも、綺麗な物には目を惹かれるようだ。

 先日の一件、彼女がルディの女性経験の最初の相手となることを望んでいると知ってから、ルディは何となくデューレイアと距離を保とうとしていた。しかし、所詮デューレイアの方が一枚も二枚も上手である。そうはさせないと、巧みに距離を詰められ結局、いつものようになってしまっていた。

 それにしても、あのときの気まずさと言ったらなかったと、ルディは思い出すだけで顔が赤くなる気がした。

 フローネとの話が終わった気配に、ネリーネが腹ごなしの軽い一戦、素手の組手を挑んできたのに応えたデューレイアである。その後、軽く上がった息を整えながら、デューレイアが研究室に戻ってきたときの微妙な空気をなんといったらいいものか。

 自分と距離を置こうとするルディの反応に、デューレイアはリステイルを笑顔で問い詰めた。その場にいた誰もが、そっと目を逸らすという無情さを嘆きつつ、即行で喋ったリステイルである。

 デューレイアは知られたのを幸いと、ここぞとばかりにルディの性教育を進めようと企んでいたりする。悪影響は避けたいが、知識は必要であるため、そのあたりのデューレイアの手綱をどうとるのか、ブランとしては頭が痛い。

 「えっと、それじゃこちらから」

 二つとも同じ物であるのだが、装着に使う飾り紐の色が違う。一つは金鎖に紫の編み紐、もう一つは燻した銀鎖に黒の編み紐の組み合わせであった。

 宙から杖を取り出し、先端を魔導具に当てる。

 呪文の詠唱は無い。複雑な構成を、杖で出力とバランスを調整して、慎重に魔導具に封じていく。魔力が魔導具に馴染み、封じた魔法が安定したのを視て、ルディはほうっと、息をついた。

 「先生。あの、これ、受け取っていただけますか」

 最初からブランに使ってもらいたくて、ルディはこれを作ることを考えたのだ。

 「ああ、使わせて貰う」

 自分が使うことを前提にしたルディの製作方針は承知していた。

 ルディも自信はあったが、初めて作る物である。実験的な要素を含んでいることもあって、ちょっとだけ躊躇いながら伺いを立てたのだ。

 少し緊張して魔導具を差し出すルディに、ブランは礼を言って受け取る。

 「ねえ、それ何の魔導具なの?」

 興味津々と言った顔で聞くデューレイアに、ブランは空間収納具の一種だと言う。元の設計図に手を加えたり、構成の解析などを手伝ったから、ブランも機能についてはよく知っていた。

 魔導具に魔力を通し、ブランの魔力に馴染ませ、鍵となる魔法を刻み込んだ。そうすることで、この魔導具は持ち主以外には使えなくなる。

 「もともとの案だと、使用者が魔導具に触れて詠唱して使うようになっていたのを、使用者の魔力で使えるように変更したんだ。その方が便利だし」

 その分、使用するための魔法の手順も複雑になって、使うのにちょっとだけ魔力も多く必要だけどというルディの説明に、デューレイアは魔導具を見たまま成る程と思う。

 「魔力がちょっとだけ、ねぇ。普通に使うなら、元々のやり方の方が簡単そうだけど、使うのがブランだしね」

 もう一つは問題が無いようならリュレに贈るときいて、異名持ち仕様だと納得する。

 「ちょっと使ってみせてくれないかしら」

 デューレイアのリクエストに、ブランは視線を、最近では作業台兼食卓になっている一番大きな平机に向けた。

 「うわっ」

 部屋の真ん中からかき消えた机に、普段ルディの空間収納魔法を見慣れているデューレイアも目をぱちくりとする。

 「ふむ。こんなところか」

 使ってみた感触に納得すると、再度魔力を魔導具に通す。

 「ちょっと、出すなら言ってちょうだい」

 なくなった机が再びでんと現れたのに、デューレイアが文句を言う。

 「どうでしょうか?」

 「悪くない。こいつは便利そうだ」

 なかなか使えそうだと、改めて礼を言われ、ルディは嬉しそうに笑った。

 魔導具はベルトに付けることにし、魔導具職人が装着のための飾り紐を、ベルトに通せるように調節する。位置は普段使わない右側の杖ホルダーの後ろ横にした。

 「鞄より良いんじゃないの」

 流通は王宮を通せばいいだけの話だし、もっと作る気はあるのかと聞いたデューレイアに、ルディは首を横に振る。

 「容量も大きい分維持にも鞄より魔力が要るし、魔法鞄なら魔術師でなくても使えるけど、これは無理。それに、使うのにクセがあるからあんまり」

 「やっぱり使い方難しいのね」

 「そうでもないぞ」

 「異名持ち(あなたたち)を基準にしないでちょうだい」

 ブランは簡単に使ってみせたが、所詮異名持ちのやることだ。



 その心情そのままに、重く足を引きずるようにして歩く職人を気遣い、レウォルは歩調をゆっくりとしたものとする。

 「大丈夫かの?」

 無理なら頼まれたものは断ってもいいのだと、店主が気遣うのに、職人は力なく大丈夫ですと答えた。

 「だから言ったじゃろうが、あそこは人外の巣窟じゃと。伊達に魔窟と言われておらん」

 平然と、とんでもない魔法をいとも容易く使う師弟に、職人はげっそりと気力をそがれていた。店への帰路である。その足取りの重さが彼の気分を如実に表していた。なまじ腕の良い魔導具職人である彼は、魔導具と、それを使う魔術師の技量をよく知っていたのだ。

 勤める店は王都でも一流の魔導具を扱う店であり、客も相応の魔術師ばかりである。その常識が、気がついたときには手の届かないところへ走り去っていたショックは大きい。

 「親方、わたしは正直甘く見ていました。わたしの作った魔導具が、あんなものに化けるとは」

 基本設計は聞いていたから、あれが何であるか彼も知っていた。だが、実際に目の前でやらかされた衝撃は想像を遠く超えていた。

 「いやいや、お前さんは良くやったぞ。注文通りの、いや品質的にはそれ以上の出来じゃったと、坊主も言っておったじゃろうが」

 自分も過去にブランに乗せられて、あまり口にしたくないような代物を作らされたから、レウォルには彼の気持ちがよくわかる。

 「親方!」

 足を止め、切羽詰まった何かを訴えるように、分厚い眼鏡の奥から細い目で自分を見据える職人に、親方はわかっていると頷いた。

 「うんうん。だからじゃの。無理はせんで‥‥‥」

 先程追加で頼まれた物、こういう物を作りたいとルディが提案した物もある。だが、無理に受けることはない、自分から断ってやるからとレウォルは言おうとした。

 「わたしにも魔導具職人の意地があります。作れないなどと、断固として言いたくありません。ええ、彼等に文句一ついわせはしません」

 わかっていたのだ。彼のたたき上げの職人としての誇りと、技量に対する自信が相当であることは。

 そして、その職人魂に火が付いてしまった。

 何しろ自分もそうだったと、レウォルがしみじみと自省する。あの男(ブラン)にできないのかと言われる目を向けられるのが許せなくて、ついつい売り言葉に買い言葉でやってしまったものだ。

 後悔は、しているし、していない。

 やっちまったという反省と、作り上げたという満足感。そして、文句はあるまいと、高笑いしながら納品し、あの男にできばえを賞賛される快感は、今もって忘れられない。

 魔導具職人として、異名持ちの期待に応えられる腕を持つというのは、どんな評価より誇れるものだと思っている。

 だからわかる。止めても無駄だ。

 「道を踏み外さねばよかろうて」

 そこは先達として、自分が気を付けてやろうと、レウォルは自身の職人魂を煽られるのを心地よく感じながら思った。

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