女の戦い
難しい顔をしたデューレイアの反応に、答えを予想してルディはがっかりした表情になる。
「許可、でると思う?」
授業終了後、デューレイアはお茶で喉を潤しながら、着替えてきたルディを迎えた。彼女の隣、いつもの席にはブランが同様にお茶を飲んでくつろいでいる。
「無理かな。やっぱり」
自分で淹れたお茶を注いだカップを手に、ルディはデューレイアの向かい側に腰掛けた。
たびたびその名目を使って校外へ出向いたことはあったが、学校行事としての校外学習は初めてである。
一年次の時は実技授業に一度も参加しなかったからであり、二年次は今までの校外学習の内容的に、実力差が付きすぎた同級生達との同行を、教師が是としなかったためである。
低級とはいえ魔物との戦闘を目的とした実戦授業だ。初心者に緊張感をもたせ、なおかつ危機感を抱かせて克服させる。そんな授業に指導者である教師ではなく、同じ生徒として突出しすぎた魔法の使い手を混ぜることは、心理的に安心感と依存心を、そして要らぬ劣等感をもたらせかねない。
それに、ルディは魔物との戦闘などとっくに体験済みだ。あえて参加する意味がなかったのである。
今回は、近郊の学校管理の森へ、一泊二日の野営訓練だ。
実施時期としては一年次半年試験後と公開練習試合との間である。馬での移動と、狩りの体験を含んだ野営の実習だ。
春の気配をようやく感じ始めるが、まだ寒い時期にあえて行う。学校の手が入っている小規模の森で、強大な魔物は出ないが、飢えた獣が出現する可能性は高い。死者こそ数年来出てはいないが、毎年少なからぬ負傷者が出る。だが、生徒のみで行動する、魔法学校戦闘科生徒にとっては、必修の課程だ。
もしかしたら参加できるとルディが期待しなかったといえば、嘘である。無理だろうと、半ば以上予想しながらも聞いてみたのは、その現れだった。
だが、やはり無理だろうというデューレイアの反応に、ルディは仕方ないと素直に諦める選択を受け入れようとする。
「アンタは少し諦めが良すぎよ。もう少し貪欲になりなさい」
無理と言ったのは自分だが、簡単に諦めてしまうルディに、デューレイアはカチンと何かがキレた。
「でも、僕がいたら皆に危険が及ぶかもしれないし。狩りも野営も、姉さんや先生と何度もやっているから」
校内にまで刺客が入り込んでくるのだ。校外へ出たら、待ってましたと集団で襲ってきそうな予感に、ルディは自分が我慢すれば良いと思う。
「特訓ね」
「はい?」
思わぬ言葉に、ルディは疑問を覚え、うつむきかけていた顔を上げる。
「馬よ。アンタ普通の馬で長距離乗ったことないでしょ」
「そう‥だけど」
デューレイアの言う通り、今まで行った狩りの移動は、自作のゴーレム馬だ。餌が魔力で、ルディにとっては非常に使い勝手が良い。
魔法学校では乗馬の授業があった。二年次からで、戦闘科は必須だが、治癒科と技術科は希望制である。だが、ルディは一年次の時、デューレイアとブランの意向で、個人的に乗馬を習った。ただ、乗れるとはいっても、乗りこなすとまではいっていない。当然馬で剣や弓を使うなどの戦闘行為も無理である。
ブランと二人掛かりで教えたので、彼女はルディの乗馬の腕は知っている。
乗馬場の使用許可と、練習用の馬を調達しなければと、デューレイアは早速算段を始めた。
「あの‥‥‥姉さん?」
「ゴーレム馬で参加は認めない」
いろいろと、本当にいろいろと言いたいことはあるのだが、今回これだけは譲れないとデューレイアは言い切った。
長期休暇中、イリアルダ草原へ狩りに行くのに、ブランが準備はこちらでやるというので任せっきりだったのを、デューレイアは未だに後悔していた。休み中のことだし、自分が行かないので、口出しを控えたのだが、まさか狩りの足に、自作のゴーレム馬を用意するとは思ってもみなかったのだ。
これはないだろうと、ブランに教えられて作ったというゴーレム馬を、得意げに披露したルディに、デューレイアはこの師弟の非常識をまだ甘く見ていたと、自分を罵りたくなったものだ。
生身の馬に比べ、ゴーレム馬には利点もあるが、普通の場合メンテナンスと、何より使用に伴う魔力の消費量が馬鹿にならない。そのため長距離移動でゴーレム馬を使うなど、常識ではまずありえないのだ。いくらブランの設計したゴーレム馬が、普通よりはるかに効率よく作られていてもだ。
しかも、見た目がアレだ。明らかに生身の馬でない、馬に見える彫像が動くようなものである。人目を引かないわけがない。
残っていたお茶を飲み干し、デューレイアはカップを置く。
「丁度良いわ、普通の馬をきちんと乗りこなせるようになってもらうから」
ただでさえ目立つ容姿だというのに、あんな目立つ馬では警護もやりにくいと、彼女は主張する。
「良いわよね、ブラン?」
「任せる」
ルディがポカンとしている間に、何故かブランとデューレイアの間で、意思の疎通がなされたようだった。
「待ってなさい、『狩り』の許可もぎ取ってくるから」
なにか、微妙に響きが違った気がするが、不敵に笑うデューレイアにルディは乗馬の特訓のことを考えようと思う。こんな時のデューレイアには、何を言っても所詮無駄だと、ルディもいろいろと学習しているのだ。
可愛い弟分の送り迎えは、デューレイアにとって愉しい日課だ。
面倒を掛けないように、いっそ転移で移動しようかと言いだしたルディの提案を、デューレイアは横着しないと却下した。楽を覚えると足がなまるわよというのが言い分で、移動時間にルディの状況の観察と、周囲を含めた情報収集をしているのだ。
移動という行為そのものだって、訓練でもある。それでなくとも、綺麗な男の子を構うのは、彼女には無駄な時間ではなかった。
美人は見飽きるなんてとんでもない。それが自分の好みの美少年であるなら、なおさらだ。
今日のデューレイアの相方はリステイルである。
未だに若干、リステイルとしてはデューレイアには引くものがあるようだが、逆に彼女の方はさっぱりと対していた。
デューレイアとしては手段には問題があったもの、あの兄妹の排除自体はやむを得ないと納得出来ることであったからだ。一番の問題は、ルディの受けた傷の深さだが、こればかりは今後できる限りのことをするしかない。
それこそ、命じられたリステイル個人を責めても仕方ないことであり、彼本人には彼女も含め、報復済みである。それに、堅物だからと言って、先輩騎士であるカウルスをことさら巻き込まないように動いたことも、デューレイアの中で微妙だが、好方向に働いていた。
午前中の授業が終わった教室の入り口で、デューレイアはルディの幼馴染みの少年に声をかけられ、願いしますと頭を下げられた。
「あーそういえば約束してたわね」
オレに剣を教えてくださいという少年に、彼女は確かに機会があったらと、了承した記憶があった。
「いいわ。午後は大体魔窟にいるから、そうね、クラウディウス先生の許可とってきなさい」
その返事にやったと、エルは拳を握ってグイッと腕を引いた。
「ちょっと待ちやがれ」
「抜け駆けだっ」
例によってナイルカリアスとサルーディが先頭に立ち、クラスの男子達から揃ってブーイングが起きた。
「うるせー、オレはちゃんと約束してたんだ。わりぃな」
勝ち誇った顔で、エルは胸を張る。
「てめぇ顔貸せっ」
「おう!やっちまえサルーディ」
巨乳で美人のお姉さん騎士を見る男の子達の目は、とっても素直だった。抜け駆け行為としか思えないエルトリードを取り囲み、嫉妬の炎をゴウゴウと燃やす。
「馬鹿ですわね」
ちょっと殺気も混じってはいるが、愉しそうにじゃれ合い始めた男子連中を、ウェリンは冷たく見やって呆れたように呟いた。
「まったくですわ」
胸の大きさでデューレイアに負けない将来を予想できるネルフィルが、同様に冷たい目を向けている。普段からそういう目に晒されている身としては、言いたいこともあるのだろう。
「ほんと、馬鹿ばっかり」
怒りの欠片が散らされた口調で独りごちるように言いながら、フローネは騒ぐ男子を横目に、デューレイアに向かった。
「わたしにも剣を教えてください」
すっくと、デューレイアの前に真っ直ぐに立ち、フローネは揺るぎない瞳を向ける。
「ふうん、そう。いいわよ、受けてあげる」
誤解なく、フローネの真意を読み取り、デューレイアは鷹揚に頷いた。
「ありがとうございます」
礼儀正しくお願いしますと頭を下げながら、フローネは全身に覇気のような強い気配を纏っている。
「‥‥‥うわぁ、あれってやっぱり?」
「でしょ‥‥‥フローネがアレだもの」
「ねえ、ちょっと怖くない?」
女の子は、直感から戦端が開かれたことを感じ取り、低い声で囁き合う。
怖いと言いながら、途端に目を輝かせるのはどうしようもない。これは女の戦いなのだ。
一方男連中は、それじゃ自分も教えてくださいと言いだしかけ、異様な空気に足が止まった。
何故か足を竦ませる不穏な威圧感が、ビンビンと美女と美少女から発せられているのだ。
近づくな、危険と、生存本能が警告を訴えていた。
「じゃあルディ君、後を頼むよ」
そこでポンと、ルディの背を押して二人の間に行かせたのはローレイである。
その余りに自然な、無情な仕打ちにクラス中、誰もが言葉もない。あの空気が読めないというナイルカリアスでさえ、凍結していた。
酷くないかと、言いたいが言えないリステイルの横を、平然と通って、ローレイは一人だけ教室をさっさと出て行った。
「えっと、フローネも来るんだ」
「うん。良いよね、ルディ?」
「姉さんが良いって言ったし、クラウディウス先生の許可がでれば。でも、授業とかはいいのかな?」
「試験終わったでしょ。わたし、この機会に剣の使い方も見直しておきたいんだ」
そこでなんで平気で話ができるんだと、間違いなく全員が思った。
「あのボケ‥‥‥」
ぼそりと、フローネに聞こえないようにエルは呟く。呆れると同時に、どうせならフローネに来ないように言ってくれと、思わずにはいられなかった。
「そういえば、嵐の中心って、案外無風だったりするし」
非常に鋭いことを言ったクリセルディアに、皆妙に納得してしまう。
「ルディ、ほら行くわよ」
話は終わりと、デューレイアに引っ張られていくルディに、フローネは声をかける。
「ルディ、明日、ううん、今日行くから!」
そして、フローネはエルを睨み付けた。
「エル、早く。クラウディウス先生でしょ。許可取りにいくよ」
問答無用でさっさと歩き出したフローネの後を、慌てて追いかけていくエルの背に、さっきとは打って変わり、皆同情に近い目を向けていた。
エルトリードの剣を受け止め、デューレイアはニヤリと口の端をつり上げた。そのまま、一気に攻勢にでてエルを翻弄する。
「イイオトコの予備軍だと思って、愉しんでるね、あの色気騎士」
いつでも負かせるのに、ギリギリで剣を引いて立ち直らせ、即座にまた追い詰めるのを繰り返すデューレイアに、ネリーネが遊んでると評する。
「気を抜くんじゃない!まだまだ」
どこまでも余裕で、デューレイアはエルをあしらっていた。
怪我をしたら治すつもりのルディは、次第に増えていくエルの傷に、ハラハラしながら見ている。自分の時はもっと大きな傷を負わされているルディであるが、幼馴染みが相手となると、話が違うのだ。
いじめっ子の性分を存分に発揮しているデューレイアに、見物している騎士達も苦笑いをしていた。
宣言したとおり、エルとフローネはその日のうちに、デューレイアに剣の稽古をつけてもらいに魔窟を訪れたのだ。
最初にデューレイアとエルが顔を合わせたときには、胸のでかいお姉さんにデレデレになっていたから、後悔しろと思ったルディだが、いざ目の前でやられると気が気ではなくなった。
「良く食らいついていっている。見込みがあるぞ」
肩で息をしながら、粘っているエルを、カウルスが褒める。
真剣での対戦に、やはり身体が引け気味にはなっているものの、エルは恐怖を必死で押さえ込もうとしていた。
一太刀を交わす度、傷を負う度、ほんのわずかずつ怯えという皮を脱ぎ捨てようと足掻く。普段と違う自身の動きにエルは内心のもどかしさを抱えながら、歯を食いしばった。
「そりゃあ、僕と違って、フローネもエルも強いから」
「ま、アンタの剣の腕とじゃね」
容赦ないネリーネの言に、キレたのはフローネだ。
「ルディすごく頑張っているんです。昔に比べてすごく上達してるんだから」
実際に血塗れになって、ルディが剣を学んでいる姿を目の当たりにし、フローネは軽い気持ちでうまくなったと言った以前の自分に怒りを覚えたのだ。何も知らずにいた自分が許せないとすら思った。
「下手なもんは仕方ないじゃないの」
前言を翻す気のないネリーネは、遠慮なく本音を口にする。
「そんな言い方」
「フローネ、ホントのことだから」
「だって、ルディ」
「別に弱いとは言ってない。剣の才能がないってだけ。それよりアンタ、この後やらない?」
エルより先に、フローネはデューレイアとやっていた。さすがにまだ敵わなかったが、エルに勝る剣筋と気迫に、デューレイアも少なからず本気になったものだ。
最初こそ真剣の恐怖に竦む身体に戸惑ったものの、天性のセンスと思い切りの良さが無意識の怯えを振り切った。少なくとも、フローネの気の強さは自らが恐れに立ち竦むことを許さない。
剣の恐さを無視ではなく、恐怖に竦む心をねじ伏せる。
大好きなルディがやっていることだ。自分にできないはずはない。そう思えばフローネはより強くなれた。
腕を見るというデューレイアとの対戦の序盤で、フローネは自分に向かって言い聞かせた。
「大丈夫、やることは一緒だもの」
要は剣を身に受けなければいいのだ。そのための技は磨いてきた。真剣だろうと同じことと、自分の中で思い切れたフローネは迷いを吹っ切る。
そうして冷静な闘気をデューレイアにぶつけていったフローネの全力には、見学している皆、感嘆すると同時に、女の戦いの恐さを再認識した。以前やったネリーネとは別の、引けない女の意地を、愛らしい姿の美少女に見せつけられたからだ。
「お願いします」
ネリーネの誘いを受けて立ったフローネに、ルディは思わず止めに入った。以前デューレイアとやり合ったネリーネの剣の恐さを思ったからだ。
「大丈夫。怪我してもルディが治してくれるよね」
「もちろん。だけど」
「せっかく相手してくれるっていうんだよ。やめますなんて言えないよ」
エルだけじゃない。強くなりたいのはフローネだって同じだ。それに、これにだって女の意地もある。引けるわけがなかった。
「そうこなくっちゃ。アンタ、見所あるよ」
ポンと、ルディの肩に手を置いてカウルスは首を横に振った。
女の戦いに干渉すると馬鹿を見ると、無言で告げる。
即死さえしなければ、いくらでも傷は治せるし、ブランもいるのだ。間違っても万一はないだろう。
「でも真剣は」
「黒の魔術師殿が止めないなら大丈夫だ」
フローネが天才級といえど、さすがにまだデューレイアやネリーネとでは腕の差がある。年齢による体格差と経験の差は、才能だけで一朝一夕には埋められない。
ようやくデューレイアとの立ち合いが終わり、地面と抱擁しているエルの治療をしに、ルディは駆け寄った。
「大丈夫?エル」
「‥‥‥あー参った。遊ばれちまったぜ」
「頑張ったと思うよ。僕なんかここまで持たないし」
あっという間に体中の傷が癒やされ、回復魔法のオマケまでしてもらえたエルは、一人で立ち上がり、パンパンと軽く土を払う。
「ありがとな。あー、ズタボロ。新しい練習着買わないとダメだな」
「そうだね。姉さん、容赦ないから。僕も練習着、数え切れないくらいダメにしたからさ」
「ルディ‥‥‥お前、ホントに頑張ってるよな」
いじめっ子気質のデューレイアの本性を、その身で思い知ったエルは、同情と仲間意識でうんうんと何度も頷いて見せた。
許可をもらいに行ったときに、クラウディウス先生が何とも言えない表情で唸ったことを、エルは思い出す。
二人の希望を聞き、難しい顔で、クラウディウスは即答はしなかったのだ。
職員室の椅子に座ったままのクラウディウスにまずは、「本気か」と問われた。特にエルに向かって。
「アルダシール先生もいるし、デューレイアも生徒相手だ。大丈夫だと思うが」
彼女が現役で生徒だった頃から知っているクラウディウスである。それだけに、心配と信用を天秤に載せて考えるところがあるのだろう。
「いや、まあ‥‥‥しかし、エルトリード君もわりと彼女好みな気がしますが、そのあたり大丈夫でしょうか」
相談を持ちかけられたスレインもまた、微妙な表情だった。クラウディウスの横に立ち、スレインは下世話な話だが、一番の心配事をこそりと口にした。
「何事も経験か。‥‥‥腕が立つ騎士ではあるし、問題がないとは言えんが、さすがに無茶はすまい」
熟考の末、クラウディウスは二人に特別授業の許可を与えた。くれぐれも、無理をしないようにと言い添えて。
つまるところ、その身で体験してこいということだ。
先生方の言いたかったことが、今になってエルにも何となくわかりかけた。
「でもさぁ、お前、教えとけよ」
デューレイアのいじめっ子気質を黙っていた幼馴染みには、やはり文句を言いたいエルである。
「だってエルは、姉さんの‥‥‥その、胸のことしか言ってなかったじゃないか」
「男なら当然だろ。あの胸に何も感じないなんて、男じゃねえって」
「だったら本望だろ。自業自得だ」
「なんだと!アレをなんとも思わねぇなんて、ガキか、お前は」
「違っ‥‥僕は」
今までにいろいろとやられたデューレイアの行為を思い出し、ルディの顔が赤く染まった。その様に、エルはおやっと思う。
「お前、何顔を赤くして‥‥‥まさかテメーお姉さんにいけないコト」
「エルっ!」
妙な方向へ脱線しかけた会話を、凍りついた声がぶった切る。生命への危機感すら覚える気配の主は、確認するまでもない。
「何、言ってるのかな?」
背中から掛けられたフローネの声に、エルは振り返る勇気がいまいちない。
「いや、でも‥‥ほら‥ルディだって男だし‥‥‥ってか、いやいやいやいや‥‥‥何でもねぇ」
ぼそぼそっと、ものすごく小さな声で言い訳しかけ、エルはブンブン首を横に振った。今の場合、どう言っても墓穴を掘ることになると、優秀なはずの頭がようやく知らせてくれたのだ。
「ほらそこ。治ったんならさっさとどいて」
せっかく治してもらったばかりなのに、再度治癒魔法の世話になりかけたエルの前に、横からギラリと真剣が翳された。ネリーネのロングソードである。
エルが派手に仰け反ってみせたら、ネリーネは直ぐに剣を引いてくれたが、不意打ちで向こう脛に良い具合の蹴りを入れられた。どうもエルは彼女の機嫌も損ねたらしい。
「ふん。ガキが色惚けしやがって」
ルディが支えたので転倒を免れたものの、エルは痛みに涙目である。しかし、これでも制裁としては幾分マシなものだろう。
「ほら、エル、邪魔だって」
とばっちりがこないうちに、ルディはエルを引っ張っていく。ついでに治癒魔法を再度サービスでかけてやった。
ネリーネが抜き身で持つ剣はルディが魔法を付与した剣ではなく、予備のロングソードだ。フローネは、愛剣のレイピアを腰に差している。
「なあルディ、フローネとあの女、やるのか?」
「うん。止められなくて」
「強いんだよな?」
「剣はデューア姉さんと同じくらい」
「うわ‥‥‥アイツも負けず嫌いだからな」
何となく、成り行きを察したエルは、伊達に幼馴染みをやっていない。
デューレイアにまるで及ばなかったことで、フローネの闘志に火が付いたのだろう。与えられた機会は最大限に生かすのが、彼女のモットーだ。
敵わないまでも一矢報いるといった気概で、フローネは狂花の二つ名を持つ剣士に向かっていった。
「すごいな、あの子」
鋭い踏み込みで迫るも、ネリーネの剣に抑えられ、フローネは守勢に回らされ、追い込まれていく。
それでも、果敢に攻めようとする剣に、カウルスは天性の才能を見た。
デューレイアとの対戦でも思ったが、先天的な剣の才能に加え、真剣にも臆することを許さない度胸と精神力、そしてネリーネの剣筋をも見極めようとする目の良さは、フローネの大きな武器だ。
「まだ素直だから、ネリーネのような変則的な相手は荷が重いが‥‥‥先が楽しみだ」
「でしょ。あの子、このままいけばかなりの使い手になるわ」
男でないのが残念という、デューレイアの本音にカウルスがやれやれと頭をかく。
「強敵だな」
心配そうな顔で、目を離すことなく対戦を見ているルディに目をやって、カウルスは二重の意味を込めてデューレイアに言った。
「追いつけるものならね。それに、将来だの過去だの関係ないわ。現在の勝者が全部攫っていくものよ」
気の強さと女の矜持、どっちも良い勝負だと思ったが、カウルスは賢明に口にしない。




