表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/93

兄妹 前編

 魔法学校のある意味最も奥まった迷路でもある魔窟に至る道筋も、彼方此方に分岐や、古い建物が林立する複雑な作りをしている。

 それでも、魔窟は立ち入り禁止区域と嘯く校内探険同好会も、この辺りまでは普通の調査の範囲内としていた。

 倉庫と化している旧校舎の陰で、アリアルーナはいまいましそうに顔を顰めた。

魔窟から男子寮の間で、人目につかないところは幾つかあるが、ルディの帰り道ではこの辺りが最も捕まえやすく、かつ放課後の夕刻において人通りも少ないところだ。

 これはクロマが今までのなにげない兄弟の会話の中で、エルから聞き及んでいた情報であり、リュシュワールが苦労して聞き出した結果だった。

 リュシュワールが弟と話したいのだと持ち掛けたところ、予想に反してクロマはいい顔をしなかったのだ。

 しきりに、ルディと接触するのはやめた方が良いと、何度も思い直すように言った。

 それなら特別指導を受けているルディが、寮へ戻る途中でつかまえれば良いと、リュシュワールは校内探検同好会からその辺りの詳しい地図を手に入れたのだ。無論無料(タダ)ではなく、同好会の活動費という名目の賛助金を支払っている。

 その地図と、クロマから聞き出したルディの日常をもとに、リュシュワールとアリアルーナが交代で、目星を付けた時間に張り込んだものの、結局ルディは一人ではなく、常に護衛の誰かがついていることがわかった。

 「もう、バカみたい。あんなのにずっと騎士が張り付いてるのよ」

 今日も空振りに終わったアリアルーナが、苛々しながらリュシュワールに当たり散らす。

 「あっちも命令だ。仕方ない」

 「でも、兄さん来週にはルナリアへ行っちゃうんでしょ」

 リュシュワールがいなくても、ルディに文句を言うくらいはできると思ったが、それで満足できるようなアリアルーナではなかった。

 最初はそれで良かったが、ルディを貶めたいという欲が出てきたのだ。

 クラスメイトで、アリアルーナに好意を持っている男子は幾人もいる。そんな連中の中には、何かとアリアルーナに便宜をはかったり、装飾品などの小物を贈ってくれる者もいた。

 下心は見えているが、アリアルーナも悪い気はしていなかったので、適当にあしらいつつ付き合っている。

 彼等はまた、アリアルーナがルディを悪し様に言うのに、賛同しつつ、彼女に同情してくれた。更には、治癒クラス一年次でトップクラスの彼女の実力を、ことあるごとに賞賛してくれる。

 そんな環境にあり、ルディに勝って、自分が優れていることを周囲に思い知らせたいと、アリアルーナは思うようになっていた。


 その翌日、アリアルーナは絶好の機会に巡り会う。

 いつもより早く魔窟から帰ってきたルディの横には、朱金の髪の女騎士がいた。凄く胸の大きなイヤらしい身体をした、よくルディと一緒にいる女騎士だ。

 どうせ頭が空っぽで、その身体で男に取り入っているのだろうと思える色気たっぷりな女は、アリアルーナの大嫌いなタイプである。

 ものすごい偏見ではあるが、思い込みというものは度し難い。もともと、アリアルーナは、人の言うことをあまり聞かないタイプでもあるから余計だ。

 まして、デューレイアは誰が見ても、男の目を惹かずにはいられない肉体派の美女だ。

 「デューレイアさん」

 一人で歩いてきたリステイルが、彼女たちを呼び止めた。

 「あら、カウルスはどうしたの?」

 「先輩はなんか飛竜の機嫌が悪いみたいで、直接工房の方へ行くそうです」

 「そう。わたしはちょっと事務所に顔出さないといけないのよ。丁度良いわ、貴方、ルディを工房まで送ってくれないかしら」

 王宮から回ってきた書類に加えて、デューレイアのサインが欲しいものがあると先程連絡があったのだ。早急に処理しないと、学校の決裁が間に合わないという。

 「あの、一人でも大丈夫です」

 たしかリステイルは先程交代して、今の時間は非番のはずだ。本来はカウルスが、学校の上空の警備を担当していた他の竜騎士からの報告と打ち合わせを済ませ、ルディに付くことになっていた。だから、遠慮もあり、ここから工房に行くくらい大丈夫だとルディは言うが、二人ともいい顔はしなかった。

 「あー‥‥うん、そうだろうけどね」

 「この急ぎの書類出してくるだけだから、わたしもすぐ工房へ行くわ。ルディをお願いね」

 「了解しました」

 敬礼して、リステイルは走って行くデューレイアを見送る。

 遠ざかっていく後ろ姿に、いい女は後ろ姿もそそるよなーなんて、不埒な視線を向けておいて、リステイルはルディに向き直る。

 「さて、工房まで送るからね」

 だが、歩き始めて直に、デューレイアが曲がっていった角とは反対側の路地から、血相を変えて走り出てきた女生徒が、リステイルを呼び止めた。

 「リステイル様!」

 「君は」

 「クアーラです。済みません、助けてください」

 クアーラは、リステイルの腕に縋り付いてぐいぐい引っ張っていこうとする。

 「ちょっと、待って。どうしたんだい?」

 必死な形相で縋り付いてくる女性を無理に振り払うこともできずに、困惑した目をむけるリステイルに、クアーラは伸び上がるようにして耳元に口を寄せた。

 「あの人が、どうしても話したいことがあるって」

 そのクアーラの後ろを少女が走り抜け、ルディの手首を掴んだ。

 アリアルーナは有無を言わさず、ルディの腕を強く引っ張る。彼女はクアーラに言われた通り、女騎士の姿が事務所へ向かう角を曲がり、声が届かなくなる距離をとるまで隠れていた。そして、クアーラが騎士を呼び止める声を聞いて、建物の影から飛び出してきたのだ。

 「話があるわ。こっちに来なさいよ」

 あまり口をききたくなかった彼女は、それだけ言ってルディの腕を掴んだまま歩き出す。

 少し行った角を曲がって、建物沿いの細い路を入って曲がった奥は、人気のない建物の裏手になる。木が数本植わっているが、行き止まりのそこそこ高さのある壁との間は空き地になっていて、壁にもたれたリュシュワールが二人を待っていた。

 「リュー兄さん、連れてきたわ」

 手を放しながら、アリアルーナはルディをリュシュワールの方に押しやった。

 「‥‥‥何か用ですか?」

 先に口を開いたのはルディだった。

 ここしばらくずっと見られていたのには気づいていたが、あえて接触しようとは思わなかった。

 騎士達も何も言わなかったため、無視しておけば、そのうち諦めるとルディは思っていたのだ。

 自分を追ってこなかったことから、リステイルがわざと見逃したのだろうとは思う。おそらくは王宮の意を受けてのことだろうが、何の思惑があってのことか、警戒せずにはいられなかった。

 彼等が何を考えてかつての兄妹と話をさせようとしむけたのかわからないが、ルディは心を落ち着けようと、あまりできていなかったが無表情を一生懸命で装う。

 けれど、その一方で、思いがけず兄と妹だった二人と話す機会が与えられたことに、どこか期待のようなものを抱かずにはいられなかった。

 おそらく最後になるだろうこの機会に、きちんと話しができるかもしれない。互いの心の区切りがつけられればいいと、そんな気持ちがあった。

 「お前、その口の利き方はなんだ」

 ルディが虚勢を張っているのだと、リュシュワールは緊張感を隠しきれないルディを見て思った。この弟は、いつだって自分の顔色を伺ってびくびくしていたものだ。

 そう簡単に、長年の力関係が変わるとは思えなかった。

 強ばった顔で、自分を見るルディの態度に、リュシュワールは優越感を取り戻し、心の中に嗜虐心が芽生える。

 ルディが何に警戒しているのか、本当のところをリュシュワールはまるで理解していなかった。

 「ふん。随分良い気になってるじゃないか。金の魔術師に囲われて、のぼせ上がるのもいい加減にしろ」

 じりっと、リュシュワールが間を詰めると、無意識にルディが後退る。

 だが、後ろからアリアルーナの冷たい声がかけられた。

 「逃がさないわよ。護衛の騎士だって見逃してくれたんだから、助けを呼んだって無駄よ」

 以前クアーラにリステイルが話した内容から、彼なら自分達がルディと会うのを見逃してくれるだろうと予想した。更に念を入れて、クアーラにリステイルを引き留めるよう協力させたのだ。止められなかったということは、その思惑通りに運んだのだと、リュシュワールもアリアルーナも考えていた。

 実際には、リステイルは姿こそ見せなかったが、既に追って来ている。路地の出口に近いが建物の影になり、リュシュワールからは死角になっている位置だ。ルディはそれを探知で知っていたが、リュシュワール達にそれを知る技量はない。

 「なあ、ルディ、お前がいい加減なこと言うから、俺たちはすごく迷惑しているんだよ。その辺、よーく教えてやろうと思ってな」

 杖を抜き、軽く玩ぶように二三度振ってみせる。

 力で優位に立っていると思い込んでいる者が、獲物を追い詰めるような気分で、リュシュワールはルディを頭から威圧にかかった。

 「リュー兄さん、あんまり脅かすと逃げちゃうんじゃない。転移で」

 逃げられるものなら逃げてみろと、嘲笑うようにアリアルーナは言った。彼女は空魔法を否定したくてたまらないのだ。

 「話があるなら聞きます」

 ここできちんと話を付けておかなくては、また同じことが起こる。きっぱりと縁を切らなくては、彼等の身が危うい。

 だから、ルディはわずかに抱いていた期待感を打ち砕かれた落胆を押し隠し、他人の態度を貫くことを、自分に言い聞かせた。

 だが、その態度はリュシュワールの神経を逆撫でする。

 「お前、兄に対してそんな態度が許されるとでも」

 「今は他人です」

 リュレとの養子縁組の第一の条件は、ルディシアールと実家との完全な縁切りだ。

 更に空魔法が明らかになったことで王宮の意向も加わり、今となってはルディとシエロ家は、公的に無関係である。ルディには知らされていなかったが、王宮によって、彼の籍はシエロ家から抜かれたのではなく、最初からいなかったことにされていた。

 だが、人の記憶は別だ。

 「他人‥‥‥他人だって良くも言えたもんね。あんたのせいで、あたしがどんだけ苦労してると思ってんのよ。先輩達からは、金の魔術師の贔屓で入学した奴の妹だって言われたわ。同級生だって噂を聞いて好き勝手言うし、もう最低!」

 アリアルーナが爆発したように、言葉をルディにぶつけた。

 「あんたなんかと縁切りたいのは、こっちの方だわ」

 「ルナの言うとおりだ。縁が切れたからって、周囲はそう簡単には他人と見てはくれない。そのせいで俺自身、随分苦労しているからな」

 ルディは反論せず、黙って二人のはき出す言葉を受け止めていた。平静に会話をすることは諦めた。しかし、彼等が何のために、自分をこんなところに連れ込んだのか、その理由がわからなかったから、彼らの言葉を聞いている。

 だが、おとなしくいわれるままになっているルディの態度を、リュシュワールは怯えているものだと受け取った。

 「なあ、ルディ。出鱈目言ってごめんなさいって謝れよ。皆の前でな。それと、これだけ迷惑かけてるんだから、詫びのつもりで魔石と魔法鞄くらい、くれたって良いよな」

 自分達のことしか考えていないリュシュワールの要求に、ルディは怒るよりも哀しくなった。

 結局、彼等は家族としてルディを見ていないのがわかってしまったからだ。

 魔術師の一家であるシエロ家で、ルディはずっと出来損ないとして疎んじられていた。魔力がないから仕方ないと、ルディ自身、自分が使えないとされていた魔法に焦がれながら、その境遇を受け入れていた。

 けれど、リュレに、シエロ家と縁を切ったと言われたとき、自分でも思っていた以上にショックを受けたのだ。

 仕方ないと諦めていたつもりでも、やはり家族の中での居場所が欲しかったのだと、失って思い知った。今もそうだ。我ながら未練だと、今更ながら思い知った自分の情けなさに泣きたくなる。

 嫌われていることはわかっていたけれど、いくら覚悟をしていても血の繋がった肉親から、面と向かって拒絶を突きつけられるのはつらい。

 「言いたいことはそれだけですか?」

 家族への思慕と哀しみが、心の中に浮かび上がってきたのを押さえ込む。

 キュッと一度唇を引き締め、ルディは顔を上げ、真っ直ぐにリュシュワールを見詰めた。

 「おまえ‥‥‥家が今なんて言われているのか知っているのか?上手く金の魔術師の機嫌を取って、金とギルドの魔石買い入れ枠を貰ったと。子供を売ったって言われてるんだぞ」

 リュシュワールの怒りに満ちた言葉に、ルディは瞳を揺らしたが、それだけだった。

 これはリュレに予め言い含められていたことが、現実になっただけだと心の片隅で冷静に告げる声がある。その声に、胸が痛まないわけではなかったが、必要なことだと無理矢理納得し、痛みを飲み込んだ。

 「金の魔術師に取り入ったのはルディでしょ。なんで家がそんなこと言われなきゃならないのよ」

 「じゃあ受け取っていないの?」

 支度金という名の大金と、ギルドの魔石買い入れの優先枠を得たシエロ家へのやっかみ。リュレが少し煽ったにせよ、妬ましいと思う気持ちがあるからこそ、簡単に噂という火は燃え広がったのだろう。

 リュレはルディが実家と縁を切ることが、彼らのためだと言った。更には、この先障害となるなら排除するとまで言い切ったのだ。

 それをさせないために、ルディは彼らとは完全に他人にならなくては駄目なのだ。実家とルディが本当に絶縁したと、はっきり周りに知らせなくてはならない。

 そのための噂であり、否定しないことで事実としなくてはならないと、リュレに教えられていた。

 自分を見返し、更に言い返してきたルディの態度は、リュシュワールの予想外のものだった。

 常に俯いて自分に対し、言われるままであったルディが、対等の立場をとろうとすることが、リュシュワールの癇に障る。

 しかし、リュシュワールが口を開くより先に、アリアルーナが爆発した。事実を指摘され、逆ギレしたのだ。

 「あんたなんか大嫌い。家だけじゃないわ。今まであたしが、あんたの妹だからって、どんな目で見られていたと思うの」

 入学したときには、生徒達からは金の魔術師の贔屓で魔法学校に入ったと噂されているルディの妹という目で見られた。そして、ルディの妹であるからと、先生達からの目も厳しいような気がする。

 もう直ぐ半年試験だ。回復魔法を使えるようになり、風楯も雷球も形にできるようになった。一年次生徒でトップクラスに入っているのも、必死に努力した結果だ。

 「今度の半年試験だって良い成績取れる自信あるわ。凄く頑張って、でも先生達はルディの妹だからって、気に入らないのよ。先生だけじゃない、ルディが贔屓で学校に入ったから、あたしまで皆にそんな目で見られるんだわ」

 アリアルーナは先生達のルディの心証が悪いから、自分も割を食って評価を落としているのだと思っているのだが、真相は少しばかり違う。

 昨年ルディが半年試験や学年末試験で派手にやらかした結果、先生達は妹であるアリアルーナに対し無駄に構えて対応したため、優秀という範疇におさまる実力に、ほっと胸を撫で下ろしたのだ。常識が裏切られなかった安堵が大半を占めていたが、もしかしたらという期待が外れた残念感もどこかにあったのだろう。

 それらを表に出すのは教師として褒められたことではないのだが、彼らとて人間であるから、それがアリアルーナに伝わってしまった。

 だからといって、彼女の実力が正当な評価を受けていないわけではないのだが、アリアルーナにはそうは思えなかったのだ。

 一年次におけるルディの定期試験の実技成績は、例外として評価不可能の印が押され、進級可という結果のみが本人に伝えられていた。

 ルディの実技試験の成績を出なかったことが、また噂を加速することになった。

 使った魔法や魔力のレベルが高すぎて、一年次としての評価が出来なかったと考えるよりは、低すぎる成績を誤魔化したのだと捉える方が、その時の生徒達としては納得出来たのだ。それを未だにアリアルーナは信じていた。

 「先生はきちんとみてくれているはずだよ。第一、努力して魔法を習得したなら、それでいいじゃないか」

 いささか堅いもののクラウディウスのように、誠実に生徒と向き合おうとする教師が身近にいるから、学校の評価についても疑う気持ちはない。

 それに、魔法を習得しただけでは満足できないアリアルーナの気持ちを、ルディには理解できないのだ。

 突き抜けた素養を持つ故に、他者の目や評価を気にしないという、異名持ちの魔法というものに対する感覚が、ルディにもある。魔術師なら誰しもが程度の差こそあれ持つだろう魔法を誇る気持ち、自己顕示欲を伴う自尊心(プライド)に思いが及ばないのだ。

 だからアリアルーナの自分の力を、魔法を誇りたいという欲を、意味のないものとして否定してしまった。

 「アンタなんかに何がわかるのよ」

 アリアルーナは幼い頃からできの良い娘だと、周囲に褒められることに慣れていた。努力すれば、その評価に相応しい結果を得られるだけの才能もあったから、彼女は挫折というものを知らない。

 唯一、身近にいて彼女以上の評判を得ていたフロアリュネにだけは、ライバル心を抱き、剥き出しの敵意と競争心を持っていたが、自分では劣っているとは思っていなかった。

 「あたしはアンタとは違うの。アンタの噂のせいで、迷惑してるって言ってるのよ」

 噂のせいで嫌な思いしたと彼女は言うが、ルディのことを、全然知ろうともせず、噂を真に受けて好き勝手言うのは、皆と一緒だということに、アリアルーナもリュシュワールも気づこうともしなかった。

 「ルナの言うとおりだ。お前が金の魔術師に取り入って養子にまでなったってのは、事実じゃないか。まともに魔力がないくせに、この学校に入れたのもそのせいだろ」

 それはリュシュワールがずっと口にしてきたことだった。彼とルディとの間にできた溝を表している。

 「ほんとに、僕のこと何も知らないんだ。ううん、知ろうとしなかった」

 リュシュワールがルディと金の魔術師の噂を、本当だと言っていたのは知っている。リュレがわざと噂を否定せず、むしろ広める方向で動いていたのは事実だ。

 それでも、ルディが実力で入学したことも、魔力のことも、リュシュワールが知ろうと思えばできた。ルディは聞かれれば答えた。

 「お前だって何も言わなかっただろう。噂だって本当のことだから、何も言えなかったんじゃないか」

 なら、言えば良かったのだろうかと、今更ながらルディは思った。

 欲しいものは欲しいと、それまで以上に拒絶されることを怖がったりせずに、手に入らないから仕方ないと諦めず、手を伸ばせば良かったと、後悔の気持ちがわき起こる。

 そうすれば、もしかしたら手に入っていたのだろうか。こんな風に悔やんだりしなかっただろうか。

 だからそのままの気持ちが言葉になる。

 「言えば信じてくれた?僕の言うこと」

 けれど、それをリュシュワールは一笑に付した。

 「馬鹿らしい。聞くまでもない、どうせその顔で、金の魔術師に取り入ったんだろう」

 兄だった人の嘲るような表情に、わかってしまった。リュシュワールはルディの言うことを信じない。認めたくないのだ。

 「リュレ様が僕のこと気にかけてくれて、いろいろ助けてくれるのは本当のことだよ」

 その根底にあるのがルディが同類(異名持ちの卵)であることでも、それは構わない。空魔法が見過ごせないものであったことも、ルディを手元に置こうとした理由だろう。

 それでも、彼女がルディに向けた好意に変わりはない。

 ルディにとってリュレは恩人であり、敬愛する存在だ。

 「僕はリュレ様達に助けて貰わなければ、死んでいたし、魔力だって取られたままだった」

 「‥‥‥死んでいれば良かった。お前なんか」

 リュシュワールは冷たい瞳で吐き捨てるように本音を口にした。言ってはいけないことだとは思わなかった。

 「魔力なんて戻らなければ良かったんだ。お前に力があったのが間違いなんだよ」

 無能な弟だと思っていた。

 それに比べて自分は両親の期待通り、王都魔法学校に入って、順風満帆で魔術師になるエリートコースを歩んでいた。

 なのに、無能だと思っていたルディは、金の魔術師の目に止まって自分と同じ王都魔法学校に入ってきた。

 しかも治癒科に入って、治癒魔法を使えると知った父親の期待は、一時的にだったがルディに移ったようにリュシュワールには見えた。

 ずっと下に見てきた弟に嫉妬する自分など、リュシュワールには認められない。

 そしてそれは、アリアルーナも同じだった。

 「アンタなんか大っ嫌い!最初からいなければ良かったのよ」

 容姿しか取り柄がないと、ルディを罵ることで優越感に浸っていた自分の醜い心を、アリアルーナに直視できるはずもない。

 ルディに敵わないなんて、アリアルーナには許せなかった。

 ルディが捨てたはずの家族からの拒絶。

 今更であるはずなのに、兄妹であった二人からぶつけられた本音が、胸に突き刺さって痛い。

 覚悟していたはずなのに、泣きそうになるのをルディは必死で堪えた。

 駄目だと。もうここから立ち去るべきだと、状況を掴んでいる意識が頭の奥で告げていたが、ルディは動けなかった。

 リステイルだけではない。幾人かの騎士や兵士達が彼に合流して直ぐ近くにいる。先程からこちらを伺う気配を、ルディは感じ取っていた。

 いくらルディでも魔法も人の行き来も多い校内で、常に近辺の人間を探知して把握していられるものではないが、こんな状況で動こうとしない騎士の集団を、この近距離で捉えられないものではなかった。

 それを考えれば、もう打ち切って動かなければいけないのだ。なのに、胸が痛い。苦しくて、心がいっぱいで立ち尽くしている。

 「何が空魔法よ。嘘つき」

 自分は悪くない。

 悪いことはルディのせいだ。

 ルディを否定することで、自己の正当化を図る気持ちが、アリアルーナの心を歪ませている。

 「ほんとは魔力なんてないくせに。違うって言うなら、あたしの魔法何とかしてみなさいよ」

 魔石を出させるといったリュシュワールの話は、アリアルーナの頭から完全に吹っ飛んでいた。

 激情に捕らわれたまま、怒りの感情に任せ、アリアルーナは腰のホルダーから杖を抜いて詠唱を始めた。

 「ダメだっ」

 強い危機感がルディを揺さぶり、声を出させる。

 「我魔力を捧げ世界の理に請願す。

  風の元素を喚起するものなり。

  招請に応じ風精よ

  雷を纏い疾く現れ出よ‥‥‥」

 ルディの制止する声を聞かずに、アリアルーナは歪んだ笑みを浮かべ、詠唱を続けた。

 アリアルーナの雷球が発動する直前に、ルディは魔法に介入し、構成を霧散させる。構成が編み上げられ、顕現するタイミングまで手を出さなかったのは、アリアルーナに対する影響を最小限に抑えるためだった。

 もとより、発動直前の魔法に干渉するなど、圧倒的な魔力と技量があるからこそできることだが、それ以前に止めようとすれば、術者に魔力をぶつけることになり、下手をすれば昏倒させることになりかねない。

 そして、発動と同時では、至近距離で魔法を散らす衝撃が、場合によっては術者に及ぶからだ。

 まだ初心者であり、成長期で魔力の不安定なアリアルーナではわずかな衝撃が、多大な影響を及ぼさないとは限らない。ルディはそれを恐れたのだ。

 「あたしの魔法が」

 発動直前で霧散した魔法に、アリアルーナは杖を構えたまま呆然とする。

 「魔法を人に向けて撃つっていうのは、剣で斬りかかるのと同じことだ」

 後は〈雷球〉の呪文を唱えるだけだった魔法が、消えたことが信じられなかったアリアルーナだったが、かつてない強い口調のルディの声で、現実に引き戻された。

 魔法の力を知る故に、ルディは魔法に対して妥協しない。

 「なによ偉そうに!」

 八つ当たりだと自覚するには、彼女の心は幼く、怒りに支配されている今は何も聞こうとはしない。

 それでも、魔法を撃たせたら、取り返しがつかない。その思いがルディに言葉を紡がせる。

 「魔法は人を傷つけ、殺すことができる。それをわかってない者に、魔法を使う資格はない。撃ったら、僕は容赦しない」

 悔しそうに睨み付けるアリアルーナの目を受け止め、ルディは静かに言葉を紡いだ。魔法のことなら、こんなにすらすらと言葉が出るのにと、どこかで自嘲しながら。

 「やれるもんならやってみなさいよ」

 一方的に敵意をむき出しにしているアリアルーナの叫びに、発動の呪文が混じる。

 「後ろだ!」

 「〈火矢〉」

 リュシュワールの動きに危険を察知し、とっさにかけられたリステイルの警告の声と、火矢の発動は同時だった。

 警告を叫びつつリステイルが飛び出し、二人の間に割り込もうとする。

 封呪の魔石を使った火矢の魔法は、使うのに条件はあるが最大の利点は一言で起動する速さだ。

 魔法の名を唱えるだけで発動し、襲いかかった火矢は、奇襲、不意打ちを目的とした速さを第一においたものである。しかも使用したのは良い魔石を使った上級品であり、当たり所によっては余裕で人を殺せる威力があった。

 だが、完全な死角となる後ろから撃たれた魔法を、反射的に発動したルディの風楯が弾き返す。

 「ひっ」

 何が起こったのか、理解できなかったアリアルーナの喉から、短い悲鳴が漏れる。

 彼女の目に写ったのは、苦鳴をあげて倒れる兄の姿だ。

 ルディの風楯に弾き返された火矢は、リュシュワールの右脚を掠っていた。大腿がえぐられるように焼かれ、酷い火傷を負っていたが、もし直撃していたら右脚そのものを無くしていたかもしれない。

 「ルディシアール君、怪我は」

 風楯を展開しつつ、ルディは避けるべく左横に身を投げていた。低い姿勢をとるルディを背に置いて、リステイルはリュシュワールとの間に立ちはだかった。その手には、魔導具でもある剣が抜かれている。

 だが、それにもかかわらず、リュシュワールは二度目の魔法を放とうとする。

 「‥‥‥〈火矢〉」

 立つことができず地面に這いつくばり、苦痛に呻きながら、リュシュワールは右手をポケットに入れ、二個目の魔石をつかみ出す。

 だが、今度は魔法は発動しなかった。正確には、起動するのと同時、発動する一瞬前で、ルディが干渉し構成そのものを潰したのだ。

 「‥‥親父の魔石が‥‥‥」

 手の中で粉々に砕け散った魔石の欠片を、地面に叩き付けるようにぶちまけた。

 「お袋の言ってたとおりかよ‥‥‥化け物が」

 起動した魔法が壊された感触で、リュシュワールはルディがやったことだとわかったのだ。

 魔法そのものを起動と同時に潰すなど、常識ではあり得ないことを、いとも容易くやってのけたルディの力を初めて認めたリュシュワールは、恐れを込めて吐き捨てるように言う。

 「兄さん!ひどい‥‥‥大いなる命の根源に魔力を捧げ慈悲を請わん」

 我に返ったアリアルーナがリュシュワールの元に駆け寄り、震える声で回復魔法の呪文を唱えるが、魔法はまともに発動しなかった。

 ただでさえ回復魔法を覚えたばかりの彼女が、動揺した精神状態で発現するものではないのだ。

 「駄目‥‥治らない‥」

 アリアルーナは涙を浮かべ、ルディをなじった。

 「酷いじゃない。アンタ何したのかわかっているの!治してよ」

 至近距離から、しかも完全な不意打ちを狙い、攻撃魔法を撃たれたルディに治せという理不尽に、アリアルーナは気づいていない。

 たとえ明確にこの身を傷つける技量がないとわかっていても、かつては兄だった人に殺されかけたルディの気持ちを、わかろうともしなかった。

 立ち竦み、何も言えないルディの代わりに、声を出したのはリステイルだ。

 「何をしたのかわかっていないのは、君達の方だろう」

 リステイルは困ったような顔をして、変わらずルディを背に庇う形を取っている。

 更に、リステイルを追う形で、騎士と兵士が建物の影から姿を現し、ルディとリュシュワール達の間に立ちはだかっていた。

 その中には魔法学校における警備責任者である部隊長ハルシオ・レンクローダの姿もある。

 彼等が抜刀し、リュシュワール達を取り囲むのを見て、ルディは真っ青になった。

 「待ってください。事故です。‥‥‥これは事故なんです」

 とっさに、ルディはそう言っていた。

 血の気の引いた顔で事故だと主張するルディに、リステイルは首を横に振った。

 先輩に殴られるなあと、リステイルは暗澹たる気持ちを抱え、剣を鞘に収めつつ、必死で訴えるルディの正面に向き直る。

 その頭上に飛竜の翼が羽ばたく音がし、その影が真っ直ぐ舞い降りてきた。

 「ルディ、そこにいるの?」

 聞き慣れた女騎士の声が自分を呼ぶのに、ルディもそちらに目を向ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ