表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/93

皇国の事情

 昨夜の一幕は真夜中であったこともあり、意外と知られずに済んだ。

 変な時刻に起こされたルディは、ちょっと眠気と不機嫌を引きずっていたが、それはローレイと一緒に教室へ向かうのに、寮を出たところで吹き飛ぶ。

 顔を合わせるなり盛大に落ちたデューレイアの雷のせいである。

 「ルディ!アンタあれだけ言ったのに手加減したわね」

 仁王立ちになって、一喝するデューレイアにルディはびくりと肩を竦めた。

 息も絶え絶えであったが、結局襲撃してきた賊は生きていたのだ。

 「だって‥‥‥ちゃんと無力化したし、他にはいなかったし」

 「言い訳はいらないっ!きっちり息の根止めておきなさい」

 頭ごなしにデューレイアは言いつける。

 「アンタに殺せって、酷いこと言ってるわよ。でもね、本当に怖いのよ。手や足がもげようと、生きている限りどんな手を使ってくるかわからない。だから絶対気を抜いては駄目。アンタを狙ってくるのはそういう手合なのよ」

 「ごめんなさい」

 デューレイアがこれだけ怒るのは、本当に自分のことを心配しているからだとわからないルディではない。

 「いい、少しくらい魔法の腕が上がったからって自惚れるんじゃないわよ。アンタには絶対的に経験が足りない。手加減なんて十年早いわ」

 「デューレイア、そのくらいにしといてやれよ」

 ルディシアールは頭の良い子だ。だから十分彼女の気持ちは伝わっているとカウルスは思い、デューレイアの説教を適当なところで止めた。

 彼女の厳しさは優しさからくるものだ。敵には容赦ないが、懐に入れたものには、その深い情を惜しみなく注ぐ。短い付き合いだが、そんな彼女の性質をカウルスは感じ取っていた。

 手加減するなと口を酸っぱくして言いつけるのも、ルディに対する思いやりだ。

 油断一つが死につながるといっても、ルディは戦士の家に育ったわけではなく、基本的に甘い性格をしている。仕掛けてくるものを殺せと言われても、どこかで抵抗感があるだろう。

 だから指導者として命じるのだ。厳しく言い含められたからと、心理的な言い訳にできるように。

 「ルディシアール君、デューレイアの言っていることは正しい。それはわかるだろう」

 取りなしてくれたカウルスと姉のような女性に、ルディは頭を下げた。

 「はい。済みませんでした」

 未熟な自分を自覚していなくてはならない。わかっているつもりだったが、デューレイアを心配させてしまった。それは素直に謝るべきことだ。

 「誰が殺るにせよ、刺客はすべて殲滅する。これは大前提よ。手を出せば死ぬと知らしめること。それは何よりの牽制になるわ」

 襲ってくる方が悪い。だから気にすることはないとデューレイアは言ってるのだ。

 「最終的に他人の手を煩わせるか、自分が手を下すかの違いだ。そのくらいに思っておけば良いんじゃないかな」

 ローレイの助言に、デューレイアは平静を装いつつ、内容のきわどさに内心で一歩引いた。

 つまり意訳すれば、拷問の末処刑するか、その場で殺すかの違いだと、平然とした口調で、軍務卿の息子は言ってのけたのだ。

 「人任せにするなってこと?」

 「そうとも言える。過剰に責任を感じることはないってことだよ」

 自分の身を護る責任を他人任せにするなという意味に受け取ったルディに、ローレイはその方が彼には受け入れやすいかと、あえて肯定する。

 「そ‥そうね‥‥そんなとこかしら」

 どこか引きつった表情で、真実を教えるべきか悩みつつ、デューレイアは取りあえずそう言っておいた。




 マルドナーク皇国きっての歓楽街として有名なハルノーヴァの高級宿「黄玉の竪琴亭」の主人が、この国唯一の異名持ち「琥珀の影絵使い」であることを知っている者は少なくない。ただしそれは軍や皇宮の重鎮など、国の上層部と裏世界の実力者という世界でのことだ。

 一般には、滅多に表に出てこないこの街の、美貌の顔役の一人であると思われている。

 この「黄玉の竪琴亭」は国家体制に組み込まれることを嫌った琥珀の魔術師の、皇国に対して開かれた窓口であった。依頼に対し拒否権はあるが、皇国の意向には従うことで、琥珀の魔術師はこの立ち位置を得ていた。

 「まさか、アタシがあの子を拉致し損なったことに、今更文句があるわけじゃないわよね」

 役者も裸足で逃げ出す男の色気に満ちた美貌を向けられ、皇国の某官僚は机上の酒杯に手を付けず、感情を廃した鉄面皮を面に貼り付けたまま、「まさか」と否定した。

 「そのような狭小な者が居ぬとは申しません。が、何しろ三人目です。皇国としても相応な対処に迫られているという意見はございます」

 空魔法の三人目にして、エール=シオンの三人目の異名持ちとなり得る子供だ。

 「そんなところでしょうけど、アタシにそれを持ってくるのは悪手だと言っておくわ」

 背の高い、均整の取れたほれぼれする男性美を体現する琥珀の魔術師は、張りのある低い美声で嘲るような口調を滲ませた。

 「仮にあの時、銀の子供の拉致に成功していたら、この国はとんでもない被害を受けていたでしょうね。黒が白とぶつかった時の被害の小ささは、たまたまだってこと、わからない馬鹿なら、言っても仕方ないけど。黒の本気を真正面から受けるつもりなら、古龍の襲撃以上の被害を想定することをおすすめするわ」

 銀の少年の庇護者は、黄金の天秤操者であると言われているが、実は師である黒の魔法殺しこそが問題であると、琥珀の魔術師は指摘する。

 「それは貴殿をもってしてもと仰いますか?」

 暗に、黒の魔法殺しに勝てないのかと挑発じみたことを口にした男の戯れ言を、琥珀は鼻で嗤い飛ばした。

 「魔術師の天敵と言われるだけの男よ。彼だけならともかく、金もいるわね。アタシに異名持ち二人とやりあえって?」

 それこそ冗談ではない。むろん、言った側も本気ではなかった。

 個人で有りながら、一軍に匹敵する力を有する異名持ちの存在は、国家にとって他に比することのできない価値がある。いまや皇国に一人しかいない異名持ちを、失うことは避けねばならない。

 琥珀の魔術師が拒否することは予想していたとおりでもある。異名持ちに対抗できるのは異名持ちだけだといっても、もとより皇国にそんな気はなかった。

 ただし素直に引かないことで、琥珀から言葉を引き出すことにする。彼は直接黒の魔法殺しと刃を交え、銀の少年と接触しているのだ。

 黒の魔術師と銀の少年の為人は、重要な要因となる。

 「彼の国の異名持ちは宮廷魔術師です。金はもとより、黒にしても、我が国に表立って刃を向けることはないと、上は認識しています。貴殿は違うとお考えでしょうか?」

 黒の魔術師が他国に刃を向けることは、そのまま国家間の戦いになるということだ。それはないだろうと、エール=シオンの国家としての性質からも、皇国の上層部はみていた。

 三大国で最大の国土をもっているのはマルドナーク皇国ではあるが、北方の氷原を含む、人の住めない広大な原野が、国土の半分近くを占めている。

 また氷雪に閉ざされる冬の厳しさもあり、国家としての政策に、南に領土を求めるという、方針が存在していた。

 それに比べ、エール=シオンは東を天地の壁に接する国土であるから、魔物の跋扈する荒野を抱えているが、森林資源も多く、世界最大の穀倉地を有するなど、生活圏としての土地は三大国で最大といわれていた。

 更にエール=シオンの北の国境は、天地の壁に匹敵する峻険な山脈であり、西の一部分は大湖ケルシーの東岸を国境線としている。

 彼の国はその他にもいくつか自然の要害を国境に抱えている事情もあり、領土の拡大は容易とはいえず、国家にとっても利が少ないどころか、距離的にも統治の行き届かない地をいたずらに増やすことは、むしろ不利益を生む。

 故に現在の国土を維持、統治することを基幹としているため、王国は今以上に領土を広げることには消極的である。

 そのような事情もあり、エール=シオンは古来から攻められれば騎士と魔法の国の名にかけて、倍返しの勢いで火の粉を振り払うが、積極的に国土の拡大ははからない大国として認知されていた。

 「金は知らないけど、銀が絡んだ黒に、国の縛りは期待しない方が良いわね。同類である愛弟子の意味を、軽く見ると命取りよ」

 直接対峙し、黒の魔法殺しがみせた銀の雛に対する、執着ともいえる感情をまともに向けられた琥珀であるからこそわかる。

 「だから、貴殿は引かれた。そう認識してよろしいのでしょうか」

 「その通りよ。四十年前と同じに考えないことね。これは忠告よ」

 「承りましょう。もう一つ、よろしいでしょうか?」

 琥珀が了承を与えたのに、彼は淡々と確認すべきことを口にした。

 「異名持ちが互いに特別なこだわりを抱くのであれば、貴方様は同国の異名持ちを如何様に思われておいででしたでしょうか?」

 「ああ、それね。白を知っている樽腹(グランドル)元将軍なんかが、なんでアタシが報復に走るだなんて思い込んだのか知らないけど、黒が殺らなきゃ、アタシと殺し合ってたでしょうね」

 あっさりと、信じがたい答えが返ってきたのに、さしものポーカーフェイスも沈黙を選んだ。

 「何故かなんて無意味なことは聞かないでよね。相性としか言いようがないから」

 異名持ち同士の抱く感情は両極端であると、言った者がいる。それを肯定するような琥珀の言い様に、つい問いを重ねた。

 「では、銀はどのような少年であったかと、聞いてもよろしいでしょうか?」

 「可愛い子よ。こちらから構ってあげないと、遊んでくれなさそうなところは、師匠と一緒かしら」

 銀も黒も手を出さなければ噛みつかれないと、琥珀は言った。

 琥珀のもとを訪れたこの男は、宰相職にあり内政を司る皇弟の影の腹心の一人である。武人である皇王と対照的に線の細い文官である皇弟は、政策路線が対立する軍と折り合いが悪く、宰相で有りながら軍部に対しての力はほとんどないと言って良い。

 だからこそ逆に皇王が安心して、政務を委ねているという一面がある。

 この男は官僚の中でも軍寄りの立場をとり、宰相に対し批判的であることが知られていた。

 だが、それは宰相と軍部の間の調整をとるためであると、琥珀は見当を付けている。

 現に、宰相が外面では疎ましがりながらも、この男を重用するのは、宰相自身がこの男が果たしている役割を承知しているからだ。

 別に皇国がどう動こうと、琥珀にそれを指図する権限などない。

 ただ国内外の思惑が絡みあって、それがどう作用し、暴発するかわかったものではなかった。

 そんな中、この男が来たのはせっかくの機会だ、言いたいことは一応主張しておく。

 「ただ、踊らされるのはそいつの勝手だけど、後始末押しつけられるのはごめんよ」

 離れたところから、他人を踊らせるのが得意な奴もいる。そういう者の手にかかったら、いつの間にか自らが人形に成り下がったのにも、気づかない場合があるというものだった。

 「仰る通りですが、操り糸を切るにも、見極めが必要でしょう。切れた糸の後始末を怠っては、いつ足に絡みつくかわかったものではありません」

 「‥‥‥苦労してるわね」

 あくまで他人事のように、琥珀は憐れむような目を彼に向ける。

 ただし、その表情はきっぱりと自分を巻き込むなという拒絶を表していた。

 「あの様子じゃ、下手打つのが出そうってことよね」

 イマイチ建設的でない話に終始し、これといって要求することもなく帰って行った男を見送るのは従業員に任せ、琥珀は熱い紅茶を持ってこさせた。

 念を押されなくても、介入する気はないが、エール=シオンの黒と銀の師弟を思い出せば、ムズムズとする気分も浮かんでくる。

 「皇王の馬鹿皇子とミーティ侯爵あたりが、軽い気持ちで手を出して、火傷しなけりゃねぇ」

 今まで皇国で空魔法を独占していた意識から、馬鹿な真似をしでかしそうな壮年から初老に差し掛かりつつある侯爵の顔を思い浮かべる。そして彼は、第四妃の子である第一皇子でなく、第二妃の産んだ第二皇子を次期皇王にと推す派閥だ。

 公爵令嬢であった第一妃は子を成すことなく若くして身罷り、現在皇王には三人の妃と二人の寵姫がいるが、妃腹の子供は皇子が三人と皇女が三人である。

 第四妃は病を得た第一妃が子供を望めない代わりにと、皇王が彼女の妹を新たに妃として迎えたものだ。よって第一皇子であり、公爵家の血筋である第四妃の子を次期皇王に推すのが、皇宮の主流である。

 対して、第二妃は伯爵家の出であるが、母親はミーティ侯爵の異母妹だ。軍に力を持つ侯爵家が後見についているため、第二皇子を推す声も小さくはない。

 ただ、第二皇子は武技に優れているためか、いささか思考が偏っており、皇位を継ぐ者としてはその性格に問題がある。

 彼を寄越した宰相が気にかけている筆頭だろう。

 「可愛い銀と、黒の嫌そうな顔を見に行くのも楽しそうだけど」

 下手をすれば命懸けのちょっかいだが、それさえも暇つぶしと言ってのけそうな美男子は、運ばれてきた紅茶に、気分で柑橘類のジャムを入れた。

 「もう、鬱陶しいわね」

 普段は気にしてもきりがないため放っておいているが、時折気に障れば、影を送って排除することがある。たまたま排除の対象になった者は運が悪かったともいう。

 影の送る先は、通りの向かい側の宿屋とか、筋向かいの娼館、隣の酒場といった、居場所の知られている皇国の異名持ちの動静を気にする者が、常時目を潜ませている定番の場所でもある。

 「あたしを刺激したいって、そんな単純な奴じゃないわね」

 片手間に動かせる駒には事欠かない相手だ。時折、潰したくもなるが、護身の手間は惜しまないだけに、琥珀をして迂闊に手はだせない。

 単純に殺すのは簡単だが、ユエ共和国を筆頭に庇護を約している輩との関係を考えるに、手を下すにはリスクが大きすぎるのだ。

 情報網を築いたユエの先代も捻くれた奴だったが、情報網を受け継いだ空魔法の男は、性質の捻じ曲がり方は更に陰険な方向に向いていると琥珀は思う。

 「逆に牽制ってとこかしらね。あの黒と食えない金がついてるからには、万一はないでしょうけど」

 全国に張りめぐらされた情報網を守るために、彼等のしてきた行為。その闇に隠され、琥珀ですら疑惑としてしか口にできないそれを考えると、コカ・ラン・デテが銀の雛を排除しようと狙う意図がみえる。

 その魔手を潜り抜け、生き延びた空魔法の使い手は異名持ちの卵だ。本当に運の強い子だと、琥珀は銀髪の少年の顔を思い浮かべた。

 それにしても、自分が手を出すのを控えているのに、あの子をイジる(構う)なんてずるいじゃないのと、琥珀は思った。

 他人に牽制され、のけ者になるのは面白くないと思う、質の悪い男はここにもいたりする。






 目の前に立ちふさがる朱金の髪の魔導騎士。不敵な笑みを向けられ、ルディはゾクリと背筋に嫌な感覚が走ったのに、足元に風球を叩き込む。ただの風球ではなく、固く圧縮したものを地面にぶつけ、爆発させるように風を解放する。ついでに地魔法も使って、広範囲に砂をまき散らした。

 土と砂のカーテンで視界を奪われ、足を止めたデューレイアの前から、ルディは右斜め上に舞い上がる。

 宙に上がったルディの上から、風を切る音がし、木杖が突き下ろされた。

 竜騎士のカウルスだ。

 風楯で杖先を弾き、もう一枚宙に展開した風楯を蹴って、ルディは身を逃がす。

 「あそこで行くとは、さすが先輩」

 絶妙なカウルスの位置取りとタイミングに、リステイルは感嘆しつつ、ルディの進路を塞ぐ位置に走り込んだ。

 ルディは何枚もの風楯を展開し、彼等の攻撃を止めつつ、風楯を蹴るようにして急激な方向転換を繰り返しながら宙を駆けた。

 騎士は個人力量も相当なものだが、それ以上に連携がやっかいだ。彼等は互いの役割を常に意識しつつ動く。それだけに彼等の連携を崩して穴を作るのは難しい。

 集団戦は、軍の騎士達にとっての真骨頂でもある。

 「あーもうっ!ちょこちょこと」

 地上と空中を自在に動き回るルディに、デューレイアは舌打ちする。入学からこっち、黒の魔術師にみっちりと仕込まれているルディだ。空魔法を封印してなお、圧倒的な魔力と速さで繰り出される魔法は、騎士達の攻撃を確実に止める。

 まだまだ力押しだとブランは評価するが、さすがに王国軍の一級の騎士達の相手は、そうでもしないと無理だ。

 ルディは魔法の発現速度と多重展開に物を言わせ、機動力で騎士達の攻撃を躱し、防御に楔を打ち込んでいく。

 「リステイル!止めて」

 「うわっ」

 足元を崩され、リステイルが思わず体勢を崩す。

 「そこっ!」

 わずかに開いた隙間に、ルディは風矢を撃ち込んだ。

 リステイルの横を掠め、風矢はウサギの胴体を貫いた。

 「あ‥‥‥」

 感触でしくじったことを悟り、ルディが固まる。

 その顔を見て、結果を知ったデューレイアが一度剣を鞘に収めた。

 「はい、失敗」

 「うー‥‥‥」

 風矢はゴーレムウサギの胴体を貫通していた。

 「済みません、デューレイアさん」

 自分のところを抜かれたリステイルが、指揮を執ったデューレイアに不覚を詫びる。

 「うーん、やっぱり守りは性に合わないわ。カウルス、指揮交代しない?」

 デューレイアの提案に、ルディが露骨に嫌な顔をした。

 「うっわー嫌そうな顔。正直ねぇ」

 素直な反応に、ネリーネが笑う。

 「だって、それだとキツすぎです」

 槍の代わりに木杖を振るっているが、この竜騎士は間違いなく今目の前にいる騎士の中で最も腕が立つ。攻撃力に限ればデューレイアが上を行くが、立ち会えば六割以上の確率でカウルスが勝つだろうと、ブランが言い、当のデューレイアもそれを否定しない。

 指揮についても奇抜さはないが、堅実で守りに強く、攻撃も鋭い。攻める側としては最もやりにくい相手だ。

 「これで三回、片手でクリアできるように頑張りなさいよ」

 デューレイアの励ましにルディは唸りながら、ゴーレムウサギを交換しているブランの方に目を向ける。

 先夜の夜襲で、ルディは穿孔牙で地面に深い穴を開けた。

 埋める前に、槍の柄を突っ込んで計ったら、肘くらいの深さはあったと、デューレイアがブランに告げ口したのだ。

 寝ぼけていた、あるいは八つ当たりとは、言い訳にできるはずもない。結局、魔力の無駄遣いはすなわち魔法の制御の甘さであると、特訓を命じられた。

 ランダムに強度の変わる風楯を張るゴーレムウサギを、風矢で仕留めること。ただし、貫通は不可。しかも、騎士達の防御を突破してだ。更に空魔法の使用不可は当然で、騎士への魔法での直接攻撃も禁止。

 なかなか厳しい縛りに、ルディは苦戦を強いられていた。

 騎士達は良い鍛錬になると、張り切っているから余計だ。騎士達の方も邪魔を目的としているため、急所を避ける等、万一当たれば致命傷になるような攻撃は控えている。しかし、いざとなれば黒の魔術師が止めてくれるという安心感から、わりと容赦がなかった。



 なんとか五回目で、課題をクリアしたルディは、ホッとして地面に座り込んだ。

 「五羽しか用意してなかったからな。こいつをしくじったらどうしようかと思ったぞ」

 ギリギリで合格した教え子に、ブランは、壊れたウサギを拾い上げながら言った。

 「済みません」

 「街中での戦闘は極力避けるべきだが、無いとは言えん。それも想定して、障害物を考慮した訓練といくか」

 力任せにぶっ放して、周囲に被害を及ぼすのはいただけんと言うブランを見るカウルスは、なんとも言えない顔をしていた。過去の光景、学生街の中央門前でくりひろげられた琥珀の魔術師と彼の戦いを思い出したためだ。

 巻き添えでの人的被害が出なかったのは、一つにはカウルスの手配で密かに行われた避難が間に合ったからだった。もちろん、本人曰くの手加減もあったのだろう。

 それでも、斬り裂かれた石壁やズタボロの石畳の記憶は、カウルスには容易に忘れられない。たとえ、当人の手によって、即日補修されはしていてもだ。

 アレが基準じゃあるまい。アレは相手が異名持ちだったせいだ。異名持ち同士の戦闘で、アレは破格の被害の少なさだ。

 グルグルと、そんな思考がカウルスの頭の中で踊っていたが、喉の奥に抑えておく。

 だが、よくよく考えてみれば、人のいる方向に攻撃は飛んでこなかった。アレが当たっていれば、自分達の楯などものの役にも立たなかっただろうと確信をもっていえる。つまりはそういうことだと、不意にカウルスは思い至った。

 「そういえば、夜襲と同時刻に工房に泥棒が入ったのは知ってるわね?」

 デューレイアに問われて、ルディは工房の現場検証に付き合ったからと、頷いた。

 「はい。盗られた物はなかったって」

 結界破りの魔導具である蛇型ゴーレムを、賊退治にかまけて放置してしまったため、結界石の一つが壊され、ネリーネ達はお小言を食らった。警備に置いてあるブラン作のウサギ型ゴーレムは、対人に特化されているため、魔導具には反応しなかったのだ。

 もっとも、状況的に賊の殲滅を優先させた判断は正しく、不可抗力とされたために、ネリーネ達の責任問題にはならなかった。

 「王都でもタチの悪い魔導具専門の盗賊団だったみたいね。ほら、それでなくても魔法学校(ここ)には魔導具がゴロゴロしてるから、以前にも被害に遭っているらしいわ」

 そちらは本来警邏の仕事で、王都を護る第三師団ならともかく、デューレイアの第一師団が関わるものではなかった。だが、デューレイアは魔法学校の卒業生で、ルディに関わってから入り浸っているため、その手のことは耳にしている。

 だからといって、管轄外のことに手を出すことはなかったが。

 「それって、今度の奴らも?」

 聞いてみれば、その通りだとデューレイアはルディに答えた。自身の置かれている状況を自覚させる意味でも、デューレイアはいろいろとルディに情報を教えている。

 「みたいね。何度か侵入して成功しているから、調子に乗って狙ってきたみたいよ」

 「そうだったんだ。でも、魔法鞄はなかったと思うけど」

 「転送の魔石よ。魔法鞄も欲しかったんでしょうけど、転送の魔石だって特に貴重な魔導具ですもの」

 転送できるのは樽一つくらいの大きさの物だが、瞬時に離れた場所に送れる。使い方次第では非常に有用な魔導具で、魔法鞄より取得するのに規制が厳しい。この先も、普通では入手が困難な代物だ。

 「アンタの寝込み襲おうとした奴が情報を流したみたいね。攪乱目的だったんだと思うわ」

 一夜に二つの賊。共謀していたと考える方が普通である。たまたま別個の偶然ということもありえるが、今回はそうではなかった。

 「残念ながら、元は辿れなさそうだけどね」

 今度の刺客も、依頼者を辿れなかった。大国エール=シオンの王都で、王宮が威信にかけて護っている者を狙おうというのだ。依頼元が念入りに身元を秘匿するのも、ある意味当然である。

 「しかし、こう単発で来られるというのも、いい加減鬱陶しい」

 カウルスの言いたいことが、単純に面倒だとかいう類のことではないのだと、口調から察して、デューレイアは怪訝そうな顔をする。

 「目眩ましではないかということだ」

 ズバリと、カウルスの案じていることを、ブランが言い当てた。

 「それって」

 刺客の対処に手と目を向けさせておいて、裏で何らかの作為が仕組まれているという可能性を言っているのだと、デューレイアは了解した。

 「だとしても、刃は払いのけねばならん」

 至極単純な話だと、黒髪の魔術師が断言する。

 「わかってるわよ。慣れるなっていうことでしょ」

 いいわねと、デューレイアはその言葉を、そのままルディに向けて言った。



 ルディを寮に帰してから、ブランは研究室に一人残ったデューレイアに、可能性の話をした。

 あの場で、あえて口にしなかったことだ。

 「一つには、ルディの場合、現状では拉致はないということだ」

 「転移魔法使える子を、捕らえておくなんてできないものね」

 ましてルディは無詠唱で魔法を使う。意識がある限り、逃げることはできるのだ。

 ではルディの意思に反して、言うことをきかせるというなら、どういう場合かと考えて、デューレイアは眉を顰めた。

 「そういうこと」

 「排除にしても、人海戦術も馬鹿にはできんぞ」

 「そうね。疲弊を狙うとか、心理的なものもあるし、それは否定しないわ」

 ルディにも言ったが、慢心は隙を作るのだ。それを狙っているとも考えられる。

 「少し派手に動く必要があるかも知れん」

 焦りは禁物だが、示威行為も一つの手段だ。

 「いいわね。その時には是非乗らせてちょうだい」

 守りよりも攻撃の方が性に合っていると、デューレイアは左手で軽く剣の柄を叩いて意思を示した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ