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夜襲

 休み明けに、一転して機嫌良く小教室に顔を出した、リュシュワールを、意外そうな顔をしつつもクロマはほっとして迎えた。

 「言い過ぎちゃったから、昨日リュー君に謝りに行ったの」

 あっけらかんと、クアーラが言うのに、クロマはそれで済むのかと、切り替えの早さを訝ったが、それでリュシュワールの機嫌が直ったのならいうことはない。

 「ああ、それで次のルナリアは、サリアリーナのパーティと合同で行くことになった。午後からここに来ると言っているから、そのつもりで良いな」

 「了解。俺はいいぜ」

 クロマに続き、ツェリズナルドもむしろ喜んで了承した。

 なにせ、女の子のパーティだ。男としてはやる気も出るというものである。




 ユエ共和国とエール=シオン王国の国境を越え、城塞都市クレスダイトを経て、ここアルンレードから故郷のヘカーテルへは馬車で三日の距離だ。

 安全を最重視した経路を選択したため、時間はかかったがおかげで無事にここまで来れた。あとわずかで往復三月にわたった旅も終わりを迎える。

 「お嬢、もう辛気くさい顔やめましょうって」

 宿を出て、駅馬車に向かうために前後に並んで歩きながら、考古学者である祖父の助手であり、父親から彼女、ミュリアのお目付役として付けられた青年、ユーリックが軽い調子で後ろから声をかけた。お目付役という名目だが、十六歳の娘であるミュリアに代わり、ユーリックが今回の旅の実務を取り仕切っている。

 「辛気くさいって、後ろから顔なんか見えねぇくせに」

 「そんなのまるわかりですよ。怒るやら落ち込むやら、背中に大きな雨雲背負ってたみたいな態度してりゃ。大体、突然、空に向かって馬鹿野郎はないでしょ」

 「う‥‥うるせー‥」

 横に並んできたユーリックに、からかうように言われ、ミュリアは恥ずかしいのか、ぷいっと反対側を向く。六つ歳上のこの男は、いつも余裕の顔をして彼女をあしらう。

 「渋るクソ親父から旅費をせしめてわざわざ学都まで行ったのにさ。面会申し込んでからまるっと一月待たせて、あげく顔も見せずに使用人から『興味深いお話ですが、ご助力はできかねます。とのことです』の一言だぜ。学都の学者なんか、散々面倒な手続きやら、金を要求しておいて、出してきたのはクソみたいな資料ばっか。腹が立つったらねぇぜ」

 結構可愛い顔立ちをした年頃の娘とも思えない乱暴な言葉を吐くミュリアに、ユーリックはやれやれとこれ見よがしにため息をついて見せた。

 遺跡の調査現場で人夫やら傭兵に混じり、女と侮られないよう虚勢を張っていたおかげで、そこそこ大きな商会のお嬢とは思えない口の利き方をするようになってしまったのだ。父親である商会の旦那さんや母親が、ミュリアが祖父の道楽に首を突っ込むのにいい顔をしないのが、彼女には気に喰わない。しかし、これでは無理はないとユーリックは思う。

 そもそもミュリアの祖父、先代の商会の主が、仕事を息子に譲り、遺跡の調査に携わっているのは、金持ちの道楽であると思われている。幼い頃からの夢であったエルフの伝説に関わる遺跡の発掘や調査だ。彼はそのために親から受け継いだ商会を大きくした上で資金を貯め、商売を息子に譲り渡し、隠居した。

 道楽と言われようが、自分で資金を作ったうえでの遺跡調査だ。これには息子もその嫁も文句を言わない。

 しかし、娘がそれにのめり込むのは話が別だ。もう十六歳になるというのに、女とは思えない乱暴な言葉遣いとガサツな仕草は親として頭が痛い。そんな親心を疎ましく感じる年頃なのだろう、反抗心をむきだしにして、祖父にくっついて遺跡調査の現場に入り浸っているとあっては、顔を顰めるしかなかった。

 今回のリンデス行きは、見合いを条件に旅費を出してもらっていた。父親の意図はともかく、行き詰まった祖父の研究のために、ミュリアは学都行きを決めた。

 エルフの去った天空の城への門だと言われている第四遺跡。魔術師の最高峰である異名持ちの女性、黄金の天秤操者がこの遺跡を解析するには空魔法でもなければ無理であると言ったのである。

 異世界へ至る城への門である。空魔法が必要だというのは、至極納得出来るものであるとともに、やはりというものがあった。

 当然のように、空魔法の必要性は認められていたのだ。しかし、空魔法の希少性、使い手の絶対的な少なさからそれは見送られてきたものだった。

 しかし、金の魔術師をして空魔法でなくては無理であろうと言われた事実は重い。

 ならば、会うことすら不可能であろうマルドナーク皇国の侯爵夫人よりは、まだ見込みがあると、学都の参議員に直談判をしようとミュリアは考えたのだ。

 それに、名だたる学都であるリンデスならば、他に有力な資料が見つかるのではないかとの望みをかけたものの、結局無駄足に終わってしまった。

 ただでさえ停滞した研究に苦しんでいる祖父に、ミュリアはなんと言って良いか気が重い。

 「大体、学者が競争相手に有力な資料を見せるわけありませんって」

 「だったら、最初からダメだって言えばいいじゃねぇか。それを金を出せって言いやがるから」

 「研究資金は欲しいでしょうし、他国の研究がどの程度行ってるか気になったんでしょうねぇ」

 それを汚いと言っても仕方ないだろうと、表に立って実務を担当したユーリックは達観している。当たり前だが、成人したばかりの娘に、海千山千の学都の事務官などとの交渉が務まるはずもなかった。ユーリックは最初からそんなものだろうと割り切っていた。それでもやるだけのことはしたのは、ひとえにミュリアの気が済むようにするためだ。ミュリアも自分がはっきり役立たずであった自覚があるから、反論は出来ない。

 「ぐううっ」

 「ねえお嬢。結果はともかく、旦那さんとの約束は守りますよね?」

 「こんなとこで気分の悪くなること言うなっ」

 噛みつくミュリアを宥めながら、ユーリックは言葉を継ぐ。

 「約束ってより、契約ですからね。帰って見合い、します?」

 「どうせ断るだけだ」

 「それでもです」

 「いい加減にしろっ!しつっけーぞ」

 「あーそういうこと言いますか。ならやめときます。後で文句言わないでくださいね」

 思わせぶりなユーリックに、ミュリアは怪訝な目を向ける。彼がこういう態度を取るときには、大抵なにか彼女の知らないことを握っているのだ。それこそ、後でミュリアが知って怒鳴りちらしたくなることを。

 「何なんだよ。もう」

 「お嬢、約束?」

 「すれば良いんだろ。すれば」

 「まあ、そのガラの悪さじゃ向こうの方が断ってきそうですけどね」

 「うっせぇ!」

 ぎゃんぎゃん吠えるミュリアだが、ユーリックには慣れっこだ。彼の正式な雇用主は彼女の祖父であるが、商会の主人からも彼女と祖父のお目付役の仕事を受けていることは周知のことだった。

 そのあたりの事情もあるが、とにかくミュリアより、彼女の父親である商会の主を始め、周囲の信用度ではユーリックが遥かに上である。いざとなれば、ミュリアを無理矢理馬車に押し込んで連れ帰っても、誰も文句を言わない程度には。

 「昨日お嬢がふてくされて宿の部屋に閉じこもっていた間に、護衛のヨルさんと食べ物の買い出しとかしてたんですけどね」

 魔物や盗賊対策に、きちんとした駅馬車には、必ず護衛がついているものだが、旅行にそれとは別に自前で護衛の傭兵を雇うのは、懐に余裕がある者なら当然のことだった。彼等に商会の主人が付けてくれたヨルという男性は、商会と長期契約をしている傭兵である。

 「嫌味かよ、それは」

 「いえいえ、仕事ですからね。別に良いんですよ。けど、一緒にいけばお嬢も良いこと聞けたんですけどねぇ」

 「立派な嫌味じゃねえか」

 ぶっすりと拗ねた顔をするミュリアの反応は予想通り、いや予定通りだ。

 商会のあるヘカーテルはエール=シオン王国の西の要、王の直轄地である。当然この情報は届いているだろう。だからこそ下手なタイミングでミュリアの耳に入る前に、教えておこうと考えた。

 無論、それを聞いた彼女の行動をコントロールするためである。

 「おや、聞きたくないと?」

 「そんなこと言ってねぇだろ」

 「そうでしたかね。まあいいでしょう。とにかく買い出しの時にですね、王都から来たっていう人と話をしたんですよね。なんと王都で空魔法の使い手が出たっていう話を」

 「本当かっ」

 思わず両手でユーリックの胸倉につかみかかったミュリアは、そのまま興奮のあまりガクガクと力一杯揺さぶった。

 「お嬢‥‥はなしっ‥‥‥落ち着いてください」

 しがみつくミュリアの手を何とか振りほどいたユーリックはがっしりと、逆にその手首を握った。

 「今は王都の魔法ギルドなんかじゃこの話でもちきりだとか」

 聞いた相手は魔法ギルドの関係者で、信用できる話だという。

 「王都だな」

 「ダメですよ」

 ユーリックはミュリアの腕を握ったまま、駅馬車の方へと歩を進めた。

 「お嬢は家に帰って見合いです」

 「何言ってんだっそんなことしてる場合じゃねぇだろ」

 腕を振りほどくにも、がっしりと握られミュリアの力ではどうにもならなかった。

 この話を聞けば、直ぐにも王都へ行こうとするだろうミュリアの行動など、ユーリックには余裕で予想が付く。だからこそ、荷物一式を先に駅馬車へヨルに運んでもらい、後は乗り込むだけになってから、話をしたのだ。

 「約束です。父親との約束も守れないような人間とは、誰も話をしてくれませんよ」

 「だから、それは王都に行ってから」

 「契約の履行が先に決まってます。我が儘も大概にしてくださいね」

 ピシャリと正論を突きつける。

 「大体、相手は王都魔法学校の生徒ですよ。いきなり遺跡調査に協力なんてできるわけないでしょうが」

 「魔法学校の生徒?」

 「ええ、そうですよ。第四遺跡調査の一時打ち切りを打診してきたと、お嬢がキレて散々悪態ついた王宮魔導士のお膝元。ついでに言いますと、その子は伯爵家のご子息だそうで」

 「それじゃ貴族か?」

 王宮は新たな空魔法の使い手の名を、クリシス伯爵の子息ルディシアールという形で公表した。

 異名持ちの本名が案外知られていないこともあり、一般ではクリシス伯爵が高名な金の魔術師であることに気づかない者がほとんどだ。

 実はルディシアールの名も、それまでの評判であった「金の魔術師のお気に入り」や、その容姿からの「銀の雛」、「銀の少年」という呼び方の方が定着し、結果としてあまり流れなかったという。

 「それに王宮がガッチガチに警備固めてるに決まってるでしょ。お嬢がのこのこ行ったところで、会うことなんかできませんって」

 さっさと馬車に乗ってくださいと、ユーリックに引きずられるように連れてこられ、待ち構えていたヨルも加わって、ミュリアは問答無用で馬車に引き上げられた。

 一瞬、人攫いだとか喚いて逃げだそうかと考えたミュリアだが、ユーリックが人の悪い笑顔で先制する。

 「言っておきますが、お嬢の手持ちじゃ王都までの旅費には全然足りませんから」

 「なんで財布の中身、ユーリが知ってんだよ」

 「お目付役ですから。お嬢みたいなガラの悪いのでも、一応女ですしね。逃げる気なら、本当に拐かされる羽目にならないように、いっそ簀巻きにして馬車に転がしときますよ」

 本当にやりかねないと、ゾッとしてミュリアは慌てて否定した。

 「誰が逃げるって」

 「おーや、考えませんでしたか?」

 「か‥考えてなんかねぇよ」

 どう考えてもミュリアに勝ち目はなかった。

 駅馬車が出発してから、ミュリアは空魔法の使い手について改めてユーリックに聞いたが、満足な答えは得られなかった。王都から来たという人も、それ以上のことは知らないようだったから仕方ない。

 結局、ミュリアは帰った実家で、銀の雛という呼び方を知り、ヤキモキしながら見合いに臨むことになった。




 夜陰に紛れ、怪しい人影が四つ、研究棟の横を走り抜けた。

 彼等の目指す先は、研究棟の一角、最近では兵士が常駐する工房である。今も武装した不寝番の兵士が二人、扉の前で立っていた。

 影に潜んだ不審者の集団は隠行の術を使っているのか、物音一つ聞こえず、息の気配さえ隠しおおせている。

 じっと身を潜めた彼等は、見張りの兵士二人の視線が外れるのを待つ。

 夜の静けさの中であるから、なおさら遠くまで音は響く。そして校内のどこかからか響いた音と続いた刹那の閃光に、見張りの兵士が気を取られた隙を突いて彼等は動いた。

 音もなく襲いかかり、声を出す暇もなく一人が鳩尾を突き、膝を付いた首筋に手刀が叩き込まれた。もう一人も身体を拘束されて口を塞がれ、何らかの薬をかがされて昏倒する。

 校内ということで兵士にもどこかで油断があったにせよ、四人がかりの手慣れた見事な仕業であった。

 殺さなかったのにはもちろん理由がある。

 王国軍の兵士を殺すと追及が厳しくなるのと、これからやることのためだ。

 一人が扉にとりつき、鍵を開けにかかる。

 もう一人は隠しからとある魔導具を取り出し、倒した兵士の懐に突っ込んだ。

 程なく開いた工房の扉に、気絶した兵士の身体を入り口から二人がかりで押し入れる。

 兵士の上半身が屋内に押し込まれると、一呼吸おいてその懐がもそりと動き、細長い生き物、蛇のゴーレムが鎌首をあげて床へと這い出した。

 部屋の一方向へとずるずる這っていくゴーレムに、成功を予測し、彼等の口元が緩んだ。

 「へえ、それで結界石を壊すんだ」

 後ろから感心したような女の声がしたのと同時に、頭を剣の柄で強打され一人が沈んだ。

 「一人、生かしときゃ十分だろ」

 臨戦態勢から一斉に襲いかかってきた賊に、そうこなくっちゃと、外灯の頼りない光のなか、引き締めたネリーネの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。その剣は身体を返しながら賊の一人の腕を切り裂いている。

 自分の夜回りの時に、丁度こんな美味しい場面にぶち当たるとはなんたる幸運と、ネリーネは内心でほくそ笑んでいた。

 「ったく、愉しそうに」

 夜回りで組んでいた相方の兵士が、灯りの魔導具である魔石を光らせ、三方に転がしつつ、一応剣を抜いていたがやる気なさそうに呟く。それでも、役目を忘れていないらしく、ネリーネが腕を切られながらも短剣を抜いて斬りかかってくる奴の相手をしている間に、逃げの体勢に入った奴の前に立ちはだかった。

 「〈風矢〉」

 ネリーネの相手をしている短剣使いの後ろで、もう一人が風矢を放ったのを、彼女は気配を読んで剣を振るい相殺した。

 「チッ魔術師を残しちまったか」

 最初に沈めたのが魔導具を使った奴だったので魔術師と当たりを付けたのだが、まだ他にも魔術師がいたようだ。隠行を使っていたのはこちらの風使いだったのだろう。

 とはいえ、大した力量とは思えない。風矢もネリーネの腕なら剣で散らせる程度の威力しかなかった。

 「手伝いいるか?」

 逃亡しようとした暗器使いを相手取っている兵士が、ネリーネに声をかけたときには、既に詰む寸前だった。

 一気に短剣使いの懐に飛び込み、短剣を弾き刀身を腹から上に突き入れる。更に背後から襲いかかる風矢を、体勢を入れ替えることで仕留めた身体を楯代わりにして防ぎ、腰の短剣を引き抜く。

 接近戦に持ち込めば魔術師など、彼女にとってはいい獲物だ。目の前に踊りでた彼女は、次の詠唱を許さず、短剣を閃かせその喉をかききった。

 死体から剣を引き抜いたネリーネが、まだ片付かないのかと、手間取っている同僚に冷たい目を向け、殺気を込め背後から賊に斬りかかる。

 濃い殺意に反応し、ネリーネの一撃を躱した代償は、今まで戦っていた兵士の剣の切っ先だった。

 「あーあ、殺っちまった。コイツ見逃して、アジトに逃げ込ませる手もあったってのに」

 「一人残してあるじゃない。文句は言われないはず」

 本音はそんな面倒なことは嫌だと、ネリーネの顔に書いてあった。

 「こっちはもともと殲滅が前提。後は警邏の仕事でいいじゃない」

 それもそうだと、相方はあっさりと強盗は警邏に押しつけようと頷いた。

 「なあ、その剣どうした?」

 未だ抜き身のネリーネの剣に視線を向ける。

 いくら相手が身軽さを優先させた装備でも、ああも簡単にぐっさりと一刺しで突き通し、しかも見たところ刃こぼれもない。普通の鉄剣とは思えない切れ味と耐久性だ。

 「ああ、これ。ちょっと練習って、(黒の魔術師の指導で)あの子が手を入れて魔法を付与したんだ。魔剣とまではいかないけど、なかなかいける感じ」

 「ちょっずりぃぞ」

 「ふふん、役得ってヤツ。それにしても、がっかり。あんま大したことない奴らでさ」

 剣を収めながら、ネリーネが死体を見下ろした。

 「所詮窃盗団ってとこだろうぜ。ま、世間の魔術師なんてこんなモンだろ。師団やら魔法学校(ここ)と一緒にすんな」

 「あはは。極めつけ見てるから余計にさ」

 「ところで、どっちが本命かはともかく、あっちの様子、見に行くか?」

 「はっ!行く頃には終わってるって」

 それよりここの後始末がある。人手を呼んでこようとネリーネは提案した。




 寮のルディの部屋には結界が張ってある。防御に、探知と警報の役目も兼ねていた。ブランの研究室ほど強固なものではないが、要は不意打ちの一撃さえ防ぎ、ルディが危険を察知できれば良いのだ。

 真夜中に、キンッと、甲高い音を立てて部屋の結界が破れた。

 得てしてこういった結界は一点に尖った攻撃をされると脆いのだ。

 荒っぽい目覚ましの合図に、即座に覚醒を強いられたルディの意識が、反射的に部屋を包み込む魔力壁を展開し、枕元の愛剣を握って飛び起きた。

 ルディの寝起きの悪さに散々手を焼かされたエルが見たら、目を疑うような光景である。

 屋根からロープを使って壁にとりついた賊が、次の手を打つ前にその背中に矢が突き刺さり、地面に落下した。

 「チッ」

 もう一人、窓を挟んで反対側にいた賊が窓を破ろうと、二本目の矢が飛来する前にと壁を蹴って片手を振りかぶる。

 だが持っていた物を手放す前に、衝撃が使い手もろともに壁からはじき飛ばした。魔力壁の外側に展開したルディの風楯である。当たる寸前であった、横合いから警護の騎士が放った水矢も、威力を減じて弾かれ飛散した。

 「こんな夜中に起こすな!人を訪ねてくる時間じゃないだろっ」

 文句を言いながら窓の横に立ち、ルディが探知で外の様子を伺えば、地に落ちて動かない人の姿と、器用に受け身を取り、地に降りた気配がある。

 あと三つ、少し離れたところからそれぞれ近づいてくる人影は、警護の騎士か兵士だ。

 大事な睡眠を妨害され、不機嫌全開で抗議するルディに、同様に飛び起き剣を握り、こちらはドアの横で状況を伺うローレイが、それを聞いてつい突っ込んだ。

 「君、寝ぼけてないかい?」

 わりと本気で聞いたりした。

 「起きてる。眠いだけ」

 風魔法の気配に、微かな呻き声とともに、地に転がった人影から呼吸が絶えた。

 それを感じ取ったルディが顔を顰め、何かが地面にぶつかって、抉れるような音が夜のしじまに響く。

 更にそれを追うように、窓の外で派手な雷光が閃いた。

 光は瞼の奥にのみ残像を残し、夜に消える。

 「んー‥‥と、もういないな」

 魔力壁を展開したまま窓を開け、外を見るルディの斜め後ろに立ったローレイは、やはり寝ぼけ半分だったのだろうと思った。

 灯り代わりにルディが作り出した火球が宙に浮かんでいる。その光に浮かび上がった惨状に、警護の兵士は皆似たような微妙な顔をしていた。

 彼等の視線の先の一つだが、地面に穴が空いていた。人の手が入るか否かといった大きさだが、かなり深そうだ。

 「穿孔牙?」

 「うん、すごく絞ったやつ。風槍でも抜けたと思うけど、念のため」

 襲撃者の一人は身を護るための風楯を張っていたが、そんなものはルディには薄紙と同じだ。反撃というより、ほとんど報復である。

 その賊は片足を吹き飛ばされ、雷撃で意識を刈り取られていた。かろうじて生きているだろうといった状態だ。

 穿孔牙でなくとも、ルディの風槍、いっそ風矢でも、風楯を軽く貫けただろう。念のためというより、寝起きの機嫌の悪さを反映した結果だろうとローレイは思う。睡眠の邪魔をされ、キレたのだと推測したが、口にはしなかった。

 「えっと、巻き添え出さないように注意はしたから」

 雷撃も賊だけに狙いを絞ったというルディの言い訳に、ローレイは苦笑する。

 一人は、喉を大きく切り裂かれて息絶えている。おそらく口封じにもう一人が手を下したのだろう。

 「こちらは無事です。怪我一つありませんし、部屋の被害も皆無です」

 ローレイが兵士に状況を報告する。客観的な視線という信用度では、ルディより上だったりする。

 「えっと、結界を破られたけど、大丈夫です。他にはいないと思います。気配ないです。済みません、あの、僕、休ませてください。ごめんなさいっ」

 一気に言って、ルディはパタンと窓を閉める。外の火球も消しておいた。その代わりに、部屋の灯りの魔導具を点ける。

 「ルディ君」

 「だって、僕がいたってやることないと思うし。結界だけ張り直しておけば良いだろう?」

 宙から魔石を一つ取り出し、新たに結界石とし、机の上に置く。

 それからベッドに直行し、布団に手をかけた時点で、ルディは既にその瞼が半分落ちかけている。

 「そうだね。素人がのこのこ出て行っても邪魔になるのは確かだ」

 賊の襲撃は退けられても、睡魔には勝てないようだ。どうにも眠そうなルディに、これはダメだとローレイは判断した。

 ないとは思うが、もし警邏の騎士が訪ねてきたら、ローレイは自分が対応しておくつもりでいた。

 「ごめん。巻き添えで起こしちゃったよね」

 布団に潜り込みながら、今更だがルディは申し訳なさそうに謝る。

 「構わないよ。僕も寝首をかかれるのはごめんだし、良い経験だ」

 そう言ってしまえるくらいに、お互い殺伐とした環境だと、ローレイは笑って流す。

 それから灯りを消し、ローレイもベッドに入った。二人とも、こんな騒動の後でも眠れるくらいには、神経が鍛えられていたりする。


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