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軍務卿

 楽しそうな王の茶目っ気に、今頃真っ青になっているだろう侍従長を思い、皆心の中で気の毒な犠牲者に同情した。

 「ルディシアール、そなた転移以外に空魔法の何が使える?」 

 いきなり王から直接問われ、思わずルディは王に顔を向け、はっとして視線をリュレに流した。

 「お答えせよ」

 「はい。使ってみたのは、収納魔法、転送魔法、空間連結魔法、凍結魔法です」

 知られている有名な空魔法の名をすべてあげられ、魔導士長は卒倒しそうになる。そんな魔導士長に構わず、王は再度ルディに問う。

 「今から予がそこにある魔石に転移魔法を封じよと命じたら、幾つまでできる?」

 「全部出来ると思います」

 正直に答える。どう考えても無理だとは思わなかった。

 「九つすべてか?」

 「はい。一日に幾つ作れるかは、やってみたことがないのでわかりません」

 「献上した三個と、これ全部と、それでもまだできると?」

 聞いた王よりも、魔導士長が興奮して叫んだ。

 「落ち着かれよ」

 「落ち着いていられるか、カレーズ侯。転移の魔石ですぞ。陛下、まだ三十個ほどなら今すぐ用意できます。お許しいただければ、更に備蓄の魔石もまわしましょうぞ」

 三十個と聞いて、さすがにルディの顔が引きつる。できないとは言わないが、ちょっとその数は勘弁して欲しい。

 いきり立つ老人を、リュレは子供をたしなめるように宥めた。

 「あまり欲張るな。今日のところは、ここにあるだけで我慢せよ。それで陛下、伺うがこれらの魔石に転移魔法を封じる代価は、いかほどとお考えか?」

 冷静に、魔法に対する代価を要求するリュレに、魔導士長をはじめとする全員が虚をつかれたように押し黙る中、王はその意図を正確に察した。

 「なるほど、王宮が転移の魔石にいくら払うかというのだな」

 「リュレ殿、陛下に対して代価を求められるか?」

 不遜ではないかと声を上げた財務卿をリュレは一蹴する。

 「当たり前だ。まさかルディシアールに無償でやらせようとは言わぬだろうな」

 魔石は商品であり、代価を持って取引されている物だ。転移の魔石を例外とするなど論外であるというリュレの主張は正当なものだった。

 「転移の魔石に対する国の評価額だ。ここに財務卿もいるが、すぐには出せまい。後日でよいな」

 「御意に」

 「リュレ殿、軍務卿として一つよろしいか」

 エイリックがここで口を挟んだ。

 「空魔法の魔導具は利用価値があまりにも大きい。特に戦における価値は計り知れぬ。率直に申して、転移の魔石などが世間に出回るのは、陛下の御命により軍を預かる者として見過ごしには出来ぬ」

 「それはつまり、空魔法の魔導具は王宮が管理すると言いたいのだな」

 本当はその製作者も王宮で管理したいのだろう。リュレの息子になっていなければ、ルディはこの場で身柄を抑えられ、王宮預かりとされたに違いない。

 「ご了承頂けるか?無論、製作を強要したりはせぬし、代価も支払う」

 「ルディシアール、それで良いか?」

 「はい。でも、僕が自分で使ったりするのは構わないですよね?」

 エイリックは難しい顔をして、直ぐに応とは言わなかった。

 「駄目、ですか?」

 「それではルディシアールは自身の魔法を使う自由さえ禁じられるに等しい。軍務卿、そこまで縛るな」

 罪もなく魔術師が自身の魔法を王宮に制限されるのは、権利の侵害も過ぎると、リュレはエイリックに迫る。

 王宮のエール=シオンの魔術師すべてへの対応に係るものであるとして、リュレが絶対に認められないという態度をとったのに、国王が場をとりなした。

 「軍務卿、要は無闇に世に出回らなければ良いのであろう。違うか」

 「御意にございます。確かに製作者が使うことに問題はありませんな。譲渡は制限せねばなりませんが」

 「リュレ様とブラン先生は外してください。それ以外は許可を取ります」

 先にルディが自ら申し出たため、エイリックは二人がこの国の異名持ちであることもあり渋々ではあるが、それを認めた。

 「君の母君(黄金の天秤操者)魔法の師(黒の魔法殺し)では仕方ない。それ以外には王宮の許可なく渡さないと約束するね?」

 「はい」

 一応の話をまとめ、エイリックは王に承認を求めた。

 「彼が作る空魔法の魔導具はすべて王宮が管理するものとする。ただし本人使用は除外する。また本人よりの譲渡は『黄金の天秤操者』と『黒の魔法殺し』に限りこれを認める。このようなところでいかがでございますか」

 「よかろう。諸卿と協議のうえ明日中に予に具申せよ」

 話が決まったと、リュレはルディに魔石の製作を命じた。

 「ではルディシアール、これらの魔石に転移魔法を封じよ。終わったら学校へ送って行こう」

 「お待ち下さい、リュレ殿。今なんと言われましたか?」

 「学校へ送るといったのだ、魔導士長殿は耳が遠くなったか」

 リュレの皮肉には反応せず、魔導士長は本日何度目かの叫び声を上げる。

 「空魔法の使い手を学校にですと」

 「忘れて貰っては困る。ルディシアールは王都魔法学校に学ぶ生徒なのだぞ」

 「しかし」

 とりつく島のないリュレの態度に、納得出来なさそうな魔導士長を取りなしたのはエイリックだった。

 「今日のところは近衛から護衛を出すことでよろしかろう。リュレ殿、貴女の御子息で黒の魔法殺しの愛弟子に、良からぬ事を考える愚か者はまずいないとは思うが、ご老体の心痛を和らげるためにも護衛を付けさせてもらいたい」

 周囲に釘を刺しながら、エイリックは老魔導士長の体調を引き合いにしてリュレに懇願する。

 護衛くらいは予想の範疇内であったが、リュレは王宮の面子を潰すわけにもいくまいと、気が進まない素振りでルディに護衛がつくことを受け入れた。

 そして、即座にエイリックが部下たる騎士を動かし王宮の近衛連隊に指示を下すのを横目に、リュレはルディに残りの魔石に転移魔法を封じるように命じる。

 「覚えておけ、あれがこれからお前に向けられる目だ」

 会議室を出てからリュレは隣を歩くルディに言う。会議室でのドロリとした人々の様々な思惑に満ちた心身に突き刺さる視線を思い出し、ルディは身震いした。

 「厄介なことにあれらには力がある。今頃はお前という道具を如何に己が利に結びつけるか画策していよう」

 道具と言い切るリュレの正しさを、ルディはあそこで目の当たりに知らされた。

 吐き気がするような様々な強い欲を纏った、自分を見る彼等の目は、まさしく「道具」を見るものでしかなかった。

 「お前はまだ王都魔法学校の生徒なのだ。庇護されるべき立場を利用し、王宮と距離をもって利益を与えよ。お前が利益をもたらす存在であれば、王宮はお前を護らざるを得ない。わかるな」

 「はい」

 力が無いなら、それを逆に強味に変えれば良いとリュレは言う。ルディに手を伸ばそうとする者を、より大きな力である王宮に抑えさせるということだ。

 「焦らずとも良い。未だお前が学ばねばならぬことは多い」

 力が無ければ力をつければ良いと、リュレはルディに言った。まだ十三歳の少年だ。力がないのは当たり前で、それを自覚し、甘んじなければ良いのだ。

 「わたしとブラン、王宮、滅多なことはないと思うが、油断はせぬことだ。言っておくがこれでも万全とは言い切れぬ」

 欲に走る者の愚は計り知れないものがある。

 更に、それよりも質が悪いものもある。その一つが国家だ。

 エール=シオンの利益と他国の利益が必ずしも等しいものではあり得ないということ。そして、エール=シオンにおいても、国家の利害を第一に考える者がいる。

 国のためなら身内でさえ殺せる信念の持ち主だ。

 その一人である彼が、人当たりの良い顔を作りながら、腹では何を考えているかリュレも警戒を怠らないでいる。

 先程も、卒ない対応をしながら、リュレと腹の探り合いをしていたようなものだ。

 今頃、魔導士長あたりに噛みつかれているのではないかと思い、彼女はゆるく笑みを浮かべながらも、さてどうでるかと油断なく考えを巡らせていた。




 会議室では王が退室した後で、リュレの予想通り老魔導士長が軍務卿に噛みついていた。

 「いかに護衛を付けようと、空魔法の使い手を魔法学校に置くなど、万一があればいかがするつもりじゃ」

 三百年ぶりに現れた転移級魔法が使える魔力の持ち主だ。貴重などというものではないと、魔法第一である老魔導士長は、怖い物知らずにもエイリックに向かって意見する。

 普段ならとても考えられないほどの暴挙をしてしまうほど、老人は興奮していた。

 「リュレ殿のご子息を、いかなる名目を持って魔導士長殿は王宮に留め置けと言われるかな」

 宮廷魔術師第一位にして黄金の天秤操者、そして女伯爵たるリュレの令息だ。保護の名目であっても、リュレの了承無しには王宮が身柄を預かることはできないとエイリックは言っているのだ。

 「むうう‥‥‥しかし、息子とは言え養子にすぎぬではないか」

 「それは聞き捨てなりませぬな。王宮の認可を受けた正式な養子縁組ですぞ。リュレ殿は相続権まで与え実子と変わらぬ待遇をもって彼を息子としている。これを蔑ろにすることはできようはずもない」

 もう少し冷静になって考えろと、エイリックはあえて理屈で老魔導士長をやりこめた。

 「リュレ殿にはあの子供を王宮に託す気が無いと?」

 「でしょうな。そのための養子縁組だったとは、さすがに抜け目がない」

 あるいは琥珀の魔術師によって、彼の少年が異名持ちになり得る才の持ち主であると明らかにされたことも、彼女には許容範囲だったのかもしれない。

 空魔法の異名持ちというより危うい事実を隠蔽するために、そこまでの真実を周囲に掴ませることで、彼女の行為を納得させてしまったのだ。

 同時に、リュレはルディシアールから血縁を法的に切り離した。その先回りともいえる手配を、エイリックはあわせて評価していた。

 リュレはルディシアールの弱味となる存在を、まず遠ざけたのだ。

 それにより血縁者に及ぶ危険が薄まることを期待し、彼の少年の心情を考慮したともいえるが、それ以上に万一の際に切り捨てるための緩衝として、関係を断ち切っておいたとエイリックは読んでいた。

 それはおそらく家族だけにはとどまらない。そんな片手落ちを、リュレが許すはずもないのだから。

 「魔法学校には黒の魔法殺しがいる。彼の保護下にあると思えば、王宮にあるより身の安全ははかれると、金の魔術師殿はお考えなのだろう。いずれにせよ、魔法学校の警備は早急に手を打ちましょう」

 「当たり前じゃ。魔法学校の方には儂からも手を回させてもらいますぞ」

 「構いませぬが、あそこには彼の者の入学時より、すでに金の魔術師殿の手が入っておりますからな。くれぐれも彼女の機嫌を損なう真似はせぬように頼みますぞ」

 魔法学校の自治を尊重せねばならず、過剰な干渉は抑えねばならないが、彼の少年に王宮魔導士の管理の手がはいることは必要だと、エイリックも思っていた。

 同時に、彼の持つ少年に対する最大の手駒も動かすことを考える。

 無理なく影響を及ぼせる位置に、配置しておかねばならないだろうが、それは上手くやるように言うだけで良い。

 一方でリュレを引き合いに出された老魔導士長は、わずかに顔を引きつらせ、やり過ぎないことを約束した。

 老人より余程年上であり、この国の魔術師の事実上の頂点にある彼女を、彼は心底敬い恐れているのだ。

 「そういえば相続の件は面白いことになるかもしれませんな。女伯爵の地位は一代限りというものの、彼の少年自身もいずれは子爵に叙されることになる。となれば‥‥‥まあ、順当に行けば我らの方が先に墓に入ることになりますからな。やめておきましょう」

 「子爵に叙されるとは、また」

 「おや、魔導士長殿ともあろう方がご存知なかったとは。彼の少年はいずれ我が国三人目の異名持ちとなるということです」

 「いや、それは確かに‥‥‥いやいや、動転が過ぎるというのはこのことですかのう。この年寄りにはいささか刺激が強すぎたようですわ。‥‥‥いやまったく、空魔法の異名持ちとは、よくも我がエール=シオンに生まれてくれたものじゃ」

 老魔導士長がしみじみ述懐したそれには、エイリックもまったく同感する。

 「くれぐれも扱いを間違えないようにすることです。それで、魔導士長殿のこの後のご予定はどのように?」

 「ううむ。実は昨日魔法ギルド長から会談の申し入れがありましてのう。急ではありましたが、昨日の時点では予定が空いておりましたし、これから別室で対応せねばならぬところじゃ」

 「なるほど、リュレ殿の差し金というわけですな。丁度良い、この件では陛下の命で諸侯とも協議をせねばならないところです。わたしも同席させていただきましょう」

 皆多忙を抱える身だ。急遽招集をかけたため、必要な顔ぶれが集まるまでにはまだ時間がかかる。その前に、魔法ギルドとの折衝の下準備ができるのであれば好都合というものだ。

 「軍務卿殿、それでは魔法ギルドは」

 「おそらく、前もってリュレ殿の示唆を受けているでしょうな。当然、空魔法の事も知らされているでしょう」

 ここまではすべてリュレの手のひらの上だ。お膳立てを整えた彼女の手腕はさすがであった。それは彼女がそれだけ彼の少年の行く末を案じていると言うことでもある。

 この先、彼女の期待通りに事が運ぶとは限らない。しかし、あえて金の魔術師と敵対する意思も、今のところエイリックにはなかった。

 国益と彼女の存在が反しないことは幸いだと、エイリックは考え、そしてできれば、空魔法を使う少年も、そうであれば良いと思っている。

 「いや、そのように扱えということだろうな」

 エイリックはリュレの思惑を正確に受け取っていた。

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