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謁見

 馬車にリュレと二人で乗っているルディは、緊張で青ざめていた。

 「なんで僕なんかが」

 行き先を聞かなければ良かったとまでルディは思う。

 そんなルディの様子を楽しんでいるかのように、リュレは笑っていた。

 「たかが城で王に挨拶するだけだ。大したことではない」

 「僕には大したことです。礼儀作法だって知らないのに」

 「公的な謁見は午前中に行われる。私的な謁見として、午後の予定に少し割り込ませて貰った。王にわたしの息子の顔を見せてやろうと思ってな」

 はっきり言って、ルディの抗議など最初から馬耳東風だ。

 「リュレ様っ」

 「なに、お前はそれだけ綺麗な顔をしているのだ。会った相手に笑って頭を下げておけば十分だ」

 文句の付けようのない容姿という意味では、この義理の親子はどちらもとびきりだ。金と銀で、非常に目立つことこの上ない。

 「顔っていわれても」

 「なんだ、まさか褒められたことがないわけではあるまい」

 「『顔は良いのに』とか、『顔が良くても』みたいにしか言われたことないから、あんまり」

 悪く言われたことはないが、純粋に褒められた覚えもほとんどない。

 この子に反感を持つ者でも、貶しようのない容姿であるということなのだが、容姿しかまともなところがないという意味でいわれてばかりで、ルディにとっては余り良い思いをした記憶は無かった。

 「ルディ、お前はわたしをどう思う、美しいか?」

 「はい。それはもちろん」

 即答である。輝く黄金の髪と叡智を湛えた黄金の瞳、繊細な美貌は一分の隙もない。強大な魔力が更に内側から彼女の存在を際立たせる、まさに万人が讃える美女だ。

 「そのわたしがお前を綺麗だと言ったのだ。少しは使い方を自覚しておくと良い」

 ルディの場合、無自覚は害毒になる。

 「なに、心配はいらぬということだ」

 王宮などすでに数え切れないほど訪れているリュレは余裕の態度で鷹揚に構えているが、ルディは心臓が痛いくらいだ。

 しかし、ぐだぐだ思い悩んでいるうちに馬車は王城の門をくぐり、目的地に到着してしまった。

 白いドレスに金の縁取りがある紫のローブを纏った金の魔術師と、王都魔法学校の制服を着た子供の二人連れは、馬車を降りるなり人々の衆目を集めた。

 おどおどと落ち着かないルディを促し、リュレは勝手知ったるとばかりに堂々と王宮の中を闊歩していく。

 「ルディ、もう少し顔を上げて堂々としていろ」

 「で‥‥でも‥」

 凄く見られていると思う。あちこちから好奇の視線で見られて、ルディはいたたまれない思いをしていた。

 事実、「アレが例の金の御方の」とか「噂には聞いていましたが」などと、学校内に蔓延していたのと似たり寄ったりの言葉が、否応なく耳に入る。ざわめく声と、視線の痛さでルディは泣きたい気分だった。

 「リュレ殿、これは丁度良いところでお会いできましたな」

 壮年の体格の良い男性が声をかけてきた。

 一目で貴族とわかる身なりの良さだが、どちらかと言えば騎士に近い雰囲気の服装をしていて、纏う気配も鋭い軍人を思わせるものだった。

 「これはカレーズ侯爵閣下、確かに良い所でお目にかかれた」

 その名前に聞き覚えがあったルディは、思わず顔を上げてその男性を見た。

 ルディのルームメイトであるローレイの父、現カレーズ侯爵エイリックだ。

 「ルディ、こちらは軍務卿であられるカレーズ侯爵閣下、お前のルームメイトのお父上だ。カレーズ侯、これがわたしの息子ルディシアールだ」

 「そうか、この子が。いや、ローレイから君のことは聞いているよ、ルディシアール君」

 「はい、あの、はじめまして」

 リュレに言われたとおり、丁寧に頭を下げる。

 「リュレ殿、話に聞いたとおりたいそう見場の良い子だが、今日はまた陛下にお目通りを願ったとか」

 「なに、自慢の息子を見せびらかしたい親心、というものを味わってみたくてな」

 鮮やかな、その実人の悪い笑みを浮かべる金の魔術師に、カレーズ侯爵はやれやれと思う。

 いつもにも増してこの金の御仁の思惑が読めない。

 「カレーズ侯も陛下の元へ一緒にいかがかな。侯にも珍しい物をご覧にいれよう」

 「それは楽しみだ」

 是非一緒にということになり、ルディは足の震えが酷くなる。いくらルームメイトの父親でも、相手は軍務卿を勤める大貴族だ。

 謁見は私的なものということで、会議室でということになっていた。

 先の話が長引いて、会議室には王宮魔導士長と財務卿とその関係者がまだ在室している。

 「ご機嫌よう、陛下。なかなか良いタイミングだったようだな」

 ある意味尊大な態度を咎める者がいようはずもなく、リュレは開かれた扉から不敵な笑みを浮かべて入室した。

 王国への忠誠と貢献は比する者がないと知られている金の魔術師だからこそ、国の重鎮たる者でさえ黙って口出しを控える。

 何しろ最も高位に立つ国王が、祖母よりも年上のこの女性の薫陶を受けて育ち、全面的な信頼を置いているのだから臣下たる者は推して知るべしである。

 実際、彼女の存在はエール=シオンの守護女神に等しい。

 「リュレ殿、それに軍務卿も一緒であるか。そうか、リュレ殿の息子に会う約束であったな」

 もうすぐ五十の大台に差し掛かろうという国王は、大国の国主として大らかではあるが、家臣を上手く統率し、穏やかに国を治めている名君として内外に知られていた。

 戦乱の世ではない現在、王宮は国王の意に添って内政に力を注いでいる。

 リュレは王の前で礼を取った。陛下の御前での立礼を彼女は許されている。

 「お忙しいところ時間を割かせて申し訳ない。ルディシアール、陛下にご挨拶申せ」

 事ここに至って、ルディはかなり開き直っていた。突き抜けたといっても良い。

 文句があるなら自分をここに連れてきた金の魔術師にいえば良いという気分だ。

 「ルディシアール・クリシス・ヴェーアと申します」

 リュレに教えられたとおり、右手を胸に、片膝をついて礼を取る。

 さすがにこれだけは王宮に上がる前に教え込まれた。

 「うむ、良く参った」

 国王が形ばかりの言葉をかけると、リュレが前に出た。

 「陛下、少しばかり献上したいものがある。お受け取り頂けるか?」

 王の了承を得て、リュレはルディに王宮魔導士長に件の箱を渡すように言いつけた。

 「ルディシアール、魔導士長殿に箱をお預けせよ」

 「はい」

 誰が魔導士長か知らなかったが、見渡せば魔術師のローブを纏った老人が近くに来たので、ルディは立ち上がって、リュレから託されていた箱を、収納魔法の空間から取り出した。

 両手で小箱を持って、魔導士長という老人の前に持って行く。

 突然少年の手に現れた箱に、魔導士長は手を止めた。

 「どうした、受け取ってくれぬか」

 今、この箱が何処から出てきたのかと目を瞬かせた魔導士長は、リュレに促されて手を伸ばす。そして言われるままに箱を手に収め、中を改めた。

 「最高品質の魔石ですな。リュレ殿、こちらは?」

 「<転移>の魔石だ」

 「ほう、それはまた三個も‥‥‥しかし」

 ここで絶句してしまった魔導士長のただならない態度に、カレーズ侯爵が問いただした。

 「魔導士長殿、どうされた?」

 確かに転移の魔石を三個とは、よくも手に入ったものだと誰しもが思っただろう。

 なにしろ現存する転移の魔石は国宝級の貴重品であり、歴史ある大国であるエール=シオンにおいてさえ、王室が二個、王宮が二個を所有するのみだ。

 ちなみにリュレが所有していて、ルディの覚醒に使われた魔石は、伯爵家に伝わっていた物を、当主であったリュレの弟が最愛の姉にと託した物であった。

 「いや、わたくしの気のせいやも知れぬが、転移の魔石というには、これらは年を経ていない気がしてならぬ」

 転移を使える魔術師が存在したのは、今から三百年以上前のことだ。当然、転移の魔石も国宝級と言われるほど数少なく、古い物であるはずだった。

 「あたりまえだろう。それは今日作られたものだからな」

 それは愉しそうにリュレは言った。

 「なんと、申された?」

 「その三個の魔石は今日、ルディシアールが転移魔法を封じたものだ」

 リュレの言葉が浸透するにつれ、広い会議室は異様な沈黙に閉ざされた。

 「リュレ殿、今なんと申された?」

 再度魔導士長はリュレに迫った。

 「くどいぞ。今日、作られた転移石と言った。転移の魔石に疑いあれば試すがよかろう」

 震える手で箱を握りしめた魔導士長が、国王に懇願の視線を向ける。

 「よい。許す」

 命じた王の前に小箱を置き、ぶるぶる震える手で中の魔石を一つ手に取った魔導士長は、ぎゅっと石を握る。

 魔石に込められた魔法を発動させるには、触れて封じられた魔法の名を唱えるか解放の魔法を使うといった方法がある。魔導士長がとったのは前者だ。

 「<転移>」

 次の瞬間、驚愕の悲鳴に似た吐息と、静寂が部屋を満たす。

 「おおっ」

 老いた魔術師の姿が、一瞬で部屋からかき消えた事実が、すべてを肯定していた。

 どれだけの間、沈黙が会議室を支配していたのか、ざわめきが徐々にわき起こってくる。

 同時に、ルディには驚愕と畏怖、そして幾つものあからさまな欲を映した眼が向けられた。

 「陛下‥‥‥陛下!真に転移の魔石でございます」

 どれだけの時がたったかはわからないが、姿を消した魔導士長が息も絶え絶えに部屋に駆けつけた。

 「年甲斐もなくそのように駆けては身体に良くないぞ」

 完全に揶揄しているリュレに、興奮するあまり魔導士長は、切れ切れの息を吐きながら王の前であるにも関わらず、五月蠅いわと怒鳴り返した。

 「何が歳じゃっ!貴女に言われたくはないわ」

 実年齢で言うなら、彼よりリュレの方が遥かに年上だ。

 「ほう、確かにわたしは御身より年上ではあるな」

 ヒヤリと一気に空気が凍った。

 公然の事実であろうと、女性の年齢の話は触れてはいけない。最大の禁句をうっかり口にしてしまうほど、興奮し動揺していた魔導士長の心臓を止めかねない冷気を纏ったリュレに、皆は息を呑んで口を閉ざした。

 心中で馬鹿めと、老魔導士長を罵ったのは国王だけではないだろう。

 「リュレ殿」

 しばらくの間をおいて沈黙を破ったのは、この場の最高位者であった。

 「転移の魔石をこの少年(貴女の息子)が作ったと言われたのは事実なのだな」

 無論王がリュレの言を疑うわけではないが、あまりに信じ難いことであった。

 「何なら、この場で作らせてみせようか」

 「是非に。魔導士長、魔石を用意せよ」

 「直ちに手配致します」

 魔導士長が心臓に鞭打って早足で手配に向かうのを見やり、王は改めて視線をリュレの傍らに立つ少年へ向けた。

 心細気に立ち尽くす銀の髪の少年が、ひどく整った容姿をしていることに王は改めて気が付いた。

 「侍従長、次の予定があろうがここは今暫く時間がかかる。よいな。だが、用事のある者は退席を許す」

 王の言葉であったが、部屋を出る者は皆無であった。

 その中にあって、ルディは自分に向けられる視線に体を固くして、歯を噛み締めていた。

 ここに来るまでに向けられた興味に満ちた様々な目よりはるかに強い、ドロリとまとわりつくような重い圧力が心身を縛る。

 こんなのは嫌だ。怖いと、叫んで逃げたかった。

 王は少年に声をかけようかと考えたが、リュレが前に立ち無言で拒んだため、思いとどまる。

 もともと魔術師は人の気配に敏感だ。

 人には多かれ少なかれ魔力があり、魔術師のように魔力の制御に長けた者でない場合、それは感情によっても大きく揺れ動く。

 この部屋にいる者の注目を、一身に浴びている少年に注がれる想念のもたらす圧力は、決して心地よいものではないはずだ。

 疑惑と期待、危惧、欲望、彼を見る目は強く、そしてあからさまである。

 これでは普通の大人でも辛いだろう。

 青ざめて震える少年は、倒れないのが不思議なほど、必死で耐えているのがはたからみても明白だった。

 「陛下、僭越ながらここは場所を変えたほうがよろしいのではありませんか」

 やはりルディの様子を気にかけたのだろう、エイリックが王に進言した。

 「別室で少し時間をおいてからの方が、彼も落ち着いてできるでしょう」

 「カレーズ侯、せっかくだがそれは無用だ」

 他でもないリュレがエイリックの申し出を断った。

 「しかし、わたしは魔法に関しては門外漢かもしれぬが、魔石の制作は繊細な集中力を必要とすると聞く。このような雰囲気の中でやらせるのは、酷ではないか」

 実際ルディはこの部屋の空気に当てられて、ひどく消耗しているようだ。この状態で魔法が使えるとは、とても思えなかった。

 「重ねて言うが無用だ。この程度のことで魔法が使えぬでは話にならん。これは師である黒の魔法殺しに、それだけのことは教え込まれている。そうだな、ルディシアール」

 ブランの異名を出され、ルディはハッと我に返る。

 どんな状況にあっても、必要な魔法を使えるように、ブランにルディは鍛えられてきた。「意識を飛ばすな」と繰り返し言われた。それは、最低限意識があれば魔法が使えるからだ。

 激痛の中で、自ら治癒魔法で傷を治すことを強要されたこともある。

 魔法を使うのに、こんなものが障害になるはずがないとリュレが言うそれは、そのままブランの言葉だ。

 「大丈夫です。できます」

 はっきりと言い切ったルディの意外な強さを見せられ、エイリックはそうかと了承し、この歳で魔術師の気概を持つかとそこは素直に感心した。

 自分の息子には軍閥家系であるカレーズの血を引く者として、貴族として、この国を護る義務を果たせる力をつけるよういい、責任を科してきた。

 親の欲目抜きで、ローレイは出来の良い息子だと思い、エイリックは実は三人の息子の中で最も期待をかけている。

 ローレイはカレーズ家では珍しい魔法の才を持って生まれたため、魔導騎士を志し王都魔法学校への進学を選び、家を出ての寮生活を望んだ。

 そのローレイのルームメイトである少年には、エイリックは当初から注目し、息子を通じても情報を収集していたのだ。

 息子が噂で人を判断する愚かさとは無縁であったこともあり、エイリックは早くから金の魔術師のお気に入りだという少年の才能の片鱗はつかんでいた。

 「ユルマルヌの子爵令嬢は問題外でしょうが、おそらく、彼は化け物だと僕は思います」

 ローレイはルディシアールがいずれ異名持ちになるだろうとの推測を、かなり早い時期に父に報告している。

 様々な方面からの情報から見ても、エイリックはそれを確信していた。

 故にリュレがルディシアールに拘る理由もそれなら理解できるとし、彼女が故意に流したのであろうよからぬ噂に踊る周囲を冷たく見ていたものだ。

 しかし、まさか空魔法が出てくるとは、流石のエイリックでも予想の範疇にはなかった。

 「しかしリュレ殿も人が悪い。あらぬ噂に惑わされる我々を見て、楽しんでおられたのではありませんか」

 「人聞きの悪いことを、カレーズ侯。ないとは言わないが、これの力がはっきりするまでは、目をそらしておきたかったのだ」

 意図したものとはいえ、ルディの見目の良さが噂に拍車をかけて、随分派手に評判になってくれた。

 「少しばかりこれには可哀想なことをしたが、これからに比べれば如何程のこともあるまい」

 「そうですな」

 これからこの少年の処遇は大きく変わることになると、エイリックは表情を改めた。

 それは少年に向けられる厳しい視線の最たるものである、軍務卿としての貌であった。この少年(道具)は使い方を誤れば、国に惨事をもたらせるものだとの認識を、いち早く抱いたからである。

 「お待たせ致しました」

 息を切らせて戻ってきた魔導士長は、助手の魔導士から魔石の入った箱を受け取り、会議のテーブルに置く。

 箱の中には、十個の魔石が並べられている。

 「これならば品質は十分でしょう」

 さすがに王宮だけあり、最高品質の魔石が直ぐに持って来られる程蓄えられていた。

 「ルディシアール」

 「はい」

 リュレに促されたルディは、ゆっくりと呼吸を整えながら机に歩み寄った。

 魔導士長の手によって箱から取り出され、机上に敷かれた柔らかく厚い布に置かれた一個の魔石をじっと見て確認する。

 もう一度大きく深呼吸して、宙から杖を取り出した。

 その行為にわずかな反応がかえるが、無視をする。

 意識から余計なものを締め出すと、ルディは今朝と同じように杖を持ち、先端を魔石に置いた。

 「砦を築き陣を描く。

  封じるは魔法の軌跡、魔術の理。

  沈黙をもって礎となす。

  我魔力を捧げ世界の理に請願す。

  天地を繋ぐ路を開かん。

  空と海に境界を築く。

  現なる身は記憶の彼方。

  往きて還る彼の地へ重ねる<転移>

  砦を閉ざし鍵をかける。

  解放の主命は凍結を持って時が抱く<封呪>」

 詠唱に従って展開された魔法は、杖を通して魔石に焼き込まれ、封じられた。

 「‥‥‥おお‥‥」

 低い感嘆の声が魔導士長の喉から響く。

 魔力がすべて魔石へ注がれ、杖が離されると、魔導士長は魔石を布ごと取り上げ、王の前へ捧げ持った。

 「試して良いか?」

 魔石を掴み取ると、王は好奇心が抑えきれない顔をしてリュレを見た。

 「ご随意に。その魔石で跳ばせられるのは一人だ。本人か、触れている者。距離は関係ないが、場所を明確に意識すること。ご存知かも知れぬが、転移は術者が行ったことのある場所か目で見える場所でないと移動できない」

 「うむ、わかった。予が自ら跳んでみたいが、そうもいくまい」

 王は侍従長を呼び寄せ腕に触れたうえで、転移を唱えた。

 「何処へ跳ばされた?」

 リュレの問いに、王はニヤリと笑い侍従長の行き先を言った。

 「玉座だ。あそこなれば明確に思い浮かべられるゆえにな」

感想ありがとうございます。

読んでいただけるのは、何より嬉しいです。

プロローグを少し改稿してみました。

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