その後のお話
完結後、婚約期間中の話です。
冷たく柔らかな雪が夜の空から白い光のように降り落ちる。
屋外の身を刺すような冷たさとは逆に室内は暖かな熱気に包まれていた。
きらびやかな舞踏会。
そこで二人の見目麗しい青年がワインを片手に壁際に立っていた。
一人はアストルム王国第一王子リアム
もう一人は隣国の第二王子エリック
自分達の方へちらちらと送られる女性達からの熱い視線にはお互い気付かない振りを貫く。
そんな彼らの視線の先にはこの会場で殊に目を引く美しい令嬢二人の姿があった。
一人は柔らかな金色の光を帯びる髪の可愛らしさの際立つ美女、もう一人は艶やかな黒髪の大人びた容姿の美女。彼女達は仲睦まじく話をして微笑み合っていた。
「リアム殿」
「エリック殿」
その二人を目に捉えながら同時に呼び掛けてしまい、リアムの方が「お先にどうぞ」と譲った。
「気のせいだろうか。君の婚約者殿に目が合うと睨まれるんだ」
エリックは、なぜだろうと眉を寄せた。
「……申し訳ない。気のせいではなく事実睨んでいるんだ」
リアムは苦笑混じりに答えワインを飲んだ。
「私は何か彼女に嫌われるような事をしただろうか?」
「ああ、うん……したな……」
「何を……ああ、もしかしてこうして君と二人きりで話をしているのが気に入らないとか?」
愛されているなと揶揄うように微笑まれるが、リアムは「だったらいいんだが……」と力なく返した。
「何だ。違うのか。だとしたらなんだろう。あれだけの美女に訳もわからず嫌われると言うのは辛いな」
「それは社交辞令だよな?」
「おっと、怖いな。社交辞令ではないが、大丈夫。私はダイアナ一筋だ」
「ああ、ダイアナのことは大切にしてやってくれ。だが、それが俺の婚約者に嫌われる所以だ」
「何?」
「セレジェイラはダイアナを慕っていて、彼女を奪っていく君を敵視しているんだ」
「……………」
エリックは瞳を見開き、閉口した。誰だってそうだろう。婚約者である王太子より、友人である女性を盗られるからとその相手を恨むなんて。
「あー……失礼だが、そちらの趣味が?」
「いや、簡単に言うとシスコンなんだ」
「ああ、成程」
仲の良い姉妹では、姉の結婚相手に嫉妬する妹というのもある話だ。実の姉妹でないにしろあれだけ仲が良さそうなのだ、納得できなくはない。しかも他国に行ってしまうのだし、まさに奪われると思っているのだろう。
「正直、居なくなってしまうという事から度の過ぎる状態で、俺よりダイアナを優先する。で、提案なんだが、早めにダイアナと結婚して欲しいのだが?」
「いや、それはまぁ……吝かではないが……ダイアナも君とセレジェイラ殿の婚姻式を見届けねば国を離れられないと言っていて……」
そんな話をしていると、自分達の大切な女性にダンスを申込む男達の姿が目に入った。二人はいい度胸だと不敵に口許を上げ、ワインを置くとそちらに脚を向けた。
*
夜会も終わりに近づき、リアムはセレジェイラを人気のない回廊に連れ出した。
大きな柱の影にセレジェイラを閉じ込めると少々厳しい顔をする。
「もうじき王太子の妃になる者が隣国の王子にあの態度はないだろう」
「だって! あの男、勝ち誇ったように笑うんです!」
「いや……それは」
普通に微笑みかけただけだろうと思ったが、言わないでおくことにした。必要以上に他の男を擁護しなくてもいいだろう。なにより、悔しい、と呟き自分の胸に縋ってくる可愛い女にこれ以上の説教をする気にはなれない。それ程にリアムはセレジェイラに弱いのが実状だ。悔しがる理由は正直腹立たしいが脇に除けておこう。
気を取り直し、リアムはセレジェイラの頬に手を伸ばす。
「なあ、セレジェイラ」
「なんです……?」
「今日は泊まっていくだろう? 一晩中慰めてやる」
「今日は客室にダイアナ様と泊まる約束をしました」
「な……」
何でそんな約束を、と文句を言おうとしてリアムは自分に向けられる視線に気付いた。
その先には得も言われぬ笑顔のダイアナ。
「……セレジェイラ、あれを見ろ。勝ち誇った顔とはああいうのを言うんだぞ……」
「……綺麗です……」
セレジェイラがダイアナをうっとりと見つめると、彼女はまた美しく笑って二人に頭を下げる。そしてその後ろで彼女を呼ぶエリックに振り返るとそちらに歩き出した。エリックはダイアナの腰を抱くと「失礼」という意味で微笑む。リアムは小さく手を挙げて答えたが、セレジェイラはまた仏頂面をした。
「セレジェイラ」
「だって!」
「お前……浮気相手がダイアナなら許せるとか言うんじゃないだろうな?」
「……………」
「お前なぁ! いい加減にしろよ!」
黙って顔を逸らすセレジェイラに、リアムは「俺の事しか考えられないようにしてやろうか」と詰め寄った。
「きゃー! 冗談です! 浮気なんて誰が相手でも許せるわけがないでしょう! 結婚後なら即離縁ですよ!」
「今ならいいのか?」
「遊びなら……遊ばせてあげるのも今だけですから? ……すっごく不快ですけれど!」
「駄目なら駄目と素直に言え」
「駄目!」
強い否定にリアムは満足げに顔を綻ばせる。
「実は駄目と言われても遊びたい相手がいる」
「言わせておいて誰ですか!」
「アークライトの末娘だ」
「……落とす自信は?」
「半々、か?」
半々と言いつつ自信ありげなリアムにセレジェイラは小さく眉を寄せた。
「アークライトの末娘は軽くないんですよ。では」
「待て。話がある」
リアムは背を向けようとするセレジェイラの腕を引いて、とんと、その身体を壁に押し当ててゆっくりと顔を近付け唇を重ねた。
キスをする間にも頬を撫で首から腕を大きな手が滑らせる。おもむろに唇を白く細い首筋に移動した。
「ん……ぁ……話って言ったのに……ぁ……」
「話はこの後でな」
首筋を下から上へ舌でつぅっと舐められ、セレジェイラは首を傾けた。鎖骨にキスをされて、身体を這っていた手がドレスを捲ろうとしたところでセレジェイラはその手を止めさせた。
「はぁ……ここまでですよ……」
「続きは三日後、な」
「三日後?」
「二四日はデートだ。夕刻迎えに行く。話はそれだけだ」
リアムはにこりと笑うと再び唇を重ねた。
***
――― 物凄く嫌な夢を見た
セレジェイラはしかめっ面で自室の窓を拭いていた。
朝方に見た夢に出てきたのは婚約者である王子リアム。
彼が真顔で言ったのは
『別に好きな女性が出来た。婚約は無かった事にしよう』
というものだった。
何故そんな夢を見てしまったのか。
リアムと喧嘩したわけでもなければ、彼が他の女性と仲良くしている姿を見たわけでもない。
リアムとの仲は順調で、彼は会えば常に「早く俺の部屋に居を移せ」というほどに積極的だ。浮気を反対されてあんなに嬉しそうにする人の心を疑ってはいない。
ならば何故。
……セレジェイラ自身が自分でも思っていた以上に根深かかったトラウマと葛藤の所為だろう。
トラウマとは遊び人だった父親の所為で男は浮気をするもの、いつかはリアムも心変わりするのかもという不安。
葛藤は……
今日がクリスマスイヴだという事だ。
クリスマスは、そもそもある宗派で十二月二五日の冬至を太陽神の誕生日と定めた事に始まる。そしてキリスト教はイエス・キリストを『正義の太陽』と呼んでいることから、この祭日をキリストの誕生日として祝う事にした。
クリスマスにはプレゼントを贈るという習慣があるが、それは聖ニコラオス(サンタクロースと呼ばれることになる)という司教が貧しい人や子供を人知れず助けていた事と、キリストの誕生に東方の賢者たちが贈り物をしたことに由来する。そこからこの日に困っている人を助けたり優しくしたりすることはキリストへの贈り物になるとされ、贈り物をする報酬として心の安らぎや愛を得られる。それが今では大切な人に贈り物をするという事に転じてきたようだ。
そしてこの国ではどこでどうねじ曲がったのか若者にとってはクリスマスが恋人のイベントとなっている。
恋人同士で贈り物をしあい、夜を共に過ごす。
つまりクリスマスとは若い恋人達にとってはそういう日な訳だ。
ちらりと部屋の一角を見る。
そこには山と積まれたプレゼントの箱。
基本この国のクリスマスプレゼントは特別なものとして割と高価なものを一つだけ贈る。けれど、異国ではクリスマス当日までに幾つもプレゼントを贈り当日に一気に開梱する風習があるようだ。
それに倣っているのだろう。十二月に入ってからリアムから毎日のようにプレゼントが届いた。
セレジェイラは深く息を吐いた。
中を確認していないが、王子からの、いやあのリアムからの贈り物が安物であるわけがない。
王子の婚約者とはいえ、屋敷の掃除を自らするような貧乏貴族の娘のセレジェイラにそれらに匹敵するプレゼントを贈れるわけがない。リアムもそんな見返りを望んでいるのではなく、彼は単純にセレジェイラに贈り物をしたがっているだけだ。
それでもクリスマスに恋人に対して何も贈らないでいられるわけがない。それがこの国のクリスマスだ。そのプレゼントの候補として
1、適当な品を購入して贈る
2、手作りの品を贈る
3、リアムが欲しいと言っているものを贈る
というものがあげられる。
セレジェイラは磨いたばかりの、外気により冷やされた窓にこつりと額を当てた。
実のところ用意してあるのは1だ。
セレジェイラとしてはかなり奮発してリアムの瞳の色であるパライバトルマリンのカフスボタンを用意した。恋人にプレゼントを用意するのも初めてなら、自分で働き得た給金で用意する最初で最後の贈り物になるはずだ。自分にとっては色々な意味で記念のような品。
それでいいと思っていたのだけれど。
ダイアナと過ごしたあの夜……。
「セレジェイラ様はクリスマスに殿下に何を差し上げますの?」
「カフスを用意しましたけど……。ダイアナ様はエリック殿下に何か差し上げるのですか?」
「ええ。わたくしを」
「……はい?……」
セレジェイラの訊き直しに敬愛する公爵令嬢のダイアナは美しい笑みを返して寄越した。
「王子殿下にわたくしが差し上げられるものはそれぐらいしかありませんわ」
「ご冗談を!! その笑顔だけで充分です!」
「まあ、ふふ。単純にきっかけですわ。婚約者なのですから、そろそろと思っていましたし、あまりお待たせするのも、ね?」
そう言うダイアナは惚れ惚れさせられるほど美しい笑顔で。
――― エリックが憎い!
その時に思ったのはそんなことだけだったのだけれど。
日が経つにつれて思うのは、セレジェイラも3を贈ってはと仄めかされたのだということと、はぐらかしてばかりいては愛想を尽かされますよとやんわり忠告されたのだろうということ。何のことかというと、セレジェイラは婚約して数カ月経ち、一緒に夜を過ごしたことも数回あるにもかかわらず、未だにリアムに全てを許していないという事だ。
……3を贈る。嫌、というわけではないが……。
「セレジェイラ様、そろそろお支度を。窓掃除の続きは私がしておきますので」
扉が叩かれ入室を促せば侍女が恭しく入ってくる。彼女は王太子妃の侍女として、婚姻前の今からセレジェイラに仕えるようにと寄越された一人だった。更にはアークライトの屋敷の為の使用人も警備上必要だと数名、リアムが手配して寄越していた。全く至れり尽くせりだ。
「掃除はいいの。ちょっと没頭したかっただけだから。支度をお願い」
「はい」
「……その贈り物、たぶん今日の為のドレスや宝飾品だと思うの。開くのを手伝って」
「そういう事は早く仰ってください!」
侍女は悲鳴のような声で、他の侍女仲間を呼び寄せた。
ドレスの色はアイスブルーだが、チュールのやわらかい素材に雪の結晶のような刺繍が入っていて色から受ける冷たさは感じなく、ふんわりとしているので逆に暖かな印象を受ける。上に羽織るのは上等な白い毛皮のケープ。アクセサリーは真珠をふんだんに連ねたもの。
仕上がった姿を見て侍女は溜息を漏らす。
けれど鏡に写る自分自身は浮かない顔をしている。
自分のスタイルを悪いと思ったことはない。けれどあの夜、目にした薄い寝間着一枚のダイアナの身体は……とても羨ましいものだった。
(どんな生活をしたらあんな大きな胸と細い腰が手に入るのかしら)
羨んだところでどうにかなることではないのだけれど。
*
リアムに連れてこられたのは王都の中心街にある一番大きな教会だった。
差し出された手に自分の手を重ね馬車から降り、目前に広がった光景にセレジェイラは「きれい」と呟いて瞳を見開いた。その光景は綺麗すぎて「きれい」以外の言葉が出なかった。
満点の星の下で教会の庭全体がランタンの優しい灯りで飾られ、ゆらゆらと幻想的に煌いている。
教会の入口が封鎖されていて自分たち以外の者がいないので、とても静かでより幻想的で、時間の流れが他とは違うようにすら感じてしまう程だ。
「すごい……こんな事毎年していましたか?」
セレジェイラは光の庭から視線を移さずに言った。
「いや、初の試みだ。気に入ったか?」
訊かれ、驚いてリアムを見上げた。リアムはどうだと言うように微笑んでいる。
「気に入ったか、って……」
「初めてのクリスマスだ。婚約記念にもと考えた。これがプレゼントだ」
「……ばか……凄すぎます……」
セレジェイラは込み上げる涙を隠すためにリアムの胸に顔を埋めた。
一人の女にこれほどの灯りと光景を贈ってくれるなんて、感動しないわけがない。
「感激してくれるのは嬉しいが、まだ仕上げの仕事があるんだ。手伝ってくれ」
顔を上げろと背と優しく叩かれ、頭上に口付けが落ちる。
手を引かれ灯りの路を歩き教会の中に入ると聖なる灯りを受けとる。「願いを込めて中の蝋燭に灯すんだ」と星形のランタンを置かれた。言われた通りにそこに灯りを移すと、ほんわりと星が輝いた。
「願ったか?」
「ええ」
「じゃあ、飾ってもらおう」
包むように腰を抱かれ、もう一度教会の外に出ると大きなモミの木の前に連れて行かれた。
「頼む」
控えていた者にそれを手渡すと樹の天辺にその星が飾られた。
「これでお前の願いが一番に届くだろう」
「一番?」
「このまま貸切ろうかと思ったのだが、俺達が出た後で開放することにした。ランタンは購入してもらってこの樹に飾っていく。光のツリーになるんだ。独り占めじゃなくて悪いな?」
「クリスマスに教会を独り占めは流石にしてくれとは言いません。この光景も皆に見て貰いたい」
「ああ。王子が婚約者の為にここまでしたと思わせたいのもあるんだ」
「馬鹿ですね」
「権力のある男などそんなものだ。さて灯りの中を散歩でもするか」
教会の庭のランタンに照らされた小路を歩く。光の海が一望出来る場所に連れて来られたところで、セレジェイラはプレゼントを差し出した。
「パライバトルマリンか! いい色だな」
「ここまでされるとちっぽけなものにしか見えませんが……」
「馬鹿を言うな。宝石の価値が分からぬ男と思っているのか? まあ、宝石の価値よりもセレジェイラが選び用意してくれたのが嬉しいが。それにお前は男にこうしてプレゼントをするのは初めてだろう」
「大きなお世話ですよ」
「いい気分だ」
言いながら、リアムは着けていたカフスを外し、貰ったばかりのそれを早速着け直す。
どうだと言わんばかりの表情にセレジェイラは頷いた。
「ねえ……リアム……」
「どうした?」
心底嬉しそうに自分を見るリアムに、セレジェイラは背伸びしてキスをした。
「ドレスもアクセサリーもありがとう。この光景も……。みんな嬉しい……」
首に腕を回して伝えれば、ぎゅっと腰を抱かれる。
「連れ帰っていいな? セレジェイラ」
耳元で囁かれた言葉にセレジェイラは頷いた。
*
聖なる灯りをまた一つランタンに移し持ち帰る。
その灯りはテーブルの上に置かれ、ゆらゆらと揺れてリアムの部屋を照らした。
重なる二人の影がゆっくりとベッドに沈んでいく。
「……嫌なら嫌と言え」
言葉と共に重なっていた影が離れた。
溜め息混じりに言われた言葉にセレジェイラは瞳を開いた。
「眉を寄せて如何にも我慢していますという顔だ。好きな女にそんな顔をされれば流石に萎える」
自分を見下ろす顔に呆れと気落ちした様子が見てとれて、セレジェイラは慌てて身を起こし否定した。
「違います! 嫌じゃない! ……そうじゃなくて……今更素直に受け入れるのも恥ずかしくて……」
「馬鹿か」
「馬鹿って! だってそれに較べられるのも嫌、だし……」
「何を」
「ダイアナ様と……」
ダイアナはかつてリアムの筆頭婚約者候補。たぶん二人はそういった事もしているはずだ。
あの魅惑的な身体に加え、なんだか手管も沢山知っていそうな感じがして。そんな彼女と、焦らすだけ焦らしているくせにはっきり言って何も知らないような自分が比べられてしまってはと怖いのだ。
「較べようがない。俺はダイアナを抱いたことはない」
「え……ええ!?」
「そんなに驚くか?」
「だって……どうして?」
「ダイアナが『妃にすると約束出来ないのならばする気はない』と言うのでしなかった」
リアムは言いながら苛立たしげに前髪を掻き上げる。
「他の女なら面倒なのでそのままさよならだが、ダイアナには正直迷うものがあったので保留した。例えば同じ状況で同じことをセレジェイラに言われれば、そのまま押し倒した」
お前だけ特別だと言ってはいても、その言い方は明らかに苛ついている。愛の言葉は勿論、これだけの贈り物をされても、なお、自分の気持ちは届かないのかと、そう責められているように感じてしまう。
「そんな言い方しないで……。私……決意はしてきたんです……リアムに嫌われたくないから……」
「………」
鎮火
そして
……撃沈
それがその時のリアムの心情で、確かにいい加減にしてくれと焦れていたのだが、悲し気に当惑したような表情のセレジェイラを見て頭を垂れ小さく唸った。
「違う。馬鹿め。もっと幸せな気持ちで抱かれて欲しい」
華奢な身体を抱き寄せると、セレジェイラはリアムの肩に腕を回して縋るように強く服を握ってきた。
「幸せじゃないわけでは……私、リアムが好き……。好きだから嫌われるのが怖い……」
「俺は適当な女にここまでするほど気忠実じゃない」
「分かってます。リアムに愛されてる。私も愛している……。灯りに“ずっと”……って願ったの……」
「セレジェイラ……」
素直な告白に再び欲情が湧き起こってきたリアムは愛しい女の柔らかな頬を包み唇を重ねようと……
「でも、本当は婚姻まではこれ以上したくない……」
したが、またもぴたりと止まった。
「……はあ!? 触れる度あれだけ感じておきながらこれ以上したくないってなんだ! 俺がどれだけ我慢していると!」
「だって! だから! 自分の身体じゃあないみたいで怖い……」
リアムに触れられる度、自分の意思に関係なく身体が反応する。首筋に唇が触れるのを察すると自分から触れやすいように首を傾けたりがいい例だ。そんな自分は知らない。
「気持ちいいと感じている証拠だ。何が怖い」
「もっとって思っちゃいそうで怖い」
「だから! もう! 幾らでも思えばいいだろうが! 一緒に眠るだけは終わりにしてくれ」
「眠るだけだったのは最初の夜だけだったでしょう!」
「結局一線は越えてない。俺から言わせれば飯事だ」
「あれを飯事って言い切れちゃう経験豊富さも怖いんですよ!」
あまりの事に言い返すことも忘れてしまい、暫し無言になる。
つまりは身体を繋げてがっかりされるかもということと、自分だけが翻弄されていることが不安だということだ。
前の女と今の女を比べるなど本気でない証拠。そんな事も分からずに怖がっている。
「……俺に触られるのは嫌じゃないな?」
「……寧ろ……好き、です……」
これを嫌だと言うのならセレジェイラの気持ちこそ疑わなければならないが、やはりそうではなく、単純に考え過ぎなだけだ。リアムは端整な顔をにんまりと綻ばせた。
「だったら一度してしまえば、もっとしたくなる」
「だから! それが嫌なんです……!」
「ああ、もういい」
「リアム!」
手を上げて言葉を制すれば、セレジェイラは焦ったように言い募ろうとする。
「違う。投げたんじゃない。お前は本当に決めつけてやらないと駄目だな。つまらないことなど考えられないようにしてやる」
「ん……」
今度は有無を言わせず唇を塞いだ。
優しく触れて舌を忍ばせれば、戸惑っていても徐々にセレジェイラも舌を絡ませてくる。舌を離そうとすれば追いかけようとする。もう自然に応えてくるほどに馴染んでいるのに何を躊躇うのか。
「本気で拒めるなら拒んでみろ。お前の身体は俺のものになりたいと言っているはずだ」
「そんなことな、い……や……めて……」
押し返すつもりなのか胸に置かれた手には全く力など入っていない。身体中を愛おしむように撫でればすぐに力を抜く癖に。
「その程度では駄目だ。理性など必要ない。好きだ。セレジェイラ。俺の事だけ考えろ」
「は、ぁ、あっ……リアム……」
薄灯りの中に衣擦れの音がする。
リアムの言葉と手の動きは魔法のようにセレジェイラの全てを繙いていく。
声も優しい手も、それだけに集中してしまえば、気持ちよくて心地いい。
「比べられるのが嫌? 手管は俺が教えてやると言ったはずだ。お前はこのまま俺に愛されていればいい」
開けさせた服から覗く肌に唇と手を滑らせて、リアムは優しく諭していく。
「これは唯の始まりだ。俺はお前を生涯愛し続ける」
「……ふ、ぅぁ…やぁ……」
「流されてしまえ。愛している。お前は余計な事を考えずもっと俺を好きになる必要がある」
そうすれば、自ずから触れてほしい、触れたいと思うようになる。
「もっと……? これ以上……?」
波に流されながらセレジェイラはうっすらと瞳を開ける。リアムはとても魅力的に微笑んでいた。その顔は卑怯だと何度も思うが、「そうだ」と答えられて軽いキスを一つされてしまえば、抵抗する気にもなれなくて。そういう自分が怖いのに。
「怖いことなど何もないと教えてやろう」
――― 愛し方も愛され方も全て教えてやる。生涯をかけて。
そんな言葉を甘い声で言われてしまえば、頭の中にはもう『リアム』という名前しかなくなった。
再びほんのりとした蝋燭の灯りの中に二人の影が沈んでいった。
***
そうして聖なる夜が朝を迎え、その朝、王子リアムの姿が御機嫌なものか不機嫌なものか……
更に婚姻後、王子の愛情のあまりの深さに、王子妃が「自分が莫迦だった」と言ったとか言わなかったとか……
それは今ここではまだ分からない話
Happily ever after……?
Happily ever after……?
めでたしめでたし……?ということで終わりです。
後日談をと感想で頂けたので、必死に考えてみました。
クリスマスにぎりぎりで間に合いました。
読んで下さりありがとうございました。