恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 33
その後、簡単な挨拶をして、私は好子さんの部屋を出た。
正直、これ以上、話す話がなかったことも大きい…
私も好子さんも三十歳を過ぎた大人だから、例えば、中学・高校生のように、初対面だからといって、すぐに話が詰まるということもない…
しかし、そうはいっても、まだ二度目に会ったばかりの人間だ…
そうそう、話が続くはずがない…
私が、部屋から出ると、いきなり、
「…どうでした、高見さん…好子は?…」
と、声をかけられたので、驚いた。
私は声の主を見る。
当然のことながら、それは、米倉正造だった…
私を好子の部屋に招いた張本人でもある。
しかしながら、すでに私は、好子さんの部屋に一時間弱は、いたはすだ…
だから、すっかり、米倉の存在は忘れていた。
まさか、一時間も、部屋の外の廊下で、私を待っているとは、思わなかったからだ…
「…米倉さん…まさか、ここでずっと…」
私が言い終わらないうちに、
「…ええ…待ってました…」
と、米倉が、答える。
「…好子が心配で…」
私は、米倉の言葉に内心、苦笑した…
…心配なのは、ホントは、自分のことだろ!…
と、考えたのだ…
…好子が、米倉と姉の澄子をこの家から追放したいとまで、私に告げたということは、すでに、米倉と好子の関係は、破綻したということを意味している…
破綻というと、男女の関係のように、思うが、これは、兄妹の関係…
腹違いとはいえ、兄妹…
その兄妹の絆が切れたのだろう…
そして、当然のことながら、米倉はそれがわかっている…
一方が、縁切りともいえる、言葉を私に口にしたのだ…
口にされた=縁切り宣言された相手が、それに気付かぬはずがない…
と、そこまで、考えて、初めて、米倉が、今日、私を呼び出した本当の理由がわかった…
おそらく、米倉は、なぜ、好子が、米倉を嫌ってるのか、わからないのではないか?
好子が、突然、米倉を嫌い出したのは、当然、米倉もわかるはずだ…
だが、その理由がわからないのではないか?
私は、そう思った。
「…どうでした? 好子の様子は?…」
米倉が重ねて、訊いた。
私は、ちょっと、考えてから、
「…好子さん…本当に落ち込んでいて…」
「…落ち込んでいて?…」
私の言葉に、米倉が驚いた様子だった…
しかし、これで、私には、米倉の考えがわかった…
普通ならば、好子は、週刊誌に水野との不倫の現場を撮られ、落ち込んでいると、思うはず…
だから、私が、
「…好子さん…本当に落ち込んでいて…」
と、口にしても、さもありなんと思うはず…
同意するはずだ…
しかしながら、驚いたのは、そもそも、好子が、落ち込んでいないことを知っているから…
好子が、週刊誌に水野との不倫の写真を掲載され、落ち込んでいるから、私に慰めて欲しいと、言いながら、実は、目的は、別にあったことの証明にほかならない…
まさに食わせ者…
この家に、初めてやって来たとき、米倉の父、平造が言ったように、食わせ者だ…
その爽やかなルックスと真逆のどす黒いなにかを胸に秘めているのではないか?
不意に私の脳裏にそんな思いが浮かんだ…
が、米倉が驚いた表情を見せたのは、一瞬…
その一瞬だけだった…
すぐに、
「…わかります…やっぱり…」
と、落胆して見せた。
私は米倉の変わり身の速さに脱帽した…
…なんという男…
…油断できない!…
今さらながら、その変わり身の速さから、米倉の頭の良さを見た思いだった…
頭の良さといっても、当然褒めているのではない…
要領の良さというか、ずる賢さに舌を巻いたのだ…
…この男は油断できない…
今さらながら、その思いを噛み締めた…
同時に、いけないことはわかっているが、米倉に惹かれた…
怖いもの見たさといっては、身も蓋もないが、これほど、爽やかで、いかにも信頼できる男の中身が、真逆とは…
…一体なぜ、こんな男が出来上がったのだろう?…
…神様はどうして、こんな人間を作ったのだろう?…
私の胸にそんな思いが去来した…
もしかしたら?
もしかしたら、この米倉正造と姉の澄子の母親に問題があるのか?
突然、そんな考えが脳裏に浮かんだ…
人間には、やはり、遺伝がある。
もしかしたら、この米倉と姉の澄子の母親が、ずる賢かったのかもしれない…
好子と新造の姉弟と、正造と澄子は明らかに違う…
外見はそれほどではないが、明らかに性格が違う…
それは、やはり母親が違うからか?
それとも、なにか、環境が違うのか?
ひとは、やはり、成長期=子供の時分に、どんな環境で育ったかで、性格が決まる場合が多い…
要するに、遺伝で、決まる性格もあれば、環境で決まる性格もあるということだ…
わかりやすい事例であげれば、大人になって、十二分な収入があるにもかかわらず、会社の同僚に飲み代をたかるような人間は、幼少期に、家が貧しかった人間が多い…
大人になり、自分が十二分な収入を得ているにもかかわらず、少しでも、お金を出したくないのだろう…
だが、飲みたい…
それをするには、他人に自分の飲み代をたかるのが、一番だからだ…
私は、眼前の米倉を見て、フッと、そんなことを思い出した。
米倉と姉の澄子を見て、考えたのだ…
「…つかぬことを伺いますが、米倉さんは、子供の頃は…」
「…なんですか、高見さん…いきなり、そんなこと?…」
米倉が言った。
当然だ…
全然、それまでと、話の脈絡がない…
いきなり、なんの関係もない話を突然すれば、誰でも戸惑うのが普通だ…
「…いえ、米倉さんと澄子さんの姉弟は、好子さんと新造さんの姉弟とは、違うと突然思って…」
「…なんだ、そんなことですか?…」
あっけらかんと、米倉が言う。
「…確かに、姉の澄子は、少し違うが、ボクと、好子は似ていると、言われるんだが…」
米倉が首をひねる。
「…似ている?…」
「…自分でいうのもなんですが、顔立ちは違うが、ボクも少々ルックスに自信があるし、好子はあの通りの美人です…」
たしかに、米倉の言う通り…
米倉と、好子は、タイプが違うが、美男美女…
これは、やはり、母親が違えど、兄妹で、血が繋がっているからだろう…
私は考える。
実際、血の繋がりさえなければ、米倉と好子はお似合いのカップルだ…
二人とも、爽やかで、一目見て、信頼でき、好感を持てる人物だ…
しかし、二人とも、中身は違いそうだ(笑)…
「…米倉さんと、澄子さんは、子供の頃から、この家に…」
「…いえ、子供の頃は、一時、姉の澄子とボクは、この家を出ていることがあって…」
「…この家を出て…ですか?…」
「…父が浮気をして、母が家を出ることになって、そのとき、いっしょに、母についていって…」
米倉が説明する。
「…ですが、女の細腕で、ボクと姉の澄子の世話をするのは、大変なので、結局、この家に戻ることになって…」
…やはり…
私は思った。
おそらく、米倉と澄子は、そのときに、金銭的な苦労をしたのではないか?
それゆえ、澄子と米倉は、性格に裏表があるのではないか?
少なくとも、好子と、新造には、感じられない、性格の歪みを、澄子と米倉からは、感じることができる。
私は考える。
「…米倉さんは、新造さんのことは、言及しないんですね…」
「…新造? …あんな奴!…」
米倉が吐き捨てる。
「…でも、新造さんも米倉さんに負けず劣らずハンサムとまでは言いませんが、ルックスは悪くはありませんよ…」
「…そうですか?…」
不機嫌そうに、米倉が呟いた。
米倉に新造の話をすると、途端に機嫌が悪くなる。
それまで、いつも穏やかに淡々と話す大人の男を演じている米倉が、新造のことになると、その仮面を脱ぎ捨て、露骨なまでに、嫌悪の感情を露わにする。
…どうして、そんなに新造が嫌いなのか?…
あらためて、考えさせる。
「…米倉さんも、女性にモテるでしょうが、新造さんも、結構モテるのでは…米倉さんよりも、背が高いですし…」
我ながら、ひどいと思いながらも、わざと米倉に言った。
米倉がどういう反応を示すか、挑発して見せたのだ…
米倉は、私の言葉に明らかに不満を露わにした。
「…高見さん…止めましょう…あんな奴の話は…」
米倉が吐き捨てた。
私は、驚いたとまでは、言わないが、予想以上に、米倉が新造のことを、嫌っているのがわかった…
いや、嫌っているのではない…
むしろ、憎んでいるのではないか?
そう、考えざるを得なかった…
ちょうと、そのときだった…
その新造が、私と米倉のそばにやって来た…
私は驚いたが、冷静に考えれば、特段、驚くほどのことではない…
この米倉の豪邸は、小さな旅館や、ホテル並みに、広いが、それでも、一軒屋だ…
同じ家に住む、他の人間が、廊下にいる、私と米倉の元にやって来たとしても、なんら驚くべきことではない…
「…新造さん…お久しぶりです…」
私は新造の元に駆け寄り、頭を下げた。
「…高見さん…久しぶり…」
新造が、ゆっくりと言う。
私は頭を上げて、新造を見た。
新造は、前回会った時、同様、穏やかだった…
なにか、こういっては、なんだが、新造の周りの空気はゆっくりと流れていく。
私にとって、新造は、ゆったりと、安心できる相手に他ならない…
そんな私の心が、表情に出たのだろう…
「…高見さんは、新造が好きなようですね…」
と、米倉が口を出した。
「…オレを好き?…」
新造が意外そうな顔をした。
「…そうだ…高見さんは、オマエが好きだそうだ…」
米倉が不愉快そうに、言った。
「…それは、嬉しい…」
新造がゆっくりと言う。
「…でも、オレはこの通り、カラダも悪いし…」
新造が、言う。
「…働けないほど、悪いわけじゃあるまい…」
正造が、口を出した。
「…今日は調子がいい…でも、明日はどうなるか、わからない…」
「…それは言い訳だ…」
米倉が吐き捨てた。
「…言い訳?…」
それまで、穏やかだった新造の顔色が変わった。
「…言い訳とはなんだ?…」
「…言い訳は言い訳だ…」
米倉が怒鳴る。
米倉と新造は、まさに掴みかからんばかりに、争い出した…
「…二人とも、止めて…」
私は言った。
「…兄弟で、そんなに言い争わなくても…」
私が大声で、言う。
そのときだった…
突然、好子の部屋の扉が開いて、
「…なにを大声で、怒鳴っているの!…」
と、言いながら、好子が部屋から出てきた…
私と、米倉、新造の三人が、思わず固まった…
部屋に閉じこもって、一歩も出ないと思われた好子が、部屋から出てきたからだ…
「…まるで、天岩戸が開いたようだ…」
米倉が感嘆したように、声に出した。
「…ホントだ…」
新造も、米倉に乗じた…
が、当の好子は、当然のことながら、違った…
「…アンタたち、うるさい!…喧嘩するなら、どこか他の場所でして…」
と、怒鳴った。
と、同時に、好子の視線が、私に移った。
一瞬、怪訝な顔を浮かべたが、
「…なるほど、そういうこと…」
と、言って、ニヤッと笑った。
「…普段、正造兄さんと、新造は、この家で、顔を会わせても、口も利かない…それが、高見さんがいるから…」
意味深に笑った。
「…どういう意味ですか?…」
私は好子さんに訊く。
「…二人とも、高見さんが好きなのよ…男の嫉妬は、普段、口も利かない兄弟に、喧嘩までさせるんだから、凄いわ…いえ、男の嫉妬というより、高見さんの存在というべきね…」
好子が笑った。
私は、
…ご冗談でしょ?…
と、言いたかった。
事実、その言葉が喉にまで出かかったが、二人を見て、止めた。
新造の顔は子供のように、赤くなり、片や、米倉もまた気まずそうな表情を浮かべていたからだ…
…まさか、ホントに私を好き?…
私は、驚いた。
米倉はおろか、新造とも、まだ知りあって、まもない…
そんな短期間で、知りあった人間に、好きと言われても…
私は、考える。
いや、考えてみれば、昔はよくあった…
子供の頃はおろか、学生時代、そして、会社に入ってからも、まだ二十代半ばぐらいまでは、どこに行っても他人の視線を感じることが多かった…
これは、私が美人だから(笑)…
だが、歳を取り、三十歳に近くなる頃から、少しずつ、以前に比べて、他人の視線が減ってきたことを感じた。
容色が衰えてきたことを否が応でも、実感した。
だが、今、米倉と新造に好きだと言われた…
これは、悪い気はしない(笑)…
どんな人間でも、自分を好きだと言ってくれる人間を、嫌いになることはできない…
私は、米倉と新造を交互に見ながら、思った…
と、同時に、ふいに水野の姿が脳裏に浮かんだ…
今さっき、好子と話していた水野の姿が、浮かんだ…
あのお笑い着芸人のように、ひょうきんで。軽い姿が、脳裏に浮かんだ…
今ここにはいないが、実は一番気になる男でもある…
私は今、米倉、新造、そして水野と、三人の男に心惹かれている自分を感じた…
かつて、経験したことのない、事態(苦笑)…
33歳にもなって、初めて、経験する出来事=恋だった…




