恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 12
…米倉もまた普通の人間なんだ…
私は、あらためて、思った。
妙に、ずる賢く、狡猾な印象を抱いていたが、私と同じ人間…
これまで、40年以上、生きてきた中で、十二分に苦労していることがわかった…
当たり前のことだ…
こんな見たことのない、お屋敷に生まれようと、誰もが生きていくうえで、苦労する…
ただ、その苦労の中身が違うだけだ…
今の時代、多くの人間が真っ先に考えるのは、生活の苦労だが、米倉の場合、それはない…
代わりにあるのは、人間関係だとか、別の意味でのお金の苦労…
具体的にいえば、相続とか、税金対策とか、このお屋敷を維持するのに、悩む苦労…あるいは、会社を経営する苦労に違いない…
私が、そんなことを考えていると、米倉が、私のカラダをいきなり、掴んで離した…
私は驚く。
思わず、米倉の顔を見た。
すると、
「…ボクと高見さんが、澄子が見ていることに、気付いたことが、澄子もわかったらしく、こちらを見るのを止めました…」
私は米倉の言葉で、さっき澄子の姿があった窓を見た。
米倉の言う通り、そこに澄子の姿はなかった…
「…澄子さんは、私と米倉さんが、澄子さんが見ていることに、気付いたんでしょうか?…」
「…澄子はさきほども言ったように、勘のいい女です…当然、気付くでしょう…」
「…」
「…あの女が、この家で、一番のくせ者です…いや、違うか?…」
「…違う? …では、誰が?…」
「…それは、あの後妻ですよ…」
米倉が言う。
「…お母様…」
「…そうです…ボクの父、米倉平造の妻、雅子です…」
米倉が、憎々しげに呟く。
私は、米倉の端正な顔が歪むのを見た。
よほど、嫌ってるのだろう…
しかしながら、さっき、私が初めて、家族に紹介されたとき、米倉の態度は、変わらなかった…
つまり、後妻に対する嫌悪は微塵も見せなかった…
これは、どういうことだろう?
やはり、家族が集まる場所では、そんな感情を見せないということか?
それとも、別のなにかがあるのか?
考える。
私が考えていると、
「…高見さん…家の中に入りましょう…」
と、米倉が言いながら、そっと私の肩を抱いた。
小柄な私は、米倉の顔を見上げる。
「…高見さん…庭に出てくれとか、家に入れとか、高見さんを振り回して、申し訳ない…」
米倉は、私に詫びる。
「…いえ、とんでもありません…」
私は言った。
たしかに、あっちに行ってくれ、こっちに行ってくれと、米倉に振り回されているが、たいしたことではない…
いかにお屋敷が広かろうと、所詮は、庭に過ぎない…
何百坪あるのかわからないが、所詮は何百坪だ…
歩いて、数分の距離を移動するに過ぎない…
私は思う。
「…しかし、凄いお屋敷ですね…」
「…そうですね…」
米倉が言う。
その口調は、いつものように他人事だ…
「…米倉さんは、いつも他人事のように答えますね…」
「…ええ…だって、そうしないと、自分を客観的に見ることができないでしょ?…」
「…客観的に見れない?…」
「…誰だって、どんな人間だって、他人が自分を評価するよりも、自分自身を数段上に評価するのが普通です…ボクのように、お屋敷に生まれた、お坊ちゃんなら、なおさらです…だから、そんな環境に奢ることなく、いかに自分自身を客観的に見ることができるか? 問題はそれです…」
米倉が笑う。
…たしかに、米倉の言うことはわかる…
…しかしながら、それならば、なぜ、あの後妻になると、あのように感情的になるのか?
考えざるを得ない…
米倉は、本来、自分の感情を抑えることができる人間だと、私は見た。
が、もしかしたら、それが違うのかもしれない…
いわゆる訓練というか、歳を取って、うまく自分の感情をコントロールする術を身に付けたに過ぎないのかもしれない…
私は考える。
考えながら、米倉と並んで、お屋敷に向かって、歩いた。
「…米倉さん、私はこの後どうすれば?…」
「…それです…お屋敷に戻ったら、好子にでも会ってみますか?…」
「…好子さんに?…でも、好子さんは、私に対して、あまり良い印象は、持ってないんじゃ…」
私はさきほど、過去の恋愛経験ゼロと語ったとき、私と同じようなタイプの美人である、好子が、怒って部屋を飛び出したことを、思い出した。
「…好子だって、悪い人間じゃない…兄弟だから、言うわけじゃなく、そんなに、悪い人間じゃないと、ボクは思っている…」
私は米倉の言葉を聞きながら、このお屋敷の広い庭を見て、考えた。
…たしかに、普通に考えれば、好子はそんなに悪い人間ではないと、私は思う…
…なぜ、悪い人間ではないと、考えるのか?…
…理由は簡単…
…好子は、美人で、金持ちと、誰もが羨む環境にある…
…例えていえば、皇族といえば、おおげさだが、普通に考えて、金持ちで、容姿に恵まれれば、性格も良いものだ…
…性格が悪い人間は、多くが、学歴も低く、容姿も十二人並みか、それ以下が多いものだ…
…つまり、他人に勝てるものが、なにもない…
…なにもないから、容姿が優れていたり、頭が良かったりする人間を、羨む…
これは偏見ではない…
ただ実際に、頭や容姿が良ければ、性格がすべていいのかといえば、これも違う(笑)…
単純に、容姿も頭も十二人並みの人間に比べて、性格が悪い人間が少ないと言っているだけだ…
いずれにしろ、容姿が優れていたり、劣っていたり、頭が良かったり、悪かったとしても、大抵の人間は、性格が悪いわけではない…
仮に、容姿や頭が劣った人間が、十人に一人の確率で、性格が悪いとすれば、容姿や頭が優れた人間は、二十人や三十人に一人は、性格が悪いと言っているだけだ…
要するに、大部分の人間は、容姿も頭脳も、関係なく、性格も良くも悪くもない、人間が大半だということだ…
私はあらためて、好子を考えた。
私と好子の違いは年齢と、実家…
好子は私より、2歳年下で、実家は、このように、私とは比べものにならない大金持ち…
ということは、好子が私にコンプレックスを抱く要因はない…
年齢も家柄も、私より上…
つまり、好子が私に負ける要素がなにもない…
明らかに、好子は私、高見ちづるよりも、優位に立っている…
ならば、自分よりも、劣った、この高見ちづるに、コンプレックスを抱く要素がない以上、私を羨むことはないに違いない…
私は、そう考えた。
自分が優位に立つ以上、私に対して、余裕を持って接すると思っていたのだ…
しかし、その考えは、甘いことが、すぐにわかった…
好子は明らかに、私を嫌っていた…
それは、米倉とお屋敷に戻り、好子の部屋に入ったときに、わかった…
米倉が、好子の部屋をコンコンと拳で叩いて、それに反応して、
「…誰?…」
と、言いながら、自分の部屋から出て来たときだった…
「…正造です…」
米倉の声を聞いて、部屋のドアを開けた好子だったが、米倉の傍らに、私がいるのを見て、明らかに顔色が変わった…
誰が見ても、不機嫌になったのだ…
「…なんの用?…」
取りつく島のない好子の態度だった。
「…これから、もしかしたら、結婚するかもしれない女だから、好子にも、紹介しようと思って…」
米倉が言う。
「…紹介なら、さっきしたわ…」
好子が冷たく返した。
私は驚いた。
なぜ、好子に嫌われるのか、わからなかった…
私は目の前の好子の顔を見た…
私とよく似たタイプの美人…
身長は155㎝とほぼ同じ…
顔は、常盤貴子に似た大人しめのタイプ…
ただ厳密には、異なる…
一見大人しめの顔だが、好子は目がキツイ…
キレイだが、目がキツイので、性格が強い=気が強いことがわかる。
ただ、険はない…
私、高見ちづるは、自分で言うのもなんだが、そこまで、目がきつくはない…
「…どうだろう…好子…高見さんと、少し話してみてくれないか?…」
「…話? 話って一体なんの話をするの?…」
「…好子は高見さんと同じタイプの美人だから、色々、話が合うんじゃないかと思ってね…」
「…」
「…ほら…昔、好きでもない男にストーカーされた過去が、好子にもあっただろ? …高見さんも、好子も同じタイプの美人だから、そんな経験があると思うんだ…そんなときに、どうしたのか? そんな話をすれば、お互いに親近感を抱くんじゃないか?…」
「…」
私は、米倉と好子のやり取りを聞きながら、なぜ、私が好子に嫌われるのか、考えていた。
考えられることは、いくつかある…
一つは、容姿が似ていること…
しかも、自分で言うのもなんだが、美人…
これは、困る。
要するに、誰かが、どっちを選ぶといった場合、甲乙つけがたいのだ…
これが、例えば、長身のビキニが似合う女性と、小柄な美人と、どちらを選べば、いいといった場合は、わかりやすい…
単純に、好みの問題だからだ…
ゆえに、似たようなタイプの美人は困る…
あと一つ、考えられるのは、私が、恋愛経験がゼロだといった事実…
この事実を疑っている可能性もある。
同じようなタイプの美人だ…
子供の頃から、男の子にちやほやされて、過ごしてきたことは、わかってる…
それなのに、本当に、男と付き合ったことがないといった、私の話を疑っている可能性もある…
そして、おそらくは…
私はその事実に、気付いた。
「…好子さん?…」
私は口を開いた。
好子は、私がなにを言うのかと、思って、私を見た。
「…もしかして、好子さんは、私に米倉さんを盗られると思っているんじゃないでしょうか?…」
私の突然の言葉に、米倉が唖然として、私を見た。
「…盗られるって、高見さん…好子は母親が違うとはいえ、血の繋がった兄妹だから、別に、恋人でも…なんでもないし…」
米倉が当惑する。
私の言葉に、好子は、
「…」
と、無言だった。
「…私、気付いたんです…」
「…なにに、気付いたんですか?…」
と、米倉。
「…さっき、新造さんと、お話して、米倉さんが、これまで、お付き合いした女性の話を聞きました…」
今度は、米倉が、
「…」
と、黙る番だった。
「…新造さんの話によると、米倉さんは、派手な女性が好みだと言ってました…」
「…それは…」
米倉が当惑する。
「…それが、今回、私を連れて、このお屋敷にやって来ました…それで、好子さんは気付いたんです…」
「…気付いた? なにに?…」
「…米倉さんが、今度は本気で結婚しようとしていること…そして、なにより、その結婚する相手が、自分と似ている事実に、嬉しいやら、頭に来るやら、さまざまな感情が沸き起こった…自分と似た女性を選んだのは、嬉しいが、疑似恋人である米倉さんと、これで別れなければならなくなる…そんな思いが好子さんの頭の中に浮かんだ…違いますか?…」
「…高見さん…そんな…」
「…ですよね…好子さん?…」
私は訊いた。
好子は無言で、私を睨んだ。
私は目の前で、この好子を見て、なんてキレイな女なんだろうと、思うと同時に、なんて、強そうな目をしているんだろうと、あらためて思った…
キレイだが、実に強そうなのだ…
この手の美人は、これまで33年生きてきて、初めてお目にかかる存在だった。
私が無言で、好子を睨んでいると、
「…そうよ…アナタの言う通りよ…」
と、好子が口を開いた。
「…正造兄さんは、私の憧れ…イケメンで、カッコ良く、女にモテモテ…でも正造兄さんが、家に連れてくる女たちは、派手で、いかにも遊びで付き合う女…それだから、安心できた…遊びに過ぎないのは、一目でわかる…でも、高見さんは違った…」
米倉が好子の言葉に唖然とした。
「…兄さんが、いけないのよ…」
いきなり、好子が怒鳴った。
「…いけない…なにがいけないんだ?…」
「…高見さんを連れて来たことよ…」
「…どうして、高見さんを連れて来ちゃいけないんだ?…」
「…高見さんが、私と同じタイプの美人だからよ…高見さんが、言ったように、これでは、怒っていいか、笑っていいか、わからないわ…」
好子がぶっちゃける。
「…好子…」
と、呟いた米倉は、唖然した表情になった。
「…オマエがそんなふうに、ボクを見ていたなんて…」
米倉が当惑する。
私は、米倉と好子を見て、なんとなくおかしくなった。
まるで、夫婦げんかのようなのだ…
これが、血が繋がっていなければ、まちがいなく夫婦に見える。
別の見方をすれば、それほど二人は仲が良く見えると言うことだ…
これでは、新造が怒るのは、わかる。
私の脳裏に、さっき別れた新造の姿が、蘇った。
と、同時に、考えた。
新造は、米倉が、好子を利用していると言ったが、それが本当か、どうか、考えたのだ…
なぜなら、今目の前で、争っている米倉と好子は、本当に仲が良く見える。
これを見れば、新造の言葉に疑問を抱く。
また、誰もがそうだが、人間は、誰もが、自分が嫌いな人間は、自分以外の人間にも、嫌いであって欲しいものだ…
理屈抜きで、それが、人間の感情だ…
と、すると、新造は、だから、余計に、米倉を嫌いだともいえる。
自分の好きな姉の好子が、自分の嫌いな兄の米倉を慕っている…
自分が米倉を嫌いである以上、当然、好子にも、米倉を嫌って欲しいのが、新造の気持ちだろう…
しかし、それとは真逆に、好子は、米倉を好いている…
これでは、米倉を余計に、新造が嫌うのはわかる…
眼前のことの二人のやり取りを見て、このお屋敷に住む人々の人間模様が、まさに混沌としていることが、わかった。
同時に、いかに、大きなお屋敷とはいえ、そこに住む、人々が、一般の家庭ではありえないほど、さまざまな感情が錯綜していることがわかった。
これにお金が絡めば…
まさに、騒動が起きる下地ができていたわけだ…
私は思った。




