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エピローグ さようなら・また逢う日まで②

 というわけで、良いことも悪いこともいろいろなことがあった今年の夏季休暇。とうとうティアがテレジアに帰る日がやってきた。

 今日は八月二十八日の金曜日の朝。

 中央駅にて俺とエレナはティアの見送りに来ていたのだ。


「ティアちゃん。忘れものはない? 着替えは全部持った? 靴下間違ってロイドのものを履いてない? お昼のお弁当はちゃんと持った? あ、お土産は大丈夫? マーベルさんに渡す品はちゃんと入れた?」


 エレナの世話焼き具合にたじたじなティア。


「だ、大丈夫ですよエレナさん。ちゃんと持ってますから。そこまで心配しなくても……」

「そお? でもでも、もし忘れ物があったらいつでも取りに来ていいからね。ていうか会いに来てね」


 言ってエレナはガシッとティアを抱擁する。


「長期休暇の時にでもまた会いに来ますから。だから抱き着かないでください……って、うお!?」


 抱き着いているエレナが流れるような動作で頬ずりし始めたのだ。夏の暑い日だということもあり絡み合う二人からは額から流れでる汗がまた増えていた。

 ティアはバタバタともがきながら脱出を図るも敵わず。ロイドくん助けて~と力ない悲鳴だけが届いた。


「エレナ、もうそこまでにしてやれよ。ちょっとかわいそうだ」


 何がとは言わないけれど、ティアからエレナを引き剥がす。


「ごめんねロイド。ちょっと抑えがきかなかったわ。ティアちゃんもごめんね」


 へへ、と恥ずかしそうに頬を掻いてまたティアの方に向き直る。


「そう言えばティアちゃんはこのまま寄り道せずにテレジアに帰るのよね。マーベルさんは迎えに来てくれるの?」

「ううん。今日は家でアーネストさんが待ってるんだ。夕食を用意してくれてるみたい。だからどっちにしても遅れないように帰らないと」

「そっか。だったらちょうどいいわ。お土産の中にハルリスで有名なお酒を入れてるから是非その時に飲んでもらってね。あと、マーベルさんによろしく伝えておいてほしいな」

「うん、分かった。任せておいてエレナさん」


 と元気な笑顔で返事をするティア。それを見たエレナはまたティアに抱き着いてしまった。目からじわりと涙が浮かんでいた。

 気持ちは分かる。エレナにとってここまで同じ人と同じ時間を過ごしたのは久々だったのだ。寂しくなるのも無理はない。俺だってそうだから。

 そうして別れを惜しむ間もなく列車が到着する時間がやってきた。

 ホームには列車到着のアナウンスが流れ、遠くの方から汽笛の音が微かに聞こえてくる。


「あ、ほらエレナさん。列車が来ちゃったよ」

「エレナ。ティアが困ってるだろ。そろそろ放してやれよ」

「うー、寂しいよ」


 と弱々しくエレナはティアから離れたのだった。

 俺にとっても、もう時間は残されていない。最後に伝えることができるのはあと一つくらいだろう。


「――ティア」


 言ってティアと向かい合う。


「ん?」

「この夏季休暇で俺から言いたかったことは言い尽くしたからな。別れの言葉で元気でなとか、そんなありきたりなことはもう聞き飽きただろ。だからその代わりにこれだけは言っておくよ」


 こほんと咳ばらいをして喉を整える。


「あんたはあんたの信じる道を貫き通せ。それで困る奴や鬱陶しく思う奴も出てくるかもしれない。けれどな、それで救われる人も確かにいるんだ。今の俺みたいにさ。あんたが普通の人だとか能力者だとかそんなのは関係ない。今の自分に自信を持って生きてほしい」


 言って拳を突き出す。


「だからティア、約束だ。いつかまた会う時、その時はあんたのそんな姿を見せてくれ。俺もマーベルさんに認められるような、そんな人になれるよう頑張るからさ」


 それを聞いてくすくすとティアは微笑む。


「大きな目標を持つのはいいことだね。うん、きっとだよ。わたしもそんなロイドくんに会えるのたのしみにしてるから」

「ああ。約束だ」


 最後の言葉を交わし合い拳を合わせた俺とティア。

 その間にエレナの拳が加わる。


「わたしもだよ。ティアちゃん」


 と微笑むエレナ。


「もちろんだよエレナさん」

「ふふ。わたしもたのしみにしてるからね」


 そうしてついに別れの時が来た。

 ホームに入り停車する列車。ドアが開き出てくる人々、そして入れ替わりに乗車する人々の流れ。待っていた人たちが乗り終えようとしたとき、ティアは最後に笑顔で「それじゃあね」と微笑んでその列の一番後ろにつく。

 背負った大きなカバンと手で引くキャリーバッグがティアの後ろ姿を隠してしまう。そのままティアは列車に乗り込んいった。

 最後に一度だけふり返り、微笑んで手を振って――


 ドアが閉まり汽笛を鳴らした列車が再び動き出す。ガタンゴトンと音を鳴らしながらこのハルリスを旅立っていった。

 その様子を片時も目を離さずに見つめていた。次第に視界が霞んでくる。目の奥が熱くなり、そのままこらえきることのできない何かが零れだしてきた。

 何も言わず袖で拭いとる。俺が意識しているその何倍も、それだけこれは俺にとって大切な日々だったのだ。


「……っ、……」

「あれ、ロイドどうしたの? 泣いてる?」

「何でもないよ。泣いてなんかないさ」

「そうだね。泣いてないよね、うん……」


 踵を返し、改札口へと歩を進める。それはエレナも同じで。


「帰ろうか、エレナ」

「ええ、ロイド」


 ふたり並んで歩き、そして俺たちはハルリスの街へと溶け込んでいったのだった。

 俺は今までずっと一人の力だけでどうにかしようとしていた。

 馬鹿の一つ覚えのように何度も何度も足掻き続けていた。

 けれど、この夏季休暇の間に思い知らされた。それがそもそもの間違いだったんだって。




 幼いころ、テレビで放送されていたヒーロー物の番組を見るのが好きだった。

 強きを挫き弱きを助く。襲い来る怪人から街の人たちを守る。

 そんな場面を見るとそのたびに目を輝かせ、真似してヒーローと同じ台詞を叫んだものだ。


 ――けれど、俺が目を輝かせていたのは本当にそこだったのか?

 どのような話でもヒーローひとりでは怪人には敵わない場面が必ずといっていいほどでてくる。怪人に負かされ地に這いつくばり、涙をこらえるその悔しさ。

 けれど最後には必ず仲間のヒーローが駆け付けてくれて協力し、そして逆転勝利する。

 俺はきっと、そこにこそ目を輝かせていたのだ。

 自分だけでは解決できないほどの強大な壁を前にして、他の人と協力しあい乗り越えていく。人は一人では生きていけないんだってことと同義だ。

 必ず誰かに助けられ、そして助けてもいる。その支え合う関係性が人々に何倍もの大きな力を与えるのだ。

 ヒーローが一人ではなく複数人で戦っているのも、きっとそういうことなのだろう。

 だから『怪人をやっつけることができるような強い子』と言ったのも、本質はそういうことだったのかもしれない。

 今回の件でもそうだったはずだ。俺一人ではどうしようもなかったこの異変。ユリウスにも、ジェインにも簡単に敗北した。だけれど、最後には仲間と協力しあい乗り越えたのだ。

 ティアの存在が、ネロの存在が、エレナの存在が、友人たちの存在が、そして何よりもジルという親友の存在が。敵に立ち向かうための無類の勇気をくれたんだ。

 今の自分が弱いことも、助けられ続けていることも受け入れよう。『怪人をやっつけることができるような強い子』になるなんてまだ先の話だ。今ようやくその片鱗が見え始めたくらいなのだから。


 だから母さん。あなたに顔向けできるのはもう少し先になるかもしれない。

 けれど、もう十年以上待たせているんだ。あと数年、いいや数か月。それくらいは待ってくれよな。

 俺、強くなるから。エレナのことはもちろん、色々な人をみんなと協力して守れるようなヒーローみたいに。


 ――きっと、必ず。




 人形の夢世界3 ~白銀の妖精~ 終わり

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