第5話 失意の先に・漂泊の海を越えて⑤
白銀の世界に変貌した月の塔の最上階。
氷の結晶に封じられたロイドを背に、ユリウスは信じられない光景を目にしていた。
ここ月の塔とは対面に位置する太陽の塔の頂上。そこで行われていた戦闘の行く末にユリウスは驚愕の意を隠せずにいる。
突如現れた大量の機銃による総攻撃。
背後からの不気味な腕による不意打ち。
それすらをも耐え反撃に出たジェインは当然のこと、敵対する者を軽々と屠ることだろう。
しかしどうしたことか。ジェインは何が理由か突然の離脱を測ったのだ。
何故そのような行動に出たのか。あれほど固執していた星座の魔術の完遂はどうしたのか。ユリウスはその真意を見いだせずにいた。
懐から通信端末を取り出しジェインに連絡を試みる。
「ジェインさん何やってるんだよ。相手はあのジルだろ。あの程度なら軽くいなしそうだけど。あの優等生君、何か秘策でも持っていたのか?」
通信用の礼装に魔力を込め、それを額に当ててジェインの応答を待つこと十数秒。一向に応答する気配がない。
しないのか、それともできないのか。ユリウスの不安は募るばかり。
「全然出てくれない。しかたないし俺も一旦引くか? ……けどな、ここまでやってるんだ。流石に簡単に引けやしないだろ。ああ、不味ったな。こんなことなら魔力消費をもっと抑えるべきだった。今の残った魔力で星座の魔術を発動できるかどうか。霊獣をあぶり出すまでならできそうだけど、その先がなぁ。たぶん俺、霊獣を捕らえる前に殺されちゃうかも」
あーあ、と軽口を叩きながらも深いため息を吐くユリウス。
それと同時に微かに感じる魔力の猛り。
「あれ? もう動けないと思ってたんだけれど。もしかして無意識に手加減でもしてしまったのかな」
ユリウスは口元を歪ませ踵を返す。
視線の先。そこには結晶に閉じ込められたロイドがあるはずだった。
だが、どうしたことか。何が理由かその結晶は蒸発し、ロイドの身体は自由を取り戻していたのだ。
ロイドはユリウスの言葉も聞かずに確かな意志を込めて囁く。
「炎よ。再び俺の下に集え」
散り散りになった魔力の残滓は再びロイドの周りを逆巻く烈火となる。だが、それも発動した瞬間のみの現象。次第にその火力は弱まりを見せた。
「はっ、このような炎で溶かしきれるとでも思ったのかい。懲りないね。この永久凍土と化した閉じた空間で君に何ができる」
言う通り、ロイドの身体は再び冷気の嵐に蝕まれ凍結が始まる。
「火力不足もいいところだ。見ろ。今にも炎の魔力は潰え、君の身体は凍結を間逃れずにいる。このような絶望の中で君に何ができるというんだい。できるというのなら見せてみなよ。君が夢見る奇跡という名の幻想を!」
変わらず絶望的な状況。
しかし、ロイドの目は死んではいなかった。
熱き炎を宿した魂の如く、その双眸はユリウスを直視する。
「そうか、だったら見せてやるよ!」
ロイドの目はまだ死んでいなかった。
一度消えかけたその炎はロイドの放つ膨大な魔力に呼応して再び熱を解き放つ。
吹雪を蒸発させ、氷のワイヤーや壁を溶かし始めるその火力。比べるまでもなくつい数分前のロイドの力を凌駕していた。
「俺の冷気が圧し負けているのか? ここは俺の結界の中。たとえ新たな力を解き放とうと、君自身の魔力総量は変わらなければ破られることはないはず」
その疑問も束の間、ユリウスの氷の結界がロイドを中心にほつれ始める。ただ氷を解かすのではない。結界そのものを破壊しているのだ。
ロイドの炎の魔力は、死神の力に侵され、融解し、新たな形となって顕現する。
禍々しい黒き炎。それは今までロイドが操っていたものとは全くの別物としてそこに存在していた。
「その黒い炎が原因か。先までのものとはまるで異質な邪悪を秘めた魔力の奔流。君、何か良くないモノを取り込んだね」
「確かにある意味で良くないモノであることに違いない。この力はいずれ俺をも容赦なく燃やし尽くすだろうさ。だけどよ、ここにあんたを葬ることができる力があるんだ。手を伸ばさないわけがないだろ」
その予想だにしない脅威にユリウスは歯を食いしばる。
結界が正体不明の魔力によってほつれかかっている。ユリウスに残された魔力量から再び冷気で凍らせることはもはや不可能だろう。ワイヤーを足場にした高速移動も当然封じられている。
「――おもしろい。これが君の覚悟か」
ユリウスは静かに囁く。しかし戦意はいまだ喪失せず。
この時ユリウスの脳裏によぎったのは、怒りや焦りではなかった。
全くのその逆。今まで得られなかった血の滾るような高揚感だった。
今この瞬間ユリウスははっきりと認識する。先ほどロイドから感じた脅威は間違いなく本物であったと。今のロイドは格下の矮小な存在などではなく、待ち望んでいた命を懸けて力を競い合える強者であると。
ユリウスは右手を掲げ、その手に氷の大剣を精製する。
対してロイドも、その手中に黒き炎の大鎌を形成する。
「全力で来い、ロイドくん! 互いに力尽きるその時まで、全ての力を出し合おうじゃないか!」
炎と氷。
その力が顕現した瞬間、二つの魔力の奔流が暴風となって二人を襲う。
だが、そのようなものは二人にとって障害にすらならない。
地を蹴り、駆けるのは同時だった。
二人の魔術の競い合い。そこから繰り広げられる獲物を用いた鍔迫り合い。たった数合の力比べ。
それだけでユリウスは直感した。正面からの力比べだけではロイドを潰しきれないと。間合いを取るために脚に力を込め横に跳ぶ。
「――!?」
しかし、それと同時にロイドは踏み込み距離を詰めたのだ。
ロイドから溢れ出す不可思議な魔力は、身体強化をも数倍に膨れ上がらせていた。
その後、ユリウスがどう避けようとしてもロイドの間合いから逃れることは叶わなかった。
「驚きだね。これにも追いつくというのか」
「どうしたユリウス。余裕がなくなっているぞ」
息が上がってくる。
呼吸が乱れてくる。
それでも互いの剣戟はさらに激しさを増す。
どちらか一方、少しでも気を抜いたほうが圧し負けて切り殺されることだろう。
回避行動を繰り返せばどこかに反撃の余地はあるかもしれない。だが、ユリウスは数秒前とは打って変わって身を引くことはしなかった。
そこには勝算があったからだ。
「いいぞ、もっと強がりな。だが今にも死にそうな苦痛にゆがめたその顔でどこまで出来る。俺はまだ止まりはしないぞ!」
ユリウスの目には見えていたのだ。ロイドが魔力を消費するたびにその身体が悲鳴を上げているというその事実に。
ユリウスは捨て身でロイドを屠りにかかる。
打ち合いの最中、ロイドの動きが鈍った瞬間に氷の大剣を首目掛けて一閃する。それはすんでのところで身体を屈ませ避けられるが、ユリウスは動じない。
屈めたロイドの胴目掛けて蹴り上げる。その鋭い衝撃がロイドの胸を砕き吹き飛ばした。
ロイドの身体は宙に浮き、そして重力の赴くままに落下し激突する。ごふっと赤い血液を漏らすも、それで悶えている暇はない。増幅させた魔力で強引に傷を治癒させ、立ち上がり大鎌を構える。
ユリウスはその行為を待ちはしない。すぐさま追撃のために地を駆け、大剣を振り下ろした。
ぶつかり合う炎の大鎌と氷の大剣はギシギシと重い音を響かせる。
「身に余るその力。顕現させただけで使いこなせているわけではないのだろう? 身体中が蝕まれて苦しいのだろう? だったらどうする。このまま力尽きて終わりなんてそんなつまらない結末はよしてくれよ、ロイドくん!」
「あんたの言うことなんかこの俺自身が一番理解している。だから、そうなる前にお前を討つんだよ!」
「だからどうやって俺を討つって言うんだい。確かに今の君にはその力もあるし、それを叶える奇跡を起こす可能性も手に入れた。それは認めよう。だがはっきり言ってやるよ。君がその正体不明の力を宿そうともまだ俺を超えるには至らないとね!」
「ああ、そうだろうな。そんなこと理解しているよ、最初からな。それはユリウスの言う通りだろうさ。だかお前はお前は忘れている。この街を守りたいって願うのは、俺一人じゃないことを!」
「――ッ」
そこでユリウスが気付く。
自分とロイド以外に、ごく小さな気配が一つ現れたことを。
(な、あの娘がどうしてここに――!?)
それは一人の血に塗れた金髪の少女。
ジェインに敗北し、治療を受けていた能力者。
ティア・パーシスが最上階の入口に立っていたのだ。
両腕を伸ばし、開いた掌をユリウスに向けるティア。
それは明らかにユリウスに向けられた敵意だ。
(これは予想していなかった。まさかここでティアちゃんが出てくるなんて。だが彼女の能力は把握している。隔離空間に保管した武器を引き出し、それを手にして戦う接近タイプの戦闘方法。この距離では俺に手出しできないはず。だが何だあの目は。まるで確実に俺に傷を与える手段を持っているかのような)
ユリウスはロイドの攻撃を防ぎながらティアの動向にも注意する。
そこで見えてきた違和感。ユリウスはそれに瞬時に気付き、そして理解する。
ティアの伸ばした両腕は、正確にはユリウスには向けれていなかった。片方はユリウスとロイドの間に、そしてもう片方はユリウスの背後に、それぞれ向けられていたのだ。
(であれば、予測される攻撃方法はこれしかない。今のティアちゃんがロイドくんをサポートする形をとるならば十中八九あれが来る!)
そう思考し、そして結論付けたユリウス。
その直後、ロイドの目の前とユリウスの背後に突如現れた金色に輝く空間の捻じれ。それは間違いなくティアの能力により生じたものだ。
ロイドは迷うことなく直進し、その空間のねじれに入る。それと同時にユリウスの背後から感じる禍々しい魔力の鼓動。
おおよそ彼らの思惑はこうだろう。
ティアの持つ能力『隔離空間』を用いて異なる二点の出入口を接続。そしてロイドをユリウスの視界の外に跳躍させ、そのまま一撃を加えて決着をつける。
ユリウスは嗤う。まさに想定通りだったからだ。
惑わず冷静に次の行動に移行。背後に振り向くと同時に手にする氷の大剣で空間のねじれを切り裂いた。
「これで終わりだ!」
この一閃で背後の捻じれから出てきたロイドは間違いなく致命傷を負うことだろう。しかし、
「――!?」
驚愕。ユリウスの一閃は何にも当たることなく空を切り裂いた。そこにいると確信していたはずのロイドの姿はどこにもない。
横目に視認したティアが浮かべる不敵な笑み。それこそが彼女の『狙い通り』だとでも言いたいかのように。
(まさかフェイク。空間転移は最初からするつもりなどなかったということか!?)
再度ロイドの元居た場所に視線を移そうとするその刹那、ロイドはその最初で最後の好機を逃すまいとユリウスの懐に踏み込む。
「これで終わりだ、ユリウス!!」
「しまっ――」
気付いた時にはもう遅い。
ユリウスの側頭部に向かって放たれたロイドの黒き炎拳。
防御する術もなくロイドの拳をまともに受けたユリウスは弾き飛ばされ柱に激突する。
「ぐはッ……」
ついに地に伏したユリウス。反撃しようとするも身体が言うことを聞かない。まるで脚が石になったかのような感覚。
「な、どう……して……」
ユリウス自身はその結論に至ることはなかったが、今彼は脳を揺さぶられたことにより一時的なマヒ状態に陥っていたのだった。
治療のための魔術も反撃のための魔術も発動させることすら叶わなくなった彼に、もはや立ち上がることは許されなかった。
視線を上げる。その霞む目で見たものは――
「……その目、まさかそれは」
変化が起こったのはロイドの操る炎だけではなかった。開かれたロイドの双眸は魔人の如き紅く邪悪な輝きを放つ。ロイドの立ち位置は今やユリウスの上にあった。
「それが君の宿したモノの正体か。そうか、俺はそんなモノの一端と対峙できていたのだな。ティアちゃんの介入は少しだけ物申したい気分だけど、うん……悪くない結末だ」
ユリウスの落ち着いた囁き。
負けを認めたその上でも、いい戦いが出来たと満足したようなその表情。
それにロイドはギリッと歯を喰いしばる。
数日前に出会ってから今に至るまで、ロイドはユリウスの様々な姿を見ていた。
仮面の男から助けようとしたあの時の頼りがいがありそうな姿。
コーヒーを奢ってくれた時のあの優しい姿。
そして、夏至祭初日にティアとレンを見守っていた時のあの穏やかな姿。
いい友達になれるかもしれないと、そんな幻想を見ていたあの日々。
今この瞬間それが戻ってきたようで。
本当に勝手な男だ。自分だけ満ち足りたような表情をして。これじゃあ、最後まで憎み切れないじゃないか。
やっぱり俺って甘いよな。けれど、ここからはそんな俺でもやれる最大限の報復だ。
今も苦しむエイラたちを救うために。
共に戦う友たちとの誓いを果たすために。
そして何よりも、囚われたエレナを解放するために。
ロイドは今ここに立っているのだから。
だから、自身の感情をかなぐり捨てて最後の魔術を刻み付ける。
「我が死神の魔眼をもってユリウスに命ずる」
それは至宝を守護せし霊獣の司る力。霊獣と契約を交わした魔術師のみが振るうことの許される強大な魔術。
ロイドの内に眠る霊獣ライブラ。彼女の持つ幻属性の最奥が今ここに現出する。
発動するは抗うことすら許されない絶対命令権。
「その身に宿す魔力の一切を放棄し、魔術師としての人生を終わらせろ」
ロイドは宣言する。
奮然と、しかし寂然さも交えたその声で。出現させた黒き炎の大鎌を構え最後の言葉をユリウスに告げる。
「おまえを死なせはしない。苦痛に悶え、苦しみながら生きて償え」
そして、死神の鎌は容赦なくユリウスの首を断ち切った。
◇
すべての戦いに決着がついた。
体力も残っておらず、立っていられないとその場に崩れ落ちてしまう。
つい数秒前まで使っていた魔力、霊獣ライブラの力は気が付けば俺の中から消失して気配すら感じなくなってしまった。
霊獣の力に頼りすぎてしまったことが原因なのか、それとも霊獣に見限られてしまったのか。理由は定かではないが、今の俺にはもうあの黒い炎は扱えないだろう。
ティアもここに来るまでに残る体力を使い果たした様子。今はエレナと共に下まで降りて休んでもらっていた。
もう終わったんだ。
目の前に倒れ伏すユリウスもまた、俺と同じように力尽きているのだから。
「おまえにはもう星座の魔術は発動できない。諦めるんだ」
死神の魔眼による絶対命令。
それがどこまで効力を発揮しているのかは、これからのユリウスの動向を見なければはっきりとは分からない。何せ俺自身初めて発動した魔術なのだから。
せめて星座の魔術を発動できないくらいには効いてほしいところだが。
ユリウスは力なく笑う。
だが、それだけで反撃に移るような動作は一切なかった。それどころか、まるで憑き物が落ちたかのように落ち着きを取り戻していた。
「安心しなよ。もう俺にそんな力は残されていない。君の望み通りになったという訳さ。だけれど、改めて冷静に考えてみるとその戦い方は感心しないね。君は己の実力を弁えるべきだ。たとえ強大な力を手にしようと己の命を削るようじゃ話にならない。君たち魔術師は確固たる目的があって魔術を習得したんだろ。だったらいつか言われるよ。自分を大切にしろ、ってね」
身体中を軋ませながらユリウスは力を振り絞り立ち上がり、そしておぼつかない足取りで崩れた壁の近くまで歩いていく。
もう魔術も何も発動できないはずなのに、それでもユリウスは余裕の顔を崩さない。しかし、未だ霧に埋もれた白きハルリスの街を一望する表情はどこか哀しそうにも見えた。
「ロイドくん。君にはぜひ聞いておきたいことがあったんだ。答えてくれるかい?」
「何だよ。時間稼ぎのつもりか?」
「そんなことに意味がないことは、君が一番よく理解しているのでないのか」
すうっと息を吐いてからユリウスは語る。
「この異変を食い止めたところで君はどうするつもりだい。君が救いたがっていた彼女、エレナさんは決して能力者であるという呪縛から逃れることはできない。今この場で俺を退けたとして、いずれ次の災厄が彼女を襲うことだろう」
「どういうことだ、それは……」
「君はまだ知らないことだろうけれど、能力者とは何も理由がなく突然変異した特別な人間を指すのではない。この世界に根ざす十二の至宝が一人ずつ当代の贄として選んだ人間のことをいうんだよ。だからね、能力者が少ない、希少価値があるっていうのはそこに起因するんだ。いずれ魔術師に星座の魔術の贄にされるために追われ続ける。能力者に残された未来は絶望だけだ」
「そんな……」
だったらエレナは、これから先もずっとこんな目に合い続けるっていうのか。
追手に怯えながら身を隠し続ける人生。本当の意味でエレナを救うことはできないのか……
「それが何を意味しているのか理解できたか。エレナさんを守るということは、すなわち魔術師すべてを相手にしなければならないことと同義だ。君にその役割を果たすことができるのかい?」
「…………」
俺はこの戦いの中で二人の魔術師と対峙した。
だがどうだった。どちらの魔術師にも己の力のみでは敵いはしなかった。
俺より強い魔術師なんてこの世にごまんといる。
ユリウスはその全てを退けなくてはならないというのだ。
そんなことがこの俺にできるのか。
たった一人の矮小な存在が世界の理に抵抗できるのか。
「そんなこと、今の俺にはできないな」
「そうか。だったら無理をすることはない。君はもう――」
「諦めろ、とでも言いたいのか? それとこれとは話は別だ。エレナを見捨てて俺一人で生きていくことに何の意味がある」
「……」
「俺はこの戦いを経て俺は至宝の力の一端を振るった。霊獣と対話もした。たった数分にも満たない僅かな間だったけれど、これにはきっと意味があるはずなんだ。確信はないけれど、俺にもまだ戦う力があるんじゃないかって。希望はまだ残されているんじゃないかって。だったら最後の日が来るまで抗い続けるだけだ。エレナが少しでも笑っていられるようにさ」
言って、しばらくの間の静寂。
ユリウスは「――くく」と笑いを堪えるかのように身体を振るわせた。
「なんだよ、おかしいか?」
「いいや、どこもおかしくはないよ。だけれど……」
そしてユリウスは空を見上げて囁く。
――俺にもこんな馬鹿正直な友人がいてくれれば、少しは違う道を歩めたのかもしれない。
「え? 今、なんて……」
微かに聞こえたその声に聞き返すも、ユリウスは「何でもないさ」と微笑んでごまかすだけだった。
「あーあ。いい答えを聞けてすっきりしたっていうのにさ。こんなところで終わりだなんて、ついてないにもほどがある。できることなら君には俺の本当の作品を見てもらいたかった。けれど、そんな願いも叶いそうにないな。きっとこれも報いなんだろうね。俺の一時の心の弱さが彼らに付け入るスキを与えてしまった。本当に不甲斐ない限りだよ」
そうしてユリウスは、踵を返して俺を見つめる。
「ごめんね、ロイドくん。魔力を失ったとはいえ、君たちの思い通りに事を終わらせるわけにはいかないんだ。魔術機関に囚われる、なんてのはまっぴらごめんだからね。だから俺は一足先に退場することにしよう」
一歩、そしてまた一歩と。
おぼつかない両足を動かして後退するユリウス。
彼が何をしようとしているのか、そんなこと誰が見ても察しが付く。
「おい、いくな。待ってくれユリウス。おまえにはまだ聞きたいことが――」
そんな願いもユリウスには届かず、そのまま魔霧に身を投じた。
白き海に飲み込まれ、その姿形、気配さえも掻き消されていくのだった。
求めた答えを得て己の人生に満足したかのような、そんな安らぎを胸に秘めながら。
『それではさようなら。君たち兄妹の行く末に良き祝福があらんことを』




