第3話 夏至祭開幕・友と過ごす憩いの場所で④
「ちなみにそのオーロラは十秒も経たないうちに消えちゃったんだけどね。もしかしたら、わたしの目の錯覚だったかもしれないけどね」
と言ってレンさんの話は終わった。
その後、特に大きな話の展開はなく内容のない会話を繰り返しながら愉しい時間を過ごした。
夏の温かい空気が若干の落ち着きを見せたところで時間を忘れて時を過ごしていたことに気が付いた。
「しまった、もう日が沈み始めてきてるな」
俺の言葉につられ他の人も同時に時間を確認する。
「ほんとだ。十七時半だね。わたしはそろそろ家に帰らないと。お店が忙しくなる時間だし」
「そうだな。うちはまだ俺が抜けていたところで問題はないだろうけど……」
そうしてユリウスさんとレンさんのふたりはお互い目を合わせて頷く。
「ティアちゃん、ロイドさん。わたしもう帰るね。お父さんとお母さんが待ってるから」
「俺も買い出しをしないといけないし、そのついでだ。レンちゃんを家まで送ってから店に戻るとするよ」
言って二人は席を立つ。ユリウスさんはゴミになったカップや包み紙をトレーに乗せて持っている。
「ほら、ゴミはこっちで捨てておくから。二人とも、お友達の皆が待ってるんだろ。そろそろ帰ってあげなよ」
ユリウスさんに促され、俺とティアも席を立つ。
「ありがとう。俺たちもそうするよ」
言って、席を離れようとする俺に対し、ティアはレンさんのもとに駆け寄る。
「それじゃあまたね。レンちゃん、明日も会えるといいね」
「そうだね、ティアちゃん。けど明日はずっと店番の予定なんだ。ティアちゃんのほうから来てくれたら会えると思うよ」
「だったら隙を見て会いに行くかも」
「ほんとに? 楽しみにして待ってるね」
そのやり取りを見て、隣に立っていたユリウスさんも微笑む。
「いいねえ、ああいうの。まさに過ぎ去った青春の一ページみたいで羨ましくなる。そうは思わないかい、ロイドくん」
「いや、俺はまだ青春真っただ中だと思ってるけど」
「ああ、そうだったね。君はまだ大学生だったか。それでも、過行く時は決して取り戻せないかけがえのない宝だ。後悔しないよう精一杯に今を愉しみなよ」
「その忠告、覚えておくよ。それよりあんたはどうなんだ?」
「俺の青春はもう終わったからね。今は店に来てくれる若いお客様を眺めてはいろんな妄想をしているよ」
「……えっと、ごめん。そうじゃなくて明日はどうなんだって聞きたかったんだ」
「ああ、その話かい。俺は明日から店に引きこもるからな。来てくれたとしても多分ゆっくり話はできないぞ」
「そっか。俺も一日中忙しいからな。あんたもそうなら、うちに来てもらうことも難しいか」
「あれ、もしかして俺のこと受け入れてくれちゃってる? さっき気遣ってくれたのもそういうことかい?」
言うと微笑んで俺の肩を組んでくる。持っていたトレーは瞬時にテーブルに置きなおしたらしい。
「おい!? やめろよ暑苦しい。てか近い、近いって!」
絡んでくるユリウスさんの力は強く、なかなか引き離せない。
胸元を優しくさすってくるその手は妙に艶めかしく、俺の肌を否応なしに敏感にさせていく。そんな、あまりの変態行為に戦慄を覚えた。
「――や、やめ……」
やられる。そう確信した。
「ちょっと、ユリウスさん。やめてください!!」
そんな危機を救ってくれたのはレンさんの叫び声だった。
ユリウスさんはすぐに絡んでいた腕を解き、何事もなかったかのように置いていたトレーを持ち直す。
もう遅いよユリウスさん。すでに目の前の女の子二人に目撃されてしまった。
「おっと失礼。お嬢さま方にはこの程度の絡み合いでも刺激が強かったらしい」
そんな状況でもまだ冗談を言うユリウスさん。
「か、絡み合い……ですか」
ごくりと唾を飲み込むティアは薄く頬を赤く染めて俺を見た。
「やめろ、そんな目で俺を見るな。そんな気は一切ないからな」
こんな目で見られるくらいなら、蔑むような眼で見られる方が何倍もマシだ。
「ほら、ユリウスさんも何か言ってくれよ」
「はっはっは☆」
ユリウスさんはただただ満面の笑みを浮かべるだけだった。
こいつッ!!
そんな状況を見かねかのか、レンさんは全力疾走で俺とユリウスさんの間に割って入る。
ユリウスさんの持つトレーを奪い取り近くのゴミ箱に捨ててまた戻ってくるその動作。なんともまあ感心するほどの早業だった。
「ティアちゃん、信じなくていいからね。ユリウスさん、もうからかうのはやめてくれませんか!!」
言って、レンさんは俺からユリウスさんを引き剥がしてくれた。
「痛い痛い、力強いってレンちゃん」
「こんなことする方が悪いんですよ」
ぷんすかと頬を膨らませて怒るレンさん。続けて俺たちを見ると優しい表情に切り替えて言う。
「ティアちゃん、ロイドさん。もうこんな時間でしょ。ユリウスさんはわたしがなんとかするから、もう戻った方がいいんじゃない?」
そう気遣って言葉をかけてくれた。
「そうだな。レンさんの言葉に甘えて、今日はここらでお暇させてもらうよ」
隣のティアもうんうんと頷く。
「それじゃあいいタイミングということで、俺たちはここで別れるとしようか」
ユリウスさんはそう言って軽く手を振る。
「またな、ユリウスさん」
「ああ、またね。俺はいつでも待っているよ」
レンさんも笑顔で「じゃあね」と手を振り去っていく。ユリウスさんも横に付き、二人並んで人ごみの中に消えていった。
ティアは完全に二人の姿が見えなくなるまで彼女たちを見続けていた。
「急に静かになったな」
「そりゃあ、賑やかな二人がいなくなったんだもん。当然と言えば当然だよね」
そう言い合い、俺の「もう戻ろうか」という言葉を合図にレ・クリエールを後にすることにした。
甘い一時はここで終わりを告げる。
そしてこれから、俺たちは俺たち自身の戦いに挑むことになる。
仲間と共に乗り越えるべき、乗り越えなくてはならない大きな壁を前にする。
未来予知、なんて力を持っていれば悩むことなんてないのだろうけれど、その時俺たちはどんな答えを出すのだろうか。
どうしたところで俺の最終的な目的にはまだまだ近づけれないだろうけど。
まあ、それはそれ、だ。
まずは今の問題を解決していくことに努めよう。なにせこの数日間で問題がいくつも浮かび上がってしまったのだから。
「ところでロイドくん」
「どうしたティア」
「まさかユリウスさんと……」
もじもじするティアを見て察してしまった。
まだ終わってなかったのか、って。
「そんな訳ないからな。絶対ないからな――!!」
◇
そんなわけで色々ありつつも今日一日の活動が終わった。
うまく情報を集めることができていたのか今後の方針はしっかり立てることができ、その流れでアイリを先導に新作パンの完成を目指すのだった。
そうして結局、きりが付きみんなと別れたのは午後十時。あと二時間で日付が変わってしまう時間だった。
こんなに遅い時間になったのは残念であったが、しかし満足いくものが作れたこともあり今日は安心して眠れることだろう。
明日はどのような結果になろうとも、悔いの残らないような一日になることを願うばかりだ。




