第2話 湖の神殿・目覚めし天秤の脈動③
ティアたちから少し離れ、噴水で見えづらくなる位置に移動した俺とジル。
「本題に入る前に訊いておきたいことがあるのだが」
と開口一番、横目で会話に興じるティアを見るジル。
「おまえもか? あいつはただの親戚の娘だ。あまり茶化すなよ」
「それが嘘だということは既に分かっている。誤魔化しは無駄だぞ」
「くっ、そうかよ。ああ、そうだよ。ただの友人だ」
「まあその答えで納得してやろう。だがあの娘、何かあるな。俺の魔力に感づいただろ」
「……」
「彼女からは微弱な魔力を感じる。ただ、魔力が一点に留まっていることが妙に気になるな。俺たちのような魔術師は体内にある魔力が血液のように常に循環している。
だがあの娘はどうだ。貯水槽に入った水のように溜まっているだけで動きが全くみられない。昔に重傷を負ってその治療のために魔術が行使された残滓、という線も考えられるが。あのティア・パーシスと言う娘は何者なんだ」
それを聞いて嘆息する。
ある程度は予想出来ているのだろう。今ジルが求めている答えは彼女が裏の人間なのかどうかだ。
この問いは個人的な感情もあるだろうが、あくまでこの地を統治する者のひとりとしてなのだろう。
「言い辛くはあるんだけれど、……まあ、おまえなら大丈夫か。あいつは能力者だ。魔術師ではないが、俺たちのように常識から外れた力を扱う娘なんだよ。でも、決して悪い奴じゃないんだ。あまり付きまとうようなことはやめてくれよ」
「……」
「あれ、聞こえてた? ティアは能力者なんだ。ああ見えて俺たちと同じ裏の世界を知っている娘なんだ」
「……、ん?」
「いや、だからティアは能力者なんだよ」
ぎこちない仕草でティアの様子を覗き見るジル。
「ははは。おいおい、そんなわけあるか。なんだよその冗談。能力者と言えば奇跡のような代物だぞ。この世に存在するか定かでない幻想。遠い昔に絶滅した伝説なんだぞ」
「伝説って。おまえ、それはティアに対して失礼だぞ。動物みたいな言い方して。あいつだって俺たちと同じ……いや、俺たち以上に人間味のある可愛い娘だよ。能力者だってことは、あいつの力を直に見た今でも、未だに信じられないくらいだけどな」
「まさか嘘でなく本当だと?」
俺は無言で頷く。
「本気で言っているのか? もしそうだとしたら……」
困った表情で頬を掻くジル。
「俺はあの娘が魔術の世界に関わりがあるのかどうか分かればよかったのだけれど。まさかそのような秘密があったとは」
そう言って腕を組んで思考を巡らせる。
「――能力者とはあのような気配を持っているのだな」
「え? どうしたジル」
目を閉じ、そのまま俺を見ることなく言う。
「まさかと思うが、テレジアで行ったって言うお前の過ち。あの娘を贄にしようとしてたとか……ないよな」
「……その通りだ」
そう答えるとジルは一際大きく嘆息する。
「正直に話してくれるのは嬉しいけれど。おまえ、よくあの娘と一緒にいれるな。心が痛まないのか?」
「それに関してはティアとちゃんと話し合い済みだから。ティアはあの時のことを許さないし、それでもこれからのことを踏まえてああして付き合ってくれている。俺もあいつに償い続けなくてはならないって思ってるんだ」
「そうか。だったら俺からはあまり口を出さないようにするよ」
再び俺の方に視線を戻すと「さて、余談はここまでにしよう」と本題に戻すことにしたようだ。
それに俺は頷き、次の言葉を待つ。
「急を要することだが、おまえに話さなければならないことがある」
「何だよ、話さなければならないことって」
訊くと、ジルは嘆息して懐から一枚の写真を取り出した。
「まずはこれだ。ほら見てみろ」
渡された一枚の写真。
恐る恐る見てみると、やはり予想通り、そこには石碑と鮮やかな結晶体が写されていた。結晶体の中に人形のような何かが埋め込まれている奇妙で不気味な形で。
「……また、なのか」
「ああそうだ。不甲斐ないことにな。ちなみにこの場所は大学から北西の位置にある石碑の場所だ」
ジルがそろそろ写真を返せと言ってきてので、言う通りに返した。
「ところでおまえは知っているか? ハルリスの街を抜けてさらに北西に位置する森林地帯。その奥にある湖の神殿のことを」
「そりゃあもちろん。あそこには何度か寄ったことがあるかなら。だけど、それがどうしたんだ。あそこはもう魔術的にも信仰的にも神秘が枯渇した過去の遺産。すでに意味をなさない場所に成り果てているはずだけど」
数十年前に危険区域として封鎖されていて、関係者以外は立ち入り禁止になっていた。それが今でも不思議なくらいに手を付けれせず封鎖状態が継続されている。
だから一般市民にとって今となっては用済み。そんなところに立ち寄ろうとする物好きすらいない。そのくらい忘れ去られた場所となっているのだ。
「そうだ。おまえの言う通り、あそこはもうただの遺跡としての形しか残っていない。しかしどうしたことか、つい数時間前に魔術的な儀式の反応がみられた。これがどういうことかわかるか」
魔術的な儀式だって?
いまさらそんなことがあり得るのか。
だが、ジルも言うように場所が場所だ。
奇妙な死体が見つかった場所のことも考えると……
「まさか、そんなことがあるはず。だってあの地はもう――」
ジルは俺の戸惑いを無視して続ける。
「察したか。おまえが想像しているもので正解だろう。魔導の禁忌とされる秘術へと至る鍵。『星座の魔術』だ。それを発動する条件がこの土地、ハルリスには揃っている。その顔、やはりお前にも心当たりがあるようだな」
「だけれど、さっきも言ったはずだ。あそこはもう魔術的にも廃れている。『星座の魔術』の発動なんてできるはずがない」
「何故そこまで言い切れる」
「何故って……」
俺がテレジアで発動させようとした時は、その中心に光の霊獣レオの残滓がまだ残っていた。だから発動直前まで魔術は働き続けた。
対してハルリスの神殿にいた幻の霊獣はもういない。その残滓すらもなく。俺の知っている魔術発動の条件はすでに達成できない状態だ。
あの場所は星座の魔術の発動に適した場であるけれど、発動そのものが不可能なのだ。
だが、魔術師の間で一般に知られている星座の魔術発動の手順にそれは無い。霊獣の力が必要になるという情報は星座の魔術を実行しようとした者のみ知る事実。
言ってしまえば俺がテレジアの異変の犯人だと言ってしまうようなものだ。
すでに感づかれてはいるのは事実。だったら、せめて確信に至られるまでは避けたい。
「そんなことは、どうでもいいだろ」
「まだ白を切るつもりか。まあいいだろう、今はまだな。ではおまえは知らないという体で話をさせてもらう。
あの神殿には魔導十二至宝のうち幻属性の至宝が封印されている。それを守護する霊獣はライブラ。だが、霊獣という強大な存在の気配はまるでしない」
だが、とジルは続ける。
「今現在に至るまでこの地で儀式が行われたという記録はない。霊獣が奪われたという線も考えられたがそれも違った。このハルリスを管理する機関のメンバーによる情報にはなるがね。
霊獣、そして至宝そのものが、何者かの手によって気配すら察することができないくらい厳重に封印されていることになる。それが今、解き放たれようとしている」
「そんなことが……」
「星座の魔術には最終的な儀式用のほかに、星座の星の位置に対応する小規模な儀式場が数点必要になるのはすでに判明していることだ。そして今回の件に対応する星座はもちろんのこと天秤座。
第一の被害者が襲われた場所は『ズベン・エル・ゲヌビ』の位置にあたる。そして第二の場所は『ズベン・エル・ハクラビ』だ。
そこで調査の為に他のメンバーが石碑各所に向かっている。俺は今からそのうちの一つ『ズベン・エス・カマリ』に当たる場所、湖の神殿に向かうつもりにしているのだが――」
今の話、完全に信じたわけでない。
だが、もしジルの話が本当だとすれば、また別の俺のような馬鹿が現れてもおかしくないということ。贄となる能力者が出てくるということ。それはつまり、ティアが危険にさらされる可能性があるということ。
俺が言えた義理ではないが、あいつをもうあのような死の恐怖に会わせるわけにはいかない。
俺が行ったところで何ができるか分からない。
行ったところで何もできないかもしれない。
だが、曲がりなりにも『星座の魔術』を発動させようとした俺であるからこそ分かる何かがあるかもしれない。
「――ジル、頼む。俺もそこに連れて行ってくれ。俺もこの目で何が起きているのかを確かめたい」
俺がその言葉を言うことを既に知っていたかのように、落ち着いた表情でジルは言う。
「いいだろう。もとよりそのつもりだったからな。嫌だと言っても条件を出して無理矢理連れて行こうと思っていたところだ。だが、――」
ジルは横目で、今もなおエイラやライノと談笑しているティアを見て言う。
「あの娘、パーシスさんはどうするんだ。場所があれだからな。さすがにあの娘を連れていくわけにはいかないだろ」
ジルの言う通りだった。正確な情報が何もない今、たとえ戦力になろうとも能力者であるティアを儀式の中心に連れていくわけにはいかなかった。
「そうだな。あいつはエイラに家まで送ってもらうよ」
「そうか。ロイドがそれでいいのなら、そうするといい。少しだけ待ってやる。あの娘に話をつけてまた戻ってこい」
「了解だ」
そうして俺は一時ジルから離れ、足早にティアたちの元へと戻る。
一直線に三人のところに戻っている最中、俺が戻ってくることに気が付いたティアは俺の方に手を伸ばして叫ぶ。
「あ、ロイドくん。やっと戻ってきた。遅いよ、ていうか助けてよ」
「何があったんだよ」
エイラとライノを見ると若干気持ち悪いくらいの笑みを醸し出していた。
「二人とも優しくて色々なことを話してくれたんだけれどね、途中からロイドくんとの関係を執拗に聞いてくるんだよ。何もないっていうのに。全くもってこれっぽっちもないっていうのにっ!」
そこまではっきり言うなよ。なんだか泣けてくる。
理由はこれっぽっちも分からないけれど。
「二人とも、そのへんにしてやってくれ。あんまりしつこいと後が怖いんだよ」
はーい、とつまらなさそうな返事をする二人。悪乗りせずにすぐ引いてくれるあたり、とてもありがたかった。こういうところだよな。いつまでも楽しくこいつらと一緒にいられそうに思えるのは。
あと、ティアに何て言われるかわからないからな。ティアと過ごす夏季休暇はまだ始まったばかり。このような序盤で仲違いはしたくない。
「災難だったな。それじゃあティア、人も徐々に減ってきたから試験結果を見に行こうか。――と、本当なら言いたいところだけれど、すまないが少し用ができた。俺の学生証を渡すからエイラに訊いて試験の結果を代わりに見ておいてほしい。夕方ごろには家に戻るから、それまでエイラの世話になっておいてくれ。エイラもティアの面倒を見ておいてほしい。大丈夫か?」
「わたしは構わないけど、ティアちゃんがどう思ってるか」
そうエイラは答えてくれたが、肝心のティアはというと。
「、う――」
一瞬だけ背筋が凍ったかのような気がした。久々に感じとった死の気配。
何せ今の今まで笑顔だったティアがジルのことをまるで『かつての俺』を見るような眼で睨んでいたのだから。
「ティア、やめてくれ。ジルは俺の友達だ。だから安心してくれ」
はっ、と自分の行いに気が付き、さっきの目つきが嘘のように弱々しく俺を見る。
「……ごめん、ちょっと悪い風に考えてしまってたよ。あとのことは任せていってらっしゃい、ロイドくん」
少しだけ言葉に詰まったティアだが、彼女自身にも何か考えがあるのだろう。
もしかしたら、ジルとの会話がティアには聞こえていて、俺がそう言う理由を察してくれているのかもしれない。ティアは俺に対して詰問することもなく送り出してくれたのだった。
「ありがとう。それじゃあ行ってくるよ」
◇
俺とジルは賑やかな街から外れ、森林地帯へつながる荒廃した道を進んでいた。
途中に高さ十数メートルはあろう鉄条網の壁が行く手を塞いでいたのだが、それも魔術師である特権か身体強化の魔術でなんなく飛び越える。
道中、エイラたちと同じような愉しい会話をするでもなく、要所要所で注意点の応答をするのみだった。
「ところでだ、話半分に聞いてくれ」
とジルが話しかけてくる。
「そう言われると話半分には聞けないな」
「じゃあ話半分でなくてもいい。今までに二回見てもらった写真のことだ。そこに写っていた結晶があるだろ。あの中に入っていたもの、あれ人じゃなかった」
「は? どう見たってあれは人だっただろ」
「確かにどう見ても人だった。だが調査が進んで分かったことがある。あれには本来人を構成させるものとは全く異なる別のもので作られていた。一言で言うならあれは魔力で動く魔動人形だ」
「魔動人形ね。俺は噂でしか聞いたことがないな。どこかの天才魔術師が作り上げたまるで人間にしか見えない人形なんだろ。あれも人のように動いてたのか?」
「それは分からない。あれが実際に人のように自立していたのか、それとも器だけのものなのか、今の時点では不明だな」
「そりゃそうだよな。でもどうしてそんなものが……って、おいおいジル。まさか今回の事件の犯人は街中にいる魔動人形を狙って襲ったって言いたいのか?」
その質問に、ジルはやれやれと肩をすくめる。
「さて、どうだろうな。でも、もしそのようなことがあれば俺たちの街に人ではない人形が紛れ込んで生きていたことになる。それこそ大事件だな。
それよりも俺はこちらの方が可能性としては高いと思っている。犯人は魔力を充填した魔動人形を用意し連れてきて、それを何かしらの儀式の材料に使った可能性だ」
「でも、魔力を充填するだけなら魔石に頼ればいい。魔力が漏れないように結界を張っておけば、外の人間に気付かれることもない。わざわざ人の形にした理由が分からない」
「それもそうだ。だから悩んでいるんだよ、こっちも」
そうだよな。たった二つの奇妙な事件だけで真相を見抜くなんて、どこぞの名探偵でもないかぎり不可能だ。今は何をするにしても予測に頼るしかないのだろう。
ただの模倣犯だったのなら取り越し苦労になるのだけれど。
「そうか。それで?」
「ん? どういう意味だ」
「この話を大学を出てすぐでなく、今になって言うってことは何か理由があるんじゃないのか。まさか早く行動に移したかっただけ、なんて言わないよな」
言われたジルは目を丸くする。その反応から俺の予想は間違いなかったようで、ジルも、よく気付いたな、とでも言いたげな様子だった。
「その通りだよ、ロイド。大学でおまえと一緒にいたあの娘、確かティアっていったか」
「そうだけれど、何で突然? あいつがどうしたんだよ」
「あの娘には聞かれたくなかったんだよ。見た感じとても純粋な娘だろ。友達と一緒にいて同じように楽しめる明るい娘だ。でもあの娘、俺の間違いじゃなければ……、いや、でもなあ……」
そこで言葉を濁すように、数秒悩むジル。そして気が変わったように突然「やっぱりやめとく」と言葉を止めた。
「おいおい、なんだよ。煮え切らない答えだな」
「いいんだよ。おまえにはまだ早かったってこと。この件は事件が解決してからしてやる。さあ、今は目の前の問題に集中しよう」
と言って、そこからこの話題については口を閉ざしてしまった。




