ゴブリンの場合 ―事故―
左右の目の色が違う猫と出会うのはこれで二度目だ。高校二年生の夏休みの午後、同じように恨みたくなるほど晴れ渡っていた。
次の日に、お盆の親戚の集まりがあり、中学二年生の妹の璃子と買い出しに出ていた。自転車の籠に溢れるほどの食材と飲み物を詰め込んで、二人で左右にゆらゆらと上り坂を漕ぐ。
「おにい、猫の声しない?」
「猫?」
歩道の真ん中で自転車を止め、息を整えながら耳を澄ます。
「ほら」
右側のぐにゃりと曲がったガードレールの向こうから、かすかに猫の声がした。
「子どもかな」
「そうかもな」
璃子は、ためらいもなく自転車を降りると、ガードレールの先を覗き込む。斜面は葛の蔦やススキなどの雑草で覆いつくされ、底にほとんど干上がった大きな用水路が見える。
「やめとけよ」
「ちょっとだけ」
璃子は、陸上部で鍛えた細長い足でガードレールを軽々と超えて、弱弱しい声をたどり始める。
「おい、璃子」
「おにい、あそこ」
璃子がガードレールから十メートルほど降りたところで指をさす。
「川の底に子猫がいる」
「どこ?」
子猫を目で探しているうちに、璃子は雑草をかき分けて斜面を降り始めていた。
「おい、璃子、やめろって」
「大丈夫」
自転車を道の脇に止め直し、急いで璃子の後を追いかける。足元から這い上がってくる湿った青臭さが鼻につき、密集した草の間を行き交うバッタやトカゲの気配が嫌だ。腕に止まった蚊を叩くと、あざ笑うように耳元をかすめ飛んで逃げていった。
「川に落ちたんだよ」
雑草の森を抜けて用水路の縁までたどり着くと、水がほとんどない川底にたまったヘドロの上に痩せた子猫が座っているのが見えた。目を大きく見開いて、耳をぴんと立てたまま、歯が全部むき出しになるくらいまで口を大きく開いて誰かを呼んでいる。
「引き上げてあげようよ」
「めんどくせーよ」
川底へは、三、四メートルほどのコンクリートの壁を降りるしかない。
「じゃ、いい」
璃子は、用水路のヘリに座ると、壁に垂れ下がっている葛の蔦を二、三本束にし、軽く引っ張って強度を確認し、それをロープ代わりに降り始める。体の向きを変え、体重をかけたとき、蔦がずるりと抜けて、璃子の体が壁の上でずるずると下に引きずられるように落ちた。
「キャー」
鈍い音がした。
「大丈夫か」
余韻が広がるだけで、返事がない。用水路のヘリに手をかけ、ぶら下がってから飛び降りる。横たわる璃子に駆け寄り、顔を覗き込むようにしゃがむ。璃子の瞼が力なく薄く開き、白目が覗いている。
「おい! 璃子!」
璃子の頭を下から抱き上げ、ゆすってみるが反応がない。手のひらのぬるりとした感触に思わず手を広げてみると、黒ずんだ血がべっとりと付いていた。
「うわっ」
璃子の頭の下には、雑草の茂みの中から角張った岩が突き出ていた。
「しっかりしろ。すぐに人を呼んでくるから」
ふいに子猫の声がしたので目を向けると、こちらの方をじっと見ていた。右が緑、左が黄色の目で。悪魔にでも見つめられているような気がした。
「すみません。助けてください。けが人がいます」
俺は立ち上がり、ガードレールの方に向かって力いっぱい叫んだ。璃子の周囲を歩き回りながら、何度も何度も叫んだ。叫ぶのを止めれば、璃子が死んでしまうのではないかと不安と恐怖でいっぱいになった。子猫は、足が悪いのか、バランス悪く走って行った。




