ゴブリンの場合 ―成敗―
深夜一時、俺は、黒のTシャツに黒のパンツ、黒いキャップを被り、ライフルの入った鞄を車に積んで、オッドアイの猫を見た公園にやってきた。ベンチに鞄を置いて、ライフルを取り出す。夜に体を紛らわせるために、できるだけ影を歩く。
桜並木の中ほどで、猫が集まっている。四、五匹はいる。猫の支援者が餌を撒いているようで、どの猫も餌に夢中だ。猫に気づかれないように近づき、茂みの陰からライフルを構える。
深夜とは言え、気温は三十度に近く、ひどく蒸し暑い。体中から染み出す汗と、耳をかすめる蚊の羽音が不快だ。息を殺し、照準を合わせながら、猫を一匹ずつ確認したが、オッドアイの猫はいない。頭がこちらを向いている黒猫の額に狙いをつけた。
「どいつもこいつも」
イラつく心が漏れ出た。トリガーに掛けた指先にゆっくり力を入れると、衝撃とともに黒猫の頭が跳ねて、倒れこむ。他の猫は散り散りに逃げ去った。胸の奥で膨らみ続ける、妻への恨みと怒りが弾けた。
「俺がどれだけしてやったと思ってるんだ。クソが!」
猛スピードで逃げていく猫を目で追いながら、次のターゲットを選ぶ。できるだけ音を立てないように歩き、茂みの中にいる三毛猫に近づいていく。今度は少し遠くから狙いをつけて、トリガーを引くと、猫の背中にヒットした。顔の筋肉がほころんで、笑顔が浮かんでいるのが自分でも分かった。しかし、距離が遠いと猫に与えられるダメージも軽くなる。
「ムカつく、ムカつく、ムカつく」
もっと近くから狙撃しなくては。
午前三時までに七匹の猫を撃った。致命傷を負った猫はいなかったが、それなりのダメージは負ったはずだ。次回までに、命中率を上げられるよう練習が必要だ。オッドアイの猫は、逃がさない。
夜は、公園で猫を「成敗」することにした。人に見られると厄介なので、週二日だけにし、間を最低三日空ける。午前一時から四時までの間でランダムに実行した。今日で三週目だ。
「お前ら、全員、成敗してやる」
公園で見かけた猫を撮影し、名前を付けて特徴や見かけた場所、狙撃の履歴などをノートに記録する。把握している猫は、十二匹だ。オッドアイの猫には、「魔物」を意味する「ゴブリン」と名付けた。一度だけ見かけたが、撃ち損じている。ゴブリンの駆除は絶対だ。公園の地形と猫が集まるポイントは、頭に入っている。そのポイントを中心に、木の陰や茂みの中、ベンチの下などを丁寧に探して回る。
桜並木のベンチの下に、トラと名付けたキジトラの猫がいた。桜の幹の陰に隠れて、音を立てないように腹ばいになり、ライフルを構える。あちこちで桜の根が地面から盛り上がって不安定だ。うまく照準を合わせられないままトリガーを引くと、弾がベンチに当たって、トラを逃した。他の猫も警戒心のレベルを上げただろう。このポイントはもう駄目だ。
公園を横切り、対角線上にあるポイントに移動する。白い帽子を被った初老の女性が猫の餌を撒いていて、四匹の猫がそれを食べている。その中に、ゴブリンがいた。今日は逃がさない。
少し離れた植え込みに体を隠し、腹ばいになってライフルを構える。女性が立ち去るのをひたすら待つ。じっとしているだけで、汗が滴り、体力を消耗する。餌を食べ終えた二匹が姿を消した。
ようやく女性が歩き始めた。ライフルを構え直し、慎重にゴブリンに照準を合わせる。すると、ゴブリンが顔を上げてこちらを見た。こちらを見据えたままじっとしている。
「この野郎……」
声に出さずに喉の奥で独り言つ。ゴブリンに集中する。ぶれないようにトリガーに掛けた指を慎重に引いていく。衝撃とともに走り去るゴブリンの姿が見えた。
立ち上がりゴブリンに向かって続けざまにトリガーを引いたが、弾が植え込みに突き刺さる音だけが聞こえた。
「お前さえいなければ」
すると、背後で電子音がした。振り向くと若い男が走り去っていく。急いで追いかけるが、ライフルが邪魔してあっという間に差が開いた。遠くで車のドアが開く音がし、続けてエンジン音が遠ざかっていった。
「くそ」
月曜日の朝、スマートフォンのニュースアプリの画面に「猫をライフルで銃撃」の文字が躍った。暗くて顔までは鮮明に写っていないが、ゴブリンに向かって発砲する様子が動画で表示されている。そして、ナンバープレートにモザイクがかけられた自分の車の写真も掲載されていた。
「あの野郎、ふざけやがって」
会社に体調不良で休むと連絡を入れ、車に乗り込む。自宅になんていられない。どこでもいい。とにかく遠くに行かなければ。LINEの着信音が鳴る。葵からだった。車を左に寄せて停車し、ハザードを点けた。
―これ、パパの車だよね。最低! 二度と会わない。消えて。
LINEのメッセージには、ネット上に出回っている車の写真が添付されていた。リアガラスの左下に、葵が誕生日にくれたキャラクターのステッカーを貼っていたのだ。ハンドルに突っ伏し、強く目を閉じる。
スマートフォンの着信音がけたたましく鳴り、画面には「会社」と表示されている。急いで電源ボタンを押して音を殺す。
「また、猫だ。どれもこれも何もかも。畜生、畜生、畜生、畜生」
遠くに響くパトカーのサイレンに顔を上げると、歩道の隅で白地に黒い模様の猫が、黄色と緑の目でこちらを見ていた。
「ミャー」




