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第38話「後悔と埋火」

「ごめんね、疲れてただろうに。色んなところ連れ回しちゃって」

 そう言いながら周防はカップを傾けた。

「いやいや。このくらいなら別に……いい気分転換にもなったからさ」

「そう言ってもらえると嬉しいな。ホント、いい人たちだからさ。三笠にも紹介したくて」

「うん、ありがとう」

「そういえば……最近はどうなの、仕事の方は」

 それとなく三笠に質問を投げかける。すると彼は酷く微妙な表情をした。

「あ、えっとね。悪くはないかな」

「ふーん、いやに引っかかる言い方をするね」

「なんというか……うーん、あんまりよくないっていう方が正しいのかなぁ」

「それは炉心がないせい?」

 周防の言葉に彼は「半分正解かな」と答える。

 居候先の家主なのだ。それは当然把握していた。彼が今現在金欠なのは、その炉心の修理費が一介の魔術師──ましてや正社員でもない三笠には高すぎるからだ。

「なんというか……仮登録なんだよ、まだ」

「え、そうだったの?」

「うん。登録申請が通れば、もう少しマシになるはずなんだけど……まだ通ってないみたいで。さすがに窓口に行く度胸は無いからずっと黙ってるんだけどね」

 すでに登録を受けている魔術師たちいわく、大体ひと月あれば何かしらの反応があるそうだ。しかしながら、三笠の場合は二、三か月経っても音沙汰がない。今年に入ってからその申請をしたと話していた。となれば、長くても四か月は経っているということだろう。

「だからなんというか、不合格なら不合格だって早く言ってくれればいいのに。はっきりしないまんまって結構もやもやするんだな」

 三笠は瞳を伏せた。

 その瞬間、周防の胸の内でジワリと何かが滲み出た。上がりそうになる口角を、隠そうとカップを手に取った。一口、その中身を飲んでから周防は口を開く。

「…………珍しいね」

「え?」

「三笠が愚痴るの。久しぶりに聞いたかも」

「えっ、あっ、ごめん……つい」

「いいよいいよ。このくらい。三笠はもうちょっと自分に素直になった方がいいよ。これでも愚痴るの遅すぎるって俺は思ったし」

「そうかなぁ……言ってるつもりなんだけどな」

「分かり辛過ぎるんだよ」

 もう一口、コーヒーを飲む。

 不満げ、かつしょげている三笠に目をやると、不思議と安心感が湧いて出てきた。先の感情とはまた違うもの。紛れもない安心感だった。

(そうだ、君はそのまんまでいいんだ)

 深く深く滲んでいく影は、気が付かぬうちに我が身に迫っていた。妬み、嫉みに焦り。それから同類意識に──怒り。

 あの感情の後にふつふつと滲みだし、湧き上がるそれは燃えるような怒りだった。

「……周防?」

 触れるもの全てを焼き尽くさんとする勢いで。

「いいや。何でもないよ。ここのコーヒー、やっぱり好きだな」

 適当に言葉で誤魔化そうとも、その勢いが衰えることはない。

 しきりに横を気にしていたのは自分だけだったのだ。三笠はもう、自分のことなど気にかけちゃいない。どこか眩しい世界をじっと見つめている。何より自分以外の心の拠り所があることが恨めしい。なんでこんなにも、遠くへ行ってしまったのか。

 いつの間にか根を張っていた悲しみの種は、ついに怒りで花を咲かせてしまった。


 ※※※


 薄っすらと目を開けて周りの様子を探ろうとする。掲げたままの右手を下し、その無事を確認する。いくつか擦り傷や火傷ができていたものの、骨折などの大事には至っていなかった。それにほっと息をついてから辺りを見回す。己の魔術のせいで建物は全壊していた。

「あっ、周防……は……」

 急いでその姿を探そうと顔を上げる。目的の人物は三笠のすぐ横で倒れていた。その胸がかすかに上下していることを確認して三笠はほっと息をつく。建物を崩壊させるにあたって、一番危惧していたのは自分たちの巻き込みだ。持てる力すべてを使い、何度かに分けて『竜哮一閃』を撃つことで上に降りかかってきた瓦礫を破壊するというとんでもないパワープレイを敢行したのだ。唯一万全の状態で使える切り札を、そのまま生身の人間にぶつけるわけにはいかない。どうにかして周防の無力化を図った末の苦肉の策だった。

(でもこれ、全然再現性ないな……)

 結局今回もまた運がよかった、としか言えない。三笠は周防の攻撃による負傷しかしていないが、彼は足元を瓦礫に傷つけられていた。早く手当てをしなければ命の危険もあるかもしれない。

 三笠は急いでのしかかっている瓦礫を押しのけにかかる。もうすでに限界を迎えている身体だが、緊張が解けたおかげかすんなりと瓦礫を退かすことができた。露わになった周防の足に止血を施してから、再度辺りの様子を確認する。

(そういえば……建物には他に人がいたんだっけ)

 少し後悔をする。付近の建物に損害はないように見えるが、人の姿はない。もしかしたら、あそこにいた人々は生きていたかもしれない。それらは全て瓦礫の下だった。

 三笠は周防を背負い込む。携帯類は全て没収されたままだ。後で探しに来なければならない。ポケットの小銭入れですら無いのだから、その徹底ぶりを感じる。周防は何かを持っていないかと探してみたが魔道具しか持っていなかったらしい。彼のポケットは空だった。

 歩き出そうとしたとき、耳元の声に気が付いた。

「おま、それは、反則だろ……」

「す、周防」

 三笠は息を飲んだ。

 もし暴れ出したらどうしよう、などという不安が溢れ出す。とてもそんな状態には見えないが、彼のことを何でも知っているわけではない。何かしら隠し手を持っていてもおかしくはない。そんな具合で身を固くする三笠に対して、危害を加えようとする動きはない。

「他人に向けて、使わないと……あれほど」

「別に、周防自身に向けたわけじゃないから……」

「ぐ、屁理屈を」

「……他に人はいたの?」

「皆死んだ」

「……そう」

 そこについて訊いてみたかったが、そんな暇はない。自身を含めて早く手当てをしなければならない。

(先に連絡しないと)

 そう思うものの、パッと見まわしたところに公衆電話の類はない。万事休すか。誰かが通報してくれることを願って、待機するしかなさそうだった。

(しょうがない、どこか安全そうなところを探して、休むしかないか)

 そう考えて三笠は周防を背負う。頭上ではまだ建物の骨組みが残っている。これらがいつ崩壊してもおかしくない。先に安全を確保しよう、そう考えた彼は歩き出す。力のない周防の身体は重たく感じるが、ここで手放すわけにはいかないとしっかり背負い込む。

 その手に彼は爪を立てた。次の瞬間。

 ぱっと火の粉が舞ったかと思えば、派手に火の手が上がる。三笠の受けた傷も遠慮なくそれをなめていく。予想外のタイミングで走った痛みに、三笠は思わず姿勢を崩した。もちろん、火を放ったのは──周防だった。

「な、往生際の悪い……!」

 悪態が口を突いて出る。再び向かい合った彼の顔はよく見えない。陽炎の中でゆらりゆらりとその存在感を醸し出している。

「こんなので、納得するわけがないだろう」

 低い声で周防はそう言った。至近距離、彼の手は素早く三笠の首を掴みにかかる。寸でのところで回避を試みる。周防の手が空を切る音がした。

「っ!」

 咄嗟の判断のおかげで首を掴まれることは免れたものの、肩を掴まれてしまう。一気に身動きが取れなくなった。そこで三笠も反撃とばかりにその拳を振り抜く。見事彼の顔に命中した。掴んでは殴り、離れても互いに掴みかかりに行く。

 もはや魔術で勝つなどどうでもいいことだった。次に立てなくなった奴が負け。二人の意識はそれにすっかり支配されてしまう。

「なんでだよ、何でそんなに、怖がらないんだよ」

 受け流すことを忘れてただただ相手を殴ることだけを考えた。

 掌で思い切り胸倉を掴みにかかる。

「なんでそうやすやすと、現状維持を捨てられるんだよ」

 みぞおちを狙ってきた拳をそのまま受け止める。殴り返す。

「ぼ、くだって! 変わりたいんだよ! 今のまんまじゃ満足できない!」

 くらり、と視界が揺れた。

「別にいいじゃん、今でも十分だろ……! お前がそんなだから、俺は変わることを強いられて──!」

 周防が腕を振るう。

 余力のあった三笠でも、確実に限界が近づいてきている。

「このっ……早く、降参、しろ!」

 両の手で周防の胸倉を掴み、頭突きを食らわせる。

 互いの視界に星が散った。

 掴んでいた手が離れる。

(く、もう、無理)

 意識も手放してしまいたい。じくじくと痛む額と、何度も何度も殴られた全身が悲鳴を上げる。


 銃声がした。


「──え?」

 状況が飲み込めなかった。自分は撃たれていない。銃創などどこにもない。頬がじくりと痛んだ。じわじわと熱を持つそこに、三笠は気づかされる。

 だってそうとなれば、撃たれたのは──目の前にいる、周防しかいない。

 ゆっくりと彼が地に伏していくのが見える。痛みも眩暈も、一瞬で吹き飛んだ。

「な、んで、周防が、撃たれて……!?」

 パニックになろうとする思考を叩き潰し、物陰に飛び込んでから懸命に深呼吸をする。ここで冷静さを失うわけにはいかない。ここでパニックになれば、自分も殺される。

(なんで、周防に当たる可能性があるのに、撃ってきたってこと、か……!?)

 想定外の状況に三笠は混乱する。ちょうどよくあった物陰から様子を伺ってみれば、大勢の人がこちらへ向かってきている。

(そうか、僕は向こうから見てほぼ死角にいたんだ)

 だから物陰から飛び出ていた頭が狙われたのだろうか。そしてその射線上に周防がいて、被弾した。そうであったとしても周防が撃たれた理由が分からない。三笠の呼吸は意に反して荒くなっていく。

 その半分ほどは使い魔か式神だろう。その群れを見て、三笠はぞっとする。こんな多くの式神を連れている魔術師を見たことが無かったからだ。今の三笠にそれを突破できるほどの余力はない。周防の方をちらりと見れば、夥しい量の血の海に彼は沈んでいた。それでもまだ、胸は上下している。生きていることは確かだ。適切な処置を施せば助かるかもしれない。そんな希望が少し顔を出す。

(なんで? 僕のせいか、僕のせいなのか……!?)

 彼を引きずることを止めれば三笠だけは何とか助かるかもしれない。しかしそれは希望的観測に過ぎない。不幸なことに相手は大勢いる。現在地も分からない、仮に分かったとしても土地勘があるかどうかも分からない。そんな三笠が、ましてや重傷の状態で逃げ続けることはあまりにも非現実的だ。

(無理とは言わないけども)

 難しすぎる。このまま彼を置いて行けば二度と会えなくなる。じわじわと高まっていく恐怖を抑えられるほど、今の三笠に余裕はない。

 ちらり、と再び向こうの様子を伺う。

「あ、の人──!」

 魔術師を先導する人物に三笠は見覚えがある。そう、以前出会ったことのある人物だ。石見だ。それ以上のことは知らない。残念なことに彼がどんな魔術師であるかさえ三笠は知りえない。じわじわと近づいてくる一団を退けるために三笠は駆け出した。

 石見は三笠の姿を認めた瞬間に魔術式を展開する。それよりも早く三笠の握りこんだ魔術式は花開いた。

 石見の後ろの護衛魔術師たちの援護射撃も、石見の開こうとした魔術式もことごとく『春日雨』は撃ち落す。緊張のせいかいつもより出力が強めだ。すでに限界点は優に超えてしまっている。これ以上の無茶は確実に命の危険へ繋がるだろう。ここから先は必死に力をセーブしなければならない。

「それ以上来ないでください! ぶっ飛ばしますよ……!」

 それを向こうに悟られまいと三笠は拾った拳銃を構えたまま石見たちへ問いかける。

 その手は痛みのせいで震えていた。

 これがちゃんと使えるのかどうか、定かではない。幸い照準補助に使う魔術式は生きているようだった。しかし、この震える手では当たるかどうか。相手がどこまで三笠の状況を察知してくれるか否かで、こちらの動きもかなり変わってくるだろう。

 完全な虚勢ではあるが、丸腰の状態に等しい三笠にとってはこれしか方法がない。先ほど威勢よく「脅しには使いたくない」と言ったのに、またこんなことになってしまっている。三笠は己の弱さを憎んだ。こんなこけおどしで相手が引き下がってくれれば僥倖。そうでなければ今度こそ終わりだ。息をするたびに、全身を走る痛みに震えながら問いを投げかける。

「一体どういうつもりですか。周防は味方のはずでしょう……!」


「あぁ、何かと思えば。そういうことですか」

 不気味な石見の反応に三笠は怖気づく。それでもそれを悟られぬよう必死に歯を食いしばって耐える。

「いやなに、本来はあなたを殺す算段でしたのに。周防が勝手に取引を持ちかけたりするものですから。計画が狂いに狂ってしまった。個人的な思い入れで、死にたいなんていう、わがままで計画を左右するのはいただけないと考え、反旗を翻すに至りました──まぁ、もう少し早くそうすればよかったんでしょうね」

 そう言って壮年の男は三笠を見やる。どこにでもいる、平凡な出で立ちの男だ。そのはずなのだが、今の三笠にとって一番の脅威となっている。そのギャップに脳がショートしそうになった。

「んな……アイツは、アイツなりに考えて動いていたのに……!」

「その結果足手まといになっては意味がないでしょう。第一、縛りのあったあなたと戦って簡単に打ち負かされてしまうような人を戦力としては数えません」

「は、あ……!?」

「あなた方の中にもそういう方はいるでしょう。本番で指示を守らない、わがままで組織を左右しようとする。勝手に動いてすべてを台無しにしかける」

「そんな、人……」

「いないとは言わせません。そうでなければあなた方はもっと上手く動けていたはずですから」

 誰のことを言っているのか、三笠は直感で理解する。彼がどうしてあのことを知っているのかは分からない。他に答えが見つからないせいで、三笠は言葉に詰まる。

「足手まといになるのなら、切り捨てればいい。問題を起こすようであれば、引導を渡してやればいい。指示通りに動けないのなら、組織にいるのに向いていない。そうでしょう」

 言うことを聞かないのであればハナから信用しなければいい。

 離反したり、逸脱したりする前提で策を組んでおけばいい。確かに一人でできるのなら楽だ。すり合わせも、練習もいらない。自分の言うことをただ聞いてくれる存在が要るだけなのだから。それ以外の何者も必要がない。思い通りにいかぬと悩む必要もない。

「そ……れは、正論、ですけど……! 確かに、合理的で無駄がないですけど! それは、違うって言えます…………!」

「何故? お互いにとって良くない結末を迎えるのは目に見えているというのに。向こうにとってもよくないんですよ。まぁ今回は避けられませんでしたが」

 そう言っておきながら、石見は何一つ悔しがる様子を見せない。初めから避けるつもりなどなかったのだろう。ちょうどいい機会だから、邪魔なものをまとめて始末できる。その程度にしか捉えていなかったらしい。

「それは! あなたが切り捨てられたことがないから言えるんだ。それは……一度も切り捨てられる側に、立ったことがないから、言えるんだ。これから先ずっと、切り捨てられる側に立つことがないと思っているから言える、んですよ──!」

 隙を穿った攻撃が正面から当たる。三笠は地面に伏せながら走る痛みに歯を食いしばった。それを見て、彼は大きなため息をつく。

「できない人ができない人同士でなれ合うのは結構ですけど、それだけじゃ何も進みはしません。少なくとも、そんな方々が人を守るなんて豪語するのはよろしくないのでは? あなただって、一度は思ったはずです」

 波のように自分の魔力が荒れているのが分かった。

「あなたは人から見れば立派な怪物であることを自覚した方がいい」

 どんな返しも情けない言い訳になりそうで、三笠は口を閉ざした。

「当初の予定通りあなたにもここで退場していただきます。理由は周防から伝わっていると思いますが……どうか恨むなら、自分を恨んでください。あなたさえいなければ、ここまで事態が悪化することは無かった、あなたさえいなければ幸嗣さんは死ななくてよかったんだから──!」

 段々と口調を荒げながら、彼は手を挙げる。一斉攻撃の合図だろうか。それを期に石見の元から魔力が迸る。

「んなっ……それは、どういう……!」

 石見の思わぬ言葉に目を見張りながら、三笠は息を飲む。

(何故その名が貴方の口から出てくるんだ)

 そう問いかけようにもそんな余裕はない。三笠は石見を凝視して回避行動をとろうとする。避けることができれば、反撃だってできる。考えるより早く足を動かそうとした、その瞬間だった。

 金属がぶつかり合う音。

 甲高いそれは三笠の耳に飛び込んできた。それと同時に視界が陰る。誰かが三笠と石見の間に割って入ったのがすぐに分かった。咄嗟に顔を上げてその人を確かめる。

 そこにいたのは、深い小豆色の髪をした人物だった。ゆらり、と一つにまとめられたそれが なびく。彼女が手にしているのは長物が、三笠の視界に影を落としている。それでようやく、三笠は彼女の名を思い出した。

「……あ、東、さん!?」

 名を呼ばれた東は、三笠を一瞥して構え直す。

「動けるなら動いて。悪いけど私一人なの」

 いつも通り低い声で彼女は三笠にそう言った。

「ぼ、僕も加勢します……!」

 三笠も慌てて立ち上がろうとする。しかし上手く足に力が入らずに、ぐらりとよろける。それを見た東は小さくため息をついて口を開いた。

「雑魚が粋がってんじゃないわよ」

「ざっ……!?」

 冷たい表情から飛んできた剛速球を三笠は真正面から受けてしまう。唖然とする三笠を放って、東は石見を睨む。

(数は多いけど……人形の操作で攻撃はワンテンポ遅れそうね。それなら、首領を一撃で落とせば問題ない)

 冷静な分析を終えると同時に東は動く。幸か不幸かそれに重ねて石見も動いた。彼女が手にしているのは斬るも薙ぐも自由な槍だ。魔導人形の意識が一斉に東へ向けられる。それを知覚すると同時に魔力が解放された。秋風のような乾いた色が流れ出す。

「『朱鷺の舞』」

 短く、静かな詠唱の直後、赤い斬撃が地面を抉る。魔導人形たちの腕が、指が宙を舞った。その中を掻い潜って彼女は肉薄する。身体の大きさを活かした素早い移動に石見は追い付けない。

(貰った──!)

 石見の頭を目掛けて槍の柄が振るわれた。が。

「っ!?」

 槍の柄が曲がって、石見の頭部を避けた。東は咄嗟に距離を取る。その光景は少し離れていた三笠にも見えていた。

(──な、にが起きたんだ、あれは)

 槍の柄が『避ける』。そんなことがあり得るのか。困惑したのは三笠だけではない。東は顔を顰めた。

「東さん!」

「分かってる。金鵄!」

 東が名を呼べばカラスがひらりとやってくる。

「仕方ないからあの人呼んで」

 短い指示をした後に東は今一度石見に向き直る。彼女が片手で取り出したのは数枚の魔術式符だった。

「励起『都錦』!」

 空に放られた魔術式符は瞬く間に槍へと姿を変え、一斉に石見に向かって刺突を放つ。火花と魔力が散り、甲高い音が鼓膜を刺す。

(やっぱり変な軌道になるのね。幻術の類でこちらの認識が歪んでいるのか)

 全ての槍が変な軌道を描き、石見を避けていった。東の悔し気な視線に石見も気が付いたのだろう。にたりと彼は笑った。

「それで手札はおしまいですか」

 その言葉に東は舌打ちで返した。かなり頭にきているらしい。いつも不機嫌そうな顔をしているが、ここまであからさまに不機嫌な東を三笠は見たことがなかった。彼女は味方であるはずなのに、自然と委縮してしまう。

 石見の手が動く。残っていた魔導人形たちが動き出す、その瞬間に乱入者は現れた。

「さかづきに添えるは花よ! 」

 莫大な量の魔力がその場の魔術式を一掃する。三笠はその身を固める。花のように艶やかな弾幕と一緒にその場へ現れたのは、小さな影。

「いや、花にしては無骨かの」

 その幼い声はよく響く。

 誰だ、その姿を確認する前に意識が揺らぐ。

(あ、魔力酔いだ)

 暴力的な量のソレを真正面から受けてしまった。ここまで一度も手放さなかった意識を、ついに放り出してしまう。


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