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クソゲー世界の聖女になってしまったので、救国の悪女を目指そうと思います!  作者: 浅名ゆうな


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空中鬼ごっこ

本日二話目です!

 パルクールは軍事訓練が発展し生まれたもので、現在はスポーツとして親しまれている。

 障害物があるコースを己の肉体を用い、素早くかつ滑らかに走り抜ける。

 走る、跳ぶ、登るといった基本に、壁や地形を活かして飛び移る、飛び降りる、回転して受け身をとるといったアクロバティックな動作も加わる。

 エクストリームスポーツと捉えられもするし、どのような環境下においても自由かつ機能的に動く心身を作り上げるためのものと主張する者もいる。何にせよ、己の肉体の現時点での限界を知り、それを突破するためにパルクールはあるのだ。

「――と、長々説明しちゃったけど、つまりそれなりに自由ってことなのよ」

 要が振り返ると、高い位置で一つに束ねた黒髪も共に翻った。

 この国の女性は髪を下ろしているのが主流らしいが、要は好きにやらせてもらっていた。まとめている方が視界を遮られない分、動きやすい。

「これまでは基本の動きの反復練習に徹してきたわ。それももう十分以上に動けるようになったから、そろそろ応用に移ろうと思ってたの。今日は、パルクールを取り入れた組み手をしましょう。脳筋なあなた達も実戦形式の方が楽しめるでしょ」

「応‼」

「……今、絶対漢字で書く『応』のニュアンスだったでしょ……」

 カシムとラシドはともかく、脳筋の意味を教えたはずのイスハークまで受け入れているのだから心底恐れ入る。

 広々とした鍛錬場に、現在は準備運動を終えた四人しかいない。

 第一から第五まである騎士団にはそれぞれ個別の鍛錬場や軍事演習場があり、ここはイスハークに与えられた専用の施設らしい。信じられないが、演習場に比べたら狭い方だという。

 王族だけあって、イスハークの言動や彼自身の所有物などは、いちいち桁が違った。

 毎回懲りずに驚いてしまうが、この鍛錬場はほぼ毎日出入りしているので慣れてきた。

 ぐるりと高い石塀に囲まれた円形の土地は、平坦に均された場所だけでなく、でこぼこの荒れ地や雑草の生い茂った箇所もある。あらゆる環境を想定してのものだろう。

 片隅には武器庫が並び、その屋根同士を繋ぐように物干し用のロープが渡っている。整備された大砲や馬に引かせる戦車もあり、パルクールを行うにはうってつけだ。

「説明だけじゃピンとこないでしょうから、まずは実践してみましょうか。二人で対戦して、どちらかを地面に引きずり下ろした方が勝ち。さぁ、私に挑戦する怖いもの知らずは?」

 挑発的に視線を流すと、イスハーク達は戸惑いを見せた。彼らを代表するようにスキンヘッドのラシドが遠慮がちに口を開く。

「挑戦、とおっしゃられても……その、聖女様はあまりに細く、引きずり下ろそうとしようものなら、お怪我を負わせてしまうのではと……」

「へぇ、ずいぶん見くびってくれるわね」

 不敵な笑みを浮かべた要が、消えた。

 とんとん、と幾つか軽い音がしたかと思えば、その姿は既に石壁の上にある。実際には戦車を踏み台にして上ったのだろうが、早すぎて瞬間移動をしたようにしか見えなかった。

 要は、石壁の上で悠々と腕を組んだ。

 自分を侮った大男達にぽかんと見上げられるのは、なかなか気分がいい。

「やってみなさいよ。――できるものならね」

 要の瞳が好戦的にきらめく。

 それは、簡単に手折られてしまいそうな華奢で小柄な少女とは、不釣り合いな眼力。カシムとラシドは気圧され無意識に後ずさりする。

 そんな中、進み出たのはイスハークだった。

「お前の実力を見誤って悪かった。ぜひ、俺に挑戦させてくれ」

 王族としての矜持をかなぐり捨てて教えを請うイスハークの瞳は、本物の黒曜石よりも爛々と輝いている。楽しくて仕方がないと目が語っている。

 要は笑みを深め、ゆっくりと頷いた。

「……いいわ。全力でかかってきなさい」

 瞬間、黒い獣となったイスハークが駆け出す。

 同時に要も石壁の上を走る。少しの油断も許されなかった。

 イスハークの実力を低く見積もるつもりはない。侍従達と稽古をする場面を何度も見ているからこそ分かる。彼は、強い。

 鍛え上げた筋肉は彼を鈍重にするどころか、黒豹のごときしなやかさを与えてしまった。身のこなしは早く、それでいて的確。自らの能力をよく把握しているし、動体視力も並外れている。本来ならパルクールを取り入れる必要などないほど堅実な強さを誇っているのだ。

 平地で戦えば、おそらく要の勝率は一割にも満たないだろう。

 石壁のすぐ下まで追い付かれたことを、気配だけで察する。

 このまま進めば武器を保管する小屋がある。

 小屋伝いに上られたら、外壁を走る要は一気に窮地に立たされてしまう。おそらく彼もそこで畳みかける腹積もりだ。

 要は進路を変えることなく、さらに加速した。

 イスハークは予想通り、武器庫のすぐ脇に並ぶ大砲の筒に飛び乗ってから、屋根の縁を掴み力業で乗り上げてきた。このまま突進されれば一たまりもないだろう。

 要も石壁から武器庫の屋根へと飛び移る。彼を真っ向から迎え撃つ。

 素早さくらいでは、イスハークは翻弄されない。

 けれど、縦横無尽に空間を使えるパルクールならば――要にも分はあるのだ。

 肉薄する一瞬、向かい来る褐色の腕を紙一重で受け流す。

 頬で感じる風圧に構うことなく、イスハークの横をすり抜けた。

 しかし大きくない造りの武器庫は、数歩で屋根が途絶えてしまう。そして少々離れた位置には、全く同じかたちのもう一つの武器庫。

 要は屋根同士を繋ぐ物干し用のロープの上で前転し、見事に渡りきった。曲芸じみているが勢いをつければ意外に行ける。

 イスハークならば怯むことなく追ってくると、半ば予期していた。離れた位置にある石壁に要が飛び移れば長期戦の様相を呈してくるので、その前に片をつけるために。

 それはイスハークの優しさだ。

 彼と違い、何時間も駆けずり回るほどの体力が要にないから、せめてカシムやラシドの前で無様な姿を見せないようにと気遣ってくれている。

 だが、それすら彼の油断。

 手が届く距離まで追い付いていたイスハークの目の前で、要は屋根から飛び降りた。すかさず彼もあとを追う。

 空中で目が合い、ひどくゆっくり時が動いた。

 武器庫の壁にある、空気を通すための細窓。

 空中で体勢を変えた要は、その僅かな隙間に指を引っかけ、何とか踏みとどまっていたのだ。落下していくイスハークの驚愕の眼差しに、底意地の悪い笑みを返す。

 駄目押しとばかりに彼の背中を軽く蹴って、体勢を整える暇さえ与えない。

 何とか巻き返しを図ろうと体をひねっていたイスハークは、仰向けになった状態で派手に地面に叩き付けられた。


 ――要の勝利だ。


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