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クソゲー世界の聖女になってしまったので、救国の悪女を目指そうと思います!  作者: 浅名ゆうな


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はじまりはじまり


「――あああ‼ あそこに初代聖女様のお姿が‼」


 全身全霊で大芝居を打つと、攻略対象達は要が指差す方を振り返った。

 その隙にくるりと背中を向け、森の中を走り出す。目指すは聖女の屋敷だ。

「初代聖女なんてどこにも……」

「あ‼ 逃げたぞ‼」

 幼稚な嘘はすぐに見破られ、彼らが追いかけてくる気配を背中で感じた。

 けれど問題ない。パルクールやら合気道やら空手やらドッジボールやらで磨き上げた運動能力をなめてもらっては困る。常日頃体を鍛えているイスハークはともかく、王宮の奥で優雅に暮らしている他の面々など敵ではなかった。

「やはり隠密……いや、もはや暗殺者……!」

「どこまで人外じみているんだ⁉」

 軟弱な者達は振り切れると思いきや、意外にも全員が食らいついてくる。これも攻略対象という特別な補正のおかげだろうか。

 要は、ようやく見えた聖女の屋敷に飛び込んだ。

 彼らはどこまでも追ってくる。退路を塞がれたら終わりなので、決して道順を誤ってはならない。危機感と焦りが募るけれど懸命に頭を働かせる。

 要が向かっているのは聖女の間だった。

『絆の扉』の制約が存外少ないことは実証済みだ。鍵の紋章さえあれば聖女の意思に関係なく扉が繋がることや、逆に聖女の意思さえあれば誰もが通行可能なこと。

 では、異世界と繋ぐことは?

『絆の扉』。文字通り、聖女と縁のある者の許へと運んでくれるなら――。

 聖女の間に駆け込んだ要は、僅かな不安を取り払って紋章をかざした。

 扉の向こうがぐにゃりと歪む。

 ほぼ同時に聖女の間に飛び込んできた追手が、止まった。要も呆然としたまま動けなかった。

 歪んだ空間のさらに向こう、遠くにうっすらと見えるのはリビング。

 彼らにとっては見慣れないだろう小ぢんまりとした造りだが、間違いなく要の家だった。

 繋がっている――要は確かに、家族と繋がっているのだ。

 胸に込み上げる熱いものに気を取られていると、背後から服の裾を掴まれた。

 先ほどまでの鬼気迫る追走とは打って変わって、その力はひどく弱々しい。

 無意識に振り返ると、イスハークの黒曜石の瞳に捕まってしまった。

「待ってくれ、カナメ……俺はまだ、お前に伝えていないことがある……」

 彼とは以前にも『絆の扉』の前で愁嘆場を繰り広げたことがあった。罪悪感はあるが耐性もついていた要は、あえて晴れ晴れとした笑顔を作る。

「イスハーク、落ち着いて。行きたいと強く望んだ場所に繋がったってことはつまり、いつでも往来可能ってことじゃない」

 そう。おそらく鍵の紋章が手の甲にある限り、現代日本から再びこちらの世界にやって来るというのも、理論上は可能なはず。

 要は早く帰りたいという一心で、一人一人の顔をしっかりと見回した。

「あんた達も分かるでしょう? これが永遠の別れってわけじゃないし――……」

「また、会いに来てくれるのですよね?」

 間髪を容れずにチェスターに切り返され、言葉が出てこない。

 次には口を開いたのは逸白だった。

「先ほどの、白虎とやらに関する忠告、そなたの言葉ならば信じよう。同じように、待てというのなら、待とう」

 要は何も答えられないまま胸を押さえた。

 忠犬のようにひたすら要の来訪を待ち続ける逸白の姿が浮かんでしまって、良心の呵責に耐えられなくなりそうだ。

 強い視線を感じて振り向くと、ローベルトが薄青の瞳で要を見つめていた。

「支えろ、などと傲慢なことは言わない。ただ俺は、お前と同じところに立って、これからも同じものを見ていたいと……」

「わー‼ それはローベルトルートのエンディングで言うやつだから―――――‼」

 彼の口を両手で押さえ、危ういところでプロポーズを回避する。

 駄目だ。このままでは日本に帰れなくなる。

 要は荒くなった呼吸を落ち着け、きりりとした表情を作った。

「じゃ」

 短的すぎる別れの挨拶に呆気にとられる攻略対象達をしり目に、要は急いで扉に逃げ込んだ。

「あ、待て!」

「質問の答えがまだですよ!」

 要が明確に拒否しているからか、さすがに追いかけられることはなかった。

 追いすがる声も途絶え、ほっと息をつく。

 本当に危なかった。あのまま引き留め続けられたら、まかり間違って永遠の誓いでも立てさせられていたかもしれない。

 歪んだ空間から一歩抜け出すと、そこは慣れ親しんだリビングだった。

 要は真っ先に聖紋を確認する。彼らには絶対秘密だけれど、これがなくなっていなくてよかった。

「ずっと帰りたがってたくせに『絶対会いに行く』って約束するの、何か恥ずかしいじゃない……」

 自分も同じ気持ちだと、意思表示をするようで。

 要もいつかは、初代聖女のように人を好きになるのだろうか。

 その相手は、あの四人の内の誰かだろうか。彼らは違う世界の住人だし個性が強すぎるから、全く違う誰かかもしれない。

 けれど、これほど強烈な印象を残されて、彼ら以外に目を向けることなどできるのか。

 ――やめよう。うっかり取り返しのつかない結論に達しちゃいそうだし……。

 要は改めて、懐かしさすら感じるリビングをゆっくり見回す。

 異世界での長い時間が嘘のように、インテリア一つとっても変化はない。

「あ、そういえば時間ってどうなってるんだろう。いない間に行方不明扱いされて失踪届とか出されてるパターン……?」

 日付けも表示されるタイプのデジタル時計を、慌てて確かめる。

 要の記憶が正しければ、異世界転移をした当日。

 窓の外には夕焼けが広がっていて、まるであの日に異世界召喚されないまま、日々が平穏に続いているかのようだった。

 時間の概念はどうなっているのかと再び疑問がよぎったが、これは非常に助かる不思議なので深く考えずに感謝しておく。

「ただいま」

 そうこうしている内に兄が帰ってきた。

 要はにわかに緊張する。

 あちらからすればいつもの義妹だろうが、こちらとしては異世界で新しい見識を得た要だ。もっと積極的に家族にぶつかっていこうという決意を胸に秘めている。

 何を、まずは何から言えばいいのか。

「お、おかえりなさ――……」

 しどろもどろで返した言葉が、リビングの扉が開くと同時に途切れる。

 義兄と真正面から目が合った瞬間、妙な既視感が込み上げた。

 上品な顔立ちと、父親譲りの金色のゆるい巻き毛。猫のようにやや吊り上がった瞳は他人を寄せ付けない雰囲気があるけれど、家族の前ではふわりと眦がゆるむのを知っている。もちろん要の前でも。

「――――――あ」

 幻のような一瞬の邂逅が脳裏をよぎる。

 義兄の顔が、暗い瞳をした少年の姿と重なった。

 立ち尽くす要に首を傾げていた義兄が、何かに思い当たったのか、嬉しそうに瞳を輝かせる。

「……あぁ。あちらの世界から帰って来られたのか。それなら、前世の僕とも会ったのだろう?」

 現実を受け入れられず、全力で首を振る。

 こんなことが起こるはずがない。

 というか本当に何度も同じことを繰り返すが、時間の概念はどうなっているのか。

「どういうこと⁉ 時空歪んでる⁉」

「科学的に説明するなら、平衡世界というやつだろうな。僕達がいる世界は別の世界と隣り合っていて、全く干渉しないようでいて実は複雑に影響し合っているという」

「そんなんじゃ全然説明が足りてないから‼」

「幼くして死んだ帝国の皇子リヒトは、瘴気と混ざり合っていたせいで生まれ変わることもできず千年の時を過ごしていた。……君が、穢れた僕なんかのために祈ってくれたから、こうしてまた出会うことができたんだ」

「な、お、お兄ちゃん⁉」

 耳元で囁かれた要が飛び退こうとすると、背中が壁にぶつかった。

 いつの間にか壁際に追い詰められ、義兄の腕に囚われている状態。

 あちらの世界の攻略対象を回避したかと思えば、なぜか平穏とは言いがたい状況に陥っている。

「~っ、あっちにもこっちにも、逃げ場がない‼」

 真っ赤な顔で叫ぶ要は、まだ分かっていない。


 この物語は、はじまったばかりだということを。



ここまでお読みいただきありがとうございます!


勢いだけで書いた物語、色々ととんでもない主人公でしたが、こうして無事に終わらせることができてよかったです!


少しでも面白いと思っていただけましたら、ご感想や評価をよろしくお願いします!!

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