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クソゲー世界の聖女になってしまったので、救国の悪女を目指そうと思います!  作者: 浅名ゆうな


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さよならまでが遠い

今日もよろしくお願いいたします!

ちなみに次でラストです!

 要は息をつくと、暗い顔の少年に歩み寄った。

『馬鹿だね。もっとうまくやってれば、初代聖女様だって成長したあんたを逆ハーレムの一員にしてくれたかもしれないのに』

『……たくさんの中の一人になりたかったわけではない。僕が欲しかったのは、唯一だ』

『うわ、しつこい。聖女様も我が儘皇子にさぞ手を焼いたでしょうね』

 返事があったのをいいことに、要は思いきりあてこすった。

 暗い瞳で俯いていた少年が、キッと顔を上げる。

 幼い顔を真正面から見て妙な既視感を覚えたが、深く追求することなく腰を屈めて目線を合わせた。

『分かるよ』

 苦笑ぎみにこぼすと、意表を突かれた少年は目を丸くした。

『愛した人には、自分を特別に思ってほしいよね。大切な人に出会えたことを感謝してればいいのに、どうしても欲が出ちゃう』

 似ているところがあるから共感できる。

 要は家族にどうにか愛してほしくて、邪魔者扱いされたくなくて、必死に手のかからないいい子を演じていた。

 帝国の皇子も、やり方は間違えたかもしれない。

 けれど、移ろいやすい愛情というものを、たった一人に向けて貫き通したことだけは、尊敬に値すると思うのだ。

『こんなこと聖女の私が言っていいのか分からないけど。ここだけの話、まだちんちくりんのあんたがそこまで人を愛せたことは、結構格好いいことよ』

 瘴気と共に恨みつらみも浄化したはずなのに、彼の感情の残滓がまだここにある。世界中にはびこり人々を恐怖に陥れた瘴気より強い感情だなんて、本当にすごいしつこさだ。

 少年は子どもらしく感情を露わにすると、真っ赤な顔で怒り出した。

『ちっ、ちんちくりんだと⁉ この、不敬な……‼』

『残念ながら私は聖女だし、この世界の人間じゃないから不敬罪で裁かれません』

『信じられん、君があの清らかな方と同じ聖女だというのか……⁉』

『いやその人たぶんあんたの理想とは程遠い本性を隠してたと思うよ』

 手記でのテンションを思い返しながらも、要は皇子の頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。

 攻撃しないと行使できない癒やしの力は、やはり思い通りにはいかない。

 子どもの柔らかそうな頬をかなり強めに引っ張って、ようやく浄化が発動した。涙目で苦情を訴えられてしまったが。

『仕方ないのよ。こうでもしないと、あんたを浄化してあげられないの』

『だからといって躊躇いがなさすぎるだろう!?』

 怒鳴りながら淡い光に包み込まれていく少年に向け、要は優しい笑みを浮かべた。

『その純粋な愛情だけを誇っていきなさい。……千年分の恋心、私が浄化してあげる』

 彼の静かな表情を見る限り苦痛はないようだ。

 少しずつ、輪郭が光に溶けていく。それを見守っていると、少年はうっすらと目を開いた。

『……名前は?』

『堀内要よ。あんたは?』

『リヒトだ。……最期に、覚えておいてやる』

 彼が再び瞑目すると同時に一際光が強くなって、目を開けていられなくなる。

 目映さにくらんだ瞳を恐るおそる開いた時――要は、『禁足の森』に戻っていた。

 木々の向こうには澄みきった青空が広がっており、瘴気の痕跡などどこにも見当たらない。

 全て、終わったのだ。

「カナメ、無事にやり遂げたな‼」

 イスハーク達が快哉を上げて駆け寄ってくる。

 要があの不思議な空間にいたのは一瞬の出来事だったのだろうか。彼らは無邪気に喜ぶだけで、訝しんでいる様子はない。

 爽やかな風が要の頬を撫でていく。

 見上げれば聖廟は、初めて目にした時と変わらぬまま、穢れもなく佇んでいる。

「……さよなら」

 要は空を見つめながら、誰にも聞こえない声量でそっと呟いた。




 瘴気を根本から消し去ったことで、四ヶ国に巣食う悪意は根絶した。

 根絶したというのに――要の足元に、魔法陣は一向に現れない。

 魔法陣じゃなくてもいいのだ。

 時空の歪みとか裂け目とか、不思議な扉が忽然と現れるとか謎の光とか、とにかくそういった日本に帰れるような次の展開が、何も起こらない。

 全ての問題が解決していないからだろうか。

 要は、喜びに湧く攻略対象達を振り返った。

「ローベルト。正妃が第二王子を宿す前に不義密通を繰り返していたっていう証拠が、肌身離さず身に着けているロケットペンダントの中に隠されてるから、王位継承問題がややこしくなる前に何としてでも入手しておいて。あと、チェスター。セントスプリング国はこれから新たな大司教の選定がはじまると思うけど、候補に挙がってすらいないセオージャ様が優秀だから全力で後押しして! あと秋華国では霊峰が浄化されて白虎が顕現するんだけど、三つの試練を乗り越えたら守護獣になってくれるの! 逸白なら何とかなると思う! イスハークは、うーん……とにかく頑張れ!」

 ゲームで今後起こる展開の処理を雑に頼むと、全員からクレームの声が上がった。特にイスハークの悲痛な叫びが圧倒的に強い。

「俺の扱いがひどすぎる!」

「いやぁ、咄嗟に思い出せなくて……でもサマートル騎士国の脳筋集団なら、何が起ころうとどうにかできるって信じてるわ!」

「国家ぐるみで大雑把にくくられた‼ というか、ここぞとばかりに重要そうなことを言い捨ててどういうつもりだよ⁉」

「――もしや、このまま元いた世界に帰る気ではないだろうな?」

 熱くなっているイスハークを押さえ、ローベルトが前へ進み出た。

「先ほどの、いかにも別れの挨拶といった謝罪、そして今後起こる問題の解決策の羅列……瘴気の浄化を終えれば、元の世界に戻れると考えていたのか。このまま、俺達を置いて? ――そうはいくか。カナメ、俺はお前を逃がすつもりはない」

「うぅ……」

 とりあえず攻略対象全員生きてはいるが、まだゲームエンドにはたどり着いていない。

 ならばこれから起こる問題の解決方法を教えれば日本に帰れるのではないかと、安易に墓穴を掘ってしまったかもしれない。

 執着を強める結果となったのなら失敗だ。

 王子四人に、じわりとにじり寄られる。

「おい。どうして逃げようとする?」

「カナメ様……元いた世界へお帰りになる方法など、本当にあるのですか?」

「初代聖女も、この地に骨を埋めている。手段が、ないはず」

「いいや、カナメのことだ。思いもよらない方法に気付いたのかもしれん」

 包囲網が徐々に狭まっていき、全身から冷や汗が噴き出す。

 ――帰れない、のか……?

 確かに、彼らには世話になった。

 さらけ出した本音を受け止めてくれた。凝り固まった考え方に変化をもたらしてくれた。もちろん多大なる恩義を感じている。

 けれど、このまま異世界に留まりたいかと言われれば、話は全く別ものだ。

 あの友人に会って、誤解があったのかきちんと話したい。何より家族に会いたい。

 血が繋がっていなくても受け入れてくれた、優しい人達の許へ。

 その強い願いが天啓を引き寄せた。

 ――そうだ。思いもよらない方法。

 要はこちらの世界の常識を知らないから、様々な場面で固定概念を覆してきたではないか。


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