ゴシップ
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チェスターは紙面からこちらに視線を寄越した。
「あなたの文書は読みやすくまとまっておりますね。まるで、こういった研究や資料の提出に慣れておられるようです」
「あー……、歴史研究会に入ってたから……」
地元に当然のように立つ石碑について調べていた友人の勧めで、入った研究会だ。
「あと古墳発掘体験クラブに、風土史同好会、寺社巡りツアー部、化石研究会……」
「ずいぶん多岐にわたり研究なさっていたようで。というか研究範囲がだいぶ重複しているので、団体を統合するべきでは?」
「それは私も思うけど」
要は決まり悪くなって目を逸らした。
「全部、人に勧められてはじめただけだから、のめり込むこともできなくて……結局、中途半端になっちゃったけど」
だから、真剣に取り組んでいる人には、冷たく当たられて当然なのだろう。
要を嘲笑った友人だって、休みなくバスケットボールに取り組んでいた。
人の輪から外れるのが怖くて、いつも周りに合わせていた。本音を言える友人なんていなかった。チェスターと真っ向から対峙している自分とはあまりにかけ離れた、日和見な自分。
こんなことを打ち明けられて、彼も迷惑だろう。
要は空気を変えるために笑顔を作った。
「これ以上調べても、何も出てこないでしょうね。やっぱり魔術大国であり知識の森とも言われているウィンターフォレスト王国に行くしか――……」
「……せん」
から笑いを続けていたら、かすかな声が聞こえた気がした。
チェスターに視線を送ると、今度は彼の方がそっと目を逸らす。
気まずさから、ということではない。
チェスターは琥珀色の瞳を細めている。
遠くを見晴るかすようにも、何かを懐かしんでいるようにも見える横顔は、ひどく静謐だった。
「それがもし、あなたの処世術であったならば……中途半端などと、あまりご自分を卑下するものではありません」
少年期を脱し切れていない少し高い声が、書籍館ののどかな空気に溶けていく。
苛立ちを帯びた冷たい笑顔を見た時にだって、対抗心に火が着いただけで、立ち向かうことを躊躇わなかったのに。
けれど、なぜだろうか。
明確な拒絶を受けたわけでもないのに、静けさを破りチェスターに話しかけることが、要にはどうしてもできなかった。
◇ ◆ ◇
今日も今日とて、要は奉仕活動に勤しむ。
人の輪から外れないためには、周囲に馴染むためには、真面目にものごとに打ち込んでいた方がいいと長年の経験で知っていた。
……その努力も、最近は無に帰しそうな予感がしているけれど。
「あの子が、第三王子殿下の?」
「そう。特別扱いされてるってよ」
「何でも、殿下の方が溺愛なさっているのだとか」
ほうき片手に中庭の清掃をしている人間の、どこが王子様の特別なのか。
要は死んだ目になりながら、内緒話というにはあまりに声量が大きい少女達に、内心で突っ込んだ。本気で神に仕えるつもりはなかったのに、ここ数日で悟りを開けた気がする。
無心で落ち葉を集める要の肩を、信徒仲間のリエナが同情混じりに叩いた。
「すっかり注目の的ね、カナメさん」
「そうですね、本当に誰のせいでしょうね……?」
恨みがましく見遣れば、いつもの三人組は明後日の方に目を逸らした。
「その……本当にごめんなさいね」
「私達も、こんなにも急速に噂が広がるなんて思っていなったのよ」
「しかも噂自体が、かなり変質しているし」
再三チェスターに連れ出されていたから、色々邪推する気持ちは分かる。要だって他人事なら噂を楽しんでいたかもしれない。
だからこそリエナ達には『第三王子殿下は慈悲深い方だから、たまたま困っていた一信徒の願いを叶えようと計らってくれただけ』と、しっかり説明しておいたのに。
今や『美貌の王子殿下と道ならぬ恋に苦しんでいる少女』として一躍時の人だ。
要が呼び出される場面に出くわしているのは彼女達だけなので、犯人も知れるというもの。
「私達はね、『密かに恋を育んでいる』と教えて差し上げただけなのよ」
「そうなの。それなのに『既に国王陛下との謁見を済ませ、強い反対を受けている』とか、『若くして奉仕活動に参加しているのも王妃陛下から嫌がらせを受けているから』だとか、カナメさんの人となりを知らない方々が好き勝手に言いはじめて」
「カナメさんが清らかなる心で神にお仕えしていたからこそ、殿下のお目に留まったのでしょうにね」
「庇ってくださるのは嬉しいですけど、そもそも恋を育んですらいませんからね⁉」
むしろこの噂がチェスター本人の耳に入ったらと思うと、今から憂鬱になりそうだ。
冷たい笑顔で痛烈な皮肉をぶつけられるか、ただ鼻で笑われるか。どちらにしても屈辱だ。
あらゆる好奇の視線がつきまとうのも、要を憂鬱にさせる事柄の一つだった。
何をしていても、掃除に真面目に取り組んでいてさえ衆目にさらされる。
面白がっているだけならまだいいが、中には妬心からか鋭い視線を送る者もいるため、気が抜けなかった。少しでも怠けようものならどのような中傷をされるか分かったものではない。現に姑いびりをされているとまで囁かれているのだから、王妃陛下にまで被害が及んでいる。
先行きに不安を感じていると、肩に置かれたリエナの手に力が籠められた。
「中には悪意のある噂を広める者がいることも知っております。誰かの迷惑になってしまうのではと、カナメさんが心を痛めていることも」
「リエナさん……」
彼女は楚々とした容貌に似合う笑みを浮かべると、背後にいるルエラン達と力強く頷き合った。
「だからこそ私達は、心優しいカナメさんを全力で応援いたします!」
「そのため他の方々にもお声をおかけして、少しずつ同志を集めているところなのです!」
「『カナメさんの恋路を温かく見守る会』の発足を、今ここに宣言いたしますわ!」
「……本人の前で何を堂々と言ってるんです⁉」
全員おっとりしているせいなのか何なのか、先ほどから要の心からの訴えが届いている気がしない。揃いも揃って曇りなき眼をしている。
「その会に何人集まっているのか知りませんが、本当に事実無根なんですってば」
「着実に勢力を広めており、現在女性信徒の五人に一人が入会なさっております」
「意外に多いな! ってそうじゃなく……」
要は一度言葉を区切って嘆息した。
「入会を止める権利は私にはありませんけど、そもそも信徒の恋を応援なんて許されるんですか? 神に仕える身でありながら誰かに心を奪われるなんて、あってはならないでしょう?」
何を否定しても恋に変換されてしまうというのなら、聖女ユリアにすがるしかない。
実際、咄嗟の言いわけのつもりだったが、我ながらなかなか筋の通った主張だと思った。
敬虔な信徒のふりを通していたのが功を奏した。宗教国家セントスプリング国では、下手に嘘をつくより効果的だ。
そうほくそ笑む要に、リエナは首を振った。