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そうだ、悪女になろう。

おはようございます!

今日もよろしくお願いします!

 ぶっつけ本番で浄化には成功したようだが、『聖女パンチ』って何だ。

 無意識にほとばしった叫びだが、これは絶対に普通ではない。

 要の知っているヒロインともかけ離れている。癒やしの聖女なのに攻撃力特化って、本当に何。

 輪から外れぬよう、周囲に合わせて生きてきた。

 乙女ゲームでもパルクールでもライトノベルでも合気道でも空手でも、好かれるためなら見境なく手を出した。

 ――どうしよう……。

 周囲の反応が怖くて顔を上げられない。

 俯いたまま硬直していると、突然すくうように体がさらわれた。

「カナメ‼」

「ひゃあっ⁉」

 慌ててバランスをとる要の間近に、イスハークの笑顔があった。彼の逞しい腕に高々と掲げられ、足が宙に浮いている。

「ちょ、ちょっと……」

「カナメ、すごいぞ! できたじゃないか!」

 軽々と持ち上げられながら、要は混乱していた。

 怯えられたり気味悪がられたりするものと思っていたのに、想像していた反応と違う。

「待って、イスハーク。私、何が何だか……」

「俺達を助けようという、お前の清らかな心が力の目覚めを促したのだろうな。カナメは我が国にとって、最高の聖女だ!」

「なっ、そんな大きな声で……」

 衆目の前でここまでの騒ぎを起こしてしまえば隠しおおせるものではないが、サマートル騎士国に聖女がいることは一応秘匿事項だろうに。

 要が慌てて周囲を見回すのと、誰かが呟くのは同時だった。

「……聖女様だ」

 静寂に落ちた声は、やけに大きく響いた。

 呆然としていた人々が、ワッと歓声を上げる。

「せ、聖女様がいらっしゃる‼」

「間違いない、聖女様だ‼」

「聖女様が、瘴気を浄化なされたわ‼」

「いや、力づくで消し飛ばしたぞ‼」

「あぁ、神秘の戦闘力だ‼」

 要を取り囲む者達は、一様に瞳を輝かせている。一部失礼な発言も混ざっているが、思いの外好意的に受け止められているようだ。

「今代の聖女様は、武闘派であらせられる‼」

「武闘派聖女様‼」

 人々の歓声が通りに伝播していき、やがて街中から武闘派聖女の声が上がっていく。魔物に襲撃された恐怖など吹き飛んでしまったのか、誰もが腕を振り上げ興奮している。

 ――怯えられるよりはましかもしれないけど……祀り上げられるのもどうなの……?

 身のこなしは鋭く、それでいて叩き込んだ一撃は重く、まるで闘神の化身のようだった。強く優しい頼れる武闘派聖女。全身が金色の闘気を帯びていた。髪の色まで変わっていた。

 瞬く間にかたちを変えていく噂に、要の頬は自然と引きつる。

 ――……噂がどんどん大げさになってる……全然ましじゃないかもしれない……。

 イスハークは荷物のように要を簡単に担ぐと、何とそのまま歩き出した。

「よぅし、このまま目抜き通りを練り歩き、王宮まで凱旋だ!」

「全くよくないと思うけど⁉」

 集まっていた人々までも街道沿いに並び、万雷の拍手を要に向ける。ノリのいい国民性だ。

「ねぇ、イスハーク。あの牛がどうなるか分からないから、念のため経過観察をした方がいいわ。それに怪我人とか倒壊した建物の確認とか……とにかく一回下ろして!」

「下ろしたら逃げるだろ?」

「当たり前でしょ⁉」

 要の怒りを軽やかに受け流し、イスハークは人懐っこい笑みを浮かべた。

「……カナメが、『絆の扉』をくぐらないでくれてよかった」

「え? 何て?」

 喧噪のあまり、声がうまく聞き取れない。

 聞き返すと、彼は要の耳元に唇を近付けた。

「――ずっと俺の側にいてくれ、カナメ。お前を他の誰にも奪われたくない」

 秘めごとのように、低い声がそっと囁く。

 腰が砕けるほど甘く、耳朶をなぞる呼気の感触に頬が勝手に熱を上げていく。

 動揺して離れようとするのに、体を支える腕が逃がしてくれない。すっかり退路を断たれた気持ちになって、要は恐々とイスハークを見下ろした。

 彼は変わらぬ笑みを浮かべているのに、黒曜石の瞳だけが常にない色を帯びている。もう可愛い大型犬という安心感はなかった。

 触れられている腰や太ももが、熱い。

「や、もう本当に、下ろして」

「照れているのか? 可愛いな」

「かっ……」

 なぜ急に、攻略対象感を前面に押し出すのか。

 そこまで考えた時、要ははたと気付いた。

『――ずっと俺の側にいてくれ。お前を他の誰にも奪われたくない』

 この台詞、覚えがある。

 確かイスハークのルートを攻略する際、好感度が八〇%まで到達すると、そう言って初めて独占欲を露わにするのだ。

 ――んん? 私、イスハークを攻略してる?

 展開もシチュエーションも違うけれど、中盤辺りまでクリアしているということになる。

 ゲームのシナリオでは、こうして絆が深まってきたところで、セントスプリング国から突然の宣戦布告を受け、戦争という新たな障害が二人の前に立ち塞がるのだったか。

 ――戦争……そうだ、それが『ロイヤル♡ラブウォーズ』のメインシナリオだもん……。

 街道に並ぶ笑顔を眺めながら、要は考える。

 今回、全く同じとは言い難いけれど、ある程度ゲームの展開に沿ったことが起こった。

 そうなると戦争だって現実になるかもしれず、見過ごすことができないなら、やはり結末を改編する必要があるのだろう。

 幸い、聖女としての力はあった。

 イスハークも他の誰も死なずに済むよう、結末を変えることができるかもしれない。

 シナリオをラストまで乗り越えれば、日本に帰れる可能性だってある。

 ――ただ、争いを止めるためには……シナリオ通りの聖女じゃ足りない。

 ヒロインは、どのルートでも戦争を経験していた。ただの聖女ではシナリオ通りに進むことしかできないだろう。

 もっと、もっと発言力がなければならない。

 四人の王子全員が、どのような望みだって要が願えば叶えてくれるような。

 無意識に見下ろしていたイスハークと、視線が交わる。彼は甘やかな笑みを寄越した。

 妙案がひらめく。

 要は、この先に待ち受ける恋愛フラグを知っている。それを利用できないだろうか。

 ――そうだよ。いっそ、悪女になっちゃえばいいんじゃない?

 全員を攻略してしまえばいいのだ。

 傾国のごとく恋心を巧みに操り、籠絡して、足下に跪かせる。要の望みを叶えるためなら、戦争さえ放棄するまでに。

 ゲーム内では何度も恋愛を経験しているのだから、きっと不可能じゃないはず。

 ほとんど祭りに近い熱気の中、その中心でされるがまま神輿のように揺さぶられていた要は、やや現実逃避気味に決意するのだった。



ようやくタイトル回収しました!

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