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神はボコボコになった


「おまえが……おまえが神か! フォリウムかっ!」


 聖女に似つかわしくない憤怒の形相を浮かべるエリルは、よく覚えのある神気を放つ一人の男と対峙する。

 紳士然とした純白の背広を身にまとっている、神々しい気配を放つオールバックの男。彼こそが至高神フォリウム、世界中の人々の信仰を受ける絶対の神である。

 彼は殴り込みにきたエリルの姿を認めると恍惚とした表情をして、恋人でも迎え入れるかのように大げさな仕草で両腕を広げた。


「おお、ようやっと逢いに来てくれたか! 我の女神よ! 我が伴侶の生まれ変わりよ!」


 神から出し抜けにとんでもないことを告げられたエリルは、食ってかかるのも忘れて絶句する。


「う、生まれ変わっ……なに、言ってっ……!」

「ふふっ、容姿もかつてのままとは、運命を感じるな。ああ、懐かしい。ああ、愛おしい」


 フォリウムは粘り気のある嫌らしい目つきでエリルの全身を眺めると、狂気さえ感じさせる言葉を垂れ流す。

 エリルは異常極まりない神の言葉に寒気を覚えて慄然とする。


「かつて我は、汝を新たな神として迎え入れようと考えていた。だが、その前に汝は、人のまま命を落としてしまった。汝が転生してくるまで、どれほどの長い時を待ったことか……。同じ過ちは二度と侵さぬ。今度こそは汝の身を神域に昇華させてみせよう」

「ふっ、ふざけないで! 私はそんなこと望んでないっ!」

「ああ、だいじょうぶだ、我の女神よ。準備はすでに完了しているぞ」


 フォリウムは陶酔しきった様子で語り続ける。

 こいつはエリルに向けて口を開いているのに、エリルを見ていない。エリルに対して話をしていない。別のなにかと向き合っている。

 先ほどからさっぱり話が噛み合わないことから、エリルはそう感じる。


「最初に、人間たちに汝を信仰させることで、汝に神格を与えた。そして、人間たちにその魂を捧げさせることで、汝の命の器を神に相応しい域にまで高めた」


 聞き捨てない言葉に、エリルは奥歯を砕かんばかりの力で歯ぎしりする。


「最後の仕上げとして、勇者の力を吸収させるように仕向けることで、汝に神となるにふさわしい力を身に着けさせたのだ。

 憎まれ役を演じるのは辛かったが、見事にすべてをやり遂げてみせたぞ。ふふっ、どうだ、我の女神よ。我は頑張ったであろう?」


 そこまで聞いたとき、エリルは自分の中の決定的ななにかが切れるのを感じた。

 そのためだけに、それだけのために、多くの人を犠牲にしたというのか。これが神の所業だというのか。

 こんな悪質なやつを神と認めることはできない。絶対に許すことはできない。

 もう殴るだけでは済ませない。この邪悪な存在を、今ここで滅ぼしてやることに決めた。

 だが……。


「さあ、我が愛しの女神よ。悠久の時を超え、今ここに蘇るのだ。そして、あの頃のように睦言を聞かせておくれ」


 フォリウムが無造作に手を振るうと、エリルは命の危険を感じるほどの凄まじい頭痛を感じて、反射的に頭を抱えてうずくまった。

 彼女の頭の中に、おぞましき太古の情念が押し寄せてくる。余裕面で佇んでいる憎き神への愛情を抱かせる記憶が、彼女の人格を消し去ろうとしてくる。

 痛みから逃れようと額をガンガンと地に打ち付けるが、苦痛は増していくばかりだ。


「うっ、うわあああっ!」


 忌まわしい思念がエリルのすべてを急速に飲み込んでいく。

 大好きな家族との思い出も、多くの人々との絆も、目の前の神への憎しみも、なにもかもが別のものに塗りつぶされ……ることはなかった。


 勇者たちの技能が、塗りつぶされつつあった彼女の記憶を修復する。さらに心を凌辱する不届きな闖入者を追い払う、いや、完全に支配して己の知と力とする。

 エリルは今、神を超える!


「この邪神がァーーッ!」

「ブッ! なにィ!」


 エリルは勇者の技能“神の拳”を発動、吼えながら決断的右ストレートを放つ。拳は見事フォリウムの顔面に直撃して、その鼻を叩き折った。

 フォリウムは鼻血を噴いて大きくよろめきながら、信じられないという顔でエリルを見る。その血濡れの顔面に、さらなる一撃が容赦なくめり込んだ。


「ああああああああああっ!」


 エリルは天災に匹敵する威力を誇る神拳を振るって、憎悪を込めたラッシュを繰り出す。


「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ!」


 神の顔を打つ、胸を打つ、腹を打つ、腕を、脚を、股間を、その全身を余すことなく打ち壊す。

 終末戦争のごとき壮絶な暴力によって、フォリウムの全身はボコボコに膨れ上がり、純白の背広はボロ切れへと成り果てた。もはや神々しい姿の面影はない。


 神はもう死に体だ。だがまだ生きている。奴の神気はまだ尽きていない。

 エリルは完全なるとどめを刺すべく、勇者の技能をすべて引き出す。

 “聖剣使い”、“全魔法”、“神の怒り”、その他もろもろの力を一点に結集させて、その右手の平に光球が形作られると獰猛な輝きを放ち始める。


「これが、私の家族への! これが、私を支えてきてくれた人々への!」


 輝く右手を振りかざし、咆哮とともにすべての力をフォリウムに叩きつける。


「これが! これが! この私の祈りだあああああ!」


 光が爆ぜた。


 一秒にも満たない刹那の間、すべてを薙ぐ嵐が音もなく荒れ狂う。それが過ぎ去ったあと、なにもなくなった荒野に立つエリルだけが残った。


 至高神フォリウムは粉みじんになって砕け散った。

 エリルは思いのほかあっさりと神を倒せたことでにわかにとまどうが、神気が完全に失せたことを確認すると、勝利したことを確信する。

 ついに決着がついたのだ。


 エリルはしばらくたたずんだあと、天の青をやおら仰ぎ見る。去っていった人々の姿を空に思い描きながら、万感の思いを込めて言葉を紡ぐ。


「お父様、お母様、みんな……終わったよ……」


 そこで、今までエリルを突き動かしていた狂熱が冷めて、彼女は久方ぶりに冷静さを取り戻した。


 しらふの頭に様々なものが一斉にのしかかってくる。

 家族を亡くしたこと、多くの人々を救えなかったこと、復讐を優先して聖女の役目を放棄したこと、自分の都合のために多くの勇者たちに迷惑をかけたこと、後先考えず衝動のままに神を滅ぼしてしまったこと。

 エリルは、重みのあまりに悲鳴をあげる心を支えきれずに、弱々しく崩れ落ちる。地に手をついてがくりと項垂れると、その瞳から熱い涙をとめどなく流し続けた。


「ひっ、うっ、く……うああっ!」


 彼女の涙が止まったのは、それから三日後のことだった。







 神は去った。自分が去らせてしまった。

 世界を治める神を不在にするわけにはいかない。責任をもって彼の役割を継がなければならない。

 なにをすればいいのかはわからない。でも、ここまで来た以上はとにかくやってみるしかないのだ。


 不安と決意をその胸に込めて、エリルは神の領域から飛び立つ。

 神の暴挙によって荒れてしまった世界を立て直すために、『まずは』と、故郷であるカエラーム教国へと帰っていった。













 翌朝。


「我の女神よ! 我は帰ってきた!」

「死ねえっ!」


 塵にしてやったはずのフォリウムが普通に蘇ってきた。

 大ハッスルしながら寝室に突っ込んできたので、エリルは出会い頭に殴り倒してやった。


 神は不滅である。たとえその肉体を失おうとも、この世界がある限りは世界が神を蘇らせる。そう、何度でも。神を滅ぼすには、世界そのものを滅ぼさなければならないのだ。

 後にエリルはその事実を知って、人生最大級の絶望を味わうこととなる。

 だが、凶悪な笑みを浮かべながらこう思うのだ。『何度でも蘇ってくるのなら、何度でも殺し続ければいいじゃない』、と。なにせ、会敵から五秒以内に相手を駆除できる力があるのだから。


 聖女の戦いは終わりそうにない。

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