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第4章 事情聴取

 これが事件のあった当日の話。僕は不本意にも殺人事件の第一発見者になってしまった。


 いや、まだ殺人事件だと警察が断定したわけではないし、僕が死体を発見したことなど誰も知らないわけだから、第一発見者というのも少々言葉が違うか。


 扉に鍵を掛けたことについては、特に意味はない。ただ単に、死体の発見が遅れればいいと思っただけだ。犯人が捕まる前に、僕にはやらなければならないことがあったから。でも結局死体は翌日に発見されてしまい、僕の手助けもあまり意味を為さなかったわけだけど。


 さて、このたび我が校で人間の死体が見つかったわけだが、高校とは学を修める場所。警察が校舎内を徘徊していようと、通常通りの授業が行われていた。とはいえ、もちろん周囲の話題は事件のことでもちきりだった。


 噂に拍車をかけたのが、黒服たちとの面会だろう。

 僕もまた、彼らと対話した生徒の一人だった。


***


 三時限目の途中だった。眠気を誘う数学教師の淡々とした説明に嫌気が刺し、ペン回しに夢中になっていた頃。教室の前方の扉が開き、担任の塩崎が僕を呼びつけた。彼は数学教師に詫びを入れた後、僕に向かって手招きをする。


「僕、何もやらかしてませんよね?」

「いいからついてこい」


 塩崎の右側やや後方を陣取って、後をついて行く。途中廊下で説明を求めたが、彼は先ほどの言葉で一蹴しただけで、その後は終始無言だった。


 連れてこられた先は、応接室だった。職員室と校長室の間の、小さな空間。


 柔らかな毛並みの絨毯は、上靴の裏にこびり付いた小汚き粉塵を拒絶するかのように、手前に一足のスリッパが並べられている。否応なしにそれに履き替えると、塩崎は応接室の扉を閉めた。中に残されたのは僕と、ソファから立ち上がった二人の刑事だけだ。


「ご貴重な時間を取らせてしまい、申し訳ありません」


 僕は「はあ」と曖昧な返事をした後、軽く頭を下げてから、彼らの対面のソファまで移動した。どうぞお掛けくださいとの勧めで、僕は柔軟性に優れたソファに身を沈める。全体的に柔らかな調度品が揃う見栄えだけは良い空間ではあるが、しかし目の前の刑事が発するピリピリとした空気のせいか、どことなく全体的には堅い印象を受けた。


「ご用件は察しているかもしれませんが、先日校内で起こった事件の聞き込みです」


 向かって左側に座る、女性の刑事が口を開いた。彼女は先の自己紹介で黒峰優里(くろみねゆうり)と名乗り、応接室に入るのと同時に僕に詫びの言葉を入れたのも彼女だ。女性にしてはやや低めの声で、言葉に抑揚がない。仕事を仕事として割り切る、まさに機械のような語調だった。


 対して向かって右側に座る刑事は、一言で印象を語るならばデカかった。座っているはずなのに、その身長は隣の黒峰刑事と比べて頭一個分抜き出ている。名前は桜枝裕次郎(さくらえだゆうじろう)と言うらしいのだが、本人から直接聞いたわけではなく、横の黒峰刑事からの紹介だった。まるで僕と桜枝刑事のお見合いで、女性の黒峰刑事がその仲人みたいな、そんな状況。……う、なんだか想像しただけで気味が悪い。


 桜枝刑事は目を細めて、僕をじっと見つめている。名前を紹介された際に軽く会釈はしたものの、お見合いでなくとも、最初から無言を貫き通す彼の第一印象は最悪だった。

 僕は桜枝刑事に質問は無意味だろうと勝手に悟り、比較的印象の良い黒峰刑事に尋ねた。


「一つだけ質問いいですか?」

「ええ、どうぞ」

「どうして僕なんです? 亡くなった女子生徒の名前は聞きましたけど、僕とはまったく接点のない人ですよ。何も語ることなんてないと思いますけど」

「ご心配なく。できればご内密にしてほしいのですが、鑑識の結果、遺体の死亡時刻は一昨日の夕方頃と出たのです。それも終礼後であることは確実。よって、その時間帯に校舎に残っていた学生一人一人にお話を伺っているのですよ」

「はあ、なるほど」


 生返事になったのは、僕の欲しい情報を口にしてくれなかったから。もうひと押しか。


「けど、何を話せばいいのかまったく分からないんですけど」

「大丈夫です。こちらから質問いたしますし、当日なにか変ったことがあったのなら、教えていただくだけで結構ですので」

「例えば?」

「例えば保健室で妙な物音を聞いたとか、不審人物を目撃したとか」


 かかった。


「不審人物? もしかして今回の事件って殺人だったんですか?」

「現在調査中です」


 即答。しかも今までの接客業務然とした口調から一変、とても棘のある口調だった。口の奥で舌打ちなんかしているのかもしれない。

 僕の目的は達せられた。これは間違いなく殺人事件だ。今の黒峰刑事の反応で確定した。


「では気を取り直して私から質問させていただきますが、事件があった当日、あなたは放課後にどこで何をしていましたか?」

「教室でボーっとしていただけですよ。部活もバイトもしてませんので、HRが終わった後に何も考えず呆けるのが日課のようなものです」

「何もせず? 一人で、ですか?」

「ええ。帰宅や部活に向かう生徒を見送るのが、趣味みたいなもので。大概は一人で趣味に興じてますけど、たまに友人に話しかけられることもありますね。ただそのあと一緒に帰るってことは、滅多にありませんけど」

「それは毎日のことですか?」

「ほぼ毎日ですね。帰る時間はまちまちで、飽きたら席を立ちます」

「一昨日は何時ごろ帰られましたか?」


 一昨日。つまり女生徒が殺された日のことだ。

 僕はその日、午後六時まで学校に残っていた。太陽が山陰に沈んでゆき、夕闇が夜を招くその時間まで。


「四時半をちょっと過ぎていたと思います。いつも大体四時半前後には帰りますので」


 だからこれは嘘になった。刑事に本当のことを話す理由もない。


 やや沈黙。じっとこちらを見つめる刑事二人は、半信半疑で僕の話を聞いているのだろう。その疑心は正解だ。こんな生徒は怪しすぎる。少しでも聞き込みをすれば最後の回答以外は真実であると裏が取れるだろうが、しかしどう考えても僕の行動は、一般常識から半歩ほど外れていた。


 けどこれも仕方のないこと。常識から外れなければ、僕は『彼女』を見つけることすらできないのだから。


 じっと押し黙る刑事を前に委縮する演技をしながら、僕は彼らを交互に見比べた。

 最初からずっと黙り込んでいる桜枝刑事は、もう放っておく。応接室にある奇妙な調度品とも思えば、幾何かは気にならなくなるものだ。ずーっとこちらを睨みつけていることを除けば身じろぎ一つしないし、空気として扱うのはそう難しくはない。


 一方、黒峰刑事の方は手帳を取り出していた。何かを書き込んでいる様子はない。ただ紙をめくる手と、それを追う眼球がせわしなく動く。


 どことなく、この黒峰優里という女性は『彼女』に似ていると思った。

 黒髪のストレートだからとか、色白だからとか、痩せ形だからという視覚的な理由ももちろんだが、根本的なところで『彼女』の面影があるような気がする。


「失礼いたしました。少し確認したいことがありましたので。お手数を掛けましたが、我々からの質問は以上になります。もし何か不可解なことでも思い出しましたら、近くの刑事に進言していただければ幸いです」

「不可解なこと、ですか?」

「先ほども言いましたように、保健室の周辺で妙な物音を聞いたとか、不審人物を見かけたとか、もしくは生前の被害者を目撃したとか、なんでも結構です。ほんの些細なことでも、事件が解決へと導かれることはありますので」

「はぁ、なるほど」


 しかし意外と短い面会だったな。当日の僕の行動を訊いただけか。もしかしたら保健室に鍵を掛けたことを気づかれていると、ほんの少しだけ怯えていたが、そういうわけでもなさそうだ。若干の拍子抜けではある。


 ただ僕の想像通りなら、少々困ったことになる。


 質問が手っ取り早いということは、それほど期待していないということ。こんな怪しい生徒にすら深く追求してこないということは、すでに犯人の目星がついているということ。未だ逮捕されたとは聞かないから、決定的な証拠が欠けているのだろう。それを補うために、生徒たちに事情聴取を行っているのだと思う。


 だから僕なんかは眼中になく、容疑者の証拠を押さえればそれでいい。

 だが困る。今犯人を逮捕されては、僕が困る。

 それならいっそ……。


「ねぇ、刑事さん刑事さん」

「はい?」


 僕がやけに軽薄そうな呼びかけをしたからか、黒峰刑事はやや上ずった声を上げた。


「僕が犯人です」

「……………………はい?」


 さらに疑問の声。先ほどよりも、語尾が上に向く。


「だから、僕が今回の殺人事件の犯人です」


 再び沈黙。たぶん珍妙な物を見る目で、僕のことを眺めているのだろう。相手の真意を垣間見ようとする刑事の四つの眼球が、じっとこちらを見つめる。そして刑事たちは、一度だけ顔を見合わせた。

 一、二、三、四。心の中で秒針を刻む。しかし僅か五を数えたところで、黒峰刑事が再び僕の方へ向き直った。


「何かお気づきになりましたら、近くの刑事に話していただければ結構です」

「スルーですか」


 心外なり。せっかく捜査の手を煩わせないために自白してやってるのに。


「聞かなかったことにしてあげるから、早く帰れと言ってるのが解らないの?」


 ドスの利いた野太い声調で、命令系で言われてしまった。

 なるほど、黒峰刑事が『彼女』に似ていると思った理由がようやく理解できた。僕は無意識に、黒峰刑事のサディスティック性を見抜いていたのだ。僕の特殊なフェチズムが、黒峰刑事と『彼女』を重ね合わせてしまったのだろう。


 いや、僕もマゾじゃないはずなんだけどなぁ。


 そんな分析はどうでもいい。黒峰刑事から発せられる無言の圧力が恐すぎる。目を合わせられない僕と同様、彼女の隣に座る桜枝刑事もまたビビッているように見えた。


「…………それでは、失礼します」

「ご協力、感謝します」


 初対面時とは比べ物にならないほど低い声で、黒峰刑事は僕を追い出した。

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