玉ねぎの話
天使と悪魔と俺と玉ねぎ
最近出会った、というのも変な言い方だがまあ知り合いになった天使と悪魔に玉ねぎを剥かせてみた。特に理由はない。強いていうならば、反応を見てみたかっただけだしな。
悪魔は玉ねぎ自体の仕様というか、中身がないという事を知っていたらしく「どこまで剥けばいいんですか」と尋ねてきた。でも、態々付き合ってくれる辺り研究者の先生のそばにいる事に慣れてしまっているのだろう。
この世界におけるすべての悪魔がそうなのかは知らないけれど、少なくともこの悪魔は代償がどうのとかいうタイプではないらしい。契約とかするわけじゃないから型にはめて考えるのは古いとは思うんだけどさ。まあ、本業の合間にちょっと構ってもらってる感じだから。
これで、実の部分までとか言ったらどう反応するんだろうとか一瞬思ったけどやめた。くそ真面目なこの悪魔と玉ねぎの討論なんか長々したい話でもないから。
適当に誤魔化してその場を取り繕って、今度は天使の方に尋ねた。勿論別のタイミングで。この天使様のナリはとてもらしい、金髪に碧眼だというのに口の悪さは聖職者とかに会ったら卒倒されるんじゃないかと思うくらいで。しかも、休憩を見つけるのが上手……つまりはサボり魔に近いわけだ。
「これ、むきゃいいんだろ?」
天使の方はどうやら知らなかったらしく、取りあえず手に渡したその塊を軽く転がしてから剥がし始めた。玉ねぎって剥いた時にも涙流れるんだっけ?
多少泥が付いたままだったはずだけど、剥がしている相手の手には土色が移らないところをみると、綺麗に状態保存される能力か何かがあるのだろうと予想。土仕事してる天使なんてあまり聞いたことないけど、天使ってまあ綺麗なイメージあるしな。実際にどうなのかはさておき。
経過を見るに、そろそろ面倒になってきたらしい。一枚ずつ剥いていたのが数枚ごと、しかもどちらかといえば毟り取るように割れてきた。後は小さくなるばかりだろう。まあ、意外と飽きないものだなと思いつつ、それとも頼み事だから断れないという性でもあるのかな。まあ、どちらにせよ、このまま最後の最後まで到達しそうなことは確か。
「あ、中身ねーのこれ?」
不思議半分、呆れ半分というような感じで首を傾げる。種のような何かを想定したんだろうな。一応軽く謝罪の言葉を告げれば、仕方ないとばかりに笑みを返された。そこで反応が薄いあたりは少し拍子抜けともいえる。まあ、争ったところで時間の無駄にしかならないのだろうけれど。
こんな暇つぶしに付き合ってくれたお礼に飲み物でも持ってこようかと思った時、ぽつりと天使が呟く。
「これってさ、かみさまみたいだよな」
たまねぎが、どこをどうやったらそうなるんだろうか。独特な視点な気がする。興味深い。その理由を問いかける。
「実際、人からすれば見えないもんじゃん。そんでまた、人の勝手な思い込みで広がって、本心が伝わってない感じが?」
彼らにすれば、かみさまなんてそれこそ上司のようなものだろう。どんな性格かとか、何人いるかなんて知りたいわけじゃないけど。少なくとも身近に感じてある程度のパーソナリティが分かっているという事になる。想像するよりも、本人の距離の方が近いのは確かだ。
そんな風に天使の発言から広げてみる。考えに埋もれる前に、天使は言葉を続けた。
「俺ら天使とかの事だって、人はちっとも理解できないだろ。だからこそ見えた部分が、伝わるたびに歪んでそして誇張されていくわけで。まあ、それを態々否定するために降りて説明するわけにもいかねーじゃん、仕事あるし」
誤解くらいさせといても、別に生死が狂っていくことはないから。そうして歪んだ認識が世界の常識に近づいて、それで息づいている。それがこの世界の俺たちなのだと、天使は言った。
人の理解が歪もうと、その存在自体はちっとも侵されることはないのだろう。元々生きる次元が違うのだから。まあ、彼らが生きているかどうかはさておくとして。
「というわけで、ガワに拘ったら偉大な奴にはなれないってことが分かったな」
先ほどまでの真面目な話をしていた本人とは思えないまとめ方をする。その表情はニイッと口角を引き上げており、明らかに天使の清楚なイメージとは程遠い。やんちゃな悪戯っ子というのが近いだろう。その表情もすぐさま消えた。どうやら、抜け出したことがバレたとか。地面をけるように飛び上がればそのまま空中へと昇っていく。
「また、暇つぶしにくるな!」
入れ違いになった死神の子にも聞いてみたものの、丸い塊をそのまま半分にされたことを報告しておこう。
17.5/6