十分間ミステリー
不思議な事件を考えてみよう
「十分で事件が起きて解決するとしよう」
そんな無茶な話があるのか、と君は不審げに目を細める。事実は小説よりも奇なりというだろう、有り得ないことはないと思うんだ。世界というものには無限の可能性が広がっている訳だからね。
何というわけでもないけれど、取りあえずやかんを火にかける。何に使うかは沸いてから考えればいいだろうか。
ぼんやりとそんなことを思いながら出した言葉。暇つぶしにそんなことを呟いたとでも思われたかな。人が少なくないこの空間でも返事がくることは稀だったりする。元々あまり会話をする方ではないのだけど。
「先生が突拍子もないのは知っているけど、なんでまた?」
言葉を遮るでもなく質問の声が飛んでくる、彼女のタイミングはいつも素晴らしい。そう、僕が探偵ならば助手にしたいレベルにはばっちりだと思うんだ。あいにくと僕は探偵でもないし、彼女も誰かの下につくというタイプじゃあない。
質問の前提として性格が読まれているから、適当に答えることも出来ない。らしい回答をするために腕を組んで考える。イメージというのは大事な事。それにとらわれ過ぎるのも良くはないけれど。
「どうしてだと思う?」
「わかんないから質問してるんでしょ?」
問いを返せば溜息と大げさに肩を竦めるようなポーズが返ってくる。彼女には少しばかり想像力が足りない。生きるのにだって想像力というのは大切だというのに。それに自分で予想を立てないなんて、そんなのつまらない。人の思惑に囚われて生きるなんて自分の人生じゃないみたいじゃないか。
生きるというのは、自分の意思がなければダメだと思うんだ。操り人形なんて、一人で十分だし、それは、それは、一人で生きれないなんて悲しい事。
そういえば、カップラーメンが食べたいからお湯を沸かしていた気がする。まだ、お湯は沸いてない。
「ここは平和だから、かな?」
「いいじゃん、平和」
少なくとも平和が当たり前ではない、それが分かる程度に波のある生活をしているという事になる。幸せな事だけど、多分足りないのかもしれない。もしくは刺激的なものを想像して楽しんでいたいだけなのかも。それとも……可能性はたくさんあるんだ。
この空間に存在しなければ、こんなことは考えなかったのかもしれない。でも、生きているのはここなのだから現実を否定なんてできやしないんだ。現実というのはそこにあるものにすぎないのだからね。
「今何したい?」
いきなり何をとばかりに肩を竦めてこちらに視線を向ける。別につながりはあると思う。平和だから切迫した事態がないわけで、ある意味では自由に近いのだから。態々尋ねることが可笑しいというならば、それは仕方がない。
何という言葉は出てこないのか、考え込む彼女に会話の相手が唐突に増えることになった。
「お花畑とか行ってみたいですね」
「なぜ?」
のんびりできますし、広いですから。と、緩く笑みを浮かべる新たな人物は隣に腰かける。彼女はあまり近くには来ないから、隣は空いていた。時々近すぎるくらいの距離感になる彼は見た目よりずっと幼いのかもしれない。彼の今の意見が幼いかどうかは別になるけれど。具体的な意見でないからといって、それが幼いと言えるか。普遍化、一般化するときには抽象的にならざるを得ないだろう。それを考えれば、何かの隠喩にも聞こえてくるのだから面白い。そこまで、彼が考えているかは分からないけれど。
一緒に過ごしているからと言って、全員が一緒に出掛けるだなんて無理な話というのは分かっているのだろう。少しだけ悲し気に笑いながら彼は言った。
「みんなでお出かけ出来たらいいんですけどね」
お湯が沸いた音がする。彼女はついでにとお茶を強請ってくる。それくらいはやるつもりだったからいいのだけど。彼にも飲み物を聞いて、カップを三つとカップ麺にお湯を注ぐ。ココアとコーヒーと紅茶。バラバラなのは好みを気にすることぐらいはできるから。インスタントなのだから、味なんて誰がいれても変わらないはずだ。
間違いなくそれぞれが受け取る。一緒に過ごしているのだから、少しぐらい影響される物じゃないか、と思うのだけど。そう簡単にいかないのが人間って奴らしい。多分普通よりずっと頑なな個性を持っていると思う。別に仲が悪いわけでもないはずだ。普通に仲がいい人とあまり合わない人がいるだけで。中心にいるあの子が出ている時は大体上の空になる人が多い。それも当然だろう。この場所の中心はあの子なのだから。
「本当はいない方がいいんですかね」
「あの子にとって、必要だった」
必要とされているから、僕らはここにいる。それが事実だ。彼は時々とても苦しくなるそうだ。邪魔をしている気分になるから、あの子の生きる時間を減らしている気がするから、と。それは半分事実ではあるが、半分は意味のない言葉だ。あの子が出かけられない時は確かにある。でも、それはなくてはならない時間なんだ。耐えられないから、あの子には。簡単に傷がついてしまうから、代わりがいる。それが、僕らだ。肉体的に耐えなければいけない時には、彼女が。精神的に耐えるには、彼が。話す必要があるときには、僕が。他の人もきっと必要な時があるのだろう。すべてを知っている訳ではないからわからないけれど。
「先生、十分の事件は最高だと思うぜ」
カップ麺は出来たところだったんだけどな。どうやら、刺激の方が先に頂くことになりそうだ。しかし、フードの彼と話すのはいつ振りだろうか。むしろ覚えていたことにびっくりしそうなくらいだ。今更の話題に、彼も話すのが苦手な部類なのだろうか、なんて。こんなことが現実逃避だってわかってる。だって、目の前の彼はナイフを向けているのだから。とても慣れた様に軽く握って。
「今さら、どうしたんだい?」
「理由を先に話してから、事件が起きる。そんなミステリーも面白くないか」
時間を稼ぐため、というわけでもないのだろうけれど彼は言葉を返してくれた。何かを待っているようにも感じられる。何か、というのは僕にはちっとも想像がつかないのだけど、珍しい事に。あの子が帰ってくるのをというわけでもないだろう、無理にだって出ることは彼ならできるはずだ。見たことはないけれど。
ならば、彼の言った言葉を考えよう。といっても、長く時間が残されてはいないかもしれない。僕の始まりの言葉からここまでを思い返して、並べよう。理由を先に話す、十分で起きて解決する。そのためには早く起きるか、すぐに説明できるかだと思ったけど、それだけではなかったみたいだ。僕には足りない考えをもたらしてくれた彼には感謝したい。
「確かに、最初から最後までクライマックスだ」
このまま終わることに対する後悔をひとついうとすれば、せっかく作ったカップ麺を食べずに終わる事かな。あの子がこの先苦しむことすらなくなるから、別に大した代償でもないのかもしれないけど。もしかしたら、頑張れば生きていられるのかもしれない。でも、それであの子が意味もなく苦しむとしたら。
そんなのが許容できる人なんて、ここにはいない。つまりは彼もそう。みんなでいなくなるんだ。あの子ももちろん、一緒に。あの子はどうするんだろう。彼女を出して直接この体を最終的には壊すのかな。どうやるつもりなのか気になるけど、聞いていいものなのかわからないな。
「みんなここで死ぬわけだから」
「最後に残るのは一体誰だろうね」
不思議そうに、首を傾げる彼に僕は意味が届いていないことを知る。かといって説明する必要はないだろう。これはただの僕の戯言だ。終わるのだから、何も残らないだろう。彼は少し考えた上で、そうぽつりと呟いた。
終わり、何も残らない。いや、残るのは死体が一つ。この変死の結末は誰が分かるだろうか。
さあ刃の先の赤になろう。あまり、赤という色は好きではないのだけどね。だって、冷静でいなきゃいけないんだろう先生と言うものは。血が上って感情的になんて、らしくないじゃないか。そんなのは彼らに任せておこうじゃないか。
少なくとも、これからあの子は苦しんだりしないことは確かだから。幸せな事実じゃない。さあ、終わりを始めよう。
16.10/9
現在の自分にも理解不明




