堅忍不抜
皆が見守る中、十四郎を目の前にしてビアンカは言葉が中々出なかった。横目でローボに助けを求めても、ローボは強い眼差しを黙って返すだけだった。
言葉を出せないのは、十四郎がビアンカの前で正座して真っすぐに見上げているのも理由の一つだった。大きな空間は沈黙に支配され、息苦しさは見守る者達の呼吸を困難にしていた。
だが、助け舟を出したのはロメオだった。
「よろしいですか? ビアンカ殿」
「……はい」
ビアンカは小さく返事した。何も言えない自分を恥じながら……。一呼吸置いて、ロメオは静かに話し始めた。
「十四郎殿。モネコストロ王家は我々の目的を聞いて、返答を保留したそうです」
単刀直入にロメオは切り出した。
「やはり、そうですか」
十四郎の答えは、ビアンカと同じだった。
「王族に平民に成れと言うのは無理があります。権力を捨てるのは、支配者にとっては耐え難い屈辱です……せめて、権力を権威にして頂く他はありません」
ツヴァイは俯き加減で言った。
「権力とは物理的な力で他人を強制的に服従させる力であり、権威は信頼や尊敬に基づき自発的な服従を促す精神的な力です」
ロメオが補足した。
「我が王家には既に権威はあります」
今まで培ってきた近衛騎士の誇りが、ビアンカに言葉を出させた。
「否定はしません……ですが、知り合いは理不尽な罪で投獄され……獄中で亡くなりました」
一人の老石工が隅の方から言った。
「飢饉の時でも税の免除は無く、農民には餓死者が多数出た」
「戦の時には否応なしに駆り出され、戦死しても恩賞なんて出ない……手柄を立てても、何の見返りもない」
「我々農民は捨て駒としてしか思われていない……」
次から次へと出て来る不満。ビアンカは自分が権力者の方だったと言う事を、今更ながら恥じた。
そして、俯いたビアンカを口々に権力に虐げられて来た人達の声が責め立てた。それは、ロメオを初めとした騎士達や、ツヴァイ達青銅騎士も同じで、同じ様に言葉を失わせた。
「ですが、立ち止まる訳には……最前線は押され気味で、フランクルの陥落も近いかと」
最前線の様子を見て来たゼクスが、十四郎の方を見た。
「そうですか……」
十四郎はそう答えるしか出来なくて、言葉の最後は消え入りそうだった。その様子は、更に周囲を萎縮させる結果となり、皆の肩には見えない何かが覆いかぶさった。
だが、そんな状況は長続きしなかった。呆れた様にマアヤは言い放った。
「面倒だ。ソイツ等も纏めてブッ潰そうぜ」
「良いな、それ」
リルはニヤリとマアヤを見た。慌ててココがリルの口を後ろから塞いで、周囲にペコペコと頭を下げた。
「それはちょっと」
十四郎が苦笑いすると、周囲の雰囲気は少し明るくなった。
「目的があるのに、手段を選ぶのか?……お前達の目的は、そんなモノなのか?」
ローボは真っすぐに十四郎を見据えた。
「……」
言葉に詰まる十四郎に、ローボは続けた。
「続くぞ……あの村みたいな事が……目を逸らすのか?」
十四郎の脳裏に、村の惨劇がフラッシュバックする。怒りと悲しみが洪水みたいに混ざり、身体を震わせた十四郎は小さく呟いた。
「……そうですね……堅忍不抜の覚悟で行きます」
「ケンニンフバツ?」
ビアンカが首を傾げた。
「どんな困難や逆境でも……心を動かさない……志を変えない事です」
十四郎は穏やかに言った。ローボはフンっと鼻を鳴らすと、確かな声で言った。
「行くぞ」
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厩舎ではアルフィンが心配そうな顔をしていた。
「十四郎、大丈夫かな……」
「きっと大丈夫だよ……十四郎は魔法使いだもん」
寄り添ったシルフィーは、優しく言った。
「それより、アウレーリアの事の方が心配だ……あんな、アイツ見た事ない」
バビエカの思考には、鬼神の様なアウレーリアが戦意喪失など考えられなかった。
「アウレーリアも大丈夫。十四郎が傍にいるから」
シルフィーはバビエカにも、笑顔を向けた。
「そうか……そうだよな……でも、ビアンカの方こそ大丈夫なのか?」
「ビアンカは大丈夫だよ」
「そうだね、十四郎が居るから」
シルフィーの言葉に、アルフィンが言葉を被せた。
「結局、アイツ次第って事だな」
バビエカは、十四郎の背中を脳裏に浮かべた。
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王宮の謁見の間に、十四郎を先頭にビアンカ達が入って来た。玉座に鎮座する王アレクシスは、顔を硬直させ、王女リシェルは王妃アレクサンドラの陰に隠れた。
何よりアレクシス威嚇したのは逆さ十字の紋章で、女神の様な美しさと裏腹にアウレーリアの数々逸話が、喉をカラカラにさせた。そして、ツヴァイを筆頭とした青銅騎士や、イタストロア最強の軍師ロメオや最強騎士マリオも心拍を上昇させた。
ただ、見覚えあるビアンカの姿だけが、逃げ出したくなる身体を玉座に止めさせた。
「あれは……獣神……」
傍に立つ大司教エオハネスが、驚愕の声を出した。その荘厳な銀色の巨大な体躯は、周囲を警護する近衛騎士も金縛りの様に動けなくした。
そして、最前列の十四郎を押し退けると、ローボは低く重い声でアレクシスを見据えた。
「我らに従って自由で平等な世界を目指すか、従わず先の見えない戦いを続けるか……」
その言葉が出た瞬間、ローボの直ぐ後ろに紅の獣王に変化したマアヤが現れ鋭い爪を光らせた。
「選べ」
ローボは更に低く重い声で、一言だけ言った。




