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ソウルブレイダー  作者: けすと
第四章 高千穂神社
21/31

3

 その数分前──静音と沙耶は神楽殿の近くに潜んでいた。

「いなくなってる」

 沙耶が呟いた。

 神楽殿の入り口から見える位置にいたはずの、ロウの姿が見えない。直哉の陽動に釣られて、場を離れたのだろうか。

 ──誘拐した生徒を残して?

 彼らの何らかの目的に必要だからこそ、あの男が直接警戒していたのではなかったのだろうか。誰もいない今こそ、光たちを助けるチャンスではあるが──

 作戦では、ロウがリーたちの援護に向かった場合は、静音が一旦足止めをし、その間に沙耶が光たちを逃がすことになっている。だが、ここに来るまでの間、ロウとすれ違うことも、その姿を見ることもなかった。

「気付かない間にすれ違ったのかな」

「いや、そんなはずはない。位置を変えて待ち伏せをしているのかもしれない」

「じゃあ、どうしようか」

「こちらは二人いるんだ。行ってみよう」

「了解」

 二人は忍び足で建物の入り口へ駆け寄った。沙耶が中の様子の覗き込む。

「スーツの連中もいないね……って、何……これ?」

「どうした?」

 沙耶の後ろで周りを警戒していた静音は、不審に思ってたずねた。

「うん……とりあえず見れば分かるよ」

 二人は神楽殿の中へ入る。

「な……」

 静音の口から戸惑いの声が漏れた。

 建物の中には透明な厚手のビニールで囲われた、大きな部屋のようなものが設置されていた。灰色のタイルのような建材が床の上に敷かれ、所々に金属製のパイプが支柱として立ち、ビニールの壁を支えている。天井にもビニールの幕が張られていた。

 それは、神社の雰囲気にどこまでもそぐわない異物だった。

「偵察した時は、こんなの無かったんだけど……」

 外側は二重、三重のビニールで覆われている。沙耶は近づいて、中をじっと見た。

「……中に人がいる!」

「!」

 静音も近くへと駆け寄る。

 確かに中に人がいた。ビニールのせいでぼやけて顔までは判別できないが、複数の人が座っているようだ。恐らく拉致された人たちだろう。

「望月、下がっていろ」

 言われて沙耶が後ろに下がると、静音の全身から、黒い炎のごとき闇が湧き上がった。

 瞬時にその一部が硬質化し、刃となる。

 静音が刃を振るい、ビニールを切り開こうとした瞬間、地響きと共に、爆発音が聞こえた。かなり近い。静音と沙耶は顔を見合わせた。

「直哉君たちかな……?」

「分からない。とりあえずこの部屋を──」

 向き直り、静音が改めて刃を振りかぶった時だった。

「斉木さん!」

 沙耶が叫ぶ。同時に静音の身体が小さく震えた。

 長さ二十センチほどの針。それが五本、どこからか飛来し、静音の腕や腹部に突き刺さっていた。沙耶はそれを見て青ざめる。

「……平気だ。身体に届いてはいない」

 静音の体を覆う闇によって、針は寸前のところで止まっていた。

 力を無くしたように、針が落ちる。沙耶はそれを見て胸をなでおろす。

 その彼女を、静音は不意に、胸へ抱くように引き寄せた。

「えっ!?」

 動揺する沙耶を余所に、空いている右手を頭上に掲げる。

 鋭い衝突音。静音の展開する闇が、何者かの頭上からの一撃を受け止めたのだ。

「はあっ!」

 瞬時に状況を把握したのだろう、沙耶が抱きしめられたままで後ろ蹴りを放つ。

 相手はそれを膝で受けた。いまだ空中にいた襲撃者は、蹴りを受けた反動で後ろへと飛ばされる。

 追い討ちをするように、沙耶は取り出した両手のクナイを、振り向きざま投げつけた。

 野球投手の牽制球のようにコンパクトかつ俊敏な動作で、まず右手の三本。続けて身を捻り、左手で同じく三本。しかしいずれも、相手の手に持った剣によって火花を散らして弾かれた。

「──影使いとは珍しい」

 壁際に着地した襲撃者が呟いた。背は直哉と同じほどで、道士服を纏っている。

 平均的な体つきで、中性的な顔立ちの男だった。手には逆三角の鍔が特徴的な、中国の直剣が握られている。

「斉木さん、気をつけて」

 沙耶が静音に注意を促す。

  「この男か」

 一見、優男にしか見えない。だが沙耶の話では、中国マフィアすら一目置くほどの残虐な男なのだという。

 静音も、外見とは裏腹に、男の纏う気の禍々しさに気付いていた。まるで血の臭いが染み付いたような、濃厚な殺気混じりの気配。

 男──ロウが静音の制服を見て言った。

「ふむ、神社本庁の人間かと思いきや──彼らの同級生か何かか」

 まさか追いかけてくるとは思っていなかったのか、光を攫った二人はロウに詳しい報告をしてはいないようだった。

「これ以上の贄は要らないのだがな」

 わざとらしく、困ったような表情を浮かべるロウ。

 その瞬間、静音は仕掛けた。誘拐の目的を問うこともない。問答無用の攻撃だ。

 ロウの足元の影から、黒い棘が天を衝くように生える。

 横に飛んで回避したロウに、沙耶がクナイを投げつけた。ロウの直剣が手首を始点とした八の字を描くと、その全てが弾かれる。

 着地と同時に、今度はロウが複数のヒョウを放った。

「うわおっ!」

 沙耶は慌てて横に飛んで避ける。一方、静音は動かず、精神を集中させる。すると身に纏う闇の炎が、より一層激しく燃え盛った。

 ヒョウが静音に殺到する。続けて鈍い音がし、その複数が彼女の纏う闇に食い込んだ。しかし、静音の体までは届いていない。

「ほう」

 ロウの目が細められた。

「ただの影使いではないな。生半可な術であれば、貫けるはずだったのだが」

 静音は答えず、手のひらをロウに向けて差し出した。

 瞬間、閃光のごとき数条の闇がロウへと放たれる。

「!」

 咄嗟に屈んだロウの頭上を闇が貫いた。壁と、外に生えていた樹木もが穿たれ、弾け飛ぶ。それに動じた様子もなく、ロウは地を這うような低い姿勢のまま、一気に間合いを詰めにかかった。

 静音はたて続けに漆黒の槍を放つ。

 ロウは横に飛び、壁を蹴り、天井の梁までも使って、立体的に回避しながら、なおも迫る。槍の雨をかいくぐり、苦も無く剣の間合いまで接近すると、突きを放った。

「……っ!」

 何度も闇を放った直後の為か、静音の体を纏う闇が無くなっていた。半身になり、すんでの所で突きをかわす。制服の端が、剣によって断ち切られた。

 突きがそのまま横薙ぎへと変化する。静音はさらに体を引いてそれを避けるも、今度は胸元のタイが浅く切り裂かれた。

 ロウがさらに踏み込む。切り払いからの袈裟がけ。静音が手をかざすと、腕の前に発現した闇が剣を受け止めた。

「くっ!」

 歯を食いしばり、能力をさらに行使する。足元に落ちる影が円状に広がり、そこから鎌のような、曲線を描く巨大で肉厚な刃が複数生えた。

 ロウは直前に飛びのき、これを回避。追撃の槍を放つも、全てかわされる。

 静音の顔に焦りの色が浮かんだ。自分も体捌きにはある程度自信があるが、ロウのそれは達人の域だ。接近戦は避けるべきなのだが、こうも容易く回避されるのでは、距離を保つことすらままならない。

 あるいは、自分と似た異能者との戦闘経験があるのだろうか。至近距離からの攻撃ですら、難なく避けられるとは……。

 いや、しかし。それがなんだというのか。すぐそこに姉がいるのだ。静音は一瞬、横目でビニールで覆われた部屋を見て、呟いた。

「貴様を殺して、姉さんを助ける」

 闇の炎が、再び静音の身体から立ち上った。



 境内に屹立した八つの柱は、その役目を終えると、淡く滲むように空に溶け消えた。

 リーの眼前で立ち上った巨大な火柱は既に消え、代わりに土煙が立ち込めている。やがてそれも晴れると、そこには深くえぐれ、クレーターと化した境内の地面が現れた。近寄ってみると、底面にある土が赤熱し、融けているのが見える。少年の姿はない。

(跡形もなく消し飛んだのかしら)

 ならばもうここに用はない。リーは神楽殿へ向かうべく、振り返り──

「な──」

 五メートルほど前方に、全身から煙をあげながら佇む、少年の姿があった。

 瞬間、衝撃が胴を貫く。気付けば、半身になり、深く腰を落として放った少年の掌底が、自身のみぞおちに突き刺さっていた。

「あ……」

 身構える間すらない。一瞬で意識を断ち切られ、リーはその場にくずおれた。

 

「っ……」

 リーの意識が完全に失われているのを確認すると、全身を襲う火傷の痛みに直哉は顔を顰めた。

 紙一重だった。

 動きを封じる術を破るのがほんの少しでも遅かったなら、ただでは済まなかっただろう。際どいところで術の束縛を破った直哉は、全力で跳躍して柱の包囲を飛び越え、死地から逃れたのだった。

 影縫いのようなややこしい術でなかったのが幸いした。

 恐らく、格で言えば影縫いよりも今回の術の方が上なのだろうが、その原理は呪力による力押しでの束縛だ。そういった術を破るのに難しいことは必要ない。同じく単純に、気で力任せに抵抗すればいいのだ。

 姉に散々鍛えられているので、気でのゴリ押しには自信がある。むしろ影縫いのような、呪いの側面が強い術を破ることの方が、直哉にとっての難易度は高かった。

 何しろ、呪いの質に応じて、気の練り方や、質、意識を変えなければならない。影縫いならいいが、別系統の呪術に根ざした術だったら、また最初から術の解析とそれに応じた錬気をする必要がある。それでは到底、脱出は間に合わなかっただろう。

「まともに食らってたら死んでたな……」

 間一髪で逃げおおせたものの、一瞬炙られる程度に受けた炎は、直哉の纏う気の防御を容易く突き破っていた。直撃していたら、命がなかったのは明白だ。

 だが幸いにも、火傷は深刻なものではなかった。痛みはあるが、動く分には支障ない。

 ふと、直哉は周りを見回した。

 昂の姿はない。場所を変えて戦っているのだろうか。探して加勢するか迷うが、ロウとさらわれた生徒たちのいる神楽殿も気になった。

 若干の逡巡の後、結局直哉は神楽殿の方向へと足を向けた。

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