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ソウルブレイダー  作者: けすと
第四章 高千穂神社
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2

 肉薄する敵の少年に、リーは半ば無駄だと分かりつつも、針を投げつけた。

 先ほどと同様に相手の手と木刀が一瞬ブレて見えると、全ての針が弾かれる。恐らく単純に木刀で弾いているだけなのだろうが、その動作がリーの目には捉えきれない。ゴウの言ったとおり、二人の武術家としての腕にはかなりの隔たりがあった。

「ゴウ!」

 呼ぶも、援護は来ない。代わりにいまだ立ち込める土煙の向こうから、ゴウが別の誰かと争う音が聞こえてきた。

「くそっ」

 完全に分断されたことに気付き、リーは悪態をついた。

 やはり近接戦闘では、この男に太刀打ちできそうにない。何とかしてゴウと合流し、連携をとらなければ、すぐにでもやられてしまう。

 土煙の向こうへと行くことさえ出来れば、ゴウの相手に瞳術を掛け、一気に有利な状況へと持ち込めるのだが、相手は常に土煙を背にして向かってくる。

 どうするべきか懊悩していると、近くの茂みから葉のこすれる音が聞こえた。

「……?」

 リーは大きく跳躍して、上から針とヒョウを投げ下ろした。

 敵の少年が一旦足を止め、それらを弾く。その隙に、リーは音のした方向を一瞬見た。

 スーツ姿の男が三人、あたりを警戒しながら、本殿前の境内へと登ってきていた。少し前に、食料を買いに行かせた連中だ。

 参道の階段ではなく、茂みを身を低くして移動している。何かが起きていることくらいは、察知しているらしい。

「お前たちっ、こっちだ!」

 リーの声に男たちがぎょっとする。

「早く援護に来いっ!」

 苛立ちを隠せず、リーは声を荒げる。そこに少年が、疾風のように踏み込んできた。

「しまっ──」

 既に投擲が間に合う距離ではなかった。投げようとしても、その前に相手の木刀が己の身体に打ち込まれるだろう。

 敵が木刀を振りかぶるところまでは、リーにも見極められた。

 袈裟切り。そう予測して、短剣を構える。

 太刀筋を見てからでは、間に合わない。思考ではなく、直感や閃きに近いものに基づいての行動。違う軌道の打ち込みだった場合は、頭を割られるか、肩を砕かれるか──いずれにしてもただでは済まないだろう。

 予測して動いたにも関わらず、リーが構えるのと敵の打ち込みは、ほぼ同時だった。

 はたしてその一太刀は、彼女の予想と同じ袈裟切りだった。

 受けはしたものの、想像以上の衝撃が腕に走る。

「ぐうぅっ」

 呻きながらも、リーはもう一方の手で至近距離から針を投げつける。

 身を翻して相手がそれをかわすと、間合いが一旦離れた。

「く……」

 リーの手首を重く、鈍い痛みが襲っていた。運良く打ち込みを受けることには成功したものの、手首が衝撃に耐えられなかったのだ。

 手首より先に力が入らず、彼女は短剣を取り落とした。

 だが、賭けには勝った。リーの顔に笑みが浮かぶ。

すると、左手の茂みからスーツの男たちがまろびでてきた。

「撃ち殺せ!」

 リーが叫んだ。男たちが銃を構える。

「!」

 再び間合いを詰めようとしていた少年が、足を止めて構えた。男たちが発砲する。同時に数度、彼はその場で木刀を振った。

 パカン、と小気味のいい音を立てて、何かが少年の前で弾けた。同時に煙が宙に散る。

 それは銃弾だった。木刀で、音速に達する拳銃弾を弾いたのだ。

「な……」

 男たちが絶句する。

 リーは特別驚きはしなかった。自分に同じ真似は出来ないが、ゴウあたりならば可能だろう。一定以上のレベルに達した武術の使い手ならば、これくらいはやってのける。

 気にはほぼ全ての術に対し抵抗力を持つという特性の他に、もう一つ特性がある。その特性とは、物質とその働きの強化だ。気を対象に通わすことで、物質の剛性や硬度の強化に始まり、それ自体の持つ、特質や働きまでも強化できるのだ。

 達人たちはその特性を、自身の脳や神経の働きにも用いる。それによって、脳内器質や全身の神経細胞の働き、果ては神経伝達物質の発する電気信号の伝達速度までもが強化される。すると、どうなるか──

 脳の処理能力が、現代科学に定義される人間の限界をゆうに超えて高まる。思考、反応速度が高速化し、銃弾すらも視認してから避けることが出来るようになる。

 校舎で対峙した際、この少年は自分が至近距離から放った針を、難なく握り止めた。気の応用なしには不可能な反応速度だ。加えて先ほど見せた、針とヒョウのことごとくを打ち落とした技量があれば、銃弾を弾くくらいのことは想像にかたくない。

 そう、銃が効かないのは問題ではない。今重要なのは──

「ひるむな! 撃ち続けろ!」

 リーの叱咤に我に返った男たちが、さらに発砲を続ける。乾いた銃声が、連続して境内に響き渡った。

 少年は同様にその場で木刀を振り、銃弾を弾く。その隙にリーは、神楽殿の方向へと駆け出した。

「っ……!」

 少年が焦りの表情で、こちらを目で追うのが分かる。やはり、別に生徒たちを助けに向かった仲間がいるのだろう。恐らくは、昨日の校舎で会ったあの女だ。

 この少年が単独で騒ぎを起こしたのも、土ぼこりを巻き上げて自分とゴウを分断したのも、瞳術に対抗できるのが、彼しかいないからなのだ。ならば自分が神楽殿へ向かえば、彼はこちらを追わざるを得ないはずだ。

 幾許もしないうちに、背後から男たちのうめき声がした。走りながらも振り向くと、銃を持った三人を倒した少年の姿が見える。

 すぐさま、こちらへ向かってくる。早い。このままでは追いつかれる。

 それでも、リーの顔には笑みが浮かんでいた。

「……っ!?」

 それを見て予感に駆られたのか、敵が急停止する。だがもう遅い……!

 リーは胸の前で両手のひらを打ち合わせ、呪を唱えた。

「三元龍縛陣」

 神社本庁の襲撃に備え、見張りをしていたこの位置に術を仕掛けていたのだ。浅く地中に埋めておいた三つの符から、光の柱が立ち上がった。

 正三角に配置された符はそれぞれが道教の神、三官大帝を表しており、同時にその素性を貶める呪が込められている。

 賜福大帝、または天官大帝と称されるぎょう

 赦罪大帝、または地官大帝と称されるしゅん

 解厄大帝、または水官大帝と称される

 三つの神の祖である龍王を害する為に編み出されたと伝えられる、道術の邪法だった。

「ぐっ……!」

 三つの光の柱に囲われ、少年の動きが止まる。動けないと分かるや否や、少年は何かに集中するように目を閉じ、錬気を始めた。気を用いて術に抵抗するつもりのようだ。

 無駄なことだ。リーは少年の行動を嘲笑った。

 この術は、そこらの一朝一夕で準備できる術とはわけが違う。

 術に使用する三枚の符は、それぞれの神に対応する、一年の内のある一日にしか作ることが出来ない。さらに、一日に作ることが出来る符は一枚までとなっており、組となる三枚を完成させるには短い場合で半年、長い場合は九ヶ月ほどかかる。

 加えて、一組以上の符を作ってはならない。それ以上作れば、三官大帝やその眷属の怒りに本格的に触れ、命に関わる災いを招きかねないからだ。

 多くの制限、制約はそのまま、この術がいかに強力なのかを意味している。同等の術や呪具を使用するのならともかく、その場で練気した程度で破れる代物ではない。

 リーは懐から針を取り出した。あとは身動きの取れない相手に、これを突き立てるだけだ。針を持つ手を振りかぶる。すると、符を埋めた三箇所の地面が爆ぜた。

「なっ……!?」

 火柱のような気が、少年の身体から立ち上っていた。獰猛なうなり声と共に、身体を束縛する見えない鎖を引きちぎらんと、少年が身を捩る。気の干渉を受け、呪力がプラズマと化し空気を焦がした。

(ばかな、これほどの……)

 あの方に匹敵するほどの気を、こんな年端もいかぬ少年が……!

 動揺で一瞬、リーの動きが止まる。その間に、彼の気によって呪力が遡行したのか、地表に露出した符に火がついた。

 押し切られる。術が破られるのに、いくばくの間もなかった。

 リーは手にある針を見る。これで殺しきれるだろうか。いや、無理だ。これだけの気を扱える相手なのだ。急所を狙って投げたとしても、硬気功で耐えるだろう。貫通力のあるヒョウは既に投げ尽くしている。針も残り少ない。あれを使うしか──

 リーは針を捨て、両手を顔の前で交差させた。それぞれの袖口から四枚、計八枚の符が出でてその手に握られる。続けて一呼吸に、それらを投げ放った。

 符が龍縛陣を囲うように地面に貼りつき、正八角形を描いた。

 間髪入れず両手で印を結び、呪を唱える。

「両義、相極まりて四象を生じ、四象極まりて八卦に至る。八卦即ち──」

 呪の途中で、少年を縛る三つの符のうちの一つが燃え尽き、灰になって崩れ去るのが見えた。途端に残り二つの符の燃える速度が速まる。

 急がなければならない。この術は発動すると同時に、高さ一○メートル近い障壁で対象を囲むのだが、上方ががら空きなのだ。軽身功を会得しているだろうこの少年ならば、容易く乗り越えてしまう。動きを封じている今の内に、発動しなければならない。

 焦りと緊張による汗がリーのこめかみを流れ落ちた。

「即ち、天地雷風水火山沢。八卦の結晶たる神柱よ、我が呼び声に応えたまえ──」

 ロウより授かった八つの符が光を放つ。

「招来! 通天神火柱!」

 リーの声と共に、八つの符から神々しい竜の姿が掘り込まれた鉄柱が生じ、そびえ立った。直径一メートルほどの八つの柱は、それぞれが象徴する神気を漲らせている。

(まだだ)

 リーは八枚の符の内、最も近い一枚に走り寄り、跪いた。符に右手でそっと触れる。

 同時に、龍縛陣の二つ目の符が燃え尽きた。術を破らんとする少年の顔には、深刻な焦りが浮かんでいる。この術の強大さを、直感で理解したのだろう。必死の形相だ。

 彼を尻目にリーは覚悟を決め、符にありったけの仙気を送り込んだ。

 古代中国の大仙が創造せし宝貝、通天神火柱。しかし、リーが呼び出した八つの柱は宝貝そのものではない。宝貝の持つ、力の本質と機構だけを符術によって呼び出し、顕現させたものだ。

 符術による召喚では、宝貝が持つ本来の力の半分程度しか発揮することができない。が、リーにとっては好都合だった。何しろ、半分の力しか無いにも関わらず、彼女の仙気では八つの柱の内、半数を駆動させることすらままならないのだ。それどころか──

(……っ)

 仙気を急速に失い、リーは半ば朦朧となる。気を込めるというよりは、吸われていくような感覚。いや、そんな生易しいものではない。それは貪り尽くされる、と表現するべきほどの、意志無きはずの宝貝による、暴力的な仙気の略奪だった。

 脳裏に浮かぶのは、水をたたえた湖面が一瞬にして干上がるイメージ。水が消えた後に残るのは、乾きひび割れた湖底の泥のみだ。それは仙気の枯渇によってもたらされる、死のイメージでもあった。

「ぐっ……」

 リーは歯を食いしばって意識を繋ぎとめると、なんとか符から手を離した。遅れて全身から冷や汗がどっと出る。あと数秒遅かったら、気が枯渇して死んでいただろう。

 八つの柱を仰ぎ見る。駆動したのは──東、東南、南の三柱。ついている。相生のいい三柱だ。最後の呪を唱える。

「相生、相克、相乗、反克。以って天衝く原初の神火と為さん」

 わずか三柱の駆動では、万物必滅の神火とはならないが、人ひとりを焼くのにはこと足りるだろう。少年を見る。彼を封じている三元龍縛陣の最後の符はまだ燃え尽きず、残っていた。いや、今まさに燃え尽きようとしている。だが、こちらが早い。今──

「風火雷電!」

 最後の呪によって三つの神柱からそれぞれに火龍が顕現し、そのあぎとを開く。黒々とした口腔から細い、しかし強烈な閃光が一直線に放たれた。

 三本の熱線が少年のいた位置へと炸裂する。爆発と共に猛火が生じ、波濤の如く障壁に押し寄せわだかまる。直後、炎の津波は逃げ場を求めて障壁を駆け上り、天を衝く巨大な火柱となって、境内にそびえ立った。

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