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ソウルブレイダー  作者: けすと
第四章 高千穂神社
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1

 夕刻。

 日は遠く沈みつつあり、高千穂神社を囲う林も、参道も、照りつける夕日に茜色に染められていた。

 参道に入り、少し階段を登ると、一対の狛犬が並んだ平地がある。さらにその先の本殿へと続く階段の前に、黒いスーツに身を包んだ体格のいい男が、通せんぼをするように立っていた。厳しい顔をして、周囲を警戒している。

 その男に、背後から忍び寄る人影があった。

「っ……!?」

 人影は背後から男へ組み付くと、裸締めをかけた。頸動脈への的確な圧迫により、反射的に全身の血圧が低下する。脳への血流が一瞬で減少し、男は二秒とかからず失神した。人影はすぐさま男を抱え、近くの茂みへと放り込む。

「さて、と」

 その人影──新堂直哉は階段下から境内を見渡した。

 三人のスーツ姿の男が、周囲を警戒しているのが見える。

 男たちの配置は、正面にある拝殿らしき建物の前に二人、向かって左側に一人というものだ。

 直哉は茂み沿いに回り込み、参道階段から見て左を一人警戒していた男も、背後から締め落とした。

(やっぱり、こいつらは能力者とかではないな)

 試しに男の懐を漁ってみると、拳銃がごろん、と出てくる。

 沙耶の予想通りかもしれないな、と直哉は思った。

 このスーツの男たちは、ロウが雇われていた中国マフィアの構成員ではないか、というのが沙耶の見立てだ。どういった経緯でマフィアを辞めたロウに従っているのかは分からないが、拳銃を持っているところからすると、その可能性は高いだろう。

 直哉はその男を茂みに隠さず、そのまま本殿前を警邏する二人にまっすぐ近づいていった。すぐに片方の男が直哉に気付き、

「おい、今日はこの神社は立ち入り禁止だ、出てい──」

 そこまで言った所で、直哉の後ろで倒れている仲間の姿が視界に映ったのか、

「殺せ、本庁のやつだ」

 男が懐から拳銃を抜いた。もう一人も慌ててそれに倣う。

 直哉は動じず、彼らに向かっていく。

 男が拳銃を構える。直哉はどこからともなく、木刀を取り出した。

 照準し、発砲。

 しかし発砲の直前、一気に間合いを詰めた直哉の木刀の切っ先が、拳銃を横から叩いていた。見当違いの方向へ飛んだ銃弾が、境内を囲う杉の幹をえぐる。

 間髪入れず、直哉は男の右わき腹へ木刀を叩き込んだ。

「げふっ」

 呻き声を上げて、男の身体がくず折れる。

「くそがぁっ」

 残りの男が懐から匕首を抜いて、突進してくる。

 次の瞬間、根元から澄んだ金属音と共に刀身が折れ飛んだ。直哉が匕首の峰を上から木刀で叩いた為だ。

 呆然とする男。直哉の振り下ろしと戻しのあまりの速さに、男には自分の匕首が突然、勝手に折れ飛んだようにしか見えなかったらしい。

 続けてすれ違いざまに、前腕を上手く畳んだ、コンパクトな胴打ちを叩き込む。すぐに身を翻し、残心を行う直哉の前で、男は泡を吹きながら倒れた。

(これなら、いけそうか)

 校舎で突かれたあばらに手をやる。痛みはあるが、動きが鈍るほどではなかった。

「どうした!」

 発砲音に気付いてか、スーツ姿の女が境内に駆け込んできた。

 直哉は振り返り、

「昨日ぶりだな」

「な……」

 直哉の顔を見た女──リーの顔が驚愕に歪む。

「何故ここが──ゴウ! 何処だ!」

 リーが声を張り上げる。

(──! 一人か!)

 リーの言葉を聞いた直哉は、一気に間合いを詰めるべく駆け出した。

「くっ!」

 それを見て、リーが両手から大量の針を放つ。

 針だけではなく、ヒョウと呼ばれる棒手裏剣の一種も混ざっていた。校舎で対峙した時とは比べ物にならない量の、針とヒョウの弾幕が迫る。

 直哉は足を止め、青眼に構える。木刀とそれを持つ彼の手が、輪郭がぶれたかのように霞んで見えると、途切れのないノイズのような音が境内に響き渡った。

「な……」

 リーが驚愕の声を漏らす。彼女の放った針とヒョウのことごとくが、見えない壁にぶつかったように火花を散らし、直哉の手前で弾かれていた。

(二度もひっかかるわけにはいかないからな)

 直哉がわざわざ足を止め、針とヒョウの全てを弾いたのは、もちろん影縫いを警戒してのことだ。一度ひっかかったおかげで術の本質は大体理解できていたし、破り方も既に分かっていたが、それでも避けなければならない理由があった。

 日本には厭魅えんみと呼ばれる感染呪術がある。例としては丑の刻参りが有名だが、影縫いはそういった呪術の亜種といえる。藁人形の代わりは、対象の影。その影を針で縫い止めることで呪いが発動する。縫い止める──つまりは呪縛という呪い。影縫いという術の本質は、対象を直接害することなく呪う、陰鬱な儀式呪術なのだ。

 こういった呪いへ対抗するには、旺気おうきという陽の気が必要になる。しかし、これを練り上げるのには、かなり時間がかかる。影縫いを破るだけの量ならば、五秒は必要だろう。戦闘中としては致命的な時間だ。よって、破り方が分かっていたとしても、術にかかるわけにはいかなかった。

「……っ」

 投擲は通用しないと分かったのか、リーは焦りもあらわに、懐から大振りな短剣を取り出した。右手で握り、逆手に構える。

 直哉が再度間合いを詰めにかかると、後ろで何かが砕ける音がした。

「!」

 同時に生じる、焼け付くような殺気。

 背後からの攻撃と、振り向きざまの直哉の横薙ぎは、ほぼ同時だった。

 その攻撃──棍での突きは、彼のわき腹を掠めるに留まった。一方、カウンターで放った横薙ぎも、棍とのリーチ差のせいか、わずかに相手へ届いていない。

 直哉はそのまま半歩ほど踏み込み、全身のバネを使った後ろ蹴りを放つ。相手は棍を引き戻してそれを受けた。まるで大きな岩を蹴ったような感触。それでも相手は、蹴りを受けた反動で二メートルほど後ろに下がる。

 さらに追撃しようと前に出た直哉は、不意に横へと跳躍した。一瞬遅れて飛来した針が、地面へと突き刺さる。

「くそっ」

 リーの悪態が聞こえる。軽身功により大きく跳躍した直哉は、着地すると改めて背後から襲ってきた相手を見た。予想通り、後ろから襲ってきたのは、昨日校舎で対面した大男だった。

 大男──ゴウの後ろで、拝殿の戸が中から破られているのが見える。あの中で待機して、こちらの隙を伺っていたのだろうか。

(二対一か……)

 不利な状況だが、予想の内でもある。先にリーを倒せなかったのは痛いが、むしろ二人が姿を見せたことで、不意打ちされる恐れがなくなったともいえた。

「リー、お前は支援に回れ。近接戦闘では、お前は太刀打ちできん」

「……分かったわ」

 リーが若干、立ち位置を変える。境内の広さから、直哉の背後までは回り込めないようだった。そうすると、こちらとの距離が近くなりすぎてしまうのだろう。

 リーが動いた先は、直哉とゴウが対峙した際、横合いから攻撃できる位置だった。自然、コウとリーの距離が先ほどよりも開く。それを見て、直哉は構えを変えた。

 木刀の切っ先を背後に向け、左脇に。持ち手は右手のみ。左手は峰の根元を支え持つ。

 居合いの構えだった。

 しかし、直哉の得物は木刀である。眉を顰めながらも、リーたちが身構える。

 ぎり、と直哉は奥歯を噛み締めた。錬気法によって、高速で練り上げた気が全身にみなぎっていく。遠目からでも分かるほどに、直哉の気の内圧が高まった。

「何か仕掛けてくるぞ」

 ゴウがリーに注意を促す。

 裂帛の気合と共に、直哉は木刀を振りぬいた。

 それは通常の抜刀とは異なる、上体を横に倒しての、下から上へと掬い上げるような斬撃だった。

 抜刀技、天斬。郁から授けられた抜刀術の内の一つであるそれは、本来相手の股から脳天にかけてを逆風に切り上げる技である。直哉はそれを、地面に向かって放っていた。

 刀身から迸った剣閃が、ゴウでもリーでもなく、その二人の間の地面を走り抜ける。次の瞬間、剣閃の走り抜けた地面が大きくえぐれ、吹き飛んだ。

「なっ──」

 爆音と衝撃が、神社を囲う木々を揺るがす。大量の土砂と土煙が空中に巻き上げられ、ゴウとリーを分断するように壁を作る。

 直哉はすぐさま、リーに向かって疾風のように駆け出した。

「リー! 注意しろっ」

 言いながらも、ゴウはリーの援護に向かう。直哉は走りながら叫んだ。

「昂! 任せたっ」

「おうよ!」

 直哉の声に応え、槍を構えた昂が茂みから飛び出し、ゴウの背後から迫った。


「くっ……!」

 リーと合流するのを諦め、ゴウは振り返りざま、昂の突きを棍で受けた。

 昂はそれ以上追撃せずに、一旦間合いを取る。

「おっさん、ゴウっていうのか」

「…………」

「俺の名前は昂っていうんだ。似たような名前だろ」

「そうか」

 ゴウは短く、関心なさげにそれだけ言った。昂は気にした様子もなく、続ける。

「おまけに得物まで似てるなんて、ちょっと運命感じちゃうね」

 そう言って、昂はつま先で数回地面を蹴った。それから改めて、胸の前に槍を掲げ持ち、腰を落として構える。

 安定感のある、堂に入った構えだった。それを見て、ゴウの目が細められる。

「まぁ、あんたの運命はここで終わりなんだけどな」

 怒りと、喜悦の混じったような、凶暴な笑みが昂の顔に浮かんでいた。

「あいつを拉致ったこと、後悔させてやる」

 ゴウもまた、改めて構えをとる。両者が地を蹴ったのは、全くの同時だった。


 一方、沙耶と静音は拝殿裏の茂みに潜んでいた。

 境内にはもうもうと土煙が立ち込めている。沙耶たちから見える側では、昂と大男が対峙していた。恐らく、向こう側では直哉と瞳術を使う女が対峙しているのだろう。

「直哉君が分断に成功したみたい。……ここまでは予定通りだね」

 沙耶が呟いた。

 数時間前、偵察から戻った沙耶は、高千穂神社の状況を直哉たちに報告していた。スーツ姿の男たちについて、能力者三人の位置、さらわれた生徒たちの居場所……。

 リーは、拝殿から少し離れた位置にある大きな建物──案内板には神楽殿と表記されていた──の近くで見張りをしていた。大男は所在不明。そして彼らのリーダーであり、一番の手練であろうロウは神楽殿の中に。肝心の光を含めた生徒たちも、神楽殿の中で拘束されていた。

 その情報を元に、直哉たちは作戦を練った。

 スーツの男たちを無視すれば、人数ではわずかにこちらが有利だ。多対一の状況を作り、各個撃破するのが望ましかった。が、リーの使う瞳術に対し、確実に抵抗できるのは直哉しかいない。そしてその厄介さから、彼女は真っ先に無力化する必要があった。

 その為、まずは直哉が一対一でリーと戦えるよう、境内でわざと騒ぎを起こし、近くにいる彼女をおびき出すことにした。

 そこから先は、考えられる状況がいくつかあった。陽動につられて、所在の知れない大男までもが現れるかどうか、ロウが神楽殿から離れ、リーの加勢に向かうかどうかで対応を変えなければならない。大男が現れた場合は、直哉が何とかして二人を分断し、潜んでいた昂が彼の相手をする手筈になっていた。

「今のところ、リーダーの男は出てきていないな」

「そうだね。神楽殿を確認しないと……斉木さん、こっち」

 沙耶が先導する。静音は気配を殺しつつ、沙耶の後について進んだ。

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