~二件目~ 二輪目のリナリア
人は誰しも、墓まで持っていきたい秘密を抱えている。
このつるはし高校に通っている東白楽にもだ。それはまさしく匿名恋愛相談掲示板の管理人をやっていることだ。もしクラスに知られたら終わる。確実に終わる。何が終わるのかは分からないが、とにかく終わる。そんな危機感とさっきのメッセージの「安心した」という言葉への違和感を抱えながら帰宅し、自室でパソコンを開く。まず掲示板を確認。異常なし。荒らしなし。広告業者なし。
そして――
『つる』からの新着あり。いつの間に来ていたのだろう。
『周りと違うことが不安。管理人さんの言う通りかもしれません。ですが人の恋愛相談に乗れるような管理人さんも経験がないと聞いて少し安心してしまいました笑』
短い。おそらく昼の言葉の補足だろう。最初の相談文は、どこか報告書みたいだった。しかし今は少しだけ人間味がある。よかった、だんだん打ち解けてきている。本当に少しだけだけど。
俺も返信を書こうとした時だった。
「楽ー」
ノックもなしにドアが開く。
「帰れ」
「おかえりの間違いじゃなくて?」
「帰れ」
「ひど」
この無断で突然思春期男子の部屋に入るという神をも恐れぬ所業をいとも簡単にやってのけたのは幼馴染の名代菊だ。遠慮という概念を生まれた時に母親のお腹の中に置いてきた女である。
勝手に部屋へ入り、勝手にベッドへ座る。
そして勝手にパソコンを覗き込んだ。
「ん?」
「見るなーーーーーー!」
「恋愛相談掲示板?」
「見るな」
「うわ」
うわとは何だ。とても短い言葉なのにすごく傷ついた。
「楽ついに狂った?」
「違う」
「恋愛経験ゼロなのに?」
「うるさい」
正論は人を傷つける。今まさに傷ついた。
「いや待って」
菊は画面を指差した。
「管理人名、リナリアさん?」
「うん」
「女の人?」
「うん」
「けど楽は男じゃん」
「そうだな」
「女の人に私に隠れてなにか相談事してるんだ?」
目の奥が笑っていない。変な汗が止まらない
「違う」
違わない気もした。だが違う。相談されてるだけだ。
「彼女かと思った~ま、楽にできるわけないよね」
「帰れ」
本当で追い出してやりたい。
結局、菊は帰らなかった。それどころか俺の部屋で俺のポテチを開けている。
「で?」
「何が」
「なんで始めたの」
その質問に。少しだけ言葉が詰まる。結局掲示板のことを洗いざらい話す羽目になったのだが、始めた理由を聞かれると弱る。
「別に」
「嘘」
「……」
「中学のやつ?」
図星だった。さすが幼馴染。嫌なところで勘がいい。
「まだ気にしてんの?」
「まあ」
菊は少し黙った。
珍しい。
こいつが黙るのは、大抵本気で何か考えている時だ。
「優斗くんも別に怒ってなかったと思うけど」
「怒ってはなかったよ」
だから余計に残っているあの時。人の心の難しさと自分の鈍感さを知ったあの時。
「次は気づきたいだけ」
菊は数秒俺を見る。それから。
「ふーん」
とだけ言った。こりゃたぶん気を遣われた。
気まずい。すごく気まずい。
「そういえば」
「ん?」
気まずい空間なんて御免なので話題を無理くり変えた。
「相談者来た」
「マジ?」
こいつ一瞬で食いついた。目がキラキラしてる。こーゆう切り替えが早いのが菊のいいところだ。
「どんな子?」
「知らない」
「相談内容は?」
「好きって感情が分からないらしい。
「えーなんかめんどくさそう」
「おい」
「いや絶対めんどくさいじゃん」
失礼すぎる。同じ女性同士としてそんなこと言っていいのだろうか
「菊ならどう答える」
「え?」
菊はなにかを考えているようだ。
「好きな人ができたら分かるんじゃない?」
「雑ー」
「だってそうじゃない?」
そう言って肩をすくめた。あまりにも単純な答えだがもしかすると案外、そういうものなのかもしれない。
その夜。
俺は『つる』への返信を書いた。
『不安がらなくていいと思います。恋愛感情を理解しようとするより、まずは人を好きになること以外の感情を大事にしてみてください。尊敬でも。信頼でも。安心でも。きっと無駄にはならないと思います。』
「鶴って好きな人いないの?」
この手の質問はもう数えきれないほどされてきた
「いませんよ」
「またまた」
「本当です」
「一人くらいいるでしょ?」
「いません」
副会長は納得していない顔をしていた。
こんな時、私はいつも苦笑いをしてごまかすようにしている。
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帰宅後。制服から部屋着に着替え鞄を机の横に置き、スマートフォンを充電器につなぐ。
いつも通りの変わらない日常。
ただ一つ、最近変わったことがある。
私は時々
『リナリア』という掲示板を見るようになった。
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『好きになれないことが不安なのではなく、周りと違うことが不安なのではありませんか?』
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最初の返信を読み返す。その発想はなかったから少し驚いた。私は恋愛が分からないことが悩みだと思っていたけれど、もしかすると違ったのかもしれない。
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中学の頃。友人たちが恋愛の話で盛り上がっていた。高校に入ってからもそうだ。誰が格好いい。
誰が好きだ。誰と付き合った。そういう話は尽きない。
私はいつも聞く側だった。嫌ではない。ただ話に入れないだけで
恋愛感情が分からない。だから共感できない。それが普通ではないのだとしたら。
私は少しだけ困る。普通になりたいわけではないけれど、みんなが知っているものを、自分だけ知らない感覚は落ち着かなかった。
スマートフォンを置く。
訳もなく窓の外を見て物思いにふける。別に寂しくはない。友人もいるし学校も楽しいし毎日は充実している。それでも分からないものは分からない。
「恋って何なんでしょうね」
窓の外を眺めながら誰に向けるでもなく呟く。




