~一件目~ 一輪目のリナリア
掲示板系ラブコメ開幕です!!鈍感君とヒロインズの成長を一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
リナリアの花言葉の一つに、
――この恋に気づいて。
というものがあるらしい。
他人の恋愛相談を受けるための掲示板を作った俺からすると、少し皮肉な花だ。
なにせ俺は、人生で誰かを好きになったことがない。
それどころか、親友が誰を好きだったのかさえ最後まで気づけなかったのだから。
だからこそ、人の気持ちを知りたかった。東白楽という名前の通り楽観的に楽しく物事を考えられたらどんなに楽なのだろうか。
そんな立派な理由を並べてみても、現実は残酷である。
俺のパソコン画面には、無慈悲な数字が表示されていた。
相談件数 0件
「……うん」
知っていた。高校生にもなって掲示板で自分の恋愛を見ず知らずの人間に相談する人間などいるはずがない。知ってたけど、改めて数字で見せられると少し傷つく。
高校に入学してから最初の定期試験が過ぎたころ。
三日前に匿名恋愛相談掲示板『リナリア』を立ち上げた。
名前の由来は花。
安直と言われたら否定できない。だが三十分悩んで決めた名前だ。そこそこ愛着はある。ちなみに利用者はほぼいない。
閲覧数は二十八。そのうち十七は俺である。管理人だから確認しているだけだ。決して寂しいからではない。断じて。
「閉鎖するか……?」
三日で。
歴史に残る短命掲示板である。
そんなことを考えながら椅子にもたれた時だった。
画面の右上に通知が表示された。
新規投稿がありました
「え」
思わず声が出た。いや、出るだろ。投稿だぞ。ついさっきまで相談件数ゼロだったんだぞ。
俺は急いでマウスを動かした。
投稿者名『つる』
本文。
好きという感情が分かりません。周りの友人には好きな人がいます告白した人もいます。ですが私は誰かを好きになったことがありません。以前、告白されたこともありましたが、何も感じませんでした。
嬉しいとも嫌だとも思えませんでした。最近は、自分には恋愛感情そのものがないのではないかと不安です。私は変なのでしょうか。
「おっもい」
初投稿にしては重くないか?もっとこう、『同じクラスの男子が気になります!』とか、『好きな人と目が合います!』とか。
そういう初心者向けの悩みはなかったのだろうか。
いきなり人生相談みたいな内容が飛んできた。
しかしながら
せっかくの相談だ。やる気を出そう。決して初めての相談だからって張り切っているわけではない。
文章は丁寧で無駄がない 感情的な表現も少ない。しかし最後の一文だけが妙に切実だ。
『私は変なのでしょうか。』
なんだろう少し自分と似たものを感じる。他人の気持ちに鈍感な自分も一時期は悩んでいたし、自分は変なのではないかと考えていた。俺はしばらく画面を眺める。そしてキーボードに手を置いた。
『変ではないと思います。実際、恋愛感情を持つ時期には個人差があります。なので安心してください。
ただ、一つだけ気になりました。あなたは、好きになれないことが不安なのでしょうか。それとも、周りと違うことが不安なのでしょうか。』
送信。
俺は自分で首を傾げた。「なんでそんなこと聞いたんだろ」普通に慰めればよかった気もする。
だが、何となくそこが一番大事な気がした。好きになれないことが悩みなのか。周りと違うことが悩みなのか。似ているようで、全然違う。
とかなんとか考えていると、すぐに返信が届いた。
向こうも画面の前にいるらしいことに驚きつつその内容に目を向ける。
『たぶん、後者です。周りの友人は楽しそうです。恋愛の話をしています。私はその輪に入れません。だから少しだけ疎外感?のようなものを感じるんです。』
俺は画面を見ながら息を吐いた。
「なるほど」
疎外感を感じるのが嫌なのか。恋ができないことではなく。みんなと同じでいられないことが。
それなら少しだけ分かる。俺も高校に入ってからずっと、目立たない場所を選び続けている。
誰とも違わないように。誰とも同じすぎないように。そんな曖昧な場所を。だからなのかもしれない。
本名も顔も知らない相談者なのに少しだけ放っておけないと思ってしまった。
その翌朝の全校集会。
体育館の壇上には、生徒会役員が並んでいた。その中央でマイクの前に立つ少女へ、俺の視線が止まる。
長い黒髪、凛とした声、隙のない姿勢、誰もが知る新生徒会長である見境鶴。俺はもちろん関わったことはない。ん?みさか…つる?
『つる』
という名前で恋愛相談を送ってきた相手が昨日いたよな
「まさかな…」
生徒会長という生き物は、恋なんてしないと思っていた。少なくとも、見境鶴はそういうタイプだと思っている。朝の全校集会。壇上に立った彼女は背筋を伸ばし、落ち着いた声で新年度の挨拶をしている。
「――以上です。本年度もよろしくお願いします」
女子からも男子からもついでに教師からも人気投票でもやっているのかと思うくらいの好感度だった。
「相変わらずすげーな」隣で友人が呟く。
「見境先輩?」
「あの人以外に誰がいるんだよ」
それもそうだ。勉強ができる、運動もできる、顔も良い、性格も良いらしい、神様のバランス調整担当は何をしていたのだろう。仕事を放棄したとしか思えない。
そんな完璧超人が『私は恋愛感情が分かりません。』なんて言うのだろうか。
昨夜の相談者と重なる気もしなくもない気もしなくもない
別人だ。たぶん。いや、別人だろう。頭の中でもう何回目かもわからない自問自答をする。
⸻昼休み。
俺は屋上へ続く階段の踊り場で弁当を広げていた。別にぼっち飯ではない。たまたまだ。
静かな場所が好きなだけで決して友達の誘いを断ったわけではない。
誰に伝えてるかもわからないぼっちではない宣言をしながらスマホを開く。
『リナリア』管理人専用画面。新着返信。
投稿者『つる』
『お返事ありがとうございます。確かに私は周りと違うことが不安なのかもしれません。管理人さんは恋をしたことがありますか?』
「うわ」
はじめて数日で究極の質問が来てしまった。俺が一番困る質問だぞこれ
恋愛相談を受ける側なのに恋愛経験を聞かれるやつ。飲食店のレビューを書く人に、
『あなたは料理人なんですか?』と聞くようなものだ。いや違うか。たぶん違う。
とにかく困った。俺は恋愛経験ゼロの非モテノット陽キャ族だ。
なんて返したらいいのだろうか。ここは素直に返しておこう。
「ありません。」
送信。
即返信。
「嘘ですね。」
「なんでだよ」
思わずスマホに向かって一人で突っ込んでしまう。
ほんとにない人へのその返しは失礼に値するんだぞ!
ピロリンッ
続けてメッセージが来る。
『恋愛経験がない人が、そんなに落ち着いて相談に乗れるとは思えません。』
「買いかぶりだなぁ……」相談に乗れるのと恋愛経験は別だろう。野球漫画を読む人が全員プロ野球選手ではない。たぶんそれと同じだ。違う気もする。
『ちなみに本当です。人生で一度もありません。』
なんて悲しいことを自分で打っているのだろうか。というかなんてこと打たしてんだ
返信が来る。
『少し安心しました。』
「安心?」なんだそれ。意味が分からない。俺は暗に馬鹿にされたのか?
なんだかよくわからない。これは俺が人の気持ちに鈍感だからなのか、それともこの『つる』という人物が謎すぎるのかどっちだろう。
返信はそこで途切れ、気が付けば昼休みどころか午後の授業までもが終わっていた。
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