入学式
中央ホールは学院の中心に位置する巨大なドーム型の建物だった。
天井は魔法によって開かれたように透き通り、昼間の空が広がっている。だが、その色はどこか幻想的で、雲ひとつない青空に星がまたたいているという、現実にはありえない光景だった。
「……うわぁ……」
ソヤが小さく感嘆の声をもらす。隣のオモチも目を丸くしてホールを見渡していた。
やがて、特待生たちが指定の席につき、ホール内が徐々に落ち着きを見せ始めたころ──
ゴォォン……
重く、低く、空間を震わせる鐘の音が響いた。
次の瞬間、ホール中央に淡い光の柱が立ち上がる。その光の中から、一人の人物がふわりと姿を現す。
「……諸君、ようこそ《ミルフィーユ魔法学院》へ」
姿を現したのは、この学院の学園長──オマールだった。
その背筋はすっと伸び、優雅なローブをまとい、落ち着いた眼差しをもつ中年の紳士。口元には柔らかな笑みをたたえつつも、言葉の端々からにじむ威厳が、場の空気を緊張と尊敬で引き締める。
「今日ここに集った君たちは、それぞれが選ばれ、ここへ導かれた者たちだ。血筋でも、家柄でもない。魔力、才能、そして運命が君たちをここに集わせたのだ」
オマールは、ゆったりとした口調で言葉を紡ぎながら、壇上をゆっくりと歩く。
「――この学院は、ただ魔法を教える場所ではない。ここで学ぶのは、力を制御する術であり、仲間と歩むための知恵であり、己を律する心だ。
魔法は剣より鋭く、炎よりも激しい。誤れば、他者を傷つけ、己すら滅ぼす。だからこそ、我々は教える――世界を導く者となるために」
その声は、やわらかさと同時に厳しさを帯び、ホール全体を静寂で満たしていく。
「魔法は世界を形づくり、同時に世界を壊す力をもつ。だが、力があるだけでは足りない。知性と、礼節と、責任をもってこそ、真の強者となるのだ……」
オマールはしばし静かに語り続けたのち、ふと目を細めると、軽くうなずきながら言った。
「さて……最後に、新入生代表の言葉を述べてもらおうか」
ホール内が一瞬、静まり返る。
「……今、私が決めさせていただく」
オマールはゆっくりと視線をめぐらせ、穏やかな笑みを浮かべる。
「うーん……誰にお願いしようかね……」
しばし考えるふりをしてから、ふと視線を止めた。
「――そこにいる、可愛らしいお嬢さん。君にお願いしようかな」
……お名前は、なんと言うのかな?」
突然指名されたオモチは、キョロキョロと周囲を見渡しながら、自分を指差す。
「わ、わたし……?」
頬はみるみるうちに赤くなり、立ち上がることも忘れて固まったまま、まるで泣き出しそうな顔で学園長を見つめていた。
「ど、ど、どうしよう……! む、無理……!」
口元をおさえ、目には涙が浮かび始めている。
隣にいたソヤが、そっとオモチの背中をさする。
「だ、大丈夫だよ、オモチ。深呼吸……して……ね?」
オモチは今にも泣き出しそうな表情のまま、必死に首を横に振った。
オマール校長は微笑みを浮かべながら、手を軽く差し出す。
「どうぞ、前へ」
けれど、胸の鼓動は早鐘を打ち、頭の中は真っ白。足は、その場から一歩も動けなかった──。
そのとき、隣から静かな声が響く。
「オマール学園長……僕に言わせてください」
ミケチがそう言って、一歩前に出る。
真っ直ぐに学園長を見据える瞳には、迷いの色はなかった。
オマールは一瞬だけ目を細め、ふっと微笑んだ。
「……ミケチ、いいだろう」
低く、しかし温かな声でそう告げると、手で前方を示した。
ミケチは深く息を吸い込み、胸の奥で鼓動を押しとどめるようにして、一歩を踏み出す。
――コツン。
乾いた靴音が、やけに大きくホールの壁を伝って返ってくる。
二歩目、三歩目と進むたび、その音が水面の波紋のように広がり、静まり返った空気を揺らしていった。
特待生たちの視線が、じわりと彼を包み込む。
冷ややかなもの、好奇の色、期待の光――その全てが肌を刺すように突き刺さる。
その中で、前列の誰かが小さく囁く声が漏れ、すぐに別の方向へ伝わって消えていった。
壇上の中央に立ったミケチは、背筋をまっすぐに伸ばし、ゆっくりと顔を上げる。
「――僕たちは、ここに集まったばかりの仲間です」
その声は決して大きくはない。だが、不思議と全員の耳に届く確かさがあった。
「力や家柄じゃなく、ここに導かれた理由は人それぞれ。でも……せっかく同じ場所で学べるなら、僕は、みんなと一緒に強くなりたい。魔法だけじゃなく……心も」
一呼吸おき、彼はほんの少し口元を緩める。
「僕はまだまだ未熟です。だけど、絶対に諦めません。きっとこの学院で……最強になってみせます!」
その言葉に、ホールのあちこちから小さな笑い声と拍手がこぼれた。
オマールも満足げにうなずき、再び全体を見渡す。
「うむ……よい言葉だった。――それでは、改めて入学を歓迎しよう」
重くも朗々と響くその宣言と共に、ホールの天井に浮かぶ星々がひときわ強く瞬き、新入生たちを祝福するかのように光を降らせた。
ミケチは深く一礼し、静かに壇上を降りていく。
光がやさしく頬を照らす中、拍手の音が次第に大きく広がり、ホール全体を温かな空気で満たしていった。
天井から降り注ぐ光がやがて消えると、ホールにはざわめきと拍手の余韻が残っていた。
「……やるじゃん、ミケチ」
隣の列からノヴァが肩越しに小さく笑いかけてくる。
「そんな大げさなもんじゃないよ」
ミケチは耳の後ろをかきながら視線を逸らすが、頬のあたりがほんのり熱い。
ふと視線を感じてそちらを見ると──少し離れた席で、おもちが真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。
目が合った瞬間、おもちはびくっと肩を揺らし、あたふたと膝の上を見つめる。
耳まで染まったまま、ちらっともう一度だけミケチを見て、それから慌てて視線を逸らした。
壇上から降りる足音がまだ残る中、何人かの生徒が彼に声をかけてくる。
「いいスピーチだったよ」
「これからよろしくな!」
ミケチは笑顔でひとつひとつ言葉を返す。そのやり取りの中に、これから始まる学院生活への期待がにじんでいた。
やがて学院長の退場を告げる扉の開く音がホールに響き、式は穏やかに幕を閉じる。
式が終わり、生徒たちはざわめきの中で立ち上がって出口へ向かう。
ミケチはノヴァと並びながら、さっきのスピーチの余韻を引きずっていた。
ふと、背後から小さな声が漏れる。
「あ、あの……」
振り返ると、おもちが数歩離れて立っていた。両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、顔は耳まで真っ赤。
その背中を、ソヤが「ほらっ」と軽く叩いて前へ押し出す。
「あ、あの……さっきは、ありがとうございました」
おもちは視線を落としたまま、早口で続ける。
「極度の……人見知りで……ちもの次は、私まで助けていただいて……ありがとうございました」
最後まで言い終えると、さらに顔を赤くして、小走りで人混みの中へ消えていった。
ミケチは一瞬呆気に取られる。
「許してあげて。あれでも頑張ったのよ」
ソヤは肩をすくめる。
「それにしても──あんた、けっこういいとこあるじゃん」
次の瞬間、ぱしん!と軽快な音が響く。
ソヤの手のひらが、ミケチの背中を容赦なく叩いていた。
「いったぁ!」
「大袈裟ね」
ノヴァが横で小さく笑い、三人は出口へと歩き出す。
扉を抜けると、そこには夕暮れに染まった街並みが広がっていた。
茜色の空の下、人の波に押されながら、やがてそれぞれの道へと分かれていく。
ミケチは一人になった帰り道、今日の出来事を静かに思い返した。
胸の奥に、明日への小さなわくわくが、じんわりと灯っていく──。




