第5話 スキル検証
スキル鑑定から帰った日の夜、俺は自室で一人になっていた。
使用人たちは既に下がっている。
以前なら寝る前に侍女が様子を見に来てくれたが、今はそんなこともない。むしろ好都合だった。
俺には試したいことがある。もちろんスキルだ。
教会で表示された謎の文字。
いや、俺にとっては謎でも何でもない。
あれは間違いなく【米】だった。問題は何ができるかである。
俺はベッドから降りると部屋の中央へ移動した。
「さて……どうするんだ?」
ゲームのようにステータス画面が出るわけでもない。説明書もない。とりあえず前世のゲーム知識を総動員する。
「米」
何も起きない。
「スキル発動」
反応なし。
「米を出す」
やはり反応なし。
少し恥ずかしくなってきた。誰も見ていないのが救いである。
俺は腕を組んで考えた。スキルはイメージだろうか。
そう考えた瞬間、頭の中に浮かんだ。
黄金色の稲穂。そして米。その瞬間だった。
ぽとぽとぽとっ。
何かが目の前に落ちてきた。
「おっ!?」
慌てて床を見る。
そこには籾が落ちていた。籾殻に包まれた米。
見間違えるはずがない。日本人なら誰でも知っている。
「米だ……」
思わず呟く。俺は震える手で一粒拾い上げた。
間違いない。本物だ。本当に米だった。
量は多くない。両手ですくえる程度。茶碗一杯分にも届かないだろう。
それでも俺の胸は高鳴った。前世で最後まで食べられなかったもの。それが今、目の前にある。
「はは……」
笑みがこぼれる。強力な魔法ではない。世界を救う力でもない。
だが俺にとっては何より価値があった。
「最高じゃないか」
俺はしばらく籾を眺めていた。やがて冷静になる。問題はここからだ。
籾のままでは食べられない。脱穀が必要だ。欲を言えば精米も必要だ。炊かなければならない。
前世ではスーパーで買うだけだったが、今は違う。
「道具がいるな」
少なくとも脱穀のためのすり鉢は欲しい。それと炊くための容器。飯盒があれば理想的だ。この世界に存在するかは分からないが。
◇◇◇
翌日。
俺は街へ向かった。最近は使用人の目も緩い。以前なら護衛が複数付いたが、今は一人もいない。
どうせ役立たずと思われているのだろう。街へ着くと俺は鍛冶屋へ向かった。
「坊ちゃんじゃねえか」
鍛冶屋の親方が手を振る。
「久しぶり」
「元気なさそうだな」
「そんなことないよ」
嘘だった。
だが説明する気もない。
親方は何か察したようだったが追及はしなかった。
「今日は何の用だ?」
「作ってほしい物があるんだ」
「ほう?」
俺は地面に棒で簡単な図を描く。飯盒だった。
もちろん前世の記憶だけなので正確ではない。だが形は伝わるだろう。
「こんな容器が欲しい」
親方は図を見つめた。
「鍋か?」
「少し違うかな」
「変わった形だな」
「作れる?」
「作るだけならな」
親方は笑った。
「坊ちゃんの頼みだ。やってみるか」
「ありがとう」
これで炊飯用の容器は何とかなる。続いて雑貨屋へ向かった。
目当てはすり鉢だった。幸い似たような物は存在した。薬草や穀物を砕くための道具らしい。大きさも十分だった。
「これください」
「ありがとうございます」
代金を支払う。あとは飯盒の完成を待つだけだ。
店を出た俺は少しだけ足取りが軽かった。久しぶりに希望が見えた気がした。
◇◇◇
だが現実は甘くなかった。
数日後。俺は父に呼び出された。執務室へ入る。
父の隣にはマリアがいた。嫌な予感しかしない。
「セシル」
「はい」
「しばらく離れで生活しろ」
一瞬意味が分からなかった。
「離れ?」
「ああ」
父は淡々と続ける。
「お前のスキルについて教会から改めて連絡があった」
心臓が跳ねる。
「調査の結果、正体は不明」
予想通りだった。
「価値も不明」
父の声は冷たい。
「つまり役立たずということだ」
マリアが満足そうに微笑む。アランも後ろで笑っていた。
「僕は火魔法なのにね」
小声だったが聞こえた。
「我が伯爵家に役立たずはいらん」
それで話は終わりだった。反論する暇もない。
俺は使用人に連れられ屋敷の端にある離れへ移された。
◇◇◇
離れは古かった。生活はできる。だが明らかに待遇が悪い。
家具も最低限。暖炉も小さい。シーツもボロボロ。使用人も来ない。
それでも初日はまだ良かった。食事が運ばれてきたからだ。パンとスープだけだったが。
二日目も同じだった。
三日目。昼になっても誰も来なかった。
「遅いな」
待つ。来ない。
夕方になっても来ない。
夜になっても来ない。
腹が鳴った。
四日目。
やはり来ない。水だけは井戸から確保できる。だが食べ物がない。嫌な予感が現実になった。
「まさか……」
俺は笑った。乾いた笑いだった。
理解してしまったからだ。
これは忘れられているのではない。意図的だ。食事を止められている。
前世の記憶が蘇る。食べられない苦しみ。衰弱。そして死。
「ふざけるな」
思わず声が漏れた。
せっかく転生したのだ。
せっかく生き直せると思ったのだ。
こんなところで終われるか。
ましてや今の俺にはある。米が。希望が。
俺は窓の外を見た。
離れの周囲に見張りはいない。
誰も俺を気にしていない。
役立たずの子供など逃げるはずがないと思っているのだろう。
ならば好都合だった。
「出るか」
小さく呟く。
答える者はいない。
だが決意は固まっていた。このまま飢え死になど御免だ。
離れを抜け出す。街へ行く。親方に頼んだ飯盒を受け取る。
そして旅に出る。米を食う。
そのためなら逃げてやる。
俺は静かに脱出の準備を始めた。




