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米を食え!  作者: 岩尾卓


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10/21

第10話 米を食え

ちょっと書式を変えてみます。読みやすければいいのですが

 開拓村へ住み始めてから一か月ほどが経過していた。

 最初は森の端に建てた簡素なテントでの生活だったが、人手不足の村では働き手は貴重だったらしく、俺はすぐに村の仕事へ組み込まれることになった。

 薪割り。

 水汲み。

 家畜の世話。

 畑の手伝い。

 資材運び。

 六歳にも満たない子供へ任せる仕事としては少々重かったが、旅の途中で鍛えられた体は思っていた以上に動いてくれた。

 何より、この村の人々は優しかった。

 もちろん最初から歓迎されたわけではない。

 どこの誰とも分からない子供が突然住み着いたのだ。

 警戒されるのも当然だろう。

 それでも毎日真面目に働き続けた結果、少しずつ打ち解けることができていた。

 村の子供たちとも仲良くなった。

 大人たちからも声を掛けられるようになった。

 気付けばこの村にも居場所ができていた。

 だが、それと同時に俺はある問題へ気付いていた。

 食料だ。

 この村は貧しかった。

 正確には、余裕がなかった。

 収穫量が少ないわけではない。

 しかし開拓村という性質上、畑を増やし続けなければならず、常に人手が足りていない。

 さらに冬を越えるための備蓄も必要だ。

 収穫できても余裕はほとんど生まれない。

 豊作なら問題ない。

 だが凶作になれば話は別だった。

 ある日の夕食時、村人たちの会話を聞いてそれを知った。


「去年は危なかったな」


「ああ、あと少し収穫が少なかったら冬を越せなかった」


「隣村じゃ餓死者も出たらしい」


「今年はそうならなきゃいいが」


 笑いながら話しているが、その内容は笑い事ではなかった。

 俺は木椀へ入ったスープを見つめる。

 決して豪華ではない。

 野菜の切れ端が少し浮いている程度だ。

 それでも村人たちは文句を言わない。

 慣れているのだ。

 そういう生活に。

 だが俺は知っている。

 もっと効率よく食料を得る方法を。

 いや、正確には持っている。

 米のスキルだ。

 ここへ来てからも毎日欠かさず使っていた。

 誰にも見られないように。

 秘密にしながら。

 その結果、少しずつ量も増えている。

 今なら一日にかなりの量を出せる。

 それでも公開しなかったのは怖かったからだ。

 利用されるかもしれない。

 貴族へ売られるかもしれない。

 そう考えると簡単には言い出せなかった。

 しかし。

 目の前の村人たちを見ていると迷いが生まれる。

 この人たちは俺を助けてくれた。

 居場所をくれた。

 食事を分けてくれた。

 ならば俺も何か返すべきではないか。

 そんな考えが頭から離れなくなっていた。


◇◇◇


 翌日。

 俺は村長を訪ねた。


「村長、少し話があります」


「ん?」


 村長は薪を割る手を止めた。


「なんだ?」


「誰もいない場所で話したいです」


 真剣な声だったからだろう。

 村長は何も言わず頷いた。

 そして二人で村外れへ向かう。

 人のいない場所まで来ると、村長は腕を組んだ。


「それで?」


「今から見せることは秘密にしてください」


「大層な話だな」


「お願いします」


 俺は深呼吸した。

 そしてスキルを発動する。

 次の瞬間。

 大量の籾が地面へ現れた。

 ざらざらと音を立てながら積み上がる。

 村長の表情が固まった。


「……は?」


 呆然としている。

 当然だ。

 何もない空間から突然食べ物らしきものが出現したのだから。


「今……何をした?」


「スキルです」


「スキル?」


「俺のスキルです」


 村長は籾を手に取った。

 何度も見ている。

 幻覚を疑っているようだった。


「食べ物なのか?」


「加工しないと食べられません」


「毎日出せるのか?」


「はい」


「毎日?」


「毎日です」


 村長は黙った。

 長い沈黙だった。

 やがて額を押さえる。


「……ちょっと待て」


「はい」


「つまりお前は毎日食料を生み出せるのか?」


「そうなります」


「なんだそれは」


 俺も同じことを思う。

 なんだこのスキルは。

 だが現実だった。


◇◇◇


 その日の夕方。

 俺は飯盒を持ち出した。

 村長には実際に食べてもらうことにしたのだ。

 石臼を借りて脱穀する。

 さらに棒でひたすら突き、精米する。

 真っ白とはいかないが、まあまあ白米に近い状態になった。

 それを炊く。

 飯盒から湯気が立ち上る。

 香りが広がる。

 俺には懐かしい匂いだった。

 村長は不思議そうな顔をしている。


「いい匂いだな」


「そうでしょう?」


 やがて炊き上がる。

 蓋を開く。

 湯気が舞う。

 村長の目が少し見開かれた。


「これが?」


「米です」


「コメ?」


「食べてみてください」


 木の器へ盛る。

 村長は恐る恐る口へ運んだ。

 咀嚼する。

 そして固まった。

 さらにもう一口。

 もう一口。

 気付けば無言で食べ続けている。

 やがて全部食べ終えると、村長は大きく息を吐いた。


「うまいな」


 その一言だった。

 だが俺は嬉しかった。

 前世からずっと知っている味だ。

 それを誰かと共有できた。


「でしょう?」


 自然と笑みがこぼれる。

 村長も笑った。


「なるほどな」


「何がです?」


「お前が大事そうに隠していた理由だ」


 俺は少しだけ肩をすくめた。

 否定はしなかった。


◇◇◇


 その後、俺は以前から考えていたことを相談した。


「春になったら育ててみたいんです」


「これをか?」


「はい」


「育つのか?」


「分かりません」


 正直だった。

 前世では田んぼを作ったことなどない。

 知識はある。

 だが経験はない。

 それでも挑戦したかった。

 スキルに頼るだけでは限界がある。

 増やせるなら増やしたい。

 村長はしばらく考え込んだ後で頷いた。


「好きに使え」


「本当ですか?」


「畑の一角くらいなら構わん」


「ありがとうございます」


 これで目標ができた。

 春までに準備する。

 そして米を育てる。


◇◇◇


 翌日の夕方、村の広場では珍しく人が集まっていた。

 村長が全員へ声を掛けたからだ。


「今日は面白いものを食わせてやる」


 そんな言葉だけで理由は説明されていない。

 当然ながら村人たちは不思議そうな顔をしていた。


「何だ?」


「肉か?」


「祝い事でもあるのか?」


 ざわざわとした声が聞こえる。

 その中心で俺は鍋を抱えていた。

 村長から頼まれたのだ。

 皆にも食べさせろ、と。

 大量に炊いた米が湯気を上げている。

 まだ塩すらない。

 おかずもない。

 だが俺は米だけで十分だと思っていた。

 鍋の蓋を開ける。

 ふわりと湯気が立ち上った。


「おお……」


 誰かが声を漏らす。

 それだけで少し嬉しくなる。

 村長が大声を張り上げた。


「こいつはセシルが持ってきた新しい食い物だ!」


「新しい食い物?」


「そんなもの聞いたことないぞ」


「食えるのか?」


「だから今から食わせるんだろうが」


 木の器へ少しずつ盛り付けていく。

 人数が多いため、一人当たりの量は多くない。

 それでも十分だった。

 村人たちは恐る恐る米を口へ運ぶ。

 そして――。


「……あれ?」


 一人の女性が首を傾げた。


「なんだこれ」


 次は男性だ。


「うまいぞ」


「味付けしてないんだろ?」


「してねえ」


「なのにうまい」


 子供たちはもっと正直だった。


「おかわり!」


「もっと!」


「これ好き!」


 あっという間に器が空になる。

 周囲から笑い声が上がった。


「そんなに慌てるな」


「まだあるぞ」


 村長も笑っている。

 普段は厳しい顔をしている人だが、この日は機嫌が良かった。

 そして全員へ行き渡ったところで口を開く。


「この食い物はセシルのスキルで生み出される」


 その瞬間、広場が静まり返った。


「は?」


「今なんて?」


「スキル?」


「食い物が?」


 当然の反応だった。

 俺も最初はそう思った。

 村長は苦笑しながら頷く。


「俺も最初は信じなかった」


「だが本当だ」


「毎日出せる」


 村人たちが俺を見る。

 驚き。

 困惑。

 そして期待。

 様々な感情が混ざっていた。

 やがて一人の老人が言った。


「……セシル坊」


「はい」


「ありがとうな」


 それはとても静かな声だった。

 だが広場全体が静かだったからこそよく聞こえた。

 老人は続ける。


「今年の冬は少し安心できそうだ」


 その言葉に何人もの村人が頷く。

 俺は思わず言葉を失った。

 スキルを見せたことで怖がられるかもしれない。

 利用されるかもしれない。

 そんな不安もあった。

 だが返ってきたのは感謝だった。


「春になったら、これを育ててみたいと思っています」


 俺がそう言うと、


「おお!」


「面白そうじゃねえか!」


「成功したら食い物が増えるんだろ?」


「頑張れよ!」


 村人たちは笑いながら応援してくれた。

 その瞬間、俺はようやく理解した。

 この村はもう居候先ではない。

 俺の居場所になっていたのだと。


◇◇◇


 それからの日々は忙しかった。

 村の仕事をする。

 スキルを使う。

 脱穀する。

 備蓄する。

 また働く。

 毎日の繰り返しだった。

 だが不思議と苦ではなかった。

 目標があったからだ。

 米を増やす。

 村を豊かにする。

 そのためにひたすらスキルを使い続ける。

 そして、その成果は少しずつ現れ始めた。

 最初は両手いっぱいだった籾が。

 数倍になり。

 十倍になり。

 やがて一人では運び切れない量になっていく。

 村長も驚いていた。

 俺自身も驚いていた。

 明らかに成長速度が加速している。

 使えば使うほど強くなる。

 そんな感覚だった。

 気付けば村の備蓄倉庫の一角には、俺が生み出した米が積まれていた。

 誰も飢えないように。

 冬を越せるように。

 そのための食料だ。


◇◇◇


 そして冬の初め。

 俺はいつものようにスキルを使っていた。

 すると違和感を覚えた。


「あれ?」


 地面へ落ちた粒を見る。

 籾ではない。

 玄米でもない。

 白い。

 明らかに白い。

 俺は一粒を拾い上げた。

 震える手で見つめる。


「白米……?」


 思わず呟く。

 間違いない。

 白米だった。

 脱穀も精米も必要ない。

 完成した米。

 俺は急いで周囲を確認する。

 誰もいない。

 そして飯盒を持ち出した。

 炊く。

 待つ。

 蓋を開く。

 真っ白な湯気が立ち上った。

 炊き立ての白米。

 前世で最後まで食べたかったもの。

 病室のベッドで夢見たもの。

 俺は誰にも見られないように静かに口へ運ぶ。

 そして目を閉じた。


「……うまい」


 その一言しか出なかった。

 窓の外では雪が降っている。

 気付けばテント生活も終わっていた。

 村人たちが協力して小さな家を建ててくれたのだ。

 今の俺には帰る家がある。

 仲間がいる。

 そして米がある。

 雪の降る夜。

 白米を噛みしめながら、俺は来る春への期待を胸に抱くのだった。


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