第10話 米を食え
ちょっと書式を変えてみます。読みやすければいいのですが
開拓村へ住み始めてから一か月ほどが経過していた。
最初は森の端に建てた簡素なテントでの生活だったが、人手不足の村では働き手は貴重だったらしく、俺はすぐに村の仕事へ組み込まれることになった。
薪割り。
水汲み。
家畜の世話。
畑の手伝い。
資材運び。
六歳にも満たない子供へ任せる仕事としては少々重かったが、旅の途中で鍛えられた体は思っていた以上に動いてくれた。
何より、この村の人々は優しかった。
もちろん最初から歓迎されたわけではない。
どこの誰とも分からない子供が突然住み着いたのだ。
警戒されるのも当然だろう。
それでも毎日真面目に働き続けた結果、少しずつ打ち解けることができていた。
村の子供たちとも仲良くなった。
大人たちからも声を掛けられるようになった。
気付けばこの村にも居場所ができていた。
だが、それと同時に俺はある問題へ気付いていた。
食料だ。
この村は貧しかった。
正確には、余裕がなかった。
収穫量が少ないわけではない。
しかし開拓村という性質上、畑を増やし続けなければならず、常に人手が足りていない。
さらに冬を越えるための備蓄も必要だ。
収穫できても余裕はほとんど生まれない。
豊作なら問題ない。
だが凶作になれば話は別だった。
ある日の夕食時、村人たちの会話を聞いてそれを知った。
「去年は危なかったな」
「ああ、あと少し収穫が少なかったら冬を越せなかった」
「隣村じゃ餓死者も出たらしい」
「今年はそうならなきゃいいが」
笑いながら話しているが、その内容は笑い事ではなかった。
俺は木椀へ入ったスープを見つめる。
決して豪華ではない。
野菜の切れ端が少し浮いている程度だ。
それでも村人たちは文句を言わない。
慣れているのだ。
そういう生活に。
だが俺は知っている。
もっと効率よく食料を得る方法を。
いや、正確には持っている。
米のスキルだ。
ここへ来てからも毎日欠かさず使っていた。
誰にも見られないように。
秘密にしながら。
その結果、少しずつ量も増えている。
今なら一日にかなりの量を出せる。
それでも公開しなかったのは怖かったからだ。
利用されるかもしれない。
貴族へ売られるかもしれない。
そう考えると簡単には言い出せなかった。
しかし。
目の前の村人たちを見ていると迷いが生まれる。
この人たちは俺を助けてくれた。
居場所をくれた。
食事を分けてくれた。
ならば俺も何か返すべきではないか。
そんな考えが頭から離れなくなっていた。
◇◇◇
翌日。
俺は村長を訪ねた。
「村長、少し話があります」
「ん?」
村長は薪を割る手を止めた。
「なんだ?」
「誰もいない場所で話したいです」
真剣な声だったからだろう。
村長は何も言わず頷いた。
そして二人で村外れへ向かう。
人のいない場所まで来ると、村長は腕を組んだ。
「それで?」
「今から見せることは秘密にしてください」
「大層な話だな」
「お願いします」
俺は深呼吸した。
そしてスキルを発動する。
次の瞬間。
大量の籾が地面へ現れた。
ざらざらと音を立てながら積み上がる。
村長の表情が固まった。
「……は?」
呆然としている。
当然だ。
何もない空間から突然食べ物らしきものが出現したのだから。
「今……何をした?」
「スキルです」
「スキル?」
「俺のスキルです」
村長は籾を手に取った。
何度も見ている。
幻覚を疑っているようだった。
「食べ物なのか?」
「加工しないと食べられません」
「毎日出せるのか?」
「はい」
「毎日?」
「毎日です」
村長は黙った。
長い沈黙だった。
やがて額を押さえる。
「……ちょっと待て」
「はい」
「つまりお前は毎日食料を生み出せるのか?」
「そうなります」
「なんだそれは」
俺も同じことを思う。
なんだこのスキルは。
だが現実だった。
◇◇◇
その日の夕方。
俺は飯盒を持ち出した。
村長には実際に食べてもらうことにしたのだ。
石臼を借りて脱穀する。
さらに棒でひたすら突き、精米する。
真っ白とはいかないが、まあまあ白米に近い状態になった。
それを炊く。
飯盒から湯気が立ち上る。
香りが広がる。
俺には懐かしい匂いだった。
村長は不思議そうな顔をしている。
「いい匂いだな」
「そうでしょう?」
やがて炊き上がる。
蓋を開く。
湯気が舞う。
村長の目が少し見開かれた。
「これが?」
「米です」
「コメ?」
「食べてみてください」
木の器へ盛る。
村長は恐る恐る口へ運んだ。
咀嚼する。
そして固まった。
さらにもう一口。
もう一口。
気付けば無言で食べ続けている。
やがて全部食べ終えると、村長は大きく息を吐いた。
「うまいな」
その一言だった。
だが俺は嬉しかった。
前世からずっと知っている味だ。
それを誰かと共有できた。
「でしょう?」
自然と笑みがこぼれる。
村長も笑った。
「なるほどな」
「何がです?」
「お前が大事そうに隠していた理由だ」
俺は少しだけ肩をすくめた。
否定はしなかった。
◇◇◇
その後、俺は以前から考えていたことを相談した。
「春になったら育ててみたいんです」
「これをか?」
「はい」
「育つのか?」
「分かりません」
正直だった。
前世では田んぼを作ったことなどない。
知識はある。
だが経験はない。
それでも挑戦したかった。
スキルに頼るだけでは限界がある。
増やせるなら増やしたい。
村長はしばらく考え込んだ後で頷いた。
「好きに使え」
「本当ですか?」
「畑の一角くらいなら構わん」
「ありがとうございます」
これで目標ができた。
春までに準備する。
そして米を育てる。
◇◇◇
翌日の夕方、村の広場では珍しく人が集まっていた。
村長が全員へ声を掛けたからだ。
「今日は面白いものを食わせてやる」
そんな言葉だけで理由は説明されていない。
当然ながら村人たちは不思議そうな顔をしていた。
「何だ?」
「肉か?」
「祝い事でもあるのか?」
ざわざわとした声が聞こえる。
その中心で俺は鍋を抱えていた。
村長から頼まれたのだ。
皆にも食べさせろ、と。
大量に炊いた米が湯気を上げている。
まだ塩すらない。
おかずもない。
だが俺は米だけで十分だと思っていた。
鍋の蓋を開ける。
ふわりと湯気が立ち上った。
「おお……」
誰かが声を漏らす。
それだけで少し嬉しくなる。
村長が大声を張り上げた。
「こいつはセシルが持ってきた新しい食い物だ!」
「新しい食い物?」
「そんなもの聞いたことないぞ」
「食えるのか?」
「だから今から食わせるんだろうが」
木の器へ少しずつ盛り付けていく。
人数が多いため、一人当たりの量は多くない。
それでも十分だった。
村人たちは恐る恐る米を口へ運ぶ。
そして――。
「……あれ?」
一人の女性が首を傾げた。
「なんだこれ」
次は男性だ。
「うまいぞ」
「味付けしてないんだろ?」
「してねえ」
「なのにうまい」
子供たちはもっと正直だった。
「おかわり!」
「もっと!」
「これ好き!」
あっという間に器が空になる。
周囲から笑い声が上がった。
「そんなに慌てるな」
「まだあるぞ」
村長も笑っている。
普段は厳しい顔をしている人だが、この日は機嫌が良かった。
そして全員へ行き渡ったところで口を開く。
「この食い物はセシルのスキルで生み出される」
その瞬間、広場が静まり返った。
「は?」
「今なんて?」
「スキル?」
「食い物が?」
当然の反応だった。
俺も最初はそう思った。
村長は苦笑しながら頷く。
「俺も最初は信じなかった」
「だが本当だ」
「毎日出せる」
村人たちが俺を見る。
驚き。
困惑。
そして期待。
様々な感情が混ざっていた。
やがて一人の老人が言った。
「……セシル坊」
「はい」
「ありがとうな」
それはとても静かな声だった。
だが広場全体が静かだったからこそよく聞こえた。
老人は続ける。
「今年の冬は少し安心できそうだ」
その言葉に何人もの村人が頷く。
俺は思わず言葉を失った。
スキルを見せたことで怖がられるかもしれない。
利用されるかもしれない。
そんな不安もあった。
だが返ってきたのは感謝だった。
「春になったら、これを育ててみたいと思っています」
俺がそう言うと、
「おお!」
「面白そうじゃねえか!」
「成功したら食い物が増えるんだろ?」
「頑張れよ!」
村人たちは笑いながら応援してくれた。
その瞬間、俺はようやく理解した。
この村はもう居候先ではない。
俺の居場所になっていたのだと。
◇◇◇
それからの日々は忙しかった。
村の仕事をする。
スキルを使う。
脱穀する。
備蓄する。
また働く。
毎日の繰り返しだった。
だが不思議と苦ではなかった。
目標があったからだ。
米を増やす。
村を豊かにする。
そのためにひたすらスキルを使い続ける。
そして、その成果は少しずつ現れ始めた。
最初は両手いっぱいだった籾が。
数倍になり。
十倍になり。
やがて一人では運び切れない量になっていく。
村長も驚いていた。
俺自身も驚いていた。
明らかに成長速度が加速している。
使えば使うほど強くなる。
そんな感覚だった。
気付けば村の備蓄倉庫の一角には、俺が生み出した米が積まれていた。
誰も飢えないように。
冬を越せるように。
そのための食料だ。
◇◇◇
そして冬の初め。
俺はいつものようにスキルを使っていた。
すると違和感を覚えた。
「あれ?」
地面へ落ちた粒を見る。
籾ではない。
玄米でもない。
白い。
明らかに白い。
俺は一粒を拾い上げた。
震える手で見つめる。
「白米……?」
思わず呟く。
間違いない。
白米だった。
脱穀も精米も必要ない。
完成した米。
俺は急いで周囲を確認する。
誰もいない。
そして飯盒を持ち出した。
炊く。
待つ。
蓋を開く。
真っ白な湯気が立ち上った。
炊き立ての白米。
前世で最後まで食べたかったもの。
病室のベッドで夢見たもの。
俺は誰にも見られないように静かに口へ運ぶ。
そして目を閉じた。
「……うまい」
その一言しか出なかった。
窓の外では雪が降っている。
気付けばテント生活も終わっていた。
村人たちが協力して小さな家を建ててくれたのだ。
今の俺には帰る家がある。
仲間がいる。
そして米がある。
雪の降る夜。
白米を噛みしめながら、俺は来る春への期待を胸に抱くのだった。




